転生先はパラレルワールドだった

こぶたファクトリー

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51話 海魔討伐

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 まだ日の目すら見えない早朝。漁師のウォグルは漁具を検め、自分のボートに積み込んでいた。
 もう一稼ぎすれば、風の小魔法石を買える。そうすればこの船をもっと遠くの、呆れるほど豊かな漁場まで進ませることができる。
 …手漕ぎで行くこともできない事は無いが、海洋モンスター…クラーケンやオクター…セイレン。そして大量のシャークを眷属として従える、最強の海洋モンスター・シャチ。そんな連中が棲む海でそれは命懸けのギャンブルになる。軍艦のように武装も無い上、船を高速移動できなければそのままボートが棺桶になってしまう。

「ちょうど良いボロ船だな。俺に譲らんか?」

 声に驚きながら見回すと、埠頭の上に珍しい顔立ちの人間が立っていた。キャラバンの隊員だろうか……漁師の間で噂の幽霊船に怯えていただけに、安堵もひとしおだ。
「…驚かさないでくれ、兄ちゃん。それに、何がボロ船だ。こいつは今に…」
「だが、アレには負けるな」

 青年が見据える先には、靄の中から覗くボロボロのマストが見えた。

 …姿を現した甲板には、刀剣や弓矢を装備した人影があった。…動きに生気が無く、生きている人間には見えない。 
 …先週まで海軍と海兵…いや、王国全体の経済を悩ませていた、魔物の海賊。 こいつらに海上を封鎖されてしまえば漁ができなくなる。…だが、今日はわざわざ靄を隠れ蓑にして港湾エリアまでやってきた。…湾内で座礁でもさせて、魔物を上陸させようという魂胆か。

「ま、魔物の海賊! か、海軍と海兵に知らせないと!」

「おい、これで船代になるか?」
 金貨を五枚差し出した。
「はあッ!?今はそんな…」

 生まれて初めて見る実物の金貨…それが五枚も…これなら、新しい大き目の船と上等な魔法石をセットで買っても、まだ残りとお釣りがくる。
 …現金にも、周りに敵の放った矢や砲弾が炸裂しても、この取引だけは逃がすまいとウォグルは飛びついた。
「あ、ああ!勿論だ!いいのかい!?」
「釣りはいらん。決まりだな」
「あぁ! …けど、あんたは…」

 レイスは桟橋に飛び降りると、ボロ船に乗り込んだ。そして風神騎槍を取り出すと、船の尻から海中に先端を沈めた。 ボートは騎兵スキルの対象外だった。
 抑えに抑え、慎重に加減してみた。 …良い感じだ。要領は分かった。
 慣れた所で放出を上げた。…軍用高速ボート顔負けの速度で舳先を持ち上げながら海上を猛進する。

 ブレメルーダ海軍艦よりやや小さいが、それでも巨大な幽霊船が、更に間近に迫った。

「ボート探しに来てみれば、随分面白いイベントじゃないか」
 漁具の中から網を拾い上げ、釣り縄も括りつけ、膂力に任せて甲板内へと投げ込んだ。

 縄を引いて絡まった事を確認してからそれを上った。
 …流石に敵も間抜けではなく、中ほどまで登った所で縄が斬られた。

「…数ある褒美からコイツを選んだのは、流石だな」
 風神騎槍の噴射を利用し、高々と中に跳んだ。甲板内で慄くモンスターを踏みつけつつ、甲板内を眺め回した。
 ゾンビ兵…とでも言えば良いか。腐肉を塩漬けにしたような人型モンスターが思い思いの武器を手に身構えている。

「ちょいと宝探しをさせてもらうぜ?」
 繰り出された槍を奪って投擲し返す。騎槍を戻し、騎兵刀に持ち替え、手当たり次第に殺戮を始めた。

 海軍も動き出したらしい。離れた港に停泊している軍艦から、大砲が放たれた。砲弾はマストの根元に突き刺さり、マストが海中へと盛大に崩れ落ちた。

 甲板の敵を皆殺しにしつつ、操舵室へ向かった。…驚いた事に、舵輪は勝手に動いていた。透明なモンスターがいる訳でも無く、原理が分からないのでそれは無視して操舵室を後にした。 甲板で下へと続くハッチを見つけ、足で蹴り破った。

 毒々しい巨大な甲殻類や貝類、ヒトデにウミウシのようなモンスターの巣窟…。 
 …これがお伽噺にある、セイレンに導かれて辿り着いたアビスピアの姿ってか?

 美しい…

 何ともカラフルで美しい幻想郷だ。金銀財宝の爛れた輝きなど霞むほどに。

 朝からこんな美しくおぞましい光景を見たことが一度でもあっただろうか。

 …だが、惜しい事に…何か足りない…そう、この極彩色のおぞましく美しい世界に足りない、何かが…

 …そう、赤だ。
 
 自分達と同じ色であってくれることを祈りつつ、手近なモンスターに歩み寄った。

 余程腹が減っているのか、向こうから押し寄せてくれた。
 物陰から飛び出して来た虹色フナ虫の大群を一薙ぎで叩き伏せ、
 毒蟹を裂き、巨大かつ鋭利な巻貝の刺突をすり抜けて貝ごと踏み割り、イソギンチャクの出来損ないを解剖がてら切り刻み、ヒトデとウミウシは何枚かにスライスしてやった。
 肉片を拾い上げ、咀嚼してみた。…吐き捨てた。…死にはしないが、さすがに猛毒を食う趣味は無い。
 
 …残念な事に、血の色は黒か緑、青という、彼らの体色と一緒で、赤らしい赤はフナ虫に含まれる微かな赤色くらいしか無かった。
 死骸の表皮を毟り取り、死体の山の中にばら撒いた。…うむ、尚更見栄えが良くなった。
 砲弾が喫水線に直撃し、船倉に海水が流れ込んだ。
 ワイヤーアンカーでハッチへと飛び移り、そのまま反動を利用しながらワイヤー回収を済ませた。

「良い朝だ…」

 朝からエキサイティングな光景に恵まれ、上機嫌で笑みを浮かべた。沈みゆく甲板で大きく伸びをすると、マーチを口ずさむような軍艦の砲声が轟き、この幽霊船と化した船にダメ押しの一撃を与えた。 名残惜しく、もう一度極彩色の船倉内を見下ろした。…が、死骸は既に輝きを失い、中途半端にカラフルなだけの汚い肉片となって海面を漂っていた。

 虹色フナ虫の表皮さえ、藻屑と変わらない残骸と化して海面をたゆたっている。

 高揚が、それこそ潮が引くように一気に醒めていく。

「…結局、こんなものか…」

 まぁ、一瞬だけでも良い時間を過ごせた。 
 騎槍を取り出しながら沈みゆく船からボートへ飛び乗り、沖合へと向けて出発した。





 ブレメルーダ王国海軍一番艦・ウルフと十番艦・ハンターは早朝の魔海賊による奇襲を受け、沖合での哨戒に当たっていた。

 既に天高く月が上り、夜の海はそれこそ怪物…クラーケンやオクトーが今にも縁に触手を伸ばしてくるのではないか、シャチの眷属であるシャークの群が船体の横っ腹に突進して穴を開けて来るのではないかと、考え出せばキリがない程恐ろしくなる。 
 それでも、水兵は王国軍の雛形であり、誇りだった。町で過ごす子どもたちも、自分の父親が水兵だと自慢してくれている。

 光の魔法石で海面の警戒に当たっていたボン水兵長は、少し離れた大砲の傍らに座って蒸留酒を傾ける、砲兵のスマズ水兵長に話題を振った。

「それにしても、朝の魔海賊船は誰がやったんだろうな?」

「ああ。あれは大砲でやられた死体なんかじゃねぇ。…笑ってくれても構わねぇが、本当に海の死神・オルカだったとしても驚かねぇよ」

 オルカとは、水兵や海兵、漁師や船乗りたちの間で信じられている海の守り神だ。
 
 人を害し、死すべきモンスターを海に還す者…シャチと同等か、それ以上の力を持つとされる、海における人類の守り神だ。

「笑うもんか。…凄腕の海兵だってあんな真似はできない。第一、砲撃されて沈んでいく船の中であんな真似ができる奴が、人間である訳が無い…ちょっと待て」

 海面の一ヶ所に違和感。 …何かがある。すぐさま海図と測定器を見合わせて照会するが、あんな場所に島は無い筈だ。
「や、やべぇぞ、モンスターか!?おい、警鐘を鳴らせ!」

 警鐘番の水兵が死に物狂いで鐘を叩き鳴らした。
 仮眠中だった水兵や海兵が戦闘態勢を整え、各配置に付いた。 大型の魔法石による探照も焚かれ、異物を照らし出した。

「クラーケン…いや、オクトーか!?クソデカい…!」
「対魔砲弾装填よし!」
「照準、よし!」
「いや…待て!…様子がおかしい」

 艦長自ら甲板に飛び出してきて、部下から差し出された単眼鏡を受け取り、目標を確認した。
 やがて、艦長は安堵の溜息交じりに困惑顔で単眼鏡を下ろした。
「…標的は死んでいる。しかし、警戒態勢そのまま。標的を調査する」

 艦内が騒めいた。離れて並行する僚艦・ハンターも同じだ。今夜哨戒に出ているのは自分達ウルフとハンターだけだ。…もし、別の艦がオクトーをやったなら、嫌でもその戦果は耳に入るし、自慢しない訳が無い。大陸で唯一にして最強の海軍力を持つブレメルーダ軍以外にこんな事が出来る訳が無い。…自分達海軍で無いとすれば、やったのは魔物同士か…それとも…

「仲間割れか…?」
「…或いはオルカ様、か…」

 …全長三十メートルにもなるどす黒い体色のオクトーは、半身を切り落とされてもう半身が海上に浮き、触手を泳がせながら大海原を揺蕩っていた。魚たちが滅多にありつけないご馳走をついばんでいるのが分かる。

「き、切られている…」
「そうでなくても刃が通り難いオクトーを…どんな刃物でこんな事ができる…?ギロチン何十個分だよ…」
「おい、周りを見て見ろ!」

 気付くと、離れた海面にも、ハンターの方にも…
 凶暴な大型海洋モンスターの残骸がそこかしこに浮かんでいる。

「こ、こいつがスティングレイか…!? 海軍学校でしか見たこと無いぞ…」
  毒々しい赤の斑が目立つ残骸が浮き沈みしている。
「…これは…犠牲になった漁船の残骸か?」
 そのスティングレイの鋭い触手に串刺しに貫かれたままの漁船の残骸があった。

 …と、何かが聞こえた気がした。スマズや他のクルーにも聞こえたのか、話を中断して宙を見上げ、耳を澄ませている。

「おーい、頼む~!」
 小さく、情けない声が聞こえる。

「りょ、漁師だ!生きていたんだ!」
 探照で照らすと、漁船の残骸に必死に掴まった男が手を振っていた。



「あ、あの糞馬鹿野郎!船が破壊されて面倒になるなり俺に戻しやがって!」
 大淵はささやかな船の木片の上で喚いていた。 

 …自分とロキは海洋恐怖症だった。…特にロキは深刻で、試しに代わってみた所、パニックを起こして諸共死にかけた。
 夜の海…海底は見えず、船は無く…更には得体のしれない巨大な姿を海底の闇に見た気がして、今にも狂いそうだった。
 この精神錯乱一歩前の状態で、オクトーやシャークを倒せたのは奇跡としか言いようがなかった。
 
 「二度とあんなのに頼って堪るか!畜生め!」

 …こうして、海軍に救助されるまでの三時間、海洋恐怖症の身にとってはこの上ない地獄を味わったのだった。
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