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第5話
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わたしには首を横に振ることしかできない。問題文を読んでも何一つ理解できなくて、書いてある数式を闇雲に微分したらなぜか部分点を貰えたのだ。
その後、志水くんはわたしに対していくつかの質問を重ねた。
けれども、あまりに手応えがなさ過ぎるのだろう。志水くんの表情は曇っていく。
「あのね、前のテストも赤点だったから……」
志水くんの質問は、わたしの理解のレベルを確認しようとするものだったから、わたしはそう呟いてみる。今回のテストの範囲だけじゃなくて、もっと根本的なところから理解できていないのだと白状した。
わたしの吐露によって合点がいったのか、志水くんは一瞬だけ晴れ晴れとした顔になった後、再び表情を引き締めた。
「じゃあ、教科書の初めからやらないと」
そう言いながら、志水くんは自分の机から数学の教科書を取り出す。
「この問題、解ける?」
志水くんが指さしたのは最も基礎的な問題で、さすがにこれは、とわたしは自分のノートにすらすらと解いていった。けれども、じゃあ、これは、と指さされた次の問題には手が止まってしまう。
「そしたら、とりあえず俺のノート見て欲しいんだけど」
志水くんは机の中から自分のノートを取り出した。紙面には端正な文字と綺麗なグラフが記録されている。開かれたページの文章と数式を読み、グラフを見ながら考えると、不思議なことに、教科書が表現しようとしていることがすっと頭の中に入ってくる。単に先生の板書を書き写しているだけのわたしのノートとは違って、志水くんのノートには何をどう理解したのかという思考の道筋が分かりやすく記されている。
「できた」
「うん。できてる」
問題に再度取り組み、解き終えてから顔を上げると、志水くんは深い自信に満ちた声でそう言ってくれた。
そうして、志水くんからわたしへの一方的なレッスンで朝の時間は過ぎていった。
登校してくる同級生たちもちらほら出てきて、一人の女子に不可解な視線を向けられてようやく、わたしはこの光景が奇特なものだと気づいた。
「今日はそろそろ、ここまでにしない?」
わたしが上目遣いに言うと、志水くんは頷いて、
「明日も早く来る?」
と訊いた。
「来る。絶対来る」
わたしはつい、語気を強めてそう言ってしまって、遅れて顔が熱くなってきた。
「じゃあ、また明日もやろう。できれば、一学期の範囲を全部できるようになるまで。あと、よければノート貸すよ」
「でも、今日、数学あるよ」
「ちょうどノート変えたところだから、これは貸せる」
「……ありがとう。明日、絶対返すから」
「全然、いつでもいいよ」
志水くんは笑いながら肩をすくめた。
その笑顔を見ると、つい昨日まで志水くんがあまりにも眩しい存在だったということが思い出されて、お礼もそこそこに、わたしは逃げるようにして自分の席へと帰った。
その後、志水くんはわたしに対していくつかの質問を重ねた。
けれども、あまりに手応えがなさ過ぎるのだろう。志水くんの表情は曇っていく。
「あのね、前のテストも赤点だったから……」
志水くんの質問は、わたしの理解のレベルを確認しようとするものだったから、わたしはそう呟いてみる。今回のテストの範囲だけじゃなくて、もっと根本的なところから理解できていないのだと白状した。
わたしの吐露によって合点がいったのか、志水くんは一瞬だけ晴れ晴れとした顔になった後、再び表情を引き締めた。
「じゃあ、教科書の初めからやらないと」
そう言いながら、志水くんは自分の机から数学の教科書を取り出す。
「この問題、解ける?」
志水くんが指さしたのは最も基礎的な問題で、さすがにこれは、とわたしは自分のノートにすらすらと解いていった。けれども、じゃあ、これは、と指さされた次の問題には手が止まってしまう。
「そしたら、とりあえず俺のノート見て欲しいんだけど」
志水くんは机の中から自分のノートを取り出した。紙面には端正な文字と綺麗なグラフが記録されている。開かれたページの文章と数式を読み、グラフを見ながら考えると、不思議なことに、教科書が表現しようとしていることがすっと頭の中に入ってくる。単に先生の板書を書き写しているだけのわたしのノートとは違って、志水くんのノートには何をどう理解したのかという思考の道筋が分かりやすく記されている。
「できた」
「うん。できてる」
問題に再度取り組み、解き終えてから顔を上げると、志水くんは深い自信に満ちた声でそう言ってくれた。
そうして、志水くんからわたしへの一方的なレッスンで朝の時間は過ぎていった。
登校してくる同級生たちもちらほら出てきて、一人の女子に不可解な視線を向けられてようやく、わたしはこの光景が奇特なものだと気づいた。
「今日はそろそろ、ここまでにしない?」
わたしが上目遣いに言うと、志水くんは頷いて、
「明日も早く来る?」
と訊いた。
「来る。絶対来る」
わたしはつい、語気を強めてそう言ってしまって、遅れて顔が熱くなってきた。
「じゃあ、また明日もやろう。できれば、一学期の範囲を全部できるようになるまで。あと、よければノート貸すよ」
「でも、今日、数学あるよ」
「ちょうどノート変えたところだから、これは貸せる」
「……ありがとう。明日、絶対返すから」
「全然、いつでもいいよ」
志水くんは笑いながら肩をすくめた。
その笑顔を見ると、つい昨日まで志水くんがあまりにも眩しい存在だったということが思い出されて、お礼もそこそこに、わたしは逃げるようにして自分の席へと帰った。
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