6 / 6
第5話
しおりを挟む
夫であるキースから告白のようなものを受けてから十数日が経った。変に意識してしまい、彼とまともに会話をすることすらままならなくなってしまった。
相変わらず毎晩フェリーチェの宮に訪れるキースとの会話はいらっしゃいませ、とおやすみなさい、などの挨拶程度である。キースの方もフェリーチェとの距離を測りかねているようで、フェリーチェが危惧していた強引な態度や接触なども無くただ2人隣り合わせで眠る日々が続いた。
今夜もいつも通り会話もなく眠りにつくのか、と思いながらベッドに身を沈めたフェリーチェに、ふいにキースが声をかけた。
「フェリーチェ」
「は、はいキース様」
話しかけられるなどとは思っていなかったため、声が少し震えてしまう。そんなフェリーチェの態度を気にとめる様子もなく、キースは口を開いた。
「明日ラウラの宮へ行こうと思う」
「……そう、ですか」
彼にはっきりと好意を伝えられた時、確かに胸は高鳴りはした。だが、それが恋なのかと問われたらフェリーチェはそうだ、と答えられる自信が無い。何故なら今まで恋はおろか、幼い異母弟や年が離れていて、フェリーチェや母レティーツィアに冷たく当たる異母兄以外の男性とは関わったことがないのだ。母の結婚はどう見ても幸せな結婚ではないし、恋だの愛だの言われてもフェリーチェにはピンと来なかった。
──だが、ラウラ妃の宮へ行くというキースの言葉に、ちくりと胸が痛む。
「随分と久しぶりですし、ラウラ様も
心待ちにしていらっしゃるでしょう」
努めて、にこやかな笑顔を作る。
自分がラウラ相手に嫉妬していることを悟られたくなかった。最も、この感情が嫉妬なのかもフェリーチェには良くわからないけれども。
「少し、マーリアの顔を見るだけだ。その後はすぐこちらへ戻ってくるよ」
まるでこちらの気持ちを見透かしているかのように、フェリーチェをあやす様にキースは言う。
キースはここ2週間ほどフェリーチェの宮にしか訪れていない。政務が終わるとすぐフェリーチェの宮へ来て、政務が始まる前にフェリーチェの宮を引き上げる……といった生活を送っている。
幼いマーリア姫はきっと父親を恋しがっているだろう、ととても可愛らしい様子だった彼女を思い出す。
「わかりました。お待ちしていますね」
いくらラウラの事をよく思っていないとはいえ、彼女の娘まで虐げようとは思っていなかった。愛らしい姫君にはなんの罪もないし、正妃腹であるにも関わらず姫であるという点を鑑みれば彼女は宮廷内で若干不遇されているといってもいい。母親のラウラが並ならぬ愛情を注いでいる為恐らく本人にその自覚はないが。
「フェリーチェも来るか?」
「……ですが、」
ラウラはきっと気を悪くするだろう。彼女からしたらフェリーチェは夫を奪った悪女なのだから。実際、ラウラはフェリーチェを酷く憎み恨んでいた。
手が付けられないほどの気の荒れ様を、ラウラの宮のものは必死に周囲に対して隠していた。
「わたくしは遠慮致します。久しぶりの家族の対面に水をさしたくはありませんわ」
「……そうか」
・
「久しぶりの家族の対面に水をさしたくはありませんわ」
ゆっくりと、そう言葉を選びながらはっきりと口にした妻に対して、キースはなんともいえないもの寂しさを感じていた。妻といっても巷ではやりの小説などに見られる美しい恋愛結婚ではなくて、娘の懐妊とそれに伴う立正妃に乗じて色々と後暗いところを溜め込んできたシャトラウゼ家を抑圧したい……言葉を選ばずに言えば、廃したいという政治的な結婚だし、まだお互い顔を付き合わせてから一月も経っていなかった。しかし、キースは初めて顔を合わせた時から、彼女とはどこかであった事があるような……同じ人生を歩んできたような、そんな気がしていた。その理由の一つが、彼女の表情である。妻と自分の、所謂結婚式の代わりである宴で彼女は終始笑みを浮かべていた。その笑みは明らかに嫌がらせである飲むに耐えないようなワイン(実際キースは口にした訳では無いが、後に処分させる前に侍従に飲ませたら明らかに表情がそう物語っていた)を口にしても崩れることは無かった。彼女は作っているのだ。望まれるままに、美しく完璧な公爵令嬢を……そしてこれからは皇太子の妻を。キースには上に3人、下に2人の兄弟がいる。……いや、いた、という方が正しいかもしれない。弟2人はそもそも血の繋がりは半分だし、名家の婿養子として臣籍に降ることが決まっていて、戸籍上キースとは他人になる。兄3人は死んだ。幼い頃からキースは帝位継承権を争い、常に兄弟と対立していた。否、させられていた。キースが母后の胎内にいる頃から……そして、宿る前からすでにその争いは始まっていた。キースは他の派閥に弱味を握られないよう、常に完璧な行動をしなければならなかった。キースもまた、完全無欠な皇子をつくっていたのだ。
キースは自分自身を作ることの息苦しさを理解していたし、作ることによってさらにのしかかる期待と重圧へのストレスも理解していた。だから、彼女の心の拠り所となりたいと思った。何故出会ったばかりの他人に対してこんな事を思うのかはうまく説明出来ないので恐らくこれがきっと恋なのだろう。人間の感情とは時として理論では説明できないものであるからにして。
「……そうか」
彼女が何を考えているかわからない。だが、わかろうと努力はしようと思った。だからキースは、そうかとは言ったもののラウラの宮へと1人で行くつもりは無かった。家族の対面に水を差したくない、と彼女は言ったが彼女だってキースの妻だ。家族である。ラウラ達シャトラウゼ家の者からしたら家族として認めがたい存在ではあるかもしれないが、両方1度決まった結婚である以上フェリーチェとラウラはこの先何十年もこの宮殿で共に暮らし続けるのだ。いずれフェリーチェが懐妊しマーリアの兄弟を出産するとなると、母親同士に確執があるのは良くない事である。兄たちが死んだ原因も、半分以上は母親同士の、そしてその実家同士のいがみ合いが原因だとキースは思っている。
「まぁ、良い。今日はもう寝るか」
「えぇ、おやすみなさいませキース様」
フェリーチェはそう言って早々、目を閉じた。
初めて、就寝前に長々と会話をしたな。
そう思いながらキースも瞳をゆっくりと閉じた。
相変わらず毎晩フェリーチェの宮に訪れるキースとの会話はいらっしゃいませ、とおやすみなさい、などの挨拶程度である。キースの方もフェリーチェとの距離を測りかねているようで、フェリーチェが危惧していた強引な態度や接触なども無くただ2人隣り合わせで眠る日々が続いた。
今夜もいつも通り会話もなく眠りにつくのか、と思いながらベッドに身を沈めたフェリーチェに、ふいにキースが声をかけた。
「フェリーチェ」
「は、はいキース様」
話しかけられるなどとは思っていなかったため、声が少し震えてしまう。そんなフェリーチェの態度を気にとめる様子もなく、キースは口を開いた。
「明日ラウラの宮へ行こうと思う」
「……そう、ですか」
彼にはっきりと好意を伝えられた時、確かに胸は高鳴りはした。だが、それが恋なのかと問われたらフェリーチェはそうだ、と答えられる自信が無い。何故なら今まで恋はおろか、幼い異母弟や年が離れていて、フェリーチェや母レティーツィアに冷たく当たる異母兄以外の男性とは関わったことがないのだ。母の結婚はどう見ても幸せな結婚ではないし、恋だの愛だの言われてもフェリーチェにはピンと来なかった。
──だが、ラウラ妃の宮へ行くというキースの言葉に、ちくりと胸が痛む。
「随分と久しぶりですし、ラウラ様も
心待ちにしていらっしゃるでしょう」
努めて、にこやかな笑顔を作る。
自分がラウラ相手に嫉妬していることを悟られたくなかった。最も、この感情が嫉妬なのかもフェリーチェには良くわからないけれども。
「少し、マーリアの顔を見るだけだ。その後はすぐこちらへ戻ってくるよ」
まるでこちらの気持ちを見透かしているかのように、フェリーチェをあやす様にキースは言う。
キースはここ2週間ほどフェリーチェの宮にしか訪れていない。政務が終わるとすぐフェリーチェの宮へ来て、政務が始まる前にフェリーチェの宮を引き上げる……といった生活を送っている。
幼いマーリア姫はきっと父親を恋しがっているだろう、ととても可愛らしい様子だった彼女を思い出す。
「わかりました。お待ちしていますね」
いくらラウラの事をよく思っていないとはいえ、彼女の娘まで虐げようとは思っていなかった。愛らしい姫君にはなんの罪もないし、正妃腹であるにも関わらず姫であるという点を鑑みれば彼女は宮廷内で若干不遇されているといってもいい。母親のラウラが並ならぬ愛情を注いでいる為恐らく本人にその自覚はないが。
「フェリーチェも来るか?」
「……ですが、」
ラウラはきっと気を悪くするだろう。彼女からしたらフェリーチェは夫を奪った悪女なのだから。実際、ラウラはフェリーチェを酷く憎み恨んでいた。
手が付けられないほどの気の荒れ様を、ラウラの宮のものは必死に周囲に対して隠していた。
「わたくしは遠慮致します。久しぶりの家族の対面に水をさしたくはありませんわ」
「……そうか」
・
「久しぶりの家族の対面に水をさしたくはありませんわ」
ゆっくりと、そう言葉を選びながらはっきりと口にした妻に対して、キースはなんともいえないもの寂しさを感じていた。妻といっても巷ではやりの小説などに見られる美しい恋愛結婚ではなくて、娘の懐妊とそれに伴う立正妃に乗じて色々と後暗いところを溜め込んできたシャトラウゼ家を抑圧したい……言葉を選ばずに言えば、廃したいという政治的な結婚だし、まだお互い顔を付き合わせてから一月も経っていなかった。しかし、キースは初めて顔を合わせた時から、彼女とはどこかであった事があるような……同じ人生を歩んできたような、そんな気がしていた。その理由の一つが、彼女の表情である。妻と自分の、所謂結婚式の代わりである宴で彼女は終始笑みを浮かべていた。その笑みは明らかに嫌がらせである飲むに耐えないようなワイン(実際キースは口にした訳では無いが、後に処分させる前に侍従に飲ませたら明らかに表情がそう物語っていた)を口にしても崩れることは無かった。彼女は作っているのだ。望まれるままに、美しく完璧な公爵令嬢を……そしてこれからは皇太子の妻を。キースには上に3人、下に2人の兄弟がいる。……いや、いた、という方が正しいかもしれない。弟2人はそもそも血の繋がりは半分だし、名家の婿養子として臣籍に降ることが決まっていて、戸籍上キースとは他人になる。兄3人は死んだ。幼い頃からキースは帝位継承権を争い、常に兄弟と対立していた。否、させられていた。キースが母后の胎内にいる頃から……そして、宿る前からすでにその争いは始まっていた。キースは他の派閥に弱味を握られないよう、常に完璧な行動をしなければならなかった。キースもまた、完全無欠な皇子をつくっていたのだ。
キースは自分自身を作ることの息苦しさを理解していたし、作ることによってさらにのしかかる期待と重圧へのストレスも理解していた。だから、彼女の心の拠り所となりたいと思った。何故出会ったばかりの他人に対してこんな事を思うのかはうまく説明出来ないので恐らくこれがきっと恋なのだろう。人間の感情とは時として理論では説明できないものであるからにして。
「……そうか」
彼女が何を考えているかわからない。だが、わかろうと努力はしようと思った。だからキースは、そうかとは言ったもののラウラの宮へと1人で行くつもりは無かった。家族の対面に水を差したくない、と彼女は言ったが彼女だってキースの妻だ。家族である。ラウラ達シャトラウゼ家の者からしたら家族として認めがたい存在ではあるかもしれないが、両方1度決まった結婚である以上フェリーチェとラウラはこの先何十年もこの宮殿で共に暮らし続けるのだ。いずれフェリーチェが懐妊しマーリアの兄弟を出産するとなると、母親同士に確執があるのは良くない事である。兄たちが死んだ原因も、半分以上は母親同士の、そしてその実家同士のいがみ合いが原因だとキースは思っている。
「まぁ、良い。今日はもう寝るか」
「えぇ、おやすみなさいませキース様」
フェリーチェはそう言って早々、目を閉じた。
初めて、就寝前に長々と会話をしたな。
そう思いながらキースも瞳をゆっくりと閉じた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
120
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(4件)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
おもしろい!
お気に入りに登録しました~
ありがとうございます!
更新遅くなりますがお付き合い頂けますと幸いです໒꒱·̩͙
近況ボード拝見いたしました!
更新楽しみにしています!!!!!
色々ある中での受験…大変でしょうがお身体に気をつけて頑張って下さい
半年以上も返信、更新お待たせしてしまい申し訳ありません。お楽しみ頂けましたら幸いです໒꒱·̩͙
凄く面白いのに…
もう更新はされないんでしょうか…