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70話 ダンジョン フローズィア
しおりを挟むブレメルーダ王城で紫心騎士団に例の稽古を付けつつ、三日間にも渡りようやくSPを癒した大淵は、三日ぶりにリノーシュに呼び出され、再会を果たした。
戦闘後三日間も顔を会わせなかったのは、単純にリノーシュが戦後処理に追われて忙しかったからである。
「この間はありがとう、大輔。…あれは多分、君が居なければこの国は滅んでいただろうね」
「恐らく俺が居なければ起こらなかった事でもあるがな。…正直、俺が疫病神なのか何なのか、自分でもよくわからん」
…これでは死神は死神でも、マッチポンプの死神だ。
「僕は君と違って何事もポジティブに捉える主義でね。…形は違えど災厄はいつかやってくる。その時に、例え疫病神だろうが味方にいるかいないかの違いだ。…少なくとも君が居たおかげで、こちらは死者0であの攻防戦に関しては乗り切った。それが事実だ」
「…で?まだ昼だが、その親友の疫病神と一緒に呑むか?」
「それもあるけど、君に幾つか伝えたいことがあってね」
リノーシュはグラスに注いだ洋酒と一緒に二枚の地図をテーブル上に滑らせた。
「…ブレメルーダから南側…旧シバ領の地図と…何かの地図だな。…随分抽象的だが、もしかしてお前の幼き日の宝の地図とか?」
「うんうん、僕の場合は視察先でこっそり拾った道端の石ころだったっけ。今も中庭の片隅に埋まっている筈だよ。…ちなみに大輔は何を隠したんだい? …何か見える…お父さんの持っていた本の切れ端?不思議なものを隠すんだね?」
「…その話を内密に願えるなら真面目に話を聞こう」
「うん。…シバ領の地図はそのままだけど、ハルトン・シバが失脚した事で、シバ領は事実上の無法地帯と化した。…変に気を病まないでくれよ?いずれはそうなる運命なんだ。彼が天下を取った方がゾッとしないだろう?…ともかく、領主はともかく領民に罪はない。…できれば君に赴いてもらって、この殺伐とした領土を平定してもらいたい。…跋扈しているのは人間だけじゃない。三万もの正規軍が一万も死傷した上に崩壊した事で、大量のモンスターが各地から流れ込んで来た」
「ああ、それなら分かる。…俺も死ぬ前に少しくらいは医学や健康に関する知識を探ってな。日和見菌とか常在菌って言うんだったか…乳酸菌とか枯草菌とか、宿主である人間にとって都合の良い菌ばかりが注目されるが、実際は圧倒的大多数はどっちつかずの日和見菌で、せいぜい二割ずつくらいで善玉と悪玉の大腸菌やらが綱引きをしている。外的環境要因や生活習慣、薬化学物質の影響でそれらが人間にとって良いか悪いかのバランスに振り切る… …それと同じで、俺らの戦いで連中のミリタリーバランスが崩れたって事だろ? …勿論行くよ。人道支援って名目で俺達側…日本政府側の名目も立つ」
…建前と言えば建前だが、大淵小隊への法的制約として、現地「人」への緊急避難以外での殺害や拷問は厳しく禁止されていた。…前回の戦いにおいては、射方が敵砲弾を派手に撃ち落とすシーンや大淵が敵砲弾を吹き飛ばす戦闘映像だけを残し…問題の「ダルマ刑」は削除した。…現地媒体が無い以上、二度と立証する事はできない。
「興味深い例えだがその通り。…今回はさすがに敵地だ。君達だけでは行かせない。…この手の敵地遠征は蒼船海兵団や黒獅子の専門なんだが…先日の攻防戦で君へのわだかまりはほぼ解消したが、あんなことがあった直後だ。今回は戦力的にも無傷なパープルハートから精鋭の1個大隊、500の騎士を君達に同行させる。また、リーデに補給拠点を設置済みだ。そこから随時、補給物資を送らせる。…志願者と争奪戦が激しくて、こちらとしては複雑な気分だったがね。君達…特に君は、彼女らに相当気に入られてしまっているな」
「まぁ…散々遊んだからな」
「君に同行させれば彼女らは死なずに戻ってくる。…そんな気がする。そして戻った彼女らが後輩に経験値を与え、行く行くは王国の最主力騎士団となるだろうね」
「…もう一つの地図は?」
「君達にとっても恐らく重要なものになるだろう」
「真面目に聞いているんだが…」
「大まじめだよ!遺跡…ダンジョンさ。…言い伝えでは、ここを訪れた勇者の役に立つであろう、って。…僕の千里眼で見たイメージでは…君が初老の夫人と会話したり、姿を消して摩天楼が立ち並ぶ世界に瞬時に飛び立っていたけど。 …きっと、何か君達の役に立つものがあるはずだ」
「…お前の千里眼ってのは、未来予知能力でもあるのか…?」
「うーん、確かに時折、未来が見えるね。…100%の確信が持てる訳じゃないし…イメージの精度は正夢とそんなに変わらないと思うけど。ただ、それが直前になると「これはあのイメージの!」と、ハッとするんだ」
「…わかった。…旅のお供にクロエは付けてくれるのか?」
「君が望むなら。…彼女は既に荷物までまとめて行く気満々だけど」
「なら尚更ありがたい。そのダンジョンを調べつつ、俺の鍛えた可憐にして鮮烈な騎士団が旧シバ領を平定するだろうよ」
「うん。いい報告を待ってるよ♪ …ああ、そうそう。シバ領は極寒地帯を多く抱え込む領土だ。それだけはしっかり考慮しておいてくれ。こちらで用意できる装備と資材は準備するが、何分僕も兵達も極地戦の経験は皆無だから」
「…うーむ。俺も戦史や小説を齧った程度だが、それだけバックアップしてもらえれば何とか乗り切って見せるさ。…何より可愛い後輩たちと仲間達だしな」
「…僕も行きたいなぁ」
「お前はちゃんとここで仕事してろよ?」
「それともう一つあるけど、それは君達が帰ってからにする。…こうすると、ふらぐ?っていうのが立ちにくくなるんだよね?」
「…妙な所だけ銀ピカ頭みたくなりやがって」
「…という訳で、これよりシバ領遠征隊を結成する。政府やプライベート関連から何か連絡があるかも知れんので、ここに何人か連絡要員も残さねばならん…ああ、桜と日菜子とアリッサは強制な。雪国育ちだから」
「うん、寒さには強いから」
「が、がんばります!」
「フフフ…フィンランドの冬と言えば皆さんも聞いた事はあるでしょう…そう!あの白い…」
「俺、留ー守番!」
黒島は真っ先に手を上げた。…ガチでファンタジー世界に興味が皆無なのだ。ただ、経営センスと数字を活かせる世界、そして何故か自分をからかう事に至上とも言える生きがいを感じている…極めて不思議な男だ。
「うぅむ…すまんが俺も寒いのは苦手でな…極地と言うとマイナスも平気で行くんだろう…?そんな所へロクな暖房も無しで…想像するだけで敵わん」
「ウチもパスで。かなり冷え性なんだ。こないだのスノボー日和って訳じゃないしな」
「…俺は行こう」
「…その心は?」
黒島が尾倉に問いかけた。
「…寒い地方の獣肉は良く締まる。…それに」
「…それに?」
「…幼い娘達に暖かい料理を出してやる奴が、一人でも必要だ」
…瞬間…全員がリアクションに困り、その場の空気が凍りかけた…
(いや、凄い立派なことだけどさ…! なんつーか…返す言葉が出ねぇ…!)
全員の代弁を背負いながら大淵がフォローに回ったが、それはまた別の話であった。
大隊を尾倉に任せて野営地へと先行させ、大淵は先に「用事」を済ませるため、ごく少数の味方を連れてその洞穴に立ち寄った。
「…コイツがリノーシュの言っていたダンジョンで間違いないな」
消滅するモンスターの残骸を見下ろし、大淵は確信した。
「す、すごいですね、二階層でこんなレベルとは…モンスターもそうですが、寒さが…」
アイアンメイルの上から大淵らを含む全軍に支給されたアルパンベアーの毛皮に身を包んだクロエが、三人の護衛騎士を連れて襟元を掻き寄せながら呟いた。手足の装甲の上からも取り付けられ、手足のアーマー内には日本から大量に支給されたカイロを入れている。
アルパンベアーの毛皮はシバ領にある街との交易でブレメルーダが輸入していた体長3メートルにもなる中型モンスターの毛皮を加工したコートと手足覆いのセットだ。…現代から持ってきた南極装備よりも耐寒性・保温性・透湿性に優れており、特に毛皮であるためか体温との相性が非常に良い。
そんな最高の装備をもってしても、このダンジョンは外界の者を冷酷に拒んでくる。
「う、うむ。…俺も基本東京育ちだからか、この寒さは堪えるな…これだけ防寒対策をしていてこれか……この寒さで前のダンジョンみたい危険なトラップがあったら、ちょいとキツイぞ…体が思うように動かんだろう」
「ダメですよ、クロエさん、大輔くん!寒くても、ある程度動いたら定期的にこうやって衣服をはだけて…夏をイメージして汗をバタバタ払う感じで乾燥させないと、後で一気に冷えて風邪を引いたり他の免疫性の感染症に掛かったりするんですよ!」
「特に、(暖かくて気持ちいい)って思ったらすぐに、ね」
斎城がニッコリと笑ったまま…薄服で耐えている。
香山も斎城も、この冷凍庫に閉じ込められたような寒さの中、あの薄い吸汗速乾性シャツでボディラインも露わにしながら冷気に体を晒している。…暖かい時なら魅惑的な光景だが、今は「バカじゃないの!?」くらいにしか思えない。 寒すぎる…!下手に壁や岩に手を置くと、そことグローブが凍り付いて張り付いてしまう。毛皮は着脱可能なミトンとなっているが、剣や銃を握るには向いていない為、行軍時以外は取り外していた。
…自身の装備は現在、温まり切った羽毛布団のような心地よさだ…
…いくら彼女らの呼びかけだろうと絶対、この愛おしい温度から離れたくない。
「…いけ、クロエ!」
「な、何で私なんですか!?」
「若い順だ!お前ならできる!」
「わ、わかりました!」
3秒後…
「ㇶイィイイ!」
…寒風に身を刻まれるクロエの悲鳴が鳴り響いた。
引き締まったボディラインが冷気に晒されて気の毒なくらい震えている。
「…あらあらぁ?大輔くぅーん?いつになったらやるのかなぁ?…こっちだって寒い中待ってるんだけどなぁ~?…もしかして私達の事、雪女か何かだと思ってる?」
思ってる。
「…OK、それなら…アリッサ、やっちゃいなさい」
「往生セイヤー!」
毛皮を剥ぎ取られ、メイルアーマーと冬用戦闘服だけにされた。
「ぐわぁああ!クソ寒ッ!」
「さっさとメイルアーマーも脱いで、バタバタする!」
確かに戦闘服はじっとりと蒸しかけていた。ガタガタ震えながら服の湿気を払う。
「…羽織ってよしっ」
斎城の許可と共にアリッサに毛皮を返され、急いで装備を元に戻した。嗚呼…暖かった装備がまた薄ら寒くなってしまっている…
「…温もりが恋しいぜ」
「なんだ情けない奴め。暖めてやろうか?ん?」
「…お前の肌はひんやりだろうが」
毛皮はダサいから、とマオは大淵が買い与えた蝙蝠羽付きダウンコートの下にワンピースドレスという出で立ちだ。リザベルはメイルアーマーを装備した上に、他人に怪しまれないよう毛皮を羽織っているだけに過ぎない。
マオとリザベルは人間との生体理学がだいぶ違う。汗は殆どかかず、そもそも人間や動物が参ってしまうような環境的な高温や低温には平気で耐え、呼吸しなくとも生きていける。酸素はあくまで発声による通信手段でしかない。 食事すら嗜好品の延長でしかない。
「行くよ。…それにしても、氷の中に微かに光る石を入れてライトアップするなんて、なんかお洒落なダンジョンだね」
見回してみれば、確かにどこぞの雪まつりのようにそこかしこが薄水色に照らし出され、ライトを使用する手間と資源が省ける。
ダンジョンと言うより、氷の美術館とでも言った方が似合う、幻想的な光景ですらある。
…モンスターさえいなければ。
その思考を読んだかのように、氷の扉をぶち破って、体長3メートル程の巨熊…アルパンベアーが唸り声を上げて立ちはだかってきた。
「出やがったな…」
狭いダンジョン内…武器は今回、騎兵刀の他に予備として右ふくらはぎ側面の毛皮の上から装着した、ブレメルーダで購入したバスターナイフ、そしてビーンバッグ弾ではなく散弾銃をセットしていた。
突進して来るアルパンベア―に散弾を撃ち込む。…至近距離にも拘わらず、散弾をものともせず大淵に突進してきた。体当たりを受け、押し倒される。
「し、しぶとい…!?」
「大輔君ッ!?」
…甘かった!だが…
「だ、ダイス先生!」
三人娘…クロエが従えてきた、騎士団でも特に期待のエースだという16から18までの少女らがこちらに向かおうと、血相を変えて駆け出した。
「まて、俺は大丈夫だ」
アルペンベアーの下顎を抑えつけ、自力で押し返す。…この程度なら、アーマーの筋力アシストを使うまでも無い。アルパンベアーの一トンを優に超える巨体が持ち上がり、そのまま投げ飛ばした。すぐさま圧し掛かり、背後から騎兵刀で心臓を一突き。それで動かなくなった。
現地ギルド数十人がかりで仕留めるだけあるが、ここ数日加速度的にステータスを上げつつある大淵の敵では無かった。
「ご、ご無事ですか、先生!?」
リーダー格のメノムが束ねた赤髪を揺らし、大淵の傷を検めようとしたが、掠り傷一つ無かった。
…どころか、最近はダメージ100までの微細なダメージは、常時回復する…川村のスキル・自動回復(小)の下位互換のような芸当まで体が覚えてしまっていた。
「ああ、大丈夫。…今のはいい失敗例だ、寒いからと楽をしようとして敵の力を見誤った」
「…まさかあの距離で散弾を耐えるとはな…強化無しだとスラッグじゃなきゃダメか? …とにかく、ついでに今の部屋を調べてみよう」
「スイマセン、大淵が襲われてる間にもう調べてきちゃいマシタ。ハーブみたいなのと金貨が三枚、箱に入っていただけデシタね」
「まぁ、そんなものか。だが気を付けろよ、箱に擬態しているモンスターも居る事がある」
「あの、大輔くん…この部屋、捜索した跡があるよ?」
香山が開いた扉を指さした。
覗いて見ると、確かに空の木箱が幾つか転がっている。アリッサが足跡や空き箱を調べた。
「…氷のせいで痕跡の新旧はワカリマセンが、複数人という事は間違いありマセンね。靴の大小が違いマスので」
「…地元の探索者か…まさか、日本のギルドメンバーが来たわけじゃない…よな…?」
…現在、アルダガルドまでは定期便がある。だが、そこから5000キロも離れたブレメルーダまでは自分達のように移動するしかない。仮に、こちらへ宝探しや資源調査にやってきたギルドがいたとしても、通信環境が整っていないこの世界では自分達と彼らが互いの存在を察知する事は困難だ。…だが、もし通信が届く距離にいるとしたら、自分達同様の至近距離通信が混線するかもしれない。
「取り合えず地下二階に…」
『お、オイ、桑田、下がった方がいいんじゃないか!?なんか俺らの手には負えない気がするんだが…!』
『いつまでチキってんだよ、お前は!何が上田だ、今日から弱え田に改名だ、お前は!』
『止めて!これまでだって上田君の言った事が殆ど正しかったんだから! ここに入る時だって…』
『なんだよ今井!彼女の癖に他の男のいう事を支持すんのかよ!?終わってんな!?』
『終わってんのはアンタよ!いつ、誰がアンタの彼女になったっての!?』
「…随分煩い人間共だな?」
マオが片眉を上げて微妙な顔を見せた。
「…だな。どの道下に用があるんだ。ヤバそうなようだし、支援に向かおう」
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