千物語 I

松田 かおる

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さとがえり

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先週、仕事を辞めた。
理由はいくつかあったが、「人間関係に疲れた」というのが一番大きかった。

何だか生きていることに疲れた気分にすらなってしまったが、そんなことを考えるのはさすがに危ないと思ったので、リフレッシュを兼ねて久しぶりに「里帰り」をすることにした。
とは言っても、俺の故郷はダムの底に沈んでいて、実際に家があるわけではない。
ただ、ダム湖の中ほどにある小島が盆暮れシーズンの夜にライトアップされ、ちょっとした観光スポットになっている。
ちょうどいい機会なので一度見てみるのも悪くないと思い、ダムに行くことにした。

最寄駅からダムまでは、長時間バスに揺られることになる。
その間の心地よい揺れが、緩やかな眠気を誘う…

「--くん、ほら起きて」
いつの間にか眠ってしまっていたようで、声をかけられて目を覚ました。
外は完全に日が暮れていて、真っ暗だった。
…随分と眠り込んだなぁ。
そんなことを考えながら声をかけられた方を見ると、浴衣姿の女性がいた。
…誰だっけ…あぁ、親戚のお姉ちゃんだ。でも確か…
起き抜けの頭でぼんやり考えていると、お姉ちゃんは
「急がないと祭りが終わっちゃうよ、早く早く」
と、俺の手を引っ張りながらバスから連れ出した。

湖岸に連れていかれる。
湖の真ん中にある小島が、幻想的に淡く輝いている。
すると小島から「光の道」が伸びてきて、目の前の湖岸につながった。
「さ、行こう」
お姉ちゃんに促されて、光の道を歩き始める。
光の道を通って小島に渡ると、そこでは小さな祭りが開かれていた。
りんご飴を買ったり、ヨーヨーすくいをしたりと、祭りを楽しんだ。

「あ、おばあちゃんがいるよ」
と言うと、お姉ちゃんが明かりの届かない先を指さした。
目を凝らすと、確かにそこにはおばあちゃんがいた。

おばあちゃんの方へ足を進める。
気が付けばいつの間にか僕自身、何もかも一番楽しかった頃の中学生の姿になっていた。
おばあちゃんの顔がはっきり見えるところまで近づいて、
「ただいま、ばあちゃん」
と声をかける。
おばあちゃんはその言葉に応えるように僕に向かって優しく微笑んで、何か言おうと口を開くと…

そこで目が覚めた。
周りを見回すとまだバスの中で、外には夏の日差しが降り注いでいた。
…ずいぶん懐かしい夢だったなぁ。
そんなことを考えていたら、バスのアナウンスが目的地のバス停を告げた。

慌てて降車ボタンを押そうとした俺の手を見ると、りんご飴が握られていた。
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