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「アル。お前をパーティーからクビにする」

 俺は勇者。
 最上級冒険パーティーのリーダーだ。
 いま俺は、この最強パーティーの唯一の“お荷物”にクビを言い渡した。

「そんな……! レグルス! どうして僕がパーティーを抜けないといけないんだよ……!」

 まあ、そう言うよね。
 仔犬の様に瞳をウルウルさせているのも含め、予想済みの反応だ。
 俺は出来るだけ冷静に努め、彼にちゃんと説明した。

「どうして? 解らないのか? お前がこのパーティーに貢献したことがあったか? 剣は使えない。強力な魔法も使えない。みんなを守る盾になれるわけでもない……ハッキリ言って、お前はお荷物なんだよ!」

 やや感情的になってしまった。
 だが、これ以上ないくらい分かり易い説明だったと思う。
 これで彼も、クビを受け入れてくれるハズだ。

「わからない……わからないよ、レグルス」
「え、まじかぁ……」
「僕たち、幼馴染として一緒に頑張って来たじゃないか!」
「え? いや、“幼馴染”はいま関係ない……」
「一緒に世界を救うって約束したじゃないかっ!」
「……」

 まあこう来ることも予想していた。
 アルは昔から“こう”だ。
 自分の意見が通らないと察知すると、すぐ情に訴えだす。
 
「見苦しいぞ、アル。クビは決定事項だ。お前の代わりに加える仲間も、もう契約済みなんだ。お前を連れて行く金はない!」

 アルはまだ目をウルウルさせてこちらを見上げているが、俺の決心は揺るがない。
 アル……頼む。
 頼むから、クビを受け入れてくれ。

「わかったよ、レグルス……」

 そう、それでいい。
 俺は何も貢献しないお前を何年も庇い続けてきたが、もうこりごりだ。

 他の仲間の愚痴を聞き、フォローも欠かせたことはない。
 時には多めに給料を払った。
 アルの失敗の尻拭いは必ず俺の役目。
 なのに一度たりとも、俺はお前から感謝の言葉を聞いた事がない。

 俺はお前の何なんだ?
 女房役か何かか?
 いくら幼馴染だからって甘え過ぎじゃないか?
 お前は確かに小ちゃくて可愛いくて何処か放って置けない子犬系男子だが、それでも我慢の限界ってもんがあるだろ?

 他にも言いたい事は山ほどある。
 だが俺は、その山を全て喉元に留めて……ただ一言。

「わかればいい」

 この言葉に留めた。

 褒めて欲しい。
 我慢した俺を。
 誰か、誰か俺を褒めてくれ。
 なあ、仲間たちよ。
 他の仲間たちよ。
 さっきからずっ~~~と近くにいるのに、まるで居ないみたいに黙り続けてる仲間たちよ。
 君たちが一言も喋らないから、まるで此処には俺とアルの二人しか居ないみたいになってるじゃないか。
 
「でも、レグルス。いいのか?」
「なにっ?」
「僕が抜けたら、みんなに付与されてた僕のスキルの効果が無くなる……それでもいいのか?」

 え、突然なにを言い出すのこの子?

「何を訳の分からないことを……」
「僕のスキル【倍速成長付与エボリューション・ロード】がなくなったら、君たちはただの低級冒険者に逆戻りだ」

 ヤバい。本気で何を言ってるだろう、この人。

 アルのスキルなら知っている。
 でもそれは、なんたらロードとか言う長ったらしい名前じゃない。

 俺たちは成人を迎えると、教会にて【スキル】を授かる。
 それがこの国での“しきたり”だ。

 スキルとは、いわば神の力だ。
 技術とも魔法とも違う、この世の理をほんの少し無視した力。
 だから誰がどんなスキルを持っているのか、国はしっかり把握している。
 当然の話である。
 神の力だもん。
 
 最上級冒険者である俺は、国に顔が効く。
 他の冒険者がどんなスキルを持っているのか、その情報を手に入れる事ができた。
 そんなわけで、俺はアルの所持スキルを知っている。
 
「お前のスキルは【千里眼ソナー】だろ。ガバガバなウソはやめろ」
「いえっ! 勇者様……彼の言っている事は本当ですっ」

 彼女は、魔女ミルフイユ。
 いつの間にパーティーに加わった謎多き女だ。
 と言うか、いきなり話しだすな。
 ちょっと混乱しただろうが。

「ミルフイユ、それはどういう事だ」
「私の護符が反応しませんっ。彼は真実を話していますっ!」

 ミルフイユは護符を介して魔法を発動させる。
 効果は様々だが、どうやら今は“嘘を見抜く”護符を使っているようだ。

「こいつの戯言が真実だと……!?」
「そうだよ、レグルス。僕の【倍速成長付与エボリューション・ロード】は、パーティーメンバーの成長速度を数倍に高める事ができる」
「なるほどっ! だから私たちは他のパーティーより早く最上級になれたわけですねっ」

 おい。なぜアルの話に乗る、ミルフイユよ。
 お前はアルの事をさんざん愚痴っていただろうが。
 彼が何かするたびに「無理」とか「しんどい」とか言って、苦しそうにしていただろうが。
 そして毎日アルの行動を俺に悩ましげに話していただろうが。
 突然どうした???
 
「しかもだ、レグルス。僕がパーティーから抜ければ、今まで倍増して付与されていた経験値はすべて没収される!」
「な、なんですってー!」

 ミルフイユは今の説明でショックを受けたらしい。
 だが俺には全くピンとこない。
 
 倍増ってのは解る。
 確かに俺たちは、他の誰よりも早いスピードで成果を上げていた。
 それがアルのスキルのおかげだと言うのなら……それが真実なら、感謝をしないといけないだろう。

 でもさ~~~~~正直言って、全く納得できなくない?

 経験値? 経験値ってなに?
 値って事は数値? 経験を数値化したものなの?
 数値化する意味って何?
 数字が増えると成長するの?
 魔物を倒して経験値ゲットって?
 いやいやいやいや……。
 数値化する意味!!
 上達過程をわざわざ数値として可視化する意味!!
 誰かが数字を見て評価を下してくれるのか?
 いやいやいや。
 それは成果や実績で判断するものだろう。
 
 成長速度倍増ってのもさ~~~どう言う事???
 コツを掴むのが早いって事なのか?
 でもコツってさ、経験によってもたらされるものじゃん?
 コツを掴むのが異常に上手い人っているけどさー、そう言う人は既に他でたくさんの下積みがあるわけじゃん?
 つまり成長が早いってのは、それだけたくさんの経験をしてるって事。
 人生の豊富さなんだよ。
 それを早めるとか倍増するとか……まったく理解できないんだが???
 それともなんだ、俺の頭が悪いだけ?
 誰か俺に納得のいくを説明してくれよ……。

 あ~~~……。
 あとさ~~~。もうちょっとだけいい?
 没収って、意味不明なんだけど。
 お金みたいに取られちゃうの? その“経験値”ってやつがよ……。
 まあいい、それは百億歩譲ろう。
 で、その没収された“経験値”とやらは何処に行っちゃう訳?
 宙に霧散するの?
 自然に還り、今度は草木の成長を助けるの?

 ……ツッコミは山ほどあったが、ここはグッと堪える事にした。
 気にするべきはそこじゃない。

「アル……お前、“隠れスキル”を持っていたのか!」
 
 【隠れスキル】とは。
 儀式で授かるスキルとは別に、後天的に発現するスキル。
 なぜそんなことが起きるのか? 
 その理由はいまだ定かじゃない。
 ただ、国の管理から漏れるため【隠れスキル】という名称が付いた。

「そうだよ、レグルス。いままで黙ってたが、僕には隠れスキルがあったんだ」

 どうだい? と言わんばかりのドヤ顔を決めるアル。
 形勢逆転とでもいいたげなアル。
 アル……。
 なあ、アルよ……。
 黙ってた意味。
 それ、黙ってた意味 is 何???
 
 知ってたらよ……そんなスキル持ってるの知ってたらよ。きみ。
 そもそもクビを言い渡されなかったんじゃないかな~~~~~。
 仲間からも、もっとさ~~~~~丁重に扱われてたんじゃないかな~~~~。
 そしたらさ~~~~~俺も仲間から愚痴られたりフォローに回ったりとか~~~~そういう面倒なこと受け持たずに済んだと思うんだけどな~~~~~違うかな~~~~???

 まあ、なんだ。
 居るだけで周りの仲間を強化できるなんて、どこのパーティーも欲しい人材だろう。
 広く世間にバレようものなら、速攻で誘拐されるかもしれない。
 だからこそ黙っていたのかもしれない。
 うん……。

 って、いやいやいやいやいやいやいやいや。
 だったらさ~~~~~ずっと黙ってた方が良くない???
 言うにしてもよ、クビにされたタイミングとか悪手過ぎない???
 『そうか! 実はキミは密かに俺たちを助けていたのか! クビは取り消しだ! これからも一緒に旅をしよう!!!』と言うとでも思ってるの???
 逆に聞きたいよ……アルよ。
 お前が逆の立場だったらそう思うのか???
 あっさり手のひらを返すのか???
 なあ、アルよ……。
 もう遅いって。

「どう、レグルス。それでも僕をクビにするつもり?」
「そうだな。だったらクビは取り消しだ」

 相手の求める回答を返す。
 油断さける為の作戦だ。

「それだけ?」
「なに?」

 アルはミルフイユの背後に周り、彼女のふくよかな胸を両手で掴んだ。

「ひぃっ!?」
「なあレグルス! 僕は知ってるんだぞ。お前とミルフイユが夜な夜な部屋で一緒になってるのを……!」

 うん。確かに部屋で一緒にいたけど、一方的に愚痴を聞かされてただけな。
 
「僕のこといつもチラチラみてたクセに……! なんでコイツなんだ!!」
「そ、そんなっ! アルさんっ……誤解ですっ!」

 そう。誤解。
 本当に誤解。
 あとミルフイユよ、なぜちょっぴり嬉しそうな顔をしている。

「とぼけたことを言うな!」
「ああっ、アルさんっ……怒った顔も……いいっ」

 何を言ってるんだキミは。

「彼女を離せ、アル。要求があるんなら聞く」
「要求? そうだな……だったら今日からこのパーティーは僕のものだ!」

 『そうだな……』って、アルよ。
 要求はちゃんと決めてから行動しなさい。
 
「わかった。他には?」
「他……? よし、みんな僕の奴隷だ! 絶対服従を誓え!」
「えっ!? 奴隷にしてくれるんですかっ!?」

 一個目の要求と被ってない???
 あとミルフイユ。
 どうやら俺も君のことを誤解していたようだ……。

「なるほど。他にはなんだ?」
「他には……えーっと……じゃあこれだ! 僕は一切働かない!」

 いやそれ、今までもそうだっただろ。
 なあ、アル。
 アルよ……。
 お前は本当に変わらないな。
 相変わらず小煩悩で、何もできないクセに見栄っ張りだ。

「さあレグルス! まずは僕に絶対服従を誓ってもらうぞ! しなければ、今すぐ【倍速成長付与エボリューション・ロード】を解除する!」

 スキルの効果そのものは疑わしいが、それを盾にこちらを脅している。
 顔もなんかすっごく悪い感じになってるし。 
 四白眼で、なんかめちゃめちゃ口あけちゃってるし。
 完全にイキってるな、アルよ。
 なかなかのイキリだ。

 でもな~~~~~オッパイ揉みながら言われてもな~~~~~。
 “全てを手にした男”みたいな雰囲気出そうとしてるのかもしれないけどさ~~~。
 ミルフイユの方が身長高いから、二つの意味で“背伸び”してる様にしか見えないんだよな~~~。
 あとそもそもの話、お前が一生懸命揉んでるそれ、豊胸パットだし。
 スキル【千里眼ソナー】はどうした? 
 使い所だぞ。
 なあ、アルよ。 
 服従を従わせるのも、契約書とか用意してないんだろ?
 お前っていつもそう。
 いつも詰めが甘いんだよ。
 
「よし、アル。要求は確かに“聞いた”」

 俺のターンだ。
 終わりにしよう、アル。

「【物質操作マテリアル・キャスト】」

 俺は自分の所持スキルを唱えた。
 このスキルは、そこら中の物という物を無制限に自在に操る。

 ちなみに、使用するのにスキル名を口に出す必要はない。
 でも言ったほうが、まるで“いま発動した”っぽく見えていい。

 ガシャーーーーーーン!!

 アルの背後で突如、大きな物音がした。
 驚いた彼は、思わず音の方へと振り向く。
 その一瞬。
 俺は瞬時に間合い詰め、アルを突き飛ばした。

「うわぁっ!!?」

 アルはミルフイユから引き剥がされ、そしてそのまま背後に現れた鉄製の檻の中に収納された。

 ガチャリ。

 しっかり施錠。
 一瞬にして、アルは檻の中に閉じ込められた。

 一体何が起こったのか?
 答えはこうだ。
 俺はアルと会話してる最中から、密かにスキルを使用していた。
 そしてそこら辺から手頃な鉄の棒をかき集め、簡易的な檻を完成させた。
 スキルを唱えた事で、アルは正面かの攻撃が来ると身構えたが狙い通りだ。
 完全させた檻を彼の背後に落下させ、驚いた所を突き飛ばしたってワケだ。

 【物質操作マテリアル・キャスト】は、この様に“作成”や“奇襲”ができる万能スキルだ。
 このパーティーが短時間で成果を上げられたのもこのスキルあっての事。
 上級モンスターも、俺が操る無数の武器の前ではどうしようもない。
 戦いとは、結局手数の多さがものを言う。
 
 正に神の力。
 だが最初からそうだったわけじゃない。
 最初は……ペンをほんの少し浮かせて汗だになっていた。
 そんな俺を見て、父は“外れスキル”だと言っていたもんだ。
 あのまま、何も鍛錬しなかったらそうだっただろう。
 でも俺は、このスキルに無限の可能性があると信じた。
 信じて毎日……俺は血の滲むような努力をし続けた。
 その結果、このスキル【物質操作マテリアル・キャスト】は神の力へと成長した。
 その成長も、アル……お前が側にいたからだって言うのか?
 
「さて。どうしたものか」

 檻の中に居るかつての仲間を見下ろし、俺は思わず溜息をもらした。
 穏便に済ませたかった。
 幼馴染を檻に入れるなんて心苦しい……だがたぶん、これが最善策だ。

 俺の心中を察しているのか、アルはすっかり子犬モードになっている。
 そういう切り替えは本当に早いよな。

「勇者様っ。助けて頂きありがとうございますっ!」
「ああ。ミルフイユ、無事で良かった」

 全っ然、助けた気がしない。
 キミ、なんか喜んでたし。

「まさかアルさんがこんな事をするなんて思いませんでした……」
「そうだな。しばらくはこの檻の中で頭を冷やしてもらう」
「ええ! でしたらせっかくなので首輪をつけて見るのはどうでしょう!」
「はい???」
「檻の中で飼うんですよっ……! フフフ……私っ、ちゃんとお世話しますのでっ」

 そう言う感じ???
 キミってそう言う感じの人???
 アルの事、なんか如何わしい目で見てた感じなの???

「あっ! たまには鎖につないで散歩へつれて行きましょう! もちろん服なんて着せませんよ……フフフ、トイレも躾けないといけませんねっ」

 うわ~~~~まじか~~~~~。
 本当にそういう感じか~~~~~全然気が付かなかったわ~~~~~。
 普通に“普段はおっちょこちょいだけといざと言う時には頼れるお姉さんポジ”くらいに思ってだけどな~~~~~。
 
 こうなって来ると、今度はアルの身が心配だ。
 彼には早く反省して心を入れ替えて欲しい。
 そうなった上で、パーティーを抜けて欲しい。

 かくなる上は……。
 
「ヘジボコフ! アルに何か一言言ってやってくれ」

 ここまでずっと無言だったもう一人の仲間に声を掛けた。
 ヘジボコフ。
 彼は全身に鎧を着込んだ戦士で、仲間を守る偉大な盾だ。
 彼が敵の攻撃を引き受けてくれたおかげで、俺は存分にスキルを使って戦えた。
 パーティーへの貢献度なら、間違いなくヘジボコフがナンバーワンだ。

 俺は彼を尊敬している。
 戦士の中の戦士。
 彼の背中に、俺は本物の英雄の姿を見ている。
 そんな偉大な彼の言葉なら、アルも心を入れ替えてくれるかもしれない。
 ヘジボコフ! ここは一つ、ビシっと頼む!!!!!

「……………」

 あ~~~~~そっか、そうだった。
 ヘジボコフって、めちゃめちゃ寡黙な人だったわ~~~~~。


-おわり-
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