ネクラ

浅野浩二

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ネクラ
 ある小学校のことです。もちろんそこは元気な子供達でいっぱいです。図画の時間に先生が、「今週と来週は、いじめをなくそう、というテーマでみんな自分の思うところをポスターにしなさい」とおっしゃられました。そしてみんなの作品を来週、発表します、とつけ加えました。みんなはよろこんで画用紙にそれぞれの思いを込めて絵をかきました。
 さて、いっきょに二週間がたって、(小説家というずるい人間は時計の針の先に手をかけてクルクルクルッと時間を早まわししてしまうのです)ポスターが署名入りではりだされました。みんなが手をつないで笑っている絵、中には地球のまわりに、肌の色の違う子供達が手をつないでほほえんでいる絵もありました。そしてその標語には「みんな、なかよく」「差別だめ!!」・・・と明るく、そしてキビシくかいてありました。みんな絵のうまい作品をかいた子をうらやましがったり、ほめたりしていました。
 しかし、彼らの視線が、とある一つのポスターに集中した時、それまでつづいていた笑い声がピタリととまりました。そして、それと入れかわるように、険悪な感情が教室をみたしました。そのポスターはなんと、みんなで一人の弱い子をいじめている絵でした。そしてその標語に「暗いやつをいじめよう」と書かれてあります。色調も暗いもらでした。そして、その署名をみた時、彼らはいっせいにふり返り、にくしみをもった目で一人の子をみました。その子(久男、といいます)は無口でクラスになじめず、いっつもポツンと一人ぼっちでいるのでした。他の子は彼の心がわからず、今までは、はれもののように、さわらずにいました。しかし、それからがたいへんでした。その子がしずかにカバンをもって教室を出ると、とたんにディスカッションがはじまりました。
「とんでもないやつだ」
「何考えてるか、わかんないやつで、あわれんでやってたが、やっぱり悪いこと考えてるやつだったんだ」
その時、教室のうしろの戸がガラリと開いて×××という元気な子が入ってきました。その子が「何があったの」ときくと、みんながポスターのことを話しました。その子はポスターをみると「うへっ。なんでこんなこと書くの?」と、すっとんきょうな声をはりあげました。
 それからというものがたいへんでした。みんなは彼を公然といじめるようになりました。そのいじめ方は筆舌につくせぬものであり、またそれを全部書いていては、この物語はとてもおわりそうにありません。
 ある空気の澄んだ秋の日のことです。授業が終わって久男がとぼとぼと一人で歩いていると同じクラスの易という子が近づいてきました。彼は頭がよく、また、本を読んだり、作文を書いたりするのが好きでした。彼の瞳には他の子とちがった子供に不似合いな輝きがありました。易は聞きました。
「ねえ。君。何であんなことかいたの?」
その口調には、わからないものに対する無垢な好奇心がこもっていました。久男は伏せていた目を上げ、あたたかい調子で言いました。
「みんながどう反応するか知りたくてさ」
易はおもわず深い嘆息をもらしまいた。
「すごいな。君は。でも教えてくれ。君の予想はあたったのかい?」
久男の顔には、あかるさ、があらわれだしました。
「うん。予想通りだ」
易はまた深いうなずきの声をだしました。
「でも、そんなことしたら、君、生きにくくなるじゃないか」
久男は空をみあげて、はれがましい調子で言いました。
「わかってるさ。でも僕はもう命があんまりないんだ。それに・・・」
 と言って易の方にふりむきました。
「それに・・・ぼくは、将来、君が僕のことを小説に書いてくれることを確信しているんだ。なにものこらないで死ぬより、君の小説の中で生きていたい。ぼくの考えは、ずるいかい?」
易はあきれた顔で久男をみました。
「まいったな。君には。書かないわけにはいかないじゃないか」
久男はすぐに言葉を返しました。
「でも印税は君に入るじゃないか」
易はおもわず歯をこぼして笑いました。校門をでて、二人は別れました。易は快活にあいさつの言葉を言いました。久男はそれに無言の会釈で答えました。
 易は数歩あるいた後、ピタリと足をとめ、いけない、と思いながらも西部劇の決闘のようにふり返りました。罪悪感が一瞬、易の脳裏をかすめましたが、より大きな使命感、義務感、がその行為を是認しました。でも久男はふり返っていませんでした。トボトボと夕日の方へ歩いていました。でもそのかげの中には、さびしさのうちに小さな幸せがあるようにみえました。

   ☆   ☆   ☆

 翌日、みんながいつものように学校に元気にきました。でも、久男はいませんでした。でも、それに気づいた生徒はいませんでした。先生が教室に入ってきたので、みんな元気に立ち上がりました。その時、急に強い風をともなった雨が降ってきて、それは教室のうしろの開いていた窓に入ってきました。その雨粒は窓側に貼ってあった最優秀のポスターの絵にはりつきました。それがちょうど絵の中の笑顔の子供の目についたので、その笑顔はまるで泣いているようにも見えました。
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