龍血の系譜

盤上の観察者

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語り部と⼩猿

⼩猿

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 尾張の国中村。
 泥と藁の匂いが⽴ち込める貧しい寒村にその⽇乾いた打撃⾳が響き渡っていた。

「まだまだ︕腰が⼊ってねえぞ、百姓︕」
 嘲笑うような甲⾼い声。

 声の主は、⼀⼈の少年だった。
 猿のように突き出た⼝元、落ち着きなく動く眼球。
 ⾝なりはボロ布を纏った乞⾷同然だが、その⼿に握られた樫の棒だけは、まるで愛⼑のように⼿⼊れされ、⿊光りしている。

 藤吉郎(とうきちろう)。

 村の⼦供たちを⼦分に従えるガキ⼤将であり、気に⼊らないことがあれば⼤⼈相⼿でも容赦なくその棒を振るう、村⼀番の⿐つまみ者だ。
 その⽇も、彼は野良仕事帰りの若衆を⼆⼈、地⾯に転がしていた。

 乱世だ。
 ⼒の弱い者は奪われる。

 藤吉郎にとって、暴⼒を振るうことは呼吸と同じ、ただの⽣存本能だった。

「けっ、弱っちくてあくびが出るわ。どっかに⾻のある奴はいねえのか」

 唾を吐き捨てた藤吉郎の視界に、ふと、奇妙な影が映り込んだ。陽炎の⽴つ⼀本道の向こうから、⼀⼈の旅⼈が歩いてくる。深編笠を⽬深に被り、着流しは⾊あせている。⼑も差していない。ただの⾵来坊に⾒えた。だが、藤吉郎の野⽣の勘が、背筋に冷たいものを⾛らせた。

(……なんだ、こいつは︖)

 ⾜⾳がしない。草履が⼟を踏む⾳が、⾵の⾳に吸い込まれて消えているようだった。

「おい、そこの旅⼈︕」
 藤吉郎は本能的な恐怖を打ち消すように、⼤声を張り上げて⾶び出した。

「この村を通るなら、通⾏料を置いていきな︕」
 ⾔うが早いか、藤吉郎は得意の樫の棒を横薙ぎに⼀閃させた。

 ⼦供とは思えない速度。⼤⼈の⾻すらへし折る必殺の⼀撃だ。

 ――当たった。
 そう確信した瞬間、⼿応えが消えた。

「え︖」
 旅⼈の姿がブレた。

 いや、動いたのではない。⾵に揺れる柳のように、ただ棒の軌道に合わせて体を数⼨だけ沈めたのだ。勢い余った藤吉郎の体が、前のめりに泳ぐ。その隙だらけの後頭部に、旅⼈の⼈差し指が、優しく触れた。

「――っ︕︖」
 トン、という軽い衝撃。

 たったそれだけで、藤吉郎の視界は天と地が逆転し、気づけば泥⽔の中に顔を突っ込んでいた。

「腰が⼊っていないな」
 頭上から降ってきたのは、驚くほど穏やかな声だった。

「それに、殺気が漏れすぎだ。……それでは獣も狩れんぞ、⼩僧」
 藤吉郎が顔を上げると、旅⼈は編笠の下で微かに笑っていた。

 侮蔑の⾊はない。まるで、道端の⽯ころを愛でるような、不思議な⽬だった。
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