名無しの流れ星

夢見にな

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名無しの流れ星

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「ピー、ピー、ピー、ピー。」
機械の単調な音と消毒液の匂いに鼻を突かれ、私は閉じていた瞼を開いた。私がいた部屋は真っ白い部屋だった。ベッドの上に横たわっており、周りは白いカーテンで囲まれていた。近くの机には乱雑な字で「あなたは潮音を救えなかった!潮音が死んだのはあなたのせい。」と書きなぐってある紙が置かれていた。そして、枕は私が流したであろう涙ですっかり濡れていた。私は体を起こした。すると、手首に鈍い痛みが走った。私が目をやると、腕には大きく白い包帯がきつく巻かれていた。私は全てのことを思い出した。私は自殺未遂で入院していた。潮音くんが亡くなったことが私にとっては耐え難い悲しみとなって押し寄せたのだ。自分の中で悲しみを処理しきれなかった私は自分を傷つけることによって悲しみを血とともに流していた。それでも耐えきれなかった私は手首を深く切って大量の血を流し、病院に運ばれたのだ。
「紗良…?起きたの?!」
すぐにお母さんとお医者さんがやってきて、体の検査が始まる。私は一ヶ月間ずっと昏睡状態で眠り続けていたのだという。あれは夢だったのだろうか。いや、私の頭に残る感触が夢ではないと物語っているのだ。私はあと一日だけ病院に滞在し、その後は退院して良いとのことだった。そして、翌日、私の部屋には訪問者がいた。
「あれ…?紗良、起きてる?!」
カーテンを乱暴にこじ開け、未来は私に泣きながら抱きついた。
「ごめん、ごめんね。紗良。」
未来は力になれなかったこと、何もしてあげられなかったことを泣きながら謝った。手紙も書いてきた、と私に渡した。それを見て、私は未来に微笑んだ。それでも、私は涙を流さなかった。そして、未来は重い空気を吹き飛ばそうと私がいなかった間のことを話し始めた。
「あ、そういえばね。僕、鳴海ルビに告ったんだ。」
未来は半年ほど鳴海という少年に恋をしていた。最初は僕なんかが恋をしてはいけない、と消極的な未来だったけど鳴海に告白できるまで強くなったのだと私は感心する。
「それでね、付き合えることになったんだ!それもこれも紗良のおかげよ!」
夢で私に似た人に告白のチャンスは今しかない、と諭されたらしくそれで勇気が出たのだという。でも私は正体を明かさない。あくまで未来には「紗良に似た誰か」と考えていてほしい。そんな話をしているうちに日は暮れ、凛華は帰る支度を始めた。病院のドアを少し開け、急に未来は振り返った。
「紗良。学校来る?」
行くよ、と私は笑顔で未来に言った。潮音くんとの約束だ。何があっても行ってみせる。驚きと安心が混ざりあったような表情で帰る未来を見送ると、私は病室の窓を開いた。心地よい風が私の頬を撫でる。「名残堂」では全く感じられなかった自然を近くに感じ、私は生きているのだと実感した。それからはあっという間だった。気がつくと朝で、早くから未来が病室まで迎えに来た。学校へ行くとともに退院も済ませ、私は学校へ向かった。
実に一ヶ月ぶりに教室に入った私を見て、みんなは好奇の目を私に向ける。私の腕の傷を見て、笑う人もいた。それでも私は進み続けた。約束を守るために。その中で、私に駆け寄ってくる2人組がいた。
「紗良!やっと学校きたんだね!」
「ずっと言いたいことがあったんだ~!」
そこにやってきたのはつららと優だった。珍しい二人組に私は少し驚く。
「紗良、ありがとう。紗良のおかげでつららは自分のことを取り戻せたし、優みたいに良い友達に巡り逢えた。」
身に覚えがない、と私はつららに言う。
「ほらやっぱり夢だったんだよ!」
「いや、あれはぼやけてたけど絶対紗良だった!優も見たでしょ?」
二人は楽しそうに言い争いを始める。
「まあ、優も紗良に助けられたからね~。玲奈に会わせてくれて本当にありがとう!」
今度は優も私に頭を下げてくる。私はどういたしまして、と二人に言う。あんなに悲しそうな顔をしていた二人がまた笑えることになって私は嬉しかった。
「あ、そうだ!あれ見て!萌歌と将生が付き合ったんだよね!」
未来が思い出したように私にそういう。私は思わず驚きの声を漏らす。萌歌は本当に翔を嫌いになることができたのだ。将生まさきはクラスでもあまり目立たない暗い少年で萌歌のタイプとは真逆だった。私の視界には賑やかに話している二人の姿が入った。私は二人の真横を通り過ぎる。
「おはよ。久しぶり。」
萌歌がそういったような気がして、私は思わず萌歌の方を見る。しかし、萌歌はとっくに将生とのお喋りに戻っていた。聞き間違いだったのかもしれない、と思ったが私の口元は自然と緩む。
「紗良~!!大丈夫??」
急に下半身に重みを感じ、下を向くとそこには恋が私に抱きついていた。私は驚いて下を見る。
「紗良良かった。僕心配で心配で仕方なかったんだよー!!」
恋はそう言って涙を流した。すぐに泣き出してしまった恋を慰めようと顔を覗き込んだが、恋の顔は悲しい表情を浮かべていなかった。自分の感情を出せるようになったのか、と安心した私は恋に笑いかけると自分の席についた。
「紗良!!もう大丈夫なの?」
席につくとすぐに隣の席にニナが話しかけてくる。私は大丈夫、とニナに笑顔を向ける。
「ならよかった!でねでね、ビッグニュース!翔と音子が別れた!」
ニナはそう言って二点を指差す。そこには男子に囲まれて笑っている翔と一人でぽつんと席に座っている音子がいた。翔は私に気づくと、手を顔の前に掲げて会釈をした。私も慌てて手を振る。
「紗良、翔になんか言ったの?翔が紗良に励まされたから別れる決心がついたって言ってたよ?」
私は知らないよ、と笑う。翔が本当に心の底から笑えている気がして、ほっとした。
「紗良、一体何したの~?色々な人からお礼されてんじゃん?」
未来がいたずらっぽく私に尋ねてくる。夢の中の話だよ、と私も笑いながら返す。
「なにそれ~!」
ニナも加わってきて、三人で笑い合う。ふと、潮音くんの机の上に花瓶が置かれているのが見えた。窓の外から風が吹いてきて、思わず涙がこぼれそうになる。それでも私はぐっとこらえた。潮音くんと約束したから。それからあっという間に授業もHRも終わり、未来と二人で下校した。私はもう一度潮音くんとのトーク画面を開く。私が前に送っていた数十件のトークには既読がついていた。
「紗良。よく約束を守れたね。」
「今度は俺の番だ。すぐに逢いに行くよ。」
私が読み終えると同時にそのトークは消えた。見間違い?いいや、違う。潮音くんは絶対に約束を守ってくれるから。
「潮音くん、嬉し涙なら流してもいいよね。」
私は空を仰いだ。

これは、ある夏の日の小さな奇蹟だ。


おしまい

ご愛読ありがとうございました。
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