単話完結のショートストーリー集

ヤギー

文字の大きさ
9 / 13

悪役令嬢

しおりを挟む
 思慮深く、堂々としていて、高貴さに満ち溢れた貴女に見惚れた。
 艶のある長い髪、細い肩と腰、それでいて程よく主張した胸を我が物としたいと願った。
 しかし貴女は届かぬ存在。既に手を出してはいけない存在だった。
 我が国の王子、その婚約者というのが貴女の肩書。弁える他ない。諦めはついていた。たまに話をするだけでも貴女の魅力は十分伝わり、満足できたから。
 貴女が幸せであり、俺のことを知人として認知してくれるならそれで良い。そう納得できていた。

 だが。貴女は今、この扉の向こうにいる。俺の屋敷の、ある一室に。
 それは何故か。買ったからだ。奴隷に落ちた貴女を。

 扉をノックし、間を多く取って開ける。開かれた先には貴女がいた。

「おはようございます」

 部屋に入り、一礼する。
 
「サフィア様、と呼べばいいんですかね」
「様付けするのはこちらでしょう?」

 サフィアは不遜に笑う。少し痩せてはいるが、相変わらずの気品に少し安心した。

「それはちょっと調子が狂いますね。前と同じく呼んでくださいよ」
「ではゼストア、事の顛末を説明しなさい」
「それは貴女が一番わかっているでしょう? 貴女の素性が魔王の血縁者だと王子にバレた。その結果、貴女方一家は処刑、しかし貴女だけは辛くも免れた。何とか逃げ仰せるも、闇商人に捕まり、そこを私が見つけ出して買った。これが一連の流れです」
「ええ、そうだったわね。でもバレたんじゃなく、バラされたのよ」

 俺の知らない補足が入った。

「リリアという田舎娘。知らないかしら?」
「ああ⋯⋯、今の王子の婚約者がそんな名前でしたね」

 考えるふりをして目を逸らす。

「そう。私に隠れて王子と密会していた女よ」

 色々と知っている口ぶりだ。
 要はサフィアはその女に嵌められたということ。

「まあ、今となってはどうでもいい話よ」
「どうでもいい、ですか」

 サフィアに怒りの表情はない。いや、この人は普段から完璧に表情を取り繕ってるから正確な判断はできないが、何となく悪い感情は心の中にも抱いていない気がする。むしろリラックスしているというか、緩みさえ見える。

「なんか、ホントにどうでもいいって感じですね」
「あら、わかる?」
「⋯⋯」

 無防備な笑顔、というヤツだ。今まで見たことのない顔。何のしがらみもないからこそできる顔。

「王子の婚約者という立場、もしくは魔王の血縁者という立場。どちらかがかなりの重荷になっていたと見えます」
「どっちもよ。まあ、どちらかというと前者か」

 今の彼女には何もない。重荷と一緒に大切なものまで消えてしまった。こんな風に飄々としていてもいつかは自覚する時が来る。その時はこの人でも泣いたりするんだろうか。

「やめなさい」
「⋯⋯何をですか?」
「憐れむのを」

 鋭く睨まれる。いつもの覇気ある表情。

「すみません」
「いずれこうなることは予測していたわ。だからその時から覚悟を決めていたのよ」
「知っていたと?」
「知っていたわ。だからこうして私は生き延びた」

 この人が知っていたと言うならそうなんだろう。そして、だとするなら今のこの状況が彼女にとって最善なんだろう。
 彼女は頭の良い人だ。だから選択を間違えない。見落とさない。選び遅れない。
 
「今後はどうするつもりですか?」

 数ある才能の持ち主である貴女なら、何だってできるだろう。俺はそれを見届けたい。

「どうって、私、君の奴隷だしどうもこうもないわよ?」
「そんなこと、貴女ならどうとでもなるでしょう」
「ふふふ。君はさあ、何か私のことを買い被ってるよね。そういう風に見せてきた私も悪いんだけど、そんな君が一番に私を買うと予測もしてたけど、そろそろ等身大の私を見てもいいんじゃないかしら?」

 またも見たことのない表情。挑発するような何かを期待するような、そんな顔。

「?」
「え。わからない?」
「はい。残念ながら」
「ゼストア。君はさ、私のこと、好き?」
「まあ、はい」
「なら私に、したいことあるんじゃないかしら」

 え。そういうこと? 
 ほんのり顔を赤くするサフィアを見てようやく気付いた。

「い、いや、俺は⋯⋯」
「初めて出会った時から、私は君の目を惹いていたわ。言い方、おかしいけれどね。その時から私は、今のこの状況を、一つの可能性として想像していたの。⋯⋯今後どうするかなんて、それは君が決めることなのよ」

 ここからは、俺か。そうだな。委ねられたら行くしかない。

「俺は、確かに一目惚れだった。でもそれは、貴女の気高さに惚れたんだ」

 人より優れている所、それに驕らない所。より良くあろうとする心意気に惚れた。でも、

「でも。よね⋯⋯?」
「勝手に心を読まないでください。⋯⋯ええ、でもです。それと同じく、外見にも惚れました。これに関しては完全なる性欲です。だから相応しくない——」
「とも、思いきれてないのでしょう?」
「⋯⋯まあ、はい。わかってますよ。然るべき時が来たら、俺の選択を下させてもらいますよ」

 なんならそれは、今晩かもしれない。というかそうだろうな。

「まあ、いいわ。その時が来たら、私の両方ともを愛しなさい」
「奴隷の態度じゃないんですよ」

 互いに、示し合うように笑みを見せた。
 今、初めてサフィアに向けて本心で笑った気がする。そして三度見たサフィアの初顔。
 これが等身大、というヤツだろうか。毅然としていない表情。こんなの誰も見たことないんじゃないだろうか。いや、王子はあるか。それを思うと、中々にモヤつくな。

「ちなみに言っておくけれど、王子は私のことを何も知らないわ」
「あの。俺ってそんなに心が読みやすいですか?」
「あら。もしかしたらそれは、お互い様かもしれないわよ?」
「お互い様?」

 言葉だけだと意味がわからなかった。
 サフィアの顔を見て理解した。

「君に想ってもらえて、嬉しさが隠せないの」

 ああ、こんなにも、素直な人だったのか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

処理中です...