幼馴染の攻略がこんなに難しいなんて聞いてない!

ぼんばん

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14.天敵の天敵、一目惚れしているらしい

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『ーーってことがあって! 何であんな綺麗なお友達いるなら紹介してくれなかったの!』
「へー……。」

 私は通話アプリをチラリと見た。
 あ、晴がミュートしてる。しかも、席外してるし。
 ちらりと画面を見てみると、左頬にそれはもうとても美しい紅葉マークがついていた。

 ちなみに私は、晴と藤島さん、あと光莉さんと通話しながらFPSをやっている。私たち4人はゲーム友だちだ。
 今は休憩中で、晴はつまみを取りに行くと言ってから戻ってくる気配がない。たぶん遠目で見てはいると思う。でも、面倒だから話題が切れるまで戻ってくる気はないのだろう。

 何でかは知らないけど、先日透子が晴を訪ねたらしい。透子は晴のことを嫌いとは言っているが、たぶん仲は悪くない、と思う。
 透子は私がゲームに現を抜かしていると、時々晴に八つ当たりをしている。でも、晴もなんやかんやと許している気配があるので、私は放置している。
 透子は高校1、2年の時同じクラスだった。剣道部に所属していて礼儀正しい、弱き者の味方って感じの子。私が小柄だったせいか、とても愛でられていた。勉強はお世辞にも得意でなかったと思うけど、真面目で努力家、硬派な女性だ。
 そのせいか、仲のいい人を揶揄う気のある晴はよくチョップを落とされていたけど気心知れているからと信じたい。

 閑話休題。
 それで居酒屋で飲んでいた晴を凸したところ、藤島さんと出会してしまったらしい。
 私が知る限り、晴の周りにいる人の中で最も透子と相性の悪い人だと思う。今まで聞いていた話からすると、透子の容姿や性格は藤島さんの好みでないと思っていたけど意外や意外、どストライクだったそう。
 で、出会って10秒で告白し、20秒で振られ、本気のビンタを食らったそうだ。
 いつもなら腹を抱えて笑いそうな晴が遠い目をしていたから本当に一瞬のことだったんだろうね。

 ただ、この話をした時には、晴も私も酒に酔った勢いとノリだろうと笑えていた。

 だけど、その翌日ーというか今日ー出勤したところ、いつもならまだ出勤していないであろう時間にデスクについている藤島さんが、真っ赤な頬を携えながら、可愛かったなぁとぼやいていたらしい。
 晴はもう愕然としたそうで。
 なんとか仕事は余計な会話を交えず終えたらしいけど、帰宅後のこのゲーム会が問題だった。

 何だか上の空でミスも多い。
 私と渋々戻ってきた晴は指摘すまいと口を閉ざしていたが、お人好しの塊である光莉さんは聞いてしまった。
 聞いてしまったが最後、今に至る。

『でも、藤島さんがそこまで言う女の子って珍しいですね。』
『そう、まさにこれが運命だと思いましたよ。九重さん、八草くん、山部さんってどんな人が好み?』
『チャラくない人、硬派、体育会系、ゴツメの人。』

 たぶん藤島さんの真反対の要素を適当に挙げただけだ。でも、大方合ってる。

『へー……なら、筋トレ始めて、髪切って、あと女の人と遊ぶのやめればオッケーかね。今って彼氏いるのかな。』
「え、いないとは思いますけど本気で言ってます?」

 金髪にピアスの穴も空いたまさにチャラ男代表の彼がイメチェンをするだと?
 晴も画面の向こうで信じられないものを見るような目で見ていた。光莉さんだけはその話を聞いて、表情を明るいものに変えていた。

『今までとは違う……本気なんですね?』
『もちろん、光莉さんの言う通りっすよ。まずは見かけから頑張るんで変わったら紹介してね、九重さん。』
「……。」

 はいともいいえとも言えない。
 勿論その後の私のエイムは狂いに狂って全然優勝できなかった。



 驚かされたのは、その翌週のことだった。
 夕食を食べ終わって、あとはお風呂だけだと思ってたら隣の部屋からバタバタと音が聞こえた。
 何だろうと思いながら横になっていると、スマホからメッセージを知らせる音がする。どうやら晴が部屋にきたらしい。
 合鍵で入るように送ると、何やら楽しそうな、少し困ったような、何とも言えない顔をしていた。

「どうしたの?」
「ねぇねぇちょっと聞いてよ! 藤島さん、本当に変わってきたんだよ!」
「え、どういうこと?」
「これ見てよ!」

 晴が見せてきた写真を見る。
 そこには、晴よりも暗めの髪に真面目そうな人が映っていた。どこかで見たことあるような垂れ目がちの優しげな顔……、ん?

「これ藤島さんだよね?!」
「だからそうだって言ってるじゃん! オレも昼誘われて本当にビビったよ!」

 晴もだいぶ驚いたみたいで、珍しく声が大きい。

「でも、上司や先輩に言われても頑なに変えなかった人があっさり変えるなんて……。間違いなく本気だよ。」

 確かに、彼は初めて会った時から見た目はチャラかった。息をするように女の子の容姿を褒めるし。
 ヤバい人とマッチングしてしまったかもと不安に駆られたのを今でも覚えている。

「しかも、あの人、今まで遊んだ女の人の連絡先ちゃんと消した上、いつもなら喜んで行く女性社員との食事や飲み会も断ったんだよ? 何なら今までハシゴしてたのに!」

 晴は信じられないと言っているけど、割と普通のことではと思ってしまう。たぶん、晴は藤島さんに限り、その辺の基準がバグっているらしい。
 私が黙っていると、珍しく真剣な顔で尋ねてきた。

「ねぇ、嫌がられるの承知で言うけどさ。1回だけチャンスを藤島さんにあげるのダメかな。」
「……それは、ちょっと思うけど。」

 私にとっても藤島さんはゲーム友だちだ。
 応援してあげたい。でも、それ以上に透子の嫌がることはしたくない。晴もそう思ってはいるようで、腕を組んで閉口してしまう。
 だが、彼は絞り出すように指を立てて提案をする。

「なら、こういうのはどう? オレ殴られるかもしれないけど。」
「いいの? 殴られるよ?」
「聞く前から確定かよ。」

 大概晴が殴られるかもとか、そういうことを予見している場合は当たる。むしろ、殴られると思っていなくても理不尽な暴力が彼を襲うこともしばしばだ。
 ただ、晴の提案を聞いてやっぱり殴られるんじゃないかなとは思った。



「まさか美里さんからお泊まり会に誘ってもらえるとは! 私、この日の思い出を忘れません! パジャマも洗いません!」
「そんな大袈裟な……。」

 透子はいい人なんだけど時々変なことを言うからちょっと引く。私限定みたいだし、いいけど。
 相談してから暫く経った頃、透子をいわゆるお泊まり会に誘った。
 私がこの後起こるイベントを思い、少しだけ気を揉んでいると、勘の鋭い透子は不思議そうな顔をした。

「どうしたんですか?」
「いや、なんでも……。」

 大概自分が嘘をつくことが苦手なのは自覚している。
 ヤバい、バレたかな。
 そんなことを考えて内心冷や汗でびっしょりだったけど、透子の口から出た言葉は予想と違うものだった。

「もしかして、八草さんのことで悩んでいるんですか? ……言いたくないですけど、美里さんってやっと八草さんのことを自覚されたんですよね?」
「……は?」

 やっと? やっとってどういうこと?
 私が固まっていると透子もまた不思議そうにしながら人差し指を突いていた。

「いや、だから……今までは無自覚だったのが自覚したからこそ、この前のプロフィール写真もそのままにしているんですよね? 今回のお泊まり会はそれに関することでは?」
「……いやいやいや、違うよ!」
「そうなんですか?」

 透子は拍子抜けしたと言わんばかりに目を丸くした。

「高校の時の女子のトークルームで付き合ってること否定されていたじゃないですか? だから、みんなてっきり自覚しただけかって……。」
「何それ?!」

 慌ててトークルームを覗くと、確かにそんな話している。私が完全に目を通さないパターンの既読スルーしてたから図星ってことにされてるのも気づかなかった。
 こんな形で暴露されるなんて想定してなかった。
 というか、これって晴に漏れてしまうのでは?
 私がそんなことを思案していると、不意にチャイムが鳴った。

 そうだ作戦のこと忘れてた。

「はーい。」
「美里ちゃん聞い、」
「返事しただけで入っていいとは言ってませんが?」
「ほへほへいしんひて、はんめんふかまへふほはほもはなはっは。」

 いつもの調子で入ってきた晴を頬をつぶすように鷲掴んでいる。晴の顔が小さいのか、透子の手が大きいのか。
 しかし、晴が入ってしまえばこちらのものだ。

『あれっ、と……山部さんすか?!』
「げっ、藤島さん!」

 声だけで判別したらしい透子は、晴のスマホから聞こえてきた声に反応して私の後ろに隠れた。

 そう、今回の作戦はだいぶおざなりではあるが、偶然を装って藤島さんと通話をしている晴がお泊まり会に乱入してしまう作戦だ。
 藤島さんはたぶんその機会に気づくし、透子はテンパってるのでたぶん気づかない。
 普段は聡いのに妙なところで鈍いのだ。

 晴はいつも通りわざとらしく尋ねた。

「やー、2人でゲームの話で盛り上がったから美里ちゃんも、って思ってきたんだけど取り込み中かな?」
「そうです、これから取り込みます! だから、八草さんはそのスマホを持って帰っ『待ってください!』

 突如聞こえた声に透子は露骨に肩を震わせた。

『そっちの姿は映らなくしてもらっていいんで一度画面を見てもらえませんか? あと、八草くんは耳塞いで……。』
「はーい。」

 全く塞ぐ気配はない。
 晴は言われた通りに設定して、私たちの方に画面を向けた。
 私の後ろから透子は恐る恐る、といった様子で顔を覗かせて、小さく息を漏らした。

 当然だろう、画面の向こうにいるのは透子が知っている藤島さんじゃない。
 髪を染め、アクセサリーも外した普通の、何ならゲームをする時のだらしない格好の藤島さんなのだ。

『あーと、えー、と。この前会った藤島っす。その、あの時は勢いで告白しちゃったんだけど、本当に一目惚れでした……。
 たぶん、八草くんからはだらしない人間って言われてると思うんすけど、山部さんと会ってからナンパは一切やめましたし、飲み会も同僚以外とは行ってません。
 本気で、山部さんを好きになったんす。』


『付き合って、とは言いません。友だちから、はじめてもらえませんか。』


 透子は、もちろん私と晴も何も言わない。
 空間を静寂が包む。
 どうしよう、私と晴が目で会話をしていた時、透子が私の肩を掴んでいた手を緩めた。

「……ナンパや女性遊びをしないのは当然です。それを許していた貴方の性質自体が受け入れられません。
 それに容姿に関してとやかく言うつもりはありませんが、私は少なくとも以前の姿の藤島さんは良い印象ではありません。」
『……そ、だよね。』

「だだ!」

 しょんぼりとしていた藤島さんに向けて指を差した。
 
「態度を改めてきたので、その性根を直すお手伝いくらいだったらしてあげます! ……友人として。」
『な、「でも、連絡先を交換するだけです。絶っっ対に2人きりで出かけたりはしません!」
『わかった、なら八草くんを連れて行きます!』
「嫌だけど?!」

 突然の名指しに晴は顔を青くして首を横に振った。

『お願いします!』
「嫌ですよ! あ、ならせめて美里ちゃんも行こうよ! ね、山部さんもその方がいいでしょ?」
「そ……ですけど。」
「よし、またダブルデート。」
「また?! またって言いました?!」

 透子の初撃を避けた晴は通信の繋がったスマホを私に預けると甘んじて締められていた。
 スマホの向こうからは薄々状況を理解しているらしい藤島さんの笑い声が聞こえる。

「良かったですね、藤島さん。」
『うん。九重さんもよろしく。』

 さて、そろそろ止めるか。
 私は友人の照れ隠しに終止符を打つべく重い腰を上げた。
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