龍血の系譜

盤上の観察者

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告白

天童理人

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 ジリ、ジリジリジリ……。
 窓の外から聞こえる油蝉の鳴き声が、蒸し暑い空気をさらに重く粘り気のあるものに変えていた。

 七月。夏休みを目前に控えた、都立高校の二年生の教室。
 天井で首を振る色褪せた扇風機が、ぬるい風を規則的にかき混ぜている。教壇では、初老の古文教師が黒板にチョークを打ち付けながら、単調な声で源氏物語の解説を続けていた。
 クラスの半数以上が暑さと退屈で意識を朦朧とさせる中、窓際の一番後ろの席で、完全に意識を手放している男子生徒がいた。

 大西シンジ。十六歳。

 彼は机に両腕を投げ出し、そこに顔を埋めるようにして突っ伏している。
 背中が規則的に上下し、微かな寝息さえ聞こえてきそうだ。ワイシャツの裾は少しはみ出し、寝癖のついた黒髪が扇風機の風に揺れている。
 どこからどう見ても、ただの「無気力な男子高校生」だった。

「……また寝てる」
 斜め前の席から、ペンを回しながら呆れたような視線を送っているのは、大西綾だ。

 涼しげな目元と、肩口で切り揃えられた黒髪。姿勢は定規を当てたように美しく、暑苦しい教室の中でも、彼女の周囲だけは凛とした空気が保たれているようだった。

(十年前は、あんなに野生の獣みたいだったのに……)
 綾はノートに視線を戻しながら、小さくため息をついた。

 あの雨の路地裏。そして、道場を襲った異形の怪物たちを一瞬で切り捨てた、五歳の緑衣の姿。
 あの日のシンジは、触れれば指が切り裂かれるような、純度百パーセントの「殺意の塊」だった。

 だが、大西家で引き取られ、十年という歳月が彼を覆い隠した。
 今のシンジは、怒らない。戦わない。目立たない。
 ただ、こうしてどこでも猫のように寝ているだけの、呆れるほど「普通」の少年になってしまった。

(お父さんは『あれでいい』って言うけどさ……)
 綾が唇を尖らせた、その時だった。

「大西さん、これ、後ろに回して」
 爽やかな声に、綾はハッと顔を上げた。

 前の席からプリントを差し出してきたのは、クラス委員長の天童(てんどう)だった。
 整った顔立ち。スポーツテストは常に学年トップで、全国模試でも一桁の常連。誰に対しても分け隔てなく優しく、教師からの信頼も厚い。
 絵に描いたような「完璧な優等生」だ。

「ありがとう、天童くん」
 綾がプリントを受け取ると、天童はクスリと笑って、シンジの方へ視線をやった。

「シンジのやつ、また豪快に寝てるね。放課後の掃除当番、代わってあげようか?」
「いいのよ、天童くん。あいつには後で雑巾がけ十往復させるから」
「あはは、厳しいな。大西さんには敵わないや」

 天童は眩しいほどの笑顔を残して、前を向いた。
 その完璧な横顔に、クラスの女子たちの熱い視線がいくつも注がれているのがわかる。

 綾は受け取ったプリントを、丸まったシンジの背中にペチリと叩きつけた。
「ほら、起きなさいよ、シンジ」
「……んぁ」
 シンジは気怠げに顔を上げ、半分しか開いていない目でプリントを掴むと、そのまま机の端に押しやり、再び顔を伏せた。

 平和だ。
 圧倒的なまでに、退屈で、安全な日常。
 あの日の血の匂いなど、とうの昔に忘れてしまったかのように。
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