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第6話 「シャッター・ガール」の苦笑
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-1-
「さ、それじゃ話してもらおっか。 どうしてこんな事したか」
藍梨が一生に聞いた。
しばらく黙っていたが、やがて一生は、
「…原地先輩がこの間の写真コンクールで最優秀賞を取ったのは知っていました。 もちろんこの学校にいる事も。 なんて言いますか、原地先輩は僕の憧れみたいなものでした」
静かに話し始めた。
「で? その憧れの先輩に、どうしてこんな真似を?」
茶化すでも照れるでも責めるでもなく藍梨が聞くと、一生は、
「…『君の写真の腕を見込んで、頼みたい事がある』って、小峰先生が」
そう答える一生の言葉を聞いて藍梨はあからさまに「やっぱり」といった顔をして、
「それから?」
先を促した。
「『原地が隠れていかがわしい写真を撮っているという噂がある。 もしそれが表立ってしまったら、原地のために良くない。 そこで君にお願いしたいんだが、できるだけ原地の近くにいて、そういった写真を撮らせないようにして欲しい』って…」
「『いかがわしい』… モノはいいようだ…」
感心したのかあきれたのか、どちらとも取れそうな口調で言うと、藍梨は深いため息を一つついた。
「それで写真部に入部して、わざとヘタな写真しか撮れない振りをして、あたしの後を付け回した、と」
藍梨が続けると、一生はこくりとうなずいて、
「…純粋に原地先輩の写真のウデを盗…参考にさせてもらおうと思ったのもあって、それと…」
そこまで言うと下を向いて、
「原地先輩とお近づきになれる、いいチャンスかな、って…」
少し声を小さくして続けた。
「…で? あの『写真』はどうして撮るようになったの?」
その事に特に何も突っ込まずに藍梨が先の話を促すと、一生は再び続けた。
「いつまで経っても『いかがわしい写真』を取る気配がないので、小峰先生に見たままを話しました。 そうしたら小峰先生が」
「『それなら本人に撮られる者の気持ちを味わわせてやろう。 そうすれば少しは考えが変わるだろう』と」
藍梨が一生の言葉をさえぎるように言った。
一生は無言でうなずくと、
「…あとは多分、原地先輩の考えている通りだと思います…」
消えそうな声で言った。
藍梨はそこまで聞くと、
「はぁーっ…」
と、思いきり深いため息をついた。
「…あの… やっぱり怒ってますよね?」
一生が恐る恐る聞くと、藍梨は
「別に怒っちゃいないけど… 二つ言いたい事があるかなぁ」
と答えた。
「言いたい事?」
藍梨はうなずきながら、
「一つ目。 そもそもあたしは『いかがわしい写真』なんか撮ったりしない。 そりゃ場合によってはこそこそ撮るような事があるかもしれないけど、それは人様に見せられないような『いかがわしい写真』じゃない。 被写体本人がどう思うかは知らないけど、写真自体は茶目っ気の利いた健全なモノよ」
はっきりと言った。
「…はぁ」
「それと二つ目、こっちの方が肝心だけど。 あたしとお近づきになりたかったらセコい手なんか使わない。 いいウデ持っているんだから、正々堂々と来る事」
そう藍梨は言い切ると、
「あたしが言いたいのはそれだけ。 あとは君のお好きに。 じゃあ美絵、悪いけどカギ閉めよろしく」
そう言って藍梨はカバンを持って部室を出て行こうとしたが、扉に手をかけたところで何かを思い出したように振り返り、
「あ、そうだそうだ。 一つ聞こうと思ったんだった」
一生の方を向いて言った。
「…何でしょう?」
「あの『食券』、あれも『先生』の差し金?」
藍梨が聞くと、一生は首を横に振り、
「『隠し撮り』のお詫びと言うか、罪滅ぼしと言うか… 原地先輩、よく学食でラーメン食べているのを見かけたので、ラーメンが好きなのかなぁ、と思って。 本当は『きつねうどん』とか『カレーライス』辺りにしようかと思ったんですけど…」
と言った。
それを聞いた藍梨はくすっと笑って、
「…よく見てるね」
それだけ言うと、今度こそ部室を出て行った。
-2-
翌日、朝。
藍梨が昇降口でサンダルに履き替えようとしていた時、背後から
「原地先輩」
と声をかけられた。
その声に藍梨が振り向いた瞬間、「味のあるシャッター音」とレンズが藍梨を出迎えた。
「…スドー君」
藍梨がつぶやくと、一生は構えていたカメラを下ろしながら
「決めました。 これからは正々堂々と先輩のウデを盗…参考にさせてもらいます」
そう言うと、制服のポケットから写真を一枚取り出して藍梨に手渡した。
「じゃ、またあとで」
それだけ言うとぺこりと頭を下げて、一生はその場を後にした。
藍梨は一生を見送ると、手渡された写真を見た。
そしてそれを見た次の瞬間、
「やられた…」
そう言って藍梨は苦笑した。
それはいつの間に撮ったのか、視線こそカメラを向いてはいないものの、かなりの近距離で真正面から写されたであろう藍梨の姿と、そして「きつねうどん」と「カレーライス」の食券がクリップ留めされていた。
藍梨は食券を財布に、写真を制服のポケットにしまうと、サンダルに履き替えて教室へ向かった。
-3-
そんな事があってから。
「2年3組 原地 藍梨と1年1組 首藤 一生っ! 大至急職員室に出頭しろーっ!」
穏やかな昼休みのひと時は、ハウリングと一緒に飛び出した教師の絶叫で打ち破られ続けている。
「さ、それじゃ話してもらおっか。 どうしてこんな事したか」
藍梨が一生に聞いた。
しばらく黙っていたが、やがて一生は、
「…原地先輩がこの間の写真コンクールで最優秀賞を取ったのは知っていました。 もちろんこの学校にいる事も。 なんて言いますか、原地先輩は僕の憧れみたいなものでした」
静かに話し始めた。
「で? その憧れの先輩に、どうしてこんな真似を?」
茶化すでも照れるでも責めるでもなく藍梨が聞くと、一生は、
「…『君の写真の腕を見込んで、頼みたい事がある』って、小峰先生が」
そう答える一生の言葉を聞いて藍梨はあからさまに「やっぱり」といった顔をして、
「それから?」
先を促した。
「『原地が隠れていかがわしい写真を撮っているという噂がある。 もしそれが表立ってしまったら、原地のために良くない。 そこで君にお願いしたいんだが、できるだけ原地の近くにいて、そういった写真を撮らせないようにして欲しい』って…」
「『いかがわしい』… モノはいいようだ…」
感心したのかあきれたのか、どちらとも取れそうな口調で言うと、藍梨は深いため息を一つついた。
「それで写真部に入部して、わざとヘタな写真しか撮れない振りをして、あたしの後を付け回した、と」
藍梨が続けると、一生はこくりとうなずいて、
「…純粋に原地先輩の写真のウデを盗…参考にさせてもらおうと思ったのもあって、それと…」
そこまで言うと下を向いて、
「原地先輩とお近づきになれる、いいチャンスかな、って…」
少し声を小さくして続けた。
「…で? あの『写真』はどうして撮るようになったの?」
その事に特に何も突っ込まずに藍梨が先の話を促すと、一生は再び続けた。
「いつまで経っても『いかがわしい写真』を取る気配がないので、小峰先生に見たままを話しました。 そうしたら小峰先生が」
「『それなら本人に撮られる者の気持ちを味わわせてやろう。 そうすれば少しは考えが変わるだろう』と」
藍梨が一生の言葉をさえぎるように言った。
一生は無言でうなずくと、
「…あとは多分、原地先輩の考えている通りだと思います…」
消えそうな声で言った。
藍梨はそこまで聞くと、
「はぁーっ…」
と、思いきり深いため息をついた。
「…あの… やっぱり怒ってますよね?」
一生が恐る恐る聞くと、藍梨は
「別に怒っちゃいないけど… 二つ言いたい事があるかなぁ」
と答えた。
「言いたい事?」
藍梨はうなずきながら、
「一つ目。 そもそもあたしは『いかがわしい写真』なんか撮ったりしない。 そりゃ場合によってはこそこそ撮るような事があるかもしれないけど、それは人様に見せられないような『いかがわしい写真』じゃない。 被写体本人がどう思うかは知らないけど、写真自体は茶目っ気の利いた健全なモノよ」
はっきりと言った。
「…はぁ」
「それと二つ目、こっちの方が肝心だけど。 あたしとお近づきになりたかったらセコい手なんか使わない。 いいウデ持っているんだから、正々堂々と来る事」
そう藍梨は言い切ると、
「あたしが言いたいのはそれだけ。 あとは君のお好きに。 じゃあ美絵、悪いけどカギ閉めよろしく」
そう言って藍梨はカバンを持って部室を出て行こうとしたが、扉に手をかけたところで何かを思い出したように振り返り、
「あ、そうだそうだ。 一つ聞こうと思ったんだった」
一生の方を向いて言った。
「…何でしょう?」
「あの『食券』、あれも『先生』の差し金?」
藍梨が聞くと、一生は首を横に振り、
「『隠し撮り』のお詫びと言うか、罪滅ぼしと言うか… 原地先輩、よく学食でラーメン食べているのを見かけたので、ラーメンが好きなのかなぁ、と思って。 本当は『きつねうどん』とか『カレーライス』辺りにしようかと思ったんですけど…」
と言った。
それを聞いた藍梨はくすっと笑って、
「…よく見てるね」
それだけ言うと、今度こそ部室を出て行った。
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翌日、朝。
藍梨が昇降口でサンダルに履き替えようとしていた時、背後から
「原地先輩」
と声をかけられた。
その声に藍梨が振り向いた瞬間、「味のあるシャッター音」とレンズが藍梨を出迎えた。
「…スドー君」
藍梨がつぶやくと、一生は構えていたカメラを下ろしながら
「決めました。 これからは正々堂々と先輩のウデを盗…参考にさせてもらいます」
そう言うと、制服のポケットから写真を一枚取り出して藍梨に手渡した。
「じゃ、またあとで」
それだけ言うとぺこりと頭を下げて、一生はその場を後にした。
藍梨は一生を見送ると、手渡された写真を見た。
そしてそれを見た次の瞬間、
「やられた…」
そう言って藍梨は苦笑した。
それはいつの間に撮ったのか、視線こそカメラを向いてはいないものの、かなりの近距離で真正面から写されたであろう藍梨の姿と、そして「きつねうどん」と「カレーライス」の食券がクリップ留めされていた。
藍梨は食券を財布に、写真を制服のポケットにしまうと、サンダルに履き替えて教室へ向かった。
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そんな事があってから。
「2年3組 原地 藍梨と1年1組 首藤 一生っ! 大至急職員室に出頭しろーっ!」
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