1 / 94
語り部と⼩猿
⼩猿
しおりを挟む尾張の国中村。
泥と藁の匂いが⽴ち込める貧しい寒村にその⽇乾いた打撃⾳が響き渡っていた。
「まだまだ︕腰が⼊ってねえぞ、百姓︕」
嘲笑うような甲⾼い声。
声の主は、⼀⼈の少年だった。
猿のように突き出た⼝元、落ち着きなく動く眼球。
⾝なりはボロ布を纏った乞⾷同然だが、その⼿に握られた樫の棒だけは、まるで愛⼑のように⼿⼊れされ、⿊光りしている。
藤吉郎(とうきちろう)。
村の⼦供たちを⼦分に従えるガキ⼤将であり、気に⼊らないことがあれば⼤⼈相⼿でも容赦なくその棒を振るう、村⼀番の⿐つまみ者だ。
その⽇も、彼は野良仕事帰りの若衆を⼆⼈、地⾯に転がしていた。
乱世だ。
⼒の弱い者は奪われる。
藤吉郎にとって、暴⼒を振るうことは呼吸と同じ、ただの⽣存本能だった。
「けっ、弱っちくてあくびが出るわ。どっかに⾻のある奴はいねえのか」
唾を吐き捨てた藤吉郎の視界に、ふと、奇妙な影が映り込んだ。陽炎の⽴つ⼀本道の向こうから、⼀⼈の旅⼈が歩いてくる。深編笠を⽬深に被り、着流しは⾊あせている。⼑も差していない。ただの⾵来坊に⾒えた。だが、藤吉郎の野⽣の勘が、背筋に冷たいものを⾛らせた。
(……なんだ、こいつは︖)
⾜⾳がしない。草履が⼟を踏む⾳が、⾵の⾳に吸い込まれて消えているようだった。
「おい、そこの旅⼈︕」
藤吉郎は本能的な恐怖を打ち消すように、⼤声を張り上げて⾶び出した。
「この村を通るなら、通⾏料を置いていきな︕」
⾔うが早いか、藤吉郎は得意の樫の棒を横薙ぎに⼀閃させた。
⼦供とは思えない速度。⼤⼈の⾻すらへし折る必殺の⼀撃だ。
――当たった。
そう確信した瞬間、⼿応えが消えた。
「え︖」
旅⼈の姿がブレた。
いや、動いたのではない。⾵に揺れる柳のように、ただ棒の軌道に合わせて体を数⼨だけ沈めたのだ。勢い余った藤吉郎の体が、前のめりに泳ぐ。その隙だらけの後頭部に、旅⼈の⼈差し指が、優しく触れた。
「――っ︕︖」
トン、という軽い衝撃。
たったそれだけで、藤吉郎の視界は天と地が逆転し、気づけば泥⽔の中に顔を突っ込んでいた。
「腰が⼊っていないな」
頭上から降ってきたのは、驚くほど穏やかな声だった。
「それに、殺気が漏れすぎだ。……それでは獣も狩れんぞ、⼩僧」
藤吉郎が顔を上げると、旅⼈は編笠の下で微かに笑っていた。
侮蔑の⾊はない。まるで、道端の⽯ころを愛でるような、不思議な⽬だった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
