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第五章 椎名匡貴
第四十三話
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俺がノブに目配せすると、ノブも目を合わせてくる。俺とノブ、それにヒロミで一緒にやろうと画策していたのだ。いまのクラスの雰囲気、俺たちの立ち位置からすれば、手を挙げても歓迎されるだろう。みんなが内心ではどう思ってるかはわからないけど、少なくとも「そうだろうな」という雰囲気になるはずだ。
しかし、この目配せの一瞬が命取りだった。
「わたし、やりたいです」
間髪いれずに手を挙げたのは中島で、教室中がその指先に目を奪われていて、俺も思わず振り返っていた。このときの俺の位置からは見えなかったけど、光沢がある小さな爪が愛らしくて、俺はいつも見入ってしまっていた。セミロングの黒髪も、黒目がちの瞳も、少し挑発的な唇も、なにもかもが俺たちと同じ世に生まれてきたとは思えないほど清らかで、男子はみんな、多かれ少なかれ中島に惹かれていたと思う。
自分が可愛いことを誇示したりせず、かといって嫌味な謙虚さもなく、このときだって、すっ、という音が実際にしたんじゃないと思うくらい、丁寧にまっすぐ手を挙げていた。ブラウスが引っ張られて、肩や胸のあたりにしわが寄って、それがまた良かった。
あんなのわざとだよ。まぁ、ある程度、みんな意識してわざとやってるんだろうけどね。でも、あれ「も」わざとだよ。
テニス部の、普通科の女子が、中島を評してそう言っていたことがある。
わざとだったら、それでもいい、でも、きっとわざとじゃないんだ。人間、みんな最初はああやって率直かつ清楚に振舞うのだけれど、あんな仕草はよほど「できた」人にしか似合わないことが分かって、どこか極端な個性に走ってしまう。
でも中島は、率直で清楚なままで違和感がないから、いつまでも自然のままで振舞っているのだ。
高濱も呆気にとられていたから、少しのあいだ教室の空気は固まったままだった。
性格を考えると、中島は応援団に立候補しそうな人間じゃなかった。暗くもなく、明るくもなく、中庸を保つ人物。人当たりがよくて、なんでもそこそこできて、集団の足を引っ張ることもないけれど、自ら牽引したりはしない。
でも、そんな感じだから、どんなことにも声がかかるし、どんな人といても、輪に入れなかったり、置いていかれたりしない。あんな可愛い子が、俺たちと同じような学園生活を送っている。そこにも親近感がわいて、ちっとも親しくないのに、たまに話す機会があると、俺を、というか多分、俺たちを舞い上がらせた。
クラスメイトの反応に、ちょっと戸惑った様子を見せる中島。
困り顔がそのままゆっくりと横を向き、視線は俺の顔を通過して、橋本で止まった。
「橋本くん、やらない?」
うわずった、でも媚びてない声。橋本は眉根を寄せ、「俺?」と自分で自分を指さした。
「うん。一緒に」
困り顔で、少し首をかしげる中島。
橋本は少しのけぞって、椅子の上でお尻を回転させて身体の向きを変えた。
「祐斗、やろうぜ」
「えっ」
指名された富田が口の形を歪ませながら橋本を見て、橋本が「やろうぜ」ともう一回言った。富田は顔で中島に「いいの?」と確認し、中島が向日葵みたいに笑って、富田は橋本に視線を戻して、「いいよ」と回答した。中島は椅子から身を乗り出し気味に「やった」と言った。珍しい光景だった。
カッ、カッと委員長が黒板に名前を書く音で、俺は我に返った。高濱も同じだったようで、思い出したように声を張り上げる。
「他に立候補はいませんか。あと二人です。できれば一人は女子がいいです」
どうすんだよ、という目で見てくるのはヒロミだった。俺がノブのほうを見ると、諦め顔で首を振っている。三人が入る枠はもうないし、残り二人が両方男子というのは何かちぐはぐな気がするし、橋本は俺たちのグループから離れていったやつで、富田とはほとんど喋ったことがなかったから、俺たちが入ると気まずい雰囲気になる予感もしていた。
それでも、俺の心に火はくすぶっていた。いまの俺なら、派手に振舞っても誰もおかしいとは思わない。応援団に入って、いかにも中心的な存在として体育祭に臨めたら、どれほど気持ちがいいだろう。しかも、あの中島が既に内定している。男子はあと一人なら入ってもおかしくない。
そう思いながらも、結局、俺は手を挙げなかった。ここで手を挙げたら、ノブやヒロミになんて言い訳すればいいんだろう。そんな馬鹿馬鹿しいことに気をとられていた。
「他にいませんか」
高濱がもう一度言って、柚木や宮地をちらりと見やった。中島が立候補したから、それも自然な流れに思えたけれど、柚木は小さく首を横に振り、宮地はうつむいて視線をそらした。
その瞬間、高濱の瞳が輝いた気がした。表情は普段通りで、誰もそんなことを後から話したりしなかった。でも、俺だけがその一瞬を見逃さなかったのだと、いまでも信じている。
「じゃあ、わたしやります」
後ろを振り向いて、高濱は学級委員長に宣言した。学級委員長が頷いてチョークを動かし、高濱は同意を求めるように中島へ視線を送った。中島は、女子が女子に対して見せるあの特有の笑顔と一緒に「がんばろー」と賑やいだ。高濱も、同種の、でも中島よりこなれていない笑顔で応えた。
ここにきて、あと一人が重大な問題になる。高濱と仲の良い女子たちも乗り気ではなさそうで、他の男子たちも挙手する勇気はなさそうだった。俺のなかにくすぶっていた火がむわりと勢いづいて燃え始める。悟られない程度に深呼吸して、首を動かして中島をぎりぎり視界に収めて、よしやるぞと決断した。
その瞬間に、富田がぶっきらぼうに言い放つ。
「田島がやるってさ」
「やってくれるの?」
高濱が田島のほうを向いて聞き、
「大丈夫、です」
田島が自信なさげに返答し、
「本当に大丈夫?」
高濱が念を押して田島が頷く。俺が教室の様子を観察し、決断を逡巡しているあいだに、富田は前の席の田島に対して説得を試みていたらしい。
こうして応援団派遣の面子が決まり、俺の頭は真っ白になって、委員長や副委員長がどうやって学級会議を締めたのかも覚えていない。
しかし、この目配せの一瞬が命取りだった。
「わたし、やりたいです」
間髪いれずに手を挙げたのは中島で、教室中がその指先に目を奪われていて、俺も思わず振り返っていた。このときの俺の位置からは見えなかったけど、光沢がある小さな爪が愛らしくて、俺はいつも見入ってしまっていた。セミロングの黒髪も、黒目がちの瞳も、少し挑発的な唇も、なにもかもが俺たちと同じ世に生まれてきたとは思えないほど清らかで、男子はみんな、多かれ少なかれ中島に惹かれていたと思う。
自分が可愛いことを誇示したりせず、かといって嫌味な謙虚さもなく、このときだって、すっ、という音が実際にしたんじゃないと思うくらい、丁寧にまっすぐ手を挙げていた。ブラウスが引っ張られて、肩や胸のあたりにしわが寄って、それがまた良かった。
あんなのわざとだよ。まぁ、ある程度、みんな意識してわざとやってるんだろうけどね。でも、あれ「も」わざとだよ。
テニス部の、普通科の女子が、中島を評してそう言っていたことがある。
わざとだったら、それでもいい、でも、きっとわざとじゃないんだ。人間、みんな最初はああやって率直かつ清楚に振舞うのだけれど、あんな仕草はよほど「できた」人にしか似合わないことが分かって、どこか極端な個性に走ってしまう。
でも中島は、率直で清楚なままで違和感がないから、いつまでも自然のままで振舞っているのだ。
高濱も呆気にとられていたから、少しのあいだ教室の空気は固まったままだった。
性格を考えると、中島は応援団に立候補しそうな人間じゃなかった。暗くもなく、明るくもなく、中庸を保つ人物。人当たりがよくて、なんでもそこそこできて、集団の足を引っ張ることもないけれど、自ら牽引したりはしない。
でも、そんな感じだから、どんなことにも声がかかるし、どんな人といても、輪に入れなかったり、置いていかれたりしない。あんな可愛い子が、俺たちと同じような学園生活を送っている。そこにも親近感がわいて、ちっとも親しくないのに、たまに話す機会があると、俺を、というか多分、俺たちを舞い上がらせた。
クラスメイトの反応に、ちょっと戸惑った様子を見せる中島。
困り顔がそのままゆっくりと横を向き、視線は俺の顔を通過して、橋本で止まった。
「橋本くん、やらない?」
うわずった、でも媚びてない声。橋本は眉根を寄せ、「俺?」と自分で自分を指さした。
「うん。一緒に」
困り顔で、少し首をかしげる中島。
橋本は少しのけぞって、椅子の上でお尻を回転させて身体の向きを変えた。
「祐斗、やろうぜ」
「えっ」
指名された富田が口の形を歪ませながら橋本を見て、橋本が「やろうぜ」ともう一回言った。富田は顔で中島に「いいの?」と確認し、中島が向日葵みたいに笑って、富田は橋本に視線を戻して、「いいよ」と回答した。中島は椅子から身を乗り出し気味に「やった」と言った。珍しい光景だった。
カッ、カッと委員長が黒板に名前を書く音で、俺は我に返った。高濱も同じだったようで、思い出したように声を張り上げる。
「他に立候補はいませんか。あと二人です。できれば一人は女子がいいです」
どうすんだよ、という目で見てくるのはヒロミだった。俺がノブのほうを見ると、諦め顔で首を振っている。三人が入る枠はもうないし、残り二人が両方男子というのは何かちぐはぐな気がするし、橋本は俺たちのグループから離れていったやつで、富田とはほとんど喋ったことがなかったから、俺たちが入ると気まずい雰囲気になる予感もしていた。
それでも、俺の心に火はくすぶっていた。いまの俺なら、派手に振舞っても誰もおかしいとは思わない。応援団に入って、いかにも中心的な存在として体育祭に臨めたら、どれほど気持ちがいいだろう。しかも、あの中島が既に内定している。男子はあと一人なら入ってもおかしくない。
そう思いながらも、結局、俺は手を挙げなかった。ここで手を挙げたら、ノブやヒロミになんて言い訳すればいいんだろう。そんな馬鹿馬鹿しいことに気をとられていた。
「他にいませんか」
高濱がもう一度言って、柚木や宮地をちらりと見やった。中島が立候補したから、それも自然な流れに思えたけれど、柚木は小さく首を横に振り、宮地はうつむいて視線をそらした。
その瞬間、高濱の瞳が輝いた気がした。表情は普段通りで、誰もそんなことを後から話したりしなかった。でも、俺だけがその一瞬を見逃さなかったのだと、いまでも信じている。
「じゃあ、わたしやります」
後ろを振り向いて、高濱は学級委員長に宣言した。学級委員長が頷いてチョークを動かし、高濱は同意を求めるように中島へ視線を送った。中島は、女子が女子に対して見せるあの特有の笑顔と一緒に「がんばろー」と賑やいだ。高濱も、同種の、でも中島よりこなれていない笑顔で応えた。
ここにきて、あと一人が重大な問題になる。高濱と仲の良い女子たちも乗り気ではなさそうで、他の男子たちも挙手する勇気はなさそうだった。俺のなかにくすぶっていた火がむわりと勢いづいて燃え始める。悟られない程度に深呼吸して、首を動かして中島をぎりぎり視界に収めて、よしやるぞと決断した。
その瞬間に、富田がぶっきらぼうに言い放つ。
「田島がやるってさ」
「やってくれるの?」
高濱が田島のほうを向いて聞き、
「大丈夫、です」
田島が自信なさげに返答し、
「本当に大丈夫?」
高濱が念を押して田島が頷く。俺が教室の様子を観察し、決断を逡巡しているあいだに、富田は前の席の田島に対して説得を試みていたらしい。
こうして応援団派遣の面子が決まり、俺の頭は真っ白になって、委員長や副委員長がどうやって学級会議を締めたのかも覚えていない。
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