シャッター・ガール

松田 かおる

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第5話 謎解きの時間

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-1-

「被写体」が歩いている。
しかも今日は一人だ。
まるで「撮ってください」と言わんばかりのシチュエーション。
そう考えると、思わずシャッターを押す指が震えそうになる。
落ち着け、落ち着け…
ここで気づかれたらおしまいだ。
昨日は少し焦り気味だったから、あやうく見つかってしまうところだった。
もう失敗できない。
そう自分に言い聞かせて、カメラを構える。
望遠レンズを使っているから少しは離れているが、音を立ててしまっては「被写体」に気づかれてしまう。
落ち着け、落ち着け…
まだ「被写体」は気づいていない、向こうを向いている。
―今だ―
そう言い聞かせてシャッターを切ろうとした瞬間。
「被写体」がくるりと振り向いてにっこりと笑うと、一直線にこちらに向かって歩いてくる。
―気づかれた?―
そう思ってさりげなく後ろに下がり始めた瞬間、両肩に誰かの手ががっちりとかかって、動けなくなってしまった。
どうしようかと思う間もなく「被写体」がやってきて、カメラを取り上げてしまった。
「ああー」
思わず情けない声を出してしまうと、
「『シャッター・ガール』をなめちゃダメよ、一生君」
がっちりと両肩を押さえている美絵先輩の声にかぶさるように、
「詰めが甘かったね」
そう言うと原地先輩は、カメラのふたを開けてフィルムを抜き取ってしまった。

-2-

写真部部室、活動終了後。
閉門時間も近いので、部室には藍梨と美絵、そして一生の三人だけしかいない。
「話してもらえるわね?」
特に怒っていると言うほどでもない口調で、藍梨が聞いた。
「…あの、話しますけど… その前に聞いてもいいですか?」
一生が口を開くと、
「答えられる事だったら答えましょ」
と藍梨が言った。
「どうして僕だと…?」
一生が聞くと、藍梨は
「理由はいくつも。 まず一つ目」
そう言って指を一本立てた。
「あの写真が撮られるようになったのが、君が入部した後だった事。 写真部だったらカメラ持ってても怪しまれないからね。 …でもこれだけだと偶然かもしれないから、ちょっと弱い。 で、二番目」
藍梨は二本目の指を立てながら。
「君の写真が『ヘタうま』だった事」
と言った。
「『ヘタうま』?」
一生が聞くと、藍梨はうなずきながら
「最初見たのもそうだったけど、君の写真、ヘタはヘタでも『わざとヘタに撮りました』ってモノばかりだったから。 普通のヘタならその都度ヘタっぷりが違うものなのに、君の写真はいつ見ても『同じヘタさ』だった。 これは『わざとヘタに撮っている』としか思えない。 …って、この話は美絵にもしたよね?」
美絵の方を振り返りながら、藍梨が言った。
「うん、聞いた。 でもそれだけじゃ本当に『ヘタの上げどまり』かもしれないんじゃない?」
それを受けて美絵がそう言うと、藍梨はうなずきながら
「最初はあたしもそう思った。 もしかしたら『上げどまり』なのかな…って。 でも『首藤』って名前が引っかかったから、ちょっと調べてみたの。 で、出てきたのがこれ」
そう言いながら藍梨は一冊の冊子を取り出した。
「『夏の写真コンクール 部門別受賞者一覧』…」
美絵は表紙を読み上げた。
「そう、こないだのコンクール。 そこで見てもらいたいのが…」
藍梨が手を伸ばして付箋の貼ってあるページを開く。
そこには
「一般の部 入賞:首藤 一生」
と書いてあった。
「うっかり見過ごしてた。 一般の部で応募していたとはすぐ考えつかなかったからね」
そう言って冊子を戻しながら、
「もう少し突っ込んで調べればわかったんだろうけど… ちょっと詰めが甘かったなぁ」
と付け足した。
「とにかく、最近のコンクールで賞取るような人が、あんなヘタな写真撮るわけないじゃない。 だから君は『ヘタうま』という事」
藍梨が言い終わると、
「それだけで…ですか?」
一生が聞くと、藍梨は首を横に振り、
「これは昨日見つけたものだから、決定打のアシスト。 本命はこっち」
そう言いながら、藍梨は一生のひざに乗った「骨董品カメラ」を取り上げた。
そしてフィルムを巻き上げてシャッターを切ると、
「相変わらず味のある音ね」
と言った。
「音? どういう事?」
美絵がそう聞くと、藍梨は、
「何か気づいた事、ない?」
一連の写真をずらっと並べて、美絵に聞き返した。
「気づいた事… あ…」
写真を見ているうちに、美絵も何かに気づいたような表情になった。
「そう、この写真はみんな『にぎやかな場所』で撮られたものばかり」
昇降口,校門,商店街…
改めて写真を見ると、確かに「にぎやかな場所」で撮られたものばかりであった。
藍梨はそう言いながらカメラを一生に返し、
「君のそれ、とっても味のある音がするからね。 静かな場所でそんなカメラ使ったら、いくら望遠使ってもフィルムの巻き上げやシャッター音が丸聞こえ。 フィルムはあらかじめ巻き上げておけばいいけど、シャッター切るのはそうもいかないからね」
と続けた。
美絵はそこではっと気づいたような表情になり、
「そう言えばハラッチ、あたしに『付き合って』って言ってきた日から、ずっと遅くまで残って、静かな場所ばかり選んでた…」
つぶやくように言う美絵の言葉を藍梨が受けて、
「静かな場所じゃ撮れない。 暗くなったらいくら高感度のフィルムを使っても程度が知れてる。 かといってシャッター音がすごいから、フラッシュ使えるほど近い場所はペケ。 で、だんだん隠し撮りができなくなる」
そう話を続けた。
「…だから写真の枚数が減って行ったのか…」
美絵が言うと、
「そういう事。 で、」
一生の方に向き直って、藍梨が言った。
「君には悪いと思ったけど、ちょっとはめさせてもらったという訳。 わざと写真を撮りやすそうな場所を選んであげて」
「でも、必ず撮ってくれるとは限らなかったんじゃ…」
美絵が言うと、藍梨はうなずきながら
「うん、ちょっとした賭けだった。 でもきっと撮ると思った」
そう答えた。
「…どうして、撮ると…?」
一生が聞くと、
「『できるだけ多く隠し撮りして来い』と頼まれたから」
藍梨はきっぱりと答えた。
「頼まれた? 誰に?」
美絵が言うと、藍梨は
「どうせ裕樹おにーちゃん辺りの差し金でしょ? ホントにやる事が中途半端にセコいんだから」
と、あきれたような口調で言いながら、
「どう? あたしの推理」
一生の方を向きながら聞いた。
一生は「観念した」とも見える表情で
「返す言葉もありません」
とだけ言った。
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