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第6話
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それから二週間、志水くんは朝の時間をわたしのために使ってくれた。
なんだか夢を見ているような、あまりにもふわふわした時間で、わたしの集中はしばしば途切れてしまう。志水くんが説明してくれているのに、わたしは志水くんのことをじっと見ていたり、志水くんのことをじっと見ているのに、目の焦点が志水くんの顔のずっと向こうで合っているような感覚に陥ったりした。
それは、普段関わりのない人と話すときの、凡人としての正常な反応だと思うし、志水くんのような存在とこうして顔を付き合わせて共同作業をしているとなればなおさらだと思う。
それ以上の感情は、と自分に問いかけてみる。特別な感情があるのかどうかは自分でも分からない。志水くんのような人にうっすらとでも憧れない人はなかなかいないんじゃないかと思う。自分が抱いている憧れは、その域を超えているのか否か、自分でも分からない。
二週間が経って、夏休みが始まった頃には、わたしの数学に対する理解は随分進展していた。志水くんの説明を聞いたり、志水くんのノートを一年生のときの分から全部貸してもらったりして理解を深めていた。
夏休みのあいだも、志水くんはほとんど欠かすことなく早朝登校を続けていた。なんでそんなことが分かるかというと、わたしもほとんど毎日、早朝登校をしていたからだ。志水くんが休む日はバスケ部の合宿や練習試合、大会がある日だけで、その情報はマネージャーが運営しているバスケ部のSNSアカウントを追っていれば容易に仕入れることができた。わたしも、吹奏楽部の大会がある日以外は早朝登校を欠かさなかった。
夏休みのあいだじゅう、わたしと志水くんは早朝の時間をずっと共有していた。お互い、それぞれの部活の練習が始まるまでは教室にいたから、バスケ部も吹奏楽部も午後から練習なんて日は、お昼までの時間も同じ空気を共有していた。
とはいえ、みっちり数学を教えてもらったあの二週間が過ぎたあと、わたしと志水くんがまともに言葉を交わした機会はたったの二度しかない。
一度目は、暴風警報が出て部活の午後練習が流れた日だった。午前十一時半を少し過ぎた頃、二人のスマートフォンが一斉に震えだして、同時に画面を見て、そして、わたしたちはばっちりのタイミングで目を見合わせた。
「一緒に帰る?」
遠くの席から、志水くんがそう誘ってくれた。
わたしはこくこくと頷き、慌てて帰り支度を整える。そんなに急がなくても、という志水くんの苦笑いに気づいて、気恥ずかしさに顔を火照らせながら動作をゆっくりに戻した。クーラーの効いた教室なのに、キャミソールはもちろん、制服のブラウスまで背中に貼りついている感覚があって、それが余計に自分の羞恥心を撫でていた。
なんだか夢を見ているような、あまりにもふわふわした時間で、わたしの集中はしばしば途切れてしまう。志水くんが説明してくれているのに、わたしは志水くんのことをじっと見ていたり、志水くんのことをじっと見ているのに、目の焦点が志水くんの顔のずっと向こうで合っているような感覚に陥ったりした。
それは、普段関わりのない人と話すときの、凡人としての正常な反応だと思うし、志水くんのような存在とこうして顔を付き合わせて共同作業をしているとなればなおさらだと思う。
それ以上の感情は、と自分に問いかけてみる。特別な感情があるのかどうかは自分でも分からない。志水くんのような人にうっすらとでも憧れない人はなかなかいないんじゃないかと思う。自分が抱いている憧れは、その域を超えているのか否か、自分でも分からない。
二週間が経って、夏休みが始まった頃には、わたしの数学に対する理解は随分進展していた。志水くんの説明を聞いたり、志水くんのノートを一年生のときの分から全部貸してもらったりして理解を深めていた。
夏休みのあいだも、志水くんはほとんど欠かすことなく早朝登校を続けていた。なんでそんなことが分かるかというと、わたしもほとんど毎日、早朝登校をしていたからだ。志水くんが休む日はバスケ部の合宿や練習試合、大会がある日だけで、その情報はマネージャーが運営しているバスケ部のSNSアカウントを追っていれば容易に仕入れることができた。わたしも、吹奏楽部の大会がある日以外は早朝登校を欠かさなかった。
夏休みのあいだじゅう、わたしと志水くんは早朝の時間をずっと共有していた。お互い、それぞれの部活の練習が始まるまでは教室にいたから、バスケ部も吹奏楽部も午後から練習なんて日は、お昼までの時間も同じ空気を共有していた。
とはいえ、みっちり数学を教えてもらったあの二週間が過ぎたあと、わたしと志水くんがまともに言葉を交わした機会はたったの二度しかない。
一度目は、暴風警報が出て部活の午後練習が流れた日だった。午前十一時半を少し過ぎた頃、二人のスマートフォンが一斉に震えだして、同時に画面を見て、そして、わたしたちはばっちりのタイミングで目を見合わせた。
「一緒に帰る?」
遠くの席から、志水くんがそう誘ってくれた。
わたしはこくこくと頷き、慌てて帰り支度を整える。そんなに急がなくても、という志水くんの苦笑いに気づいて、気恥ずかしさに顔を火照らせながら動作をゆっくりに戻した。クーラーの効いた教室なのに、キャミソールはもちろん、制服のブラウスまで背中に貼りついている感覚があって、それが余計に自分の羞恥心を撫でていた。
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