龍血の系譜

盤上の観察者

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告白

美代

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 同日、夕刻。目黒区の閑静な高級住宅街。
 高い石壁に囲まれた五百坪の豪邸が、天童の自宅だった。

 天皇家とも連なる歴史を持つ名家。祖父は現役の閣僚として永田町に常駐し、父は霞が関のトップ官僚、そして母は都内の一等地で総合病院を経営する開業医。
 大人たちは皆、国や社会を回す歯車として多忙を極めている。この広大すぎる家で、天童が一人で過ごす時間は必然的に長かった。

 重厚な玄関の扉を開け、天童は静かに靴を脱いだ。
 今日は母のクリニックの休診日だ。一週間ぶりに、母が家にいるはずだった。

「ただいま帰りました」
 広いリビングに入ると、革張りのソファで分厚い医学書に目を通していた母が、顔を上げた。

「おかえりなさい。今日も遅かったのね」
「生徒会の仕事があったからね。母さんも、休診日なのに勉強?」
「ええ、新しい論文が出たから。冷蔵庫にフルーツがあるわよ」

 会話はそこで途切れた。
 冷暖房が完璧に効いた室内には、紙をめくる音と、アンティーク時計の秒針の音だけが響いている。

「奥様。……理人様」
 そこへ、盆に紅茶を乗せた手伝いの美代が静かに入ってきた。
 天童が幼い頃からこの家で働き、両親の代わりに彼の大半の面倒を見てきた初老の女性だ。

 美代は天童の前にティーカップを置きながら、その横顔をちらりと見た。
 そして、トレイを胸に抱えたまま、ソファの母に向かって控えめに口を開いた。

「奥様。……理人様、何かお悩み事でもおありなのではないでしょうか。お疲れのように見えますが」

 長年寄り添ってきた美代には、わかった。
 今日の天童は、どこかがおかしい。足音の重さ、瞬きの回数、そして何より、部屋に入ってきた時の「空気の温度」が、普段の彼とはまるで違っていた。

 母は医学書から目を離し、天童の顔をじっと見た。
 医者としての、無機質で正確な「視診」だった。

「そう? 顔色に異常はないし、瞳孔の開きも正常。歩行時の重心のブレもなかったわ。ただの受験や生徒会のストレスでしょう。睡眠さえ取れば、いつも通りの健康体よ」
「……そうで、ございますか」

「思い過ごしよ、美代さん。この子は昔から、手のかからない完璧な子なんだから」
 母は再び医学書に目を落とした。そこに一切の疑念はない。

「母さんのおかげだよ。美味しいお茶をありがとう、美代さん」
 天童は、ティーカップを手に取り、美代に向かって微笑んだ。
 完璧な笑顔だった。目尻のシワ、口角の上がり方。どこからどう見ても、品行方正な優等生のそれだ。

 だが、美代の背筋に、冷たい悪寒が走った。

 違う。
 この笑顔には、「芯」がない。
 目の奥に光がない。まるで、精巧に作られた人形が、プログラム通りに表情筋を動かしているだけのような、異様な空虚さ。

(……理人様は、本当に、理人様なのでしょうか)
 息子を「症例」としてしか見ない母親には気づけない。
 完璧を強いられ続けた少年の内側が、すでに“得体の知れない何か”に空洞化されていることに。

 美代は言い知れぬ不安と恐怖を腹の底に押し込み、「失礼いたします」と深く一礼して、逃げるようにリビングを後にした。

 誰もいなくなった廊下で、美代は自分の腕をさすった。
 初夏だというのに、肌が粟立って止まらなかった。
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