転生先はパラレルワールドだった

こぶたファクトリー

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61話 暗雲

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 右手の出血は自らの傷口を焼くことで止血した。

 …自分の専門は広く浅い攻撃魔法と、強力な呪詛だった。…治癒の魔法を持つ魔物など皆無に等しい。
 …忌々しい事に、カロンだけは薬草への造詣が深かった。…自分達が同じく薬草弄りなどすれば、他の魔物はままごとだと嘲笑うだろうが、カロンのやる事成す事は常に称賛されてきた。

 結局、奴には何一つ、敵う事は無かった…

 激しく燃え盛る敵愾心と憎悪も、それを上回る疲弊が凍り付かせていく。
 あれ程憎かったカロンも、もうどうとも思わなくなっていた。…地獄に行って、奴が居たら皮肉の言葉の一つでも掛けてやりたいくらいだった。
 波の音を聞きながら、どこともしれない海岸に潮流で彫られた洞穴…そこに身を隠していた。…というより、漂着していた。…満潮になればこんな洞はすぐに潮で満ちるだろう。…もっとも、それで自分が溺死する事は無い。魔物が溺死する事などないのだ。
 …つまり、まだ自分は死ぬことさえ許されていない。

 ヴェノムを使って手駒としておいた海洋モンスターも、アレが相手では時間稼ぎにしかならなかっただろう。

 必死の思いで拾い上げてきた石板を虚ろな目で眺める。

 …どんな大層なアウターデーモンが封じられているか知らないが、どうせ結果は同じだ…。
 今度こそ絶望した。…あの人間…別人格だけが取り分けて強力なのだとばかり思っていれば…

 あの人間…いや、あれこそアウターデーモンだろう…。…何者かは知らないが、明らかにただの器ではない。
 …ある意味では、戦闘狂のもう一つの強力な人格…あれよりも異質な狂気を感じた。…戦闘よりも目的の為にどんな手段でも力でも使うような…人質を使った事が却って悪手だったような…
 
「慧眼ですな、主殿。私も同感でございます。あの勇者は御しやすいでしょうが、あの人間…ダイスと言いましたか。言い得て妙です。正に出鱈目でございますな」

 慌てて声の主を探すが、洞の中には自分しか居ない。ゼルネスは左手に持った石板をまじまじと見た。
 まさか…

「失礼。主殿の魔力の余分を少しばかりずつ頂き、リザーブしておりました。お陰で今、こうしてお喋りくらいはできるようになりまして」

 このアウターデーモンには知性があるのか…魔物なのか…?いや、それに自分の思考を読まれているとは…

「ん~、しかし悲しき哉、主殿は偉大なる呪術師ではあらせられるものの、戦術家ではあらせられず、また参謀すらお持ちでない。…他の三つの手駒を順繰りに喪ったのは、あまりにも致命的でした。…もし初めに…せめて二、三番目に召喚されたのが私であれば…そう思うと口惜しさで胸が張り裂けそうでございます……主殿、今更申し上げても詮無きことではありますが、戦力の逐次投入は今昔未来・東西南北何処に於いても、悪手中の悪手でございます」

 男か女かも分からない、無機質な声。それでいてふざけ、状況を楽しんですらいるような慇懃無礼な物言いに頭に血が上りかけた。…だが、この石板を叩き割ってしまえば今度こそ本当に、自分はゴブリンに毛が生えた程度の存在となり果てる。

「…ならばこの状況、貴様なら変えられると言うのか?」

「ん~、どうでしょうなぁ。予防線を張る訳では御座いませんが…石板一枚が持つ勝率を単純に2割5分と考えて下されば、主殿は既に三枚を喪失されておいでです。これを覆すのは難儀しますなぁ」

「…だが、0ではない。」
 その事実が、再びゼルネスのどす黒い闘志を呼び覚ました。

「左様でございます」
 迷わず、最後の魔力を…魔力の根源である魔基ごと全てをこの石板に注ぎ込んだ。

「くれてやる…」
 これで、自分は魔物でありながらゴブリン以下…スピアラビットにすら敵わぬ、この世界最弱の魔物になり果てた。
 逆に、清々した。この自分が世界最弱とは、何とも滑稽でお似合いでは無いか。

「英断でございます、主殿」
 
 目の前に一体の人型魔物が立っていた。
 それまでのアウターデーモンとはまた違う、筋力すら感じさせないスマートかつスタイリッシュなフォルム。これも声同様、男とも女とも判断がつかぬ体型。…頭部にはさして防御力も無さそうな…奇妙な銀色の丸い兜…或いはマスクのようなものを被り、どうやって視界を得ているのか…或いは視界を必要としないのか、顔の部分には視界を確保する為の孔すら見当たらない。

「25%…結構ではありませんか。十分すぎる数字です。ダイスという名が示す通り、何事も…こと戦いは常にギャンブルでございます。そして負ければその分痛みがあるからこそ、勝利がどんな快楽よりも情熱的で、甘美なのです」
 魔物は芝居がかった台詞とポーズを決めつつ、歌うように囀った。

「…お前が2割5分なのか?」
 …怯えを顔に出すのは癪だったので、なんとか堪えたが…今までのデーモンがスプリットワームに思える程、この魔物はおぞましい気配を放っていた。

「そういう事にしておきましょう。…実際は一割かもしれませんが、その方が楽しいでしょう?」

「…お前は何者なんだ…モンスターではあるまい。魔物だろう…?」

「さぁ…そんな事は些末な事でございます。 それよりもエブリタイム・レッツ・エンジョイでございますよ、主殿!取り合えず私めは演劇の舞台準備に取り掛かりますので、ここでカニやヒトデ、クラゲでも鑑賞されながら心穏やかに今暫しお待ち下さい。 …ご安心を、主殿には貴賓席をご用意致します」

 それだけ言うと、魔力を失い、何の権限も無くなった自分を殺すでもなく、煙のように掻き消えた。

「…はは…ははははは…」

無力の身となったゼルネスは、海水を浴びながら洞の中で狂ったように嗤い続けた
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