早朝の教室、あの人が待ってる

河瀬みどり

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第9話

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二度目の会話は、警報なんか全然出ていなかったのに昼過ぎから土砂降りの大雨になった日に起きた。その日、志水くんはいつも通り早朝の教室にわたしよりも早く来ていて、バスケ部の練習時間が近づくと教室を去り、そして、いつもとは違って午前中の練習が終わると教室に戻ってきた。

教室に入る志水くんを捉えたわたしの視線に、

「雨がおさまるまでここで勉強するよ」

と志水くんは答えたけれど、それから何時間経っても雨の勢いは弱まらなかった。

「まだやる?」
「ううん、もう帰るよ」

もうすぐ学校が閉まる時刻になるという頃合いになって、志水くんはわたしの席に近づいてきた。本当はいま取り組んでいる問題を解ききったら帰り支度を始めるつもりだったけど、わたしは躊躇なく予定を変更して即座にノートを閉じる。

「傘、持ってないんだよね」

志水くんはそう呟きながら窓の外を眺めた。勢いのある雨は轟音をたてていて、煙幕を張ったように空気が白んでいる。

「コンビニまで走って行って傘買うから、歩いて来て。コンビニの中で待ってる」

志水くんはそんな言葉を残して、わたしが返事をする前に教室から去っていった。「待って」と言いたかったけれど、そんな勇気が咄嗟には出なかった。

志水くんの背中に向かって、志水くんには決して聞こえないような狼狽えた声で「うん」と言うのが精いっぱいだった。

わたしは雨傘を差して、一人で学校を後にする。

水たまりを完全に回避することは難しく、靴下にはすぐに水が染みこんでぐずぐずになっていった。どうして一緒の傘に入ろうと言えなかったのだろう。わたしは、高校生としての凡庸な勇気さえ持ち合わせてはいない。

コンビニに近づくと、立ち読みをしていた志水くんが雑誌棚越しに手を振ってくれた。わたしは傘を持っていないほうの手を胸の前に持ち上げて小さく手を振り返す。志水くんは奥に引っ込んで、わたしが自動扉の前に立ったときに、ちょうど会計を済ませていた。

それから、わたしたちは駅までの道のりを二人で歩いた。こんな雨の日だからか、コンビニから駅に至るまで、誰ともすれ違うことはなかった。時々、お互いの傘が触れ合って、そのたびに少しだけ距離を取った。

「もうすぐ新学期だね」
「うん。いい夏休みだった」

わたしの独り言のような呟きに、志水くんはさっぱりとした声でそう反応した。

志水くんの横顔はどこまでも爽やかで迷いなく、志水くんの傘の下だけ快晴みたいだとわたしは感じた。
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