鬼縛る花嫁~虐げられ令嬢は罰した冷徹軍人に甘く激しく溺愛されるが、 帝都の闇は色濃く燃える~

兎森りんこ

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結婚指輪

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 帝都で一番の宝石店にやってきた二人。
 店に入ると、要の顔を見て慌てて店員がやってきた。

「これはこれは……! 九鬼兜くきつ様。いらっしゃいませ! この度は御結婚、おめでとうございます」

「あぁ」

「今日はどういったご入用でしょうか~! 最高級の真珠が入荷しております! 麗しい若奥様に是非お試しされては!!」

「いや、結婚指輪を作りたい」

「えっ」

 要の言葉を聞いて、ドキリとした鎖子。
 
 確かに結婚指輪は、今では一般的なものになってはいる。
 しかし鎖子には、結婚指輪を要と一緒にすることなど頭になかった。

「それはそれは……! どうぞこちらへ……!」

 まだ結婚指輪を用意していなかった事に驚く素振りは見せずに、店員は大喜びで奥の個室へ二人を通した。
 
 笑顔の女性店員が、高級な紅茶とお菓子を運んでくる。
 そして、様々な結婚指輪の見本や商品目録を持ってきた。

「説明はいい。二人だけでゆっくりと選びたい」

 要の言葉に、店員達が一礼して去っていく。
 最近の一番人気だというブランドの商品目録を鎖子に渡した。

「鎖子の好きなものを選んでくれ。婚約指輪も今更だが、欲しければ買う」

「要様……そんな」

「まさか結婚指輪もいらないとは言わないよな」

「……ほしいです」

「よし」

 要が満足そうに頷く。
 それから様々な指輪の見本や宝石を見て、二人で相談を続けた。

「でもこれではお値段が……」

「金など気にするな。欲しいものを選べ」

「要様とお揃いがよいです……」

「そうだな」

 一時間程、話をしてシンプルな白金の指輪を選んだ。
 仕上がりは、一ヶ月ほどかかるという。

「他にほしいものは?」

 テーブルの上には店員が持ってきた真珠のネックレスや、ブローチなども並んでいる。

「結婚指輪だけで、もう十分です。本当にこれ以上は……」

「わかった」

 要は席を立って、会計のサインを済ませる。
 
「出来上がりの際は、ご連絡をさしあげます。ところで要様」

「なんだ」

「眞規子様はいかがなさいましたか? 最近、お呼びがかからないのですが……体調を崩されてなどおりませんでしょうか?」

「あぁ。海外へ行った。もう二度と帰ってこない」

「え!? 眞規子様が……!!」

 眞規子は太客だったのだろう。
 店員は動揺しているが、要は無表情のままだ。

「それでは結婚指輪の件、よろしく頼む」

 温かく淹れ直された紅茶を頂いていた鎖子は、微笑んで要を迎えた。

 帰りの馬車でもニコニコと微笑む鎖子の手を要が握る。

「俺の花嫁は、嬉しそうだな」
 
「はい。要様のお嫁さんになれて、結婚指輪まで……夢みたいです。すごく嬉しいです」

「早く届くといいな」

「はい……!」

 屋敷に戻って、夕飯を食べたあとは、要が少し書類仕事があるという事で梅やメイド達とおしゃべりをして楽しんだ。

 岡崎が要へ電報が届いたと伝えてきたので、受け取って部屋へ向かう。

「要様。明日の任務の電報が届きました」

「ありがとう。遅かったな」

 受け取った電報を見て、要はふぅと息を吐く。

「要様……いかがでしたか?」

「あぁ。明日の朝に金剛の家に出頭し、そこから任務へ行けと」

「任務の階級は……」

「その時に伝えると。まぁ大丈夫だ。心配するな」

 要のことは信頼している……。
 しかし、不安も心配も尽きない。

「仕事は終わった。茶でも飲もうか。おいで」

 要とソファで寄り添い合って、今日の帝都での逢引を思い出して語り合う。

「次はどこへ行きたいか考えておいてくれな」

「はい……私、すごく幸せです」

「俺もだ」

 要の傍にいることが、鎖子の一番の幸せだ。

「鎖子……これを見てくれないか」
 
 要が、一枚のポストカードを鎖子に見せる。
 綺麗な風景だった。
 草原に美しい湖。
 湖畔には木で建てられた家がある。

「綺麗な湖に素敵なお家ですね……これは絵画ですか?」

「これは写真で……実際にある家なんだ」

「そうなのですか? こんな素敵な景色が本当にあるだなんて」

「この場所は、永久中立国にあって……この家は俺が買った家なんだ。今は村の人に管理を任せてある」

「要様の……お家なのですか? まぁどんな村なのでしょうか」

「あぁ。ただ何もない田舎だけどな……畑を耕して、魚を釣って、本を読んで、料理を作って食べて寝る……静かで平凡な暮らししかない村だ」

「素敵ですね」

「そう思うか……?」

「はい……静かで平凡なことは、私は好きです」

 帝都の賑わいも素敵だとは思うが、鎖子は静かな田舎の暮らしに憧れていた。

「鎖子と……いつか行きたいと思ったんだ」

「私を連れて行ってくださるのですか?」

 二人の手は自然に、握り合っていた。

「もちろんだ。俺とお前が離れることなど、もうありはしない」

「嬉しいです……」

「もう此処には二度と戻ることがなくても……俺と一緒に来てくれるか?」

「もちろんです……要様のお傍が私のいるべき場所ですから」

 外国……。
 今までの人生は、柳善縛家の屋敷で過ごした記憶しかない。
 しかも辛く苦しい記憶。

 この国に未練などない……何よりも要が大事だ……と思ってしまったが、自分もこの帝国を守る軍人の卵である。
 でも……それでも。

「鎖子、俺は……何よりもお前を大事に想う。……軍人失格だな」

「私も……同じことを考えていました。何よりも要様が……大切です」

 二人で微笑み合い、抱きしめ合う。
 このささやかな幸せを誰も壊さないでほしい――それだけが願いだ。

 口づけをすると、お腹の呪術紋が疼くような気がする。

 また要を縛り付けた力を減退させた……要の力は一体どこへいってしまう仕組みなんだろう。

 何故あの金剛という男は……叔父は……柳善縛家の術に詳しいのだろうか?

「明日も、要様にお供してはいけませんか……?」

「明日は、俺一人で行く。鎖子はゆっくり休んでいるといい。他に好きなことをしたいのであれば自由にしていい」

「はい……」

「邪魔だから言っているのではないんだ。あいつのことだ。鎖子を前にすれば俺をいたぶり、お前を傷つけて笑うだろう」

 金剛のいやらしさは存分にわかっていた。
 鎖子が一緒にいることで、要が辛い目に合うなど考えたくもない。

「だから留守を頼む」

「はい」

 鎖子は柳善縛家の力を継ぐ者……。
 でもあまりにもその実態を知らなさ過ぎる。

 鎖子は自分はもっと柳善縛家の力を知るべきではないかと考えた。


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