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20話 決壊
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けたたましいサイレンの音で、「重騎兵」である上田直人は飛び起きた。
しかし頭が回らない…昨日も帰宅後、この宿舎で遅くまでスマホゲームにのめり込んでいたせいもある。ここへ着任してもうじき一週間。明日か明後日には交代要員に引き継ぎ、ここを離れる予定だ。
慌ててスマートフォンを見ると、日本時間で3時46分。血の巡らない身体に鞭を入れ、何とか起き上がった。
昨日の午前に開かれた慰労会で、この前の襲撃の際、あのギガントを豪快に滅多切りにしていた黒髪長身の美人を見かけた。堪らずに声を掛けたのは覚えている。これぞ高嶺の花、と言わんばかりの、性格も容姿も最高な美人さんだった。…隣にいた気弱そうな小さな栗色の髪の子も参るほど可愛かったが…その後、自分が普段行く合コンや飲み会ではお目に掛かれないような超一流ホテルの御馳走を鱈腹に詰め込み、最高の一日を過ごした。翌日の警備シフトの為に早々に帰宅して…12時過ぎまで例のゲームで遊んでいた。そして今朝だ…ようやく思考がハッキリしてきた。
敵襲だ。
40㎜機関砲、てき弾、そして12.7㎜重機関銃の砲撃音がひっきりなしに聞こえる。誰かファイア系の術でも使ったのか、外が一際明るいオレンジ色に輝いた。
あの、防壁を易々と破壊したギガントの恐るべき姿が鮮明に蘇ってくる。
今、ここには中央クランも例のクソ強い美人達も居ない…
「やべぇやべぇ…」急いで戦闘服を着込み、メイルアーマーを装着。21式騎兵銃を背負い、ラウンドシールドと予備のショートサーベル、そして愛用の22式騎兵槍を装備した。他の部屋からも慌ただしく仮眠組が飛び出していく気配があった。
ようやく身支度を終え、自分も部屋を飛び出した。まだ直したばかりの正門は破られていない。
安堵しつつ、宿舎を出て広場に立った。
「新種だ!門から離れて居ろ!」壁上の砲兵が叫ぶ。
地響きは聞こえない…ギガントは居ないようだ。内心で胸を撫でおろした。あんなデカブツはどうにもならないが、あれさえいなければどうにでもなる。応援によって増強された16式も三台、敵の侵入に備えて戦車砲を正門に向けている。
…と、銃砲声が弱まった気がした。
怪訝に思い、正門から目を移して、六メートルの壁上を見上げた。
いつからそこにいたのか…巨大な黒い狼が、砲兵の首に噛みつき、持ち上げている。そのまま壁の外へ投げ飛ばした。
「なっ、あ…」
脳が一瞬、思考停止しかける。撃たねば… そうだ、騎兵銃を…
騎兵銃を構え、狼に向け一連射。五、六発は肩の辺りに命中するが、狼は倒れるどころか痛がる様子も見せず、塀の中に飛び込んで来た。
硬い!?
重騎兵の攻防特化ステータスを持つ自分の、騎兵銃を数発受けても倒れないとは…
見ると、壁上の殆どの銃砲座が黒い狼に襲われ、砲兵、銃士が逃げきれず、塀の外へ引きずり込まれるか放り込まれている。
狼の群れは続々と城壁を駆けあがって侵入し、要塞内に二十匹近くも溢れていた。
「コイツならどうだ!?」
上田も10㎏にもなる重厚な槍、騎兵槍を振るい、狼を二匹、立て続けに撲殺した。
「ぎゃああああ!」
味方の前に立ち、敵の攻撃を引き受けていた盾戦士が足を噛まれて悲鳴を上げた。助ける間もなく、倒れた盾戦士の身体に狼の群れが一斉に群がり、血飛沫が舞った。空気が漏れるような音がして、一瞬で悲鳴が止む。
「この野郎!」
騎兵槍で一突き。狼の首を立て続けに貫通して串刺し、甲高い悲鳴を上げさせた。味方も刀剣、槍で応戦するが、狼は倒される以上に塀を乗り越えてくる。
「キリが無いぞ!逃げよう!」
誰かが泣き言を言った。あんなものを見たら、俺だってそうしたいが、一人背を向けて逃げ出せば、残された味方がその分危険に晒される。逃げる時は一斉に逃げなければ、取り残された者が凄惨な血祭りに上げられる。
「諦めるな!隊形を維持しろ!」味方を励ました。
スキル、発動…超視力。 双眼鏡代わり以外にも、敵の動きがある程度スローに見える。ただし、自分の身体もそれに合わせて緩慢な動作になるので、何でも避けられる訳では無いが。
16式は味方の混戦する要塞内で砲を撃てず、機銃で応戦するが…砲兵と機銃との装備相性が悪いのか、大した効果が得られていないように見える。自分の騎兵銃に毛が生えた程度だ。
片腕を食い千切られた女性術士が、嗚咽を堪えながら他の女性剣士に支えられながらふらふらと後退する。
こんな酷い光景は初めてだった。
(一体何が起きているんだ…)
「頑張れ、中央クランが来る! 五体満足な前衛職種は、後退しながら持ちこたえるんだ!」
誰かが味方を励ました。
オオオオオオ
一番聞きたくない声が今更聞こえてくる。もう、壁上を守る砲兵も銃士も居ない。要塞上部にある12.7㎜機銃が三門だけ、ギガントに向けて懸命に銃撃を浴びせているようだが、地響きは止まらない。
例の如く、門の向こうで奴が動いた。
直したばかりの門を吹き飛ばされ、ギガントが二体、三体と入って来る。その下を意気揚々とゴブリンやトロール…ではなく、あの黒い狼、それに巨大なゴリラのような化物まで続々と入って来る。
「グォオオオ!」
ゴリラの突進とパンチをかわし、女性剣士がそのゴリラの二メートルもの巨体を一刀両断。天駆スキルで滑空して距離を取り、次の敵に備えた。
「オオオオ!」
別の場所では、ゴリラの化け物が捕らえた味方を空中に持ち上げ、見せしめる様に圧し折っていく。
「ぎィいいいッ!」
軽いトレーニングバーよろしく、あり得ない方向へ折り曲げられた人体が悍ましい破砕音と断末魔の悲鳴を絞り出し、放り投げられた。
「嘘だろ…こんなの嘘だろ…」
放心した自分の真横で、何か黒い物体が動いた。それが最後だった。
「畜生!」
辿り着いた時、既に要塞内は虐殺のステージとなっていた。ちょうど目の前で、味方のギルド戦士がゴリラのような化物に殴り飛ばされた所だった。
「止めよ!」
魔王が飛び出し、大淵の前で人間の姿を解いた。
「ヘルハウンド、ハヌマーン、もう止めろ!人間を殺すな!我が命である」
「ま、魔王様っ…!?」
暴虐の限りを尽くしていた魔物達が立ち止まり、驚愕の顔を向けて一斉にその場で跪いた。モンスターである筈のギガントでさえも、慄いたように首をすくめて後退った。
「戻れ。私もこれより城へ戻る。他の魔物やヒューノ達にもそう伝えよ。人間を殺すな、と」
「は…はっ」
魔物達は煮え切らない様子ながら、踵を返して戻って行った。
「…ど、どうすんだよこれ…」黒島が唸った。
要塞内には少なからぬ犠牲者が倒れていた。壁上に居た自衛隊の砲兵・銃士八名は全滅。城塞内の混成部隊は六名の死者を出していた。
「…」
大淵も言葉を失っていた。本当に、どうしたら良いのか…。斎城が殴り飛ばされた兵を抱え起こし、驚いた顔をしている。
「大丈夫、息がある。香山さん、お願い」
「す、済まぬ…」魔王が振り向き、大淵を見た。
「これは…手違いだ…」
「あ…ああ」
…分かっている。お前が命じた訳では無い。タイミングが…タイミングが悪すぎただけだ。
もう一日会談が早ければ……会談後、祝いなどせずにすぐ魔王を魔界に帰していれば…
…或いは…あの日、俺が魔王と遊びなどせず、もっと早く動いていれば…
「ダイス…」
「大丈夫…お前は悪くない…仕方なかったんだ…」
…仕方ないだと? この間俺が、魔王を責めて言葉じゃないか。
足元には14人の帰らぬ命。 彼らがそれで、納得してくれるだろうか。
…俺のせいだ…
「違う!ま、待っていろダイス!もうこれ以上、殺し合いが起きぬようにするから!」
魔王はそう言い置くと、横穴へと消えて行った。
止める間もなく…いや、掛ける言葉を失っていた。
この日、ゲート坑内守備隊は14名の死者と13名の重軽症者を出した。
…全て、二十代から三十代の、未来ある若者ばかりだった。
ゲート出現以来の惨劇に、日本中が震撼した。テレビもSNSもこのショッキングな出来事に関する話題と憶測で持ち切りになり、そのあまりの被害者の多さに、これまでゲートに関心を持たなかった者達が関心を持つきっかけにもなった。
…良くも悪くも。
その二時間後…午前六時、首相官邸では緊急の会議が開かれた。
「まさか昨日の今日でこんな事が起きるとはね…」
岩田は憔悴しきった顔で、現場で起こった全ての状況報告を聞き終えた。
昨日は平和条約締結への希望に満ちていたというのに…居並ぶ閣僚も、同じ面持ちだ。
「…それでも、魔王の一声で魔物達は大人しく退却したんですね?」
気を取り直し、確認した。
「はい。既に魔王は軍団の再掌握と停戦を命じに魔界へ戻ったとの報告です」
「…報告者はあの魔王のフィアンセ?」
「…正確には情報源ですが、そうです」
あれほどのご執心の相手を残して、慌てて戻ってくれたのだろう。…とにかく、魔王に平和への意思がある事が何より重要なのだ。それが日本と…世界の生命線なのだ。
そう自分に言い聞かせ、犠牲者の事は頭の奥に一時封印した。
…どんなに恐ろしかったか…苦しかったか…悔しかったか…どんなに憎いか…
顔も知らぬ若い犠牲者達を想い、岩田は涙を堪えた。
不幸な事故、で済ませるにはあまりに傷が深すぎた。…だが、平和の為、彼ら彼女らには礎になってもらう。
この私の責任で。あの世まで背負って行こう。…泣くのは、平和を実現してからでいい。
「…わかりました。それでは今後の方針と対策を詰めましょう。まず、要塞の警備強化。これは不動防衛大臣、お願いいたします。必要な権限は全て一任します」
「はい。承りました。…そうなるともう、私がこの場にいる必要も取り合えず無いかと思います。すぐにでも準備に取り掛かりたいのですが?」
「はい。お願いします」
不動は一礼し、速足で部屋を出て行った。
「大川外務大臣は和平条約の草案を。 …続いて被害者への補償・ケア関連。厚生大臣、お願いできますか? それからマスコミ対策、野党の…」
これから、殺人的に忙しくなる。岩田は背負った業の重みを実感しながら、来たる困難を思って唇を噛んだ。
施設科部隊が破壊された門の修復作業に追われていた。
「どうせ毎回ぶっ壊されるなら、開けっ放しにしといた方が資源にも財布にも優しいかもな」
修繕作業に勤しむ隊員の一人が、額に汗を溜めながらそんな冗談を仲間と言い合った。
大淵は少し離れた場所から12.7㎜弾薬の空箱に腰掛け、その様子を見守っていた。
あの大惨事から三日が経っていた。
…あれ以降、どうにも仲間達と居辛くなり、「当面、黒島に指揮権を譲る」とだけ書き残し、拠点から逃げ出した。スマートフォンの電源は落としていた。必要な武器弾薬、装備を纏め、この要塞の居候になっていた。先日の大惨事により、壁上で警備するのはスキルを持たない自衛隊員だ。 また、ギルド会員の戦士も多くが負傷し、中にはPTSDを発症してしまった者も複数いた。負傷しなかった者も、二度と戻りたくないと警備を放棄する者も出始めていた。
たかが25000円と、日当1000円、そして命懸けの戦闘に参加して、危険手当欲しさに命を落としたくはないだろう。
その為、大淵の居候は現場から歓迎された。
あれから三日…三日間、再び孤独になった。
要塞の兵達は親切だったが、こちらから特に深く付き合う訳でもない。この世界に来てから、当たり前のように自分の周りにいた仲間達と離れ、数週間ぶりの孤独を感じていた。
(こっちに来てから3週間と少しか…まだ一ヶ月も経っていないのか…)
自分の中では一年以上経ったような気分さえあった。
元の世界では慣れていた筈の孤独も、こちらの世界で仲間達に囲まれて過ごす内…孤独が苦痛となっていた。離れた場所で談笑しながら自衛隊レーションを囲むクランの姿があった。地上の拠点にある売店から買ってきた暖かい弁当を分け合って食べる者もいる。
自分はと言うと、予め持ち込んだクッキータイプの携帯食料と缶コーヒーで昼食だ。
どうしてこんな事に…あと一歩で平和になる筈だったのに…
よりによって、警備隊から犠牲者を出してしまった。ゲート防衛以来初の。
理不尽とは思うが、自分のせいに思えてならなかった。その罪悪感と良心の呵責に耐えられず…リーダーのくせに仲間をほったらかしにして、こうして穴蔵に逃げ込んで来た。
…改めて言葉にすると、とんでもない卑怯者だ。
…余計に気落ちし、食欲も失せた。残りのクッキーを仕舞い込み、缶コーヒーを喉に流し込んだ。
控えめな音量のピープ音…警報が鳴り響いた。第二警戒警報…敵か味方か分からない場合の警報というやつか。
「警戒態勢!」
壁上の隊員が叫ぶ。
すぐに戦闘態勢に移らないのは、和平の為の使者であるかもしれないからだ。
魔王…
あいつが約束を果たして戻ってきてくれたのか?
他力本願ではあるが…魔王が和平を実現してくれることが、自分にとって唯一の希望だった。和平さえ果たされれば、犠牲者達へのせめてもの申し訳ができる。このやり場のない罪悪感を、少しは和らげられる筈だ。
…そうでもしないと、気がどうにかしそうだった。 …昨日などは思い詰めた挙句に心が参り、いっそ首を括ろうかとも思った。
だが、魔王が来てくれたのならば…
大淵は立ち上がり、正門へと向かって歩いた。
取り合えずの修繕を施された門は閉じられている。
『待たせたな、ダイスよ!約束を果たしに戻ったぞ!』
アイツがそう言って門から現れるイメージに期待が膨らむ。
「開けよ!魔王軍の使者である!」
壁上の隊員達が喜色を浮かべ、互いの顔を見合った。壁内のギルド戦士達も顔を見合わせて安堵の声を上げている。
門が開かれた。その向こうには百騎もの甲冑姿の騎士が、荒々しい凶悪な馬…らしきものに跨っていた。警備隊のギルド戦士20名と自分では到底太刀打ちできそうもない迫力だ。
…残念ながら、魔王の姿は無かった。
騎士が兜の面を上げた。その下にはやはり、魔王のように色の違う人型の…イメージするところの悪魔の顔があった。悪魔は険しい眼を赤く光らせている。
「聞け!魔王様からの宣告である!」よく通る声が城塞内に響き渡る。
…宣告? そもそも、なぜ魔王は居ないんだ…アイツなら会いに来てくれそうなものを…
「これより、この世界の人類を全て抹殺する。例外も交渉も無い。これは宣戦布告である。繰り返す。これは宣戦布告である」
それだけ言い置くと、魔物の騎士達は踵を返して行った。
その場にいた誰もが、和平の噂を耳にしていた。…その噂を全否定する今の出来事に、誰もが悪い夢を見ているのではないかと茫然自失としていた。
「と、とにかく、報告を…」
誰かが通信室へと飛び込んでいく。
周りの兵達も互いに困惑と恐怖の色を露わに、仲間達と話し合う声でざわめきはじめた。
そんな、嘘だろ…魔王?
去り際、魔王が見せた必死の顔が思い浮かぶ。アイツが約束を違えるとは思えない。
確かめねば…しかしどうやって…
周囲は混乱し、自分の存在など気に掛ける者はいない。
大淵は茫然自失から立ち直り、騎士達が消えた暗闇へと走った。
誰も気付く者は無く、門扉が再び閉じられた。
「な、なんですって!?」
会議中だった岩田は目を見開き、第一報を受け取った。
一年かけて、あと一歩まで積み上げたグラスタワーを豪快に破壊された…いや、そんなものでは済まない。
岩田の中で、世界が崩壊していった。窓の外に見える東京の街並みが、皇居が、炎に包まれていく。
「き、聞き間違いという事は…」
官房長官が唇を震わせながら、縋るように言った。
「…間違いないとの事です」
「どういう事だ!?嵌められたのか!?」
草刈が癇癪を起した。
「だとしたら何のために?」
不動だけが冷静を保っていた。一旦、報告の為に戻ってきた所でこの「悲報」に居合わせた。
忙しく走り回っていた為か、そのショッキングな知らせを聞いても、さほど衝撃は無かった。
「何の為って…知るか、そんな事!」
「知らなくては対策のしようがありません。落ち着いて、シンプルに…順に考えてみましょう。あの魔王が考えを変えたのでしょうか?」
「…」
岩田は昨日の会談を思い出していた。
確かに、「お前らがどうなろうと知った事ではない」と突き放す態度も見せた。
だが、いくら自分のゴマすりが上手く行っていたとしても、結果的に約束を破った自分達を見捨てず、寛大に会談を続けてくれたのは魔王だ。そして昨日直接会ってみた限り、魔王はとても温厚な性格であると確信していた。
「考えじゃなくて何か、事情が変わったのかもね…そういえば、フィアンセさんは今どこに?」
「三日前から行方が分かっていなかったそうで…現在、捜索中です」
行方不明…しかしこの三日間、ゲートは監視されているが、魔界に連れて行かれた形跡も、向かった形跡もない。
「…わかりました。とにかく、この事実は隠せません。隠せない以上、速やかに発表します。…オブラートに包みに包んで。 そうね…向こうが仕掛けてきた、限定的戦闘状態という表現で。目下日本政府は平和交渉に全力を注ぎ、戦闘中止を強く求めている、と」
「…わかりました」
官房長官が頭を抱え込んだ。
頭を抱えたいのはこっちだ、と思いながら、岩田は次に起こるであろう最悪の事態を、脳内でシミュレートした。
「クソっ、こんな時に…!アリッサまで居なくなるとはな…」
黒島は大淵探索を中断し、拠点に戻ってきていた。続いて香山、斎城…と、留守番をしていた尾倉と川村を除くクランメンバーが続々と捜索から戻ってきた。星村も捜索に参加すると主張していたが、平日中はダメだと黒島に却下され、しょげながら学校に向かった。
アリッサは昨日まで大淵探索に参加してくれていたが、その挙動はとてもやる気のある者には見えず、黒島は戦力外として見ていた。
だから、アリッサが居なくなったことはさして問題では無かった。あくまで普段の悪ノリ仲間に過ぎないのだ。向こうはこちらを本当の仲間だと思っているかも怪しい。
「大淵君…一体どこに…」
「かなり思い詰めていたみたいだから…携帯まで電源落として…」
「うむ…何事も無ければいいが」
「…自宅は?」尾倉が口を開く。
「ダメ、居なかった。…もう!こんな事するなら、今度から首輪でも掛けちゃおうかな」
「わぁ、斎城大胆!でも、都内から外に出るとなると…スケの行きそうな所なんてなぁ…」
「まさか、また秋田でのんびり湯治してるわけじゃ無かろうしな。 それだったら鉄拳で顔面美容整形してやるんだが。 他に…アイツの行き先なんて…」
オフィス内に沈黙が流れる。
「…まさか」
全員が一点を見た。ゲート。あの惨劇以来、駐屯部隊の配備態勢には大いに混乱があり、大淵が紛れ込んでいても誰も不審がりはしないだろう。むしろ、増援として歓迎されている筈だ。
しかし頭が回らない…昨日も帰宅後、この宿舎で遅くまでスマホゲームにのめり込んでいたせいもある。ここへ着任してもうじき一週間。明日か明後日には交代要員に引き継ぎ、ここを離れる予定だ。
慌ててスマートフォンを見ると、日本時間で3時46分。血の巡らない身体に鞭を入れ、何とか起き上がった。
昨日の午前に開かれた慰労会で、この前の襲撃の際、あのギガントを豪快に滅多切りにしていた黒髪長身の美人を見かけた。堪らずに声を掛けたのは覚えている。これぞ高嶺の花、と言わんばかりの、性格も容姿も最高な美人さんだった。…隣にいた気弱そうな小さな栗色の髪の子も参るほど可愛かったが…その後、自分が普段行く合コンや飲み会ではお目に掛かれないような超一流ホテルの御馳走を鱈腹に詰め込み、最高の一日を過ごした。翌日の警備シフトの為に早々に帰宅して…12時過ぎまで例のゲームで遊んでいた。そして今朝だ…ようやく思考がハッキリしてきた。
敵襲だ。
40㎜機関砲、てき弾、そして12.7㎜重機関銃の砲撃音がひっきりなしに聞こえる。誰かファイア系の術でも使ったのか、外が一際明るいオレンジ色に輝いた。
あの、防壁を易々と破壊したギガントの恐るべき姿が鮮明に蘇ってくる。
今、ここには中央クランも例のクソ強い美人達も居ない…
「やべぇやべぇ…」急いで戦闘服を着込み、メイルアーマーを装着。21式騎兵銃を背負い、ラウンドシールドと予備のショートサーベル、そして愛用の22式騎兵槍を装備した。他の部屋からも慌ただしく仮眠組が飛び出していく気配があった。
ようやく身支度を終え、自分も部屋を飛び出した。まだ直したばかりの正門は破られていない。
安堵しつつ、宿舎を出て広場に立った。
「新種だ!門から離れて居ろ!」壁上の砲兵が叫ぶ。
地響きは聞こえない…ギガントは居ないようだ。内心で胸を撫でおろした。あんなデカブツはどうにもならないが、あれさえいなければどうにでもなる。応援によって増強された16式も三台、敵の侵入に備えて戦車砲を正門に向けている。
…と、銃砲声が弱まった気がした。
怪訝に思い、正門から目を移して、六メートルの壁上を見上げた。
いつからそこにいたのか…巨大な黒い狼が、砲兵の首に噛みつき、持ち上げている。そのまま壁の外へ投げ飛ばした。
「なっ、あ…」
脳が一瞬、思考停止しかける。撃たねば… そうだ、騎兵銃を…
騎兵銃を構え、狼に向け一連射。五、六発は肩の辺りに命中するが、狼は倒れるどころか痛がる様子も見せず、塀の中に飛び込んで来た。
硬い!?
重騎兵の攻防特化ステータスを持つ自分の、騎兵銃を数発受けても倒れないとは…
見ると、壁上の殆どの銃砲座が黒い狼に襲われ、砲兵、銃士が逃げきれず、塀の外へ引きずり込まれるか放り込まれている。
狼の群れは続々と城壁を駆けあがって侵入し、要塞内に二十匹近くも溢れていた。
「コイツならどうだ!?」
上田も10㎏にもなる重厚な槍、騎兵槍を振るい、狼を二匹、立て続けに撲殺した。
「ぎゃああああ!」
味方の前に立ち、敵の攻撃を引き受けていた盾戦士が足を噛まれて悲鳴を上げた。助ける間もなく、倒れた盾戦士の身体に狼の群れが一斉に群がり、血飛沫が舞った。空気が漏れるような音がして、一瞬で悲鳴が止む。
「この野郎!」
騎兵槍で一突き。狼の首を立て続けに貫通して串刺し、甲高い悲鳴を上げさせた。味方も刀剣、槍で応戦するが、狼は倒される以上に塀を乗り越えてくる。
「キリが無いぞ!逃げよう!」
誰かが泣き言を言った。あんなものを見たら、俺だってそうしたいが、一人背を向けて逃げ出せば、残された味方がその分危険に晒される。逃げる時は一斉に逃げなければ、取り残された者が凄惨な血祭りに上げられる。
「諦めるな!隊形を維持しろ!」味方を励ました。
スキル、発動…超視力。 双眼鏡代わり以外にも、敵の動きがある程度スローに見える。ただし、自分の身体もそれに合わせて緩慢な動作になるので、何でも避けられる訳では無いが。
16式は味方の混戦する要塞内で砲を撃てず、機銃で応戦するが…砲兵と機銃との装備相性が悪いのか、大した効果が得られていないように見える。自分の騎兵銃に毛が生えた程度だ。
片腕を食い千切られた女性術士が、嗚咽を堪えながら他の女性剣士に支えられながらふらふらと後退する。
こんな酷い光景は初めてだった。
(一体何が起きているんだ…)
「頑張れ、中央クランが来る! 五体満足な前衛職種は、後退しながら持ちこたえるんだ!」
誰かが味方を励ました。
オオオオオオ
一番聞きたくない声が今更聞こえてくる。もう、壁上を守る砲兵も銃士も居ない。要塞上部にある12.7㎜機銃が三門だけ、ギガントに向けて懸命に銃撃を浴びせているようだが、地響きは止まらない。
例の如く、門の向こうで奴が動いた。
直したばかりの門を吹き飛ばされ、ギガントが二体、三体と入って来る。その下を意気揚々とゴブリンやトロール…ではなく、あの黒い狼、それに巨大なゴリラのような化物まで続々と入って来る。
「グォオオオ!」
ゴリラの突進とパンチをかわし、女性剣士がそのゴリラの二メートルもの巨体を一刀両断。天駆スキルで滑空して距離を取り、次の敵に備えた。
「オオオオ!」
別の場所では、ゴリラの化け物が捕らえた味方を空中に持ち上げ、見せしめる様に圧し折っていく。
「ぎィいいいッ!」
軽いトレーニングバーよろしく、あり得ない方向へ折り曲げられた人体が悍ましい破砕音と断末魔の悲鳴を絞り出し、放り投げられた。
「嘘だろ…こんなの嘘だろ…」
放心した自分の真横で、何か黒い物体が動いた。それが最後だった。
「畜生!」
辿り着いた時、既に要塞内は虐殺のステージとなっていた。ちょうど目の前で、味方のギルド戦士がゴリラのような化物に殴り飛ばされた所だった。
「止めよ!」
魔王が飛び出し、大淵の前で人間の姿を解いた。
「ヘルハウンド、ハヌマーン、もう止めろ!人間を殺すな!我が命である」
「ま、魔王様っ…!?」
暴虐の限りを尽くしていた魔物達が立ち止まり、驚愕の顔を向けて一斉にその場で跪いた。モンスターである筈のギガントでさえも、慄いたように首をすくめて後退った。
「戻れ。私もこれより城へ戻る。他の魔物やヒューノ達にもそう伝えよ。人間を殺すな、と」
「は…はっ」
魔物達は煮え切らない様子ながら、踵を返して戻って行った。
「…ど、どうすんだよこれ…」黒島が唸った。
要塞内には少なからぬ犠牲者が倒れていた。壁上に居た自衛隊の砲兵・銃士八名は全滅。城塞内の混成部隊は六名の死者を出していた。
「…」
大淵も言葉を失っていた。本当に、どうしたら良いのか…。斎城が殴り飛ばされた兵を抱え起こし、驚いた顔をしている。
「大丈夫、息がある。香山さん、お願い」
「す、済まぬ…」魔王が振り向き、大淵を見た。
「これは…手違いだ…」
「あ…ああ」
…分かっている。お前が命じた訳では無い。タイミングが…タイミングが悪すぎただけだ。
もう一日会談が早ければ……会談後、祝いなどせずにすぐ魔王を魔界に帰していれば…
…或いは…あの日、俺が魔王と遊びなどせず、もっと早く動いていれば…
「ダイス…」
「大丈夫…お前は悪くない…仕方なかったんだ…」
…仕方ないだと? この間俺が、魔王を責めて言葉じゃないか。
足元には14人の帰らぬ命。 彼らがそれで、納得してくれるだろうか。
…俺のせいだ…
「違う!ま、待っていろダイス!もうこれ以上、殺し合いが起きぬようにするから!」
魔王はそう言い置くと、横穴へと消えて行った。
止める間もなく…いや、掛ける言葉を失っていた。
この日、ゲート坑内守備隊は14名の死者と13名の重軽症者を出した。
…全て、二十代から三十代の、未来ある若者ばかりだった。
ゲート出現以来の惨劇に、日本中が震撼した。テレビもSNSもこのショッキングな出来事に関する話題と憶測で持ち切りになり、そのあまりの被害者の多さに、これまでゲートに関心を持たなかった者達が関心を持つきっかけにもなった。
…良くも悪くも。
その二時間後…午前六時、首相官邸では緊急の会議が開かれた。
「まさか昨日の今日でこんな事が起きるとはね…」
岩田は憔悴しきった顔で、現場で起こった全ての状況報告を聞き終えた。
昨日は平和条約締結への希望に満ちていたというのに…居並ぶ閣僚も、同じ面持ちだ。
「…それでも、魔王の一声で魔物達は大人しく退却したんですね?」
気を取り直し、確認した。
「はい。既に魔王は軍団の再掌握と停戦を命じに魔界へ戻ったとの報告です」
「…報告者はあの魔王のフィアンセ?」
「…正確には情報源ですが、そうです」
あれほどのご執心の相手を残して、慌てて戻ってくれたのだろう。…とにかく、魔王に平和への意思がある事が何より重要なのだ。それが日本と…世界の生命線なのだ。
そう自分に言い聞かせ、犠牲者の事は頭の奥に一時封印した。
…どんなに恐ろしかったか…苦しかったか…悔しかったか…どんなに憎いか…
顔も知らぬ若い犠牲者達を想い、岩田は涙を堪えた。
不幸な事故、で済ませるにはあまりに傷が深すぎた。…だが、平和の為、彼ら彼女らには礎になってもらう。
この私の責任で。あの世まで背負って行こう。…泣くのは、平和を実現してからでいい。
「…わかりました。それでは今後の方針と対策を詰めましょう。まず、要塞の警備強化。これは不動防衛大臣、お願いいたします。必要な権限は全て一任します」
「はい。承りました。…そうなるともう、私がこの場にいる必要も取り合えず無いかと思います。すぐにでも準備に取り掛かりたいのですが?」
「はい。お願いします」
不動は一礼し、速足で部屋を出て行った。
「大川外務大臣は和平条約の草案を。 …続いて被害者への補償・ケア関連。厚生大臣、お願いできますか? それからマスコミ対策、野党の…」
これから、殺人的に忙しくなる。岩田は背負った業の重みを実感しながら、来たる困難を思って唇を噛んだ。
施設科部隊が破壊された門の修復作業に追われていた。
「どうせ毎回ぶっ壊されるなら、開けっ放しにしといた方が資源にも財布にも優しいかもな」
修繕作業に勤しむ隊員の一人が、額に汗を溜めながらそんな冗談を仲間と言い合った。
大淵は少し離れた場所から12.7㎜弾薬の空箱に腰掛け、その様子を見守っていた。
あの大惨事から三日が経っていた。
…あれ以降、どうにも仲間達と居辛くなり、「当面、黒島に指揮権を譲る」とだけ書き残し、拠点から逃げ出した。スマートフォンの電源は落としていた。必要な武器弾薬、装備を纏め、この要塞の居候になっていた。先日の大惨事により、壁上で警備するのはスキルを持たない自衛隊員だ。 また、ギルド会員の戦士も多くが負傷し、中にはPTSDを発症してしまった者も複数いた。負傷しなかった者も、二度と戻りたくないと警備を放棄する者も出始めていた。
たかが25000円と、日当1000円、そして命懸けの戦闘に参加して、危険手当欲しさに命を落としたくはないだろう。
その為、大淵の居候は現場から歓迎された。
あれから三日…三日間、再び孤独になった。
要塞の兵達は親切だったが、こちらから特に深く付き合う訳でもない。この世界に来てから、当たり前のように自分の周りにいた仲間達と離れ、数週間ぶりの孤独を感じていた。
(こっちに来てから3週間と少しか…まだ一ヶ月も経っていないのか…)
自分の中では一年以上経ったような気分さえあった。
元の世界では慣れていた筈の孤独も、こちらの世界で仲間達に囲まれて過ごす内…孤独が苦痛となっていた。離れた場所で談笑しながら自衛隊レーションを囲むクランの姿があった。地上の拠点にある売店から買ってきた暖かい弁当を分け合って食べる者もいる。
自分はと言うと、予め持ち込んだクッキータイプの携帯食料と缶コーヒーで昼食だ。
どうしてこんな事に…あと一歩で平和になる筈だったのに…
よりによって、警備隊から犠牲者を出してしまった。ゲート防衛以来初の。
理不尽とは思うが、自分のせいに思えてならなかった。その罪悪感と良心の呵責に耐えられず…リーダーのくせに仲間をほったらかしにして、こうして穴蔵に逃げ込んで来た。
…改めて言葉にすると、とんでもない卑怯者だ。
…余計に気落ちし、食欲も失せた。残りのクッキーを仕舞い込み、缶コーヒーを喉に流し込んだ。
控えめな音量のピープ音…警報が鳴り響いた。第二警戒警報…敵か味方か分からない場合の警報というやつか。
「警戒態勢!」
壁上の隊員が叫ぶ。
すぐに戦闘態勢に移らないのは、和平の為の使者であるかもしれないからだ。
魔王…
あいつが約束を果たして戻ってきてくれたのか?
他力本願ではあるが…魔王が和平を実現してくれることが、自分にとって唯一の希望だった。和平さえ果たされれば、犠牲者達へのせめてもの申し訳ができる。このやり場のない罪悪感を、少しは和らげられる筈だ。
…そうでもしないと、気がどうにかしそうだった。 …昨日などは思い詰めた挙句に心が参り、いっそ首を括ろうかとも思った。
だが、魔王が来てくれたのならば…
大淵は立ち上がり、正門へと向かって歩いた。
取り合えずの修繕を施された門は閉じられている。
『待たせたな、ダイスよ!約束を果たしに戻ったぞ!』
アイツがそう言って門から現れるイメージに期待が膨らむ。
「開けよ!魔王軍の使者である!」
壁上の隊員達が喜色を浮かべ、互いの顔を見合った。壁内のギルド戦士達も顔を見合わせて安堵の声を上げている。
門が開かれた。その向こうには百騎もの甲冑姿の騎士が、荒々しい凶悪な馬…らしきものに跨っていた。警備隊のギルド戦士20名と自分では到底太刀打ちできそうもない迫力だ。
…残念ながら、魔王の姿は無かった。
騎士が兜の面を上げた。その下にはやはり、魔王のように色の違う人型の…イメージするところの悪魔の顔があった。悪魔は険しい眼を赤く光らせている。
「聞け!魔王様からの宣告である!」よく通る声が城塞内に響き渡る。
…宣告? そもそも、なぜ魔王は居ないんだ…アイツなら会いに来てくれそうなものを…
「これより、この世界の人類を全て抹殺する。例外も交渉も無い。これは宣戦布告である。繰り返す。これは宣戦布告である」
それだけ言い置くと、魔物の騎士達は踵を返して行った。
その場にいた誰もが、和平の噂を耳にしていた。…その噂を全否定する今の出来事に、誰もが悪い夢を見ているのではないかと茫然自失としていた。
「と、とにかく、報告を…」
誰かが通信室へと飛び込んでいく。
周りの兵達も互いに困惑と恐怖の色を露わに、仲間達と話し合う声でざわめきはじめた。
そんな、嘘だろ…魔王?
去り際、魔王が見せた必死の顔が思い浮かぶ。アイツが約束を違えるとは思えない。
確かめねば…しかしどうやって…
周囲は混乱し、自分の存在など気に掛ける者はいない。
大淵は茫然自失から立ち直り、騎士達が消えた暗闇へと走った。
誰も気付く者は無く、門扉が再び閉じられた。
「な、なんですって!?」
会議中だった岩田は目を見開き、第一報を受け取った。
一年かけて、あと一歩まで積み上げたグラスタワーを豪快に破壊された…いや、そんなものでは済まない。
岩田の中で、世界が崩壊していった。窓の外に見える東京の街並みが、皇居が、炎に包まれていく。
「き、聞き間違いという事は…」
官房長官が唇を震わせながら、縋るように言った。
「…間違いないとの事です」
「どういう事だ!?嵌められたのか!?」
草刈が癇癪を起した。
「だとしたら何のために?」
不動だけが冷静を保っていた。一旦、報告の為に戻ってきた所でこの「悲報」に居合わせた。
忙しく走り回っていた為か、そのショッキングな知らせを聞いても、さほど衝撃は無かった。
「何の為って…知るか、そんな事!」
「知らなくては対策のしようがありません。落ち着いて、シンプルに…順に考えてみましょう。あの魔王が考えを変えたのでしょうか?」
「…」
岩田は昨日の会談を思い出していた。
確かに、「お前らがどうなろうと知った事ではない」と突き放す態度も見せた。
だが、いくら自分のゴマすりが上手く行っていたとしても、結果的に約束を破った自分達を見捨てず、寛大に会談を続けてくれたのは魔王だ。そして昨日直接会ってみた限り、魔王はとても温厚な性格であると確信していた。
「考えじゃなくて何か、事情が変わったのかもね…そういえば、フィアンセさんは今どこに?」
「三日前から行方が分かっていなかったそうで…現在、捜索中です」
行方不明…しかしこの三日間、ゲートは監視されているが、魔界に連れて行かれた形跡も、向かった形跡もない。
「…わかりました。とにかく、この事実は隠せません。隠せない以上、速やかに発表します。…オブラートに包みに包んで。 そうね…向こうが仕掛けてきた、限定的戦闘状態という表現で。目下日本政府は平和交渉に全力を注ぎ、戦闘中止を強く求めている、と」
「…わかりました」
官房長官が頭を抱え込んだ。
頭を抱えたいのはこっちだ、と思いながら、岩田は次に起こるであろう最悪の事態を、脳内でシミュレートした。
「クソっ、こんな時に…!アリッサまで居なくなるとはな…」
黒島は大淵探索を中断し、拠点に戻ってきていた。続いて香山、斎城…と、留守番をしていた尾倉と川村を除くクランメンバーが続々と捜索から戻ってきた。星村も捜索に参加すると主張していたが、平日中はダメだと黒島に却下され、しょげながら学校に向かった。
アリッサは昨日まで大淵探索に参加してくれていたが、その挙動はとてもやる気のある者には見えず、黒島は戦力外として見ていた。
だから、アリッサが居なくなったことはさして問題では無かった。あくまで普段の悪ノリ仲間に過ぎないのだ。向こうはこちらを本当の仲間だと思っているかも怪しい。
「大淵君…一体どこに…」
「かなり思い詰めていたみたいだから…携帯まで電源落として…」
「うむ…何事も無ければいいが」
「…自宅は?」尾倉が口を開く。
「ダメ、居なかった。…もう!こんな事するなら、今度から首輪でも掛けちゃおうかな」
「わぁ、斎城大胆!でも、都内から外に出るとなると…スケの行きそうな所なんてなぁ…」
「まさか、また秋田でのんびり湯治してるわけじゃ無かろうしな。 それだったら鉄拳で顔面美容整形してやるんだが。 他に…アイツの行き先なんて…」
オフィス内に沈黙が流れる。
「…まさか」
全員が一点を見た。ゲート。あの惨劇以来、駐屯部隊の配備態勢には大いに混乱があり、大淵が紛れ込んでいても誰も不審がりはしないだろう。むしろ、増援として歓迎されている筈だ。
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