イエス・キリスト物語・第1話

浅野浩二

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イエス・キリスト物語・第1話

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今から、2000年、前のことです。
ガリラヤのナザレの村に、マリアという、美しい娘がいました。
マリアは、ヨセフという大工を愛していて、二人は、結婚しました。
そして、二人は、ベツレヘムの馬小屋で、イエス・キリスト、という男の子を産みました。
キリストは、自分が、人類を救う、救世主である、運命を、知っていました。
なぜかというと、それは、旧約聖書の、イザヤ 7:14。イザヤ 9:6。イザヤ 11:1。イザヤ 53:1。エレミヤ 23:5。ミカ 5:1。ゼカリヤ 9:9、などで、預言者たち、が、述べているからです。
イエス・キリスト、は、すくすくと、成長していきました。
そして、ガリラヤの村々で、自分の思想を述べて回りました。
多くの人々が、イエス・キリスト、の、教えを、信じるようになりました。
イエス・キリストは、自分の誕生から、最後までを、書かせ、それを、福音書としようと考えました。
そこで、イエスは、福音書の記者として、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ、の、4人を選びました。
「さあ。お前たちは、私の、言葉と、行い、を、しっかり、書き記すのだぞ」
と、言いました。
4人の、弟子たちは、
「はい。わかりました」
と、言って、イエス・キリストの、言動を書き記しました。
しかし、イエスの弟子の中に、もう一人、イスカリオテのユダという者がいました。
この男も、熱心なイエスの、信者でした。
「主よ。私も、福音書の記者、と、させて下さい」
と、ユダは、言いました。
イエス・キリストは、微笑んで、
「よろしい。お前も、福音書の記者となれ」
と、言いました。
こうして、キリストは、最初は、福音書は、4人に、書かせる、予定でしたが、ユダが、さかんに、福音書の記者になることを、望むので、最初の予定を、変更して、ユダを加えた、5人に、イエス・キリストの、言動を、記録させる、こととしました。
ユダは、福音書を出版して、印税で、儲けるために、イエス・キリストに、福音書の記者になることを、申し出たのではありません。
ユダは、ジャーナリズムの精神が強く、純粋な思いで、ぜひとも、キリストの、言動を、書き記したい、と、思っていたのです。
ユダは、神経質な性格で、絶えず、肌身離さず、ノートとペンを持って、キリストの、全ての、言動を、余すところなく、全て、書き記そうとしました。
ある時、イエスは、ガラリヤ湖の北のカペナウムの、小高い山で、多くの群衆に向かって、自分の思想を語りました。
これは、「山上の垂訓」、と、呼ばれています。
そこで、イエスは口を開き、彼らに教えて言われました。
「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである」
「悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう」
「柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう」
「義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう」
「あわれみ深い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるであろう」
「心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう」
「平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう」
「義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである」
ユダは、感激しました。
「このお方こそ、この世を救って下さる、お方だ」
そう思って、ユダは、一字一句、もらさず、キリストの、言葉を書いていきました。
山上の垂訓が、終わると、イエス・キリストは、
「ちょっと・・・」
と、言って、森林に入って弟子たちから、離れました。
ユダは、キリストは、何を、なさっているのだろう、と、思い、そっと、キリストの後について行きました。
すると、キリストは、しゃがみ込んで、「うーん」、と、踏ん張って、野グソ、を、していました。
ユダは、急いで、ノートに、キリストの行動を書き記しました。
ユダは、
「そして、キリストは、その場を離れた。そして、野グソをなされた・・・」
と、書きました。
キリストは、ユダを見つけると、焦って、ユダに、
「や、やめろ。そんなことまで、書く必要はない」
と、キリストは、あわてて、制止しました。
すると、ユダは、
「そして、キリストは、お述べになった。そんなことまで、書く必要はない・・・と」
と、急いで書きました。
キリストは、焦って、手を振りました。
キリストは、すぐに、ユダの速記を止めたかったのですが、野グソの途中だったので、それは、出来ませんでした。
「ユダ。違うんだ。私の、思想と、関係のない、些細な日常の行為、発言、まで、福音書に書く必要はない、と、言っているんだ」
と、キリストは、言いました。
すると、ユダは、急いで、書きました。
「そして、キリストは、言われた。ユダ。違うんだ。私の、思想と、関係のない、些細な日常の行為、発言、まで、福音書に書く必要はない、と、言っているんだ。と」
キリストは、いい加減、頭にきて、
「やめろ、ユダ。そんなことを、書いたら、福音書が、格好悪くなってしまうではないか」
と、怒鳴りました。
すると、ユダは、急いで書きました。
「そして、キリストは、言われた。やめろ、ユダ。そんなことを、書いたら、福音書が、格好悪くなってしまうではないか。と」
キリストは、いい加減、頭にきて、
「やめろ。ユダ。書くのをやめないと、目をえぐるぞ」
と、言いました。
すると、ユダは、急いで書きました。
「そして、キリストは、言われた。やめろ。ユダ。書くのをやめないと、目をえぐるぞ、と」
やっと、キリストは、野グソを、出し切りました。
そして、
「お前は、ばか者だ」
と言って、キリストは、ユダの頭を殴りました。
ユダは、急いで、
「キリストは、お前は、ばか者だ。と言って、ユダの頭を、ぶん殴った」
と、書き記しました。
キリストは、いい加減、あきれて、
「もう、お前には、何を言っても、無駄なようだな。好きなようにするがよい」
と言いました。
すると、ユダは、急いで書きました。
「そして、キリストは、言われた。もう、お前には、何を言っても、無駄なようだな。好きなようにするがよい、と」
そう言って、イエスは、去って行っていきました。
その晩、ユダは、家に帰って考えました。
「キリストは、何も悪いことをしていない、私を殴り、目をえぐるぞ、とまで、言った。殴られて、私は、全治一カ月の怪我をおった。その上、キリストは、私の目をえぐるぞ、と、まで、脅した。はたして、キリストという人は、本当に良い人なのだろうか?これは、明らかに、傷害罪、脅迫罪だ」
という疑問が、ユダを悩ませたのです。
キリストは、私に、(好きなようにするがよい)、と言われた。
そこで、ユダは、警察署に行き、イエス・キリストに、暴行されたことを伝えました。
キリストに、殴られて、できた、たんこぶ、も、見せました。
警察官が、裁判所に言ったところ、裁判官は、
「それは、十分、傷害罪、および、脅迫罪、に、該当する」
と言って、キリストの、逮捕令状を出しました。
警察官たちは、逮捕令状を持って、キリストの所に行きました。
キリストは、ゲッセマネの園で、祈っていました。
「キリストよ。お前は、ユダに、暴行を加え、脅迫したな。お前を、傷害罪、および、脅迫罪で、逮捕する」
そう言って、警察官たちは、キリストに、逮捕令状を見せました。
逮捕令状には、
「イエス・キリスト。昨日、ユダに対し、暴行を加え、脅迫した。これは、刑法第204条の傷害罪。(人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する)、と、刑法第222条の脅迫罪。(生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する)、に該当する。よって、キリストを逮捕する」
と、書かれてありました。
こうして、イエス・キリストは、正式な裁判にかけられました。
第一審の、裁判員裁判が行われました。
裁判長は、ポンテオ・ピラト、でした。
「ユダは、お前に、殴られ、そして、目をえぐるぞ、と脅された、と言っているが、それは本当か?」
ポンテオ・ピラト、は、イエスに聞きました。
「はい。私は、何の罪もない、ユダに暴行を加え、そして、目をえぐるぞ、と脅しました。軽はずみな行為でした」
と、自らの罪を素直に認めました。
裁判員たちは、みな、
「キリストを十字架にかけろー」
と、叫びましだ。
こうして、キリストは、正式な裁判によって、ゴルゴタの丘で、十字架に磔にされて死にましだ。
福音書の記者の、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ、の4人は、困りました。
「まいったなあ。キリストは、この世の救い主なのに」
「キリストは、人間の罪を背負って、十字架にかけられるはずだったのに」
「これでは、キリスト教が、成り立たなくなってしまう」
「イエスが、ユダを、福音書の記者に、認めてしまったことが、間違いの原因なんだ」
「そうだな。イエスが、ユダを、福音書の記者に、認めていなければ、キリストは、人間の罪を背負って、十字架にかけられて、キリスト教は、人類を救う、偉大な宗教になれたはずだ」
4人は、どうしたら、いいか、相談しました。
イエス・キリストの降臨は、旧約聖書で、多くの、預言者たちに、預言されていましたから。
その一例を挙げると。
詩篇22篇。詩篇にはメシア詩篇と呼ばれる詩篇があるが、この詩篇もキリストの十字架を預言している。
十字架上のキリストの最後の7つの言葉に関連がある。イザヤ書7章14節。
キリストが処女から生まれることを預言。イザヤ書9章6節。
キリストの誕生の預言。イザヤ書11章1~5節、10節。
キリストが「エッサイの根株」つまり、エッサイの系列、ダビデの子孫から生まれ、どのような者となるか、ということが預言されている。(エッサイはダビデの父)イザヤ書53章。
キリストの受難を預言した箇所。エレミヤ書23章5,6節。
バビロン捕囚の時代(BC.586~)に、ダビデの子孫からキリストが生まれることを預言。ミカ書5章2節。
キリストが生まれる場所を預言。ゼカリヤ書9章9節。
キリストがロバの子に乗ってエルサレムに入城することを預言。
しかし、事実を、そのまま、福音書に書くと、旧約聖書の、預言者たちの、預言がはずれた、ということに、なってしまいます。
しかし、そんなことが、あっては、なりません。
マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ、の4人は、これを、どうするか、相談しました。
そして、結論が出ました。
その結論とは。
「ユダの福音書は無かったこととする」
「ユダは、キリストを売った、裏切り者とする」
「イエスは、罪のないのに、人類の罪を背負って、十字架にかかった、こととする」
という結論です。
そのため、ユダを、秘密のうちに、「裏切り者」、として、その罪悪感から、自殺した、として、ユダの首を絞めて、殺しました。
殺した後、ユダは、自殺したように、見せかけるために、木に首吊りにしておきました。
そして、自分たちで、イエス・キリストの、生涯を、事実とは異なる、立派なものに、創作して、書き記しました。
それが、現在、普及している、キリストの福音書なのです。
しかし、その4人の、機知によって、キリスト教は、博愛の宗教として、全世界で広まりました。
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