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シロ(3-5)
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「馬鹿にしないで」
腹部への打撃を後方に跳ぶことで軽減しながらシロは怒りに牙を剥く。クロが本気ならばシロの腹は貫かれていても不思議はなかった。そうならなかったのは、クロが手加減していたからに他ならない。
「アタシはアンタとの決着がつけたいのよ。気を抜いてるアンタをヤっても意味ないわ」
「それが馬鹿にしてるって言ってる」
短剣を二本構え、シロはクロに飛びかかる。狙うは杖を握る手首だ。
「アンタも馬鹿にしてんの? 殺す気で来なさいよっ!」
右手で繰り出した一撃が杖に払われる。いなされた勢いに乗って左手の短剣を振るうも、直撃する前にクロの蹴りがシロを吹き飛ばした。
「けほっ。殺したら意味がない」
「連れ戻す気なら諦めるのね。あんな里に戻るくらいなら死んだほうがマシよ」
「どうして、そこまで」
自分からそれ以上仕掛ける様子のないクロにシロは問いかける。死ぬ方がマシと言うほどに里を嫌う理由がシロにはどうしてもわからなかった。
「街に出て思わなかったの?」
杖を下ろしてクロが苛立ち混じりに吐き捨てる。シロが意味もわからず首を傾げると、クロの視線が冷たく細まった。
「次期里長のくせに鈍感ね。里は古過ぎるのよ。誇りや慣習に囚われて進歩してない。このままじゃいずれどこかの国か魔物達に滅ぼされて終わりよ」
『古い』の言葉をシロは否定しない。街にはシロが初めて見るような便利な道具に溢れていたのも確かだ。けれど猫人族が戦士として街の人々に負けていることはないとシロは断言できる。猫人族はその全てが誇りある戦士だ。だからこそ魔物が蔓延る山中でも生きてこれたのだとシロは胸を張る。
「誇りは大切。誇りある戦士になるためにわたし達は全員鍛える。だから魔物だって倒せる。街の人達相手に猫人族は負けない」
「それが古いって言ってるのよ」
呆れたようにクロは長く息を吐いた。冷めた視線でシロを見つめ、クロは言葉を続ける。
「街の人々に勝てるのは当たり前よ。彼らは戦士じゃない。でも彼らはそれぞれが得意な分野で街の生活を支えてるの」
「えっ……?」
クロの言葉にシロは愕然とする。里で生きてきたシロにとって、戦士であることは当然のことだった。誰であれ戦えるのは当たり前。狩りも魔物駆除も里全員の仕事なのだと教えられてきたのだ。
「知らなかったのね。この街で戦士と呼べるのは兵士と冒険者だけよ」
おかしいとは思っていた。街の規模に比べて、人々の戦闘力が低過ぎると。だからシロは、街の近くには弱い魔物しかいないのだと考えて納得していたのだ。
「にゃぅ。戦士がそれだけなら、みんな街から出られない。食糧はどうするの? それに街が魔物に襲われたら?」
「里長の娘なら知る機会だってあったろうに、本当にアンタは周りを見てないのね。街から出ないのよ。街では知識も技術も里と段違いなの。食糧は街の中で作れる。魔物を遠ざける道具だってあるわ」
それはシロからすれば夢のような話だった。魔物に怯える必要もなければ、食糧調達に明け暮れる必要もない生活など想像すらしたことがない。そんな平和な生活ができたらどれだけ豊かで幸せか。
「だから、クロは里から出た……」
「そうよ。だって馬鹿みたいじゃない。里のみんな、生きるために生きてるだけなんだもの」
「……」
クロの言葉にシロはただ押し黙った。生きるために生きるのは当たり前だと思っていた。したいこと、やりたいことなんて考えたこともない。ただ生きて、いずれ死ぬのだと。
けれどシロは知ってしまった。街でならばその先に進めると。
「クロは、何がしたいの?」
「冒険に決まってるでしょ! 見たことない物、知らない物をたくさん探しに行くのよ! だって、新しいことを知るのってワクワクするじゃない?」
クロは瞳を輝かせて夢を語る。その姿はシロの知る幼い頃のクロと何も変わりなかった。里長から初めて外出を許されて一緒に近くの川に行った時、初めて見る河原の石に目を輝かせていたクロの姿と同じなのだ。
その姿が眩しくて、シロは途端に自分が何をすべきかわからなくなってしまった。
「そのために、力が必要なの。街でも力のないものが淘汰されるのは里と一緒だもの。違うのは、必要な力が戦う力とは限らないことね」
呪具であろう指輪を見せてクロが笑う。屈託のないその笑みを消す権利は自分にないと、シロは俯いた。戦意を見る間に失っていくシロの姿を見て、クロは突き放すような冷たい目で言葉を続ける。
「それと、里がいずれ終わるって話だけど。アタシはそう遠くない結末だと思ってるわ」
「そんな、どうして?」
「里に来る行商人よ。アイツら、アタシ達が価値を知らないのをいいことに相当不公平な取引してるわ。それなのに誰も気がつかないで搾取されてるんだから馬鹿みたい」
クロの言葉にシロは今までを思い返して声を失う。幸運なことに、シロはチアーレという大商人に拾われた。だから、気にしていなかっただけで商品を見る機会もその価値を知る機会も多くあったのだ。
「うそ……。わたし達、騙されてた?」
「そうよ。それで食糧が足りなくて前年度の冬は何人死んだかしらね。緩やかな破滅。それが誇りと慣習を守る里の末路よ」
クロが吐き捨てるように断言する。それが止めとなった。
「わたしが、間違ってる……?」
自分の知る現実が打ち砕かれたような感覚に、シロは呆然とクロを見つめる。クロを助けたいと思っていたのは間違いだったのだと、シロは諦めてしまいそうになった。
「おい、誤魔化されんな白のお嬢ちゃん。お前がやろうしてることは間違っちゃないだろうが」
だが、その思いをシロは背後から否定される。ウォーリが苛立ち混じりに、けれど真剣な声音でシロに語りかけたのだ。
腹部への打撃を後方に跳ぶことで軽減しながらシロは怒りに牙を剥く。クロが本気ならばシロの腹は貫かれていても不思議はなかった。そうならなかったのは、クロが手加減していたからに他ならない。
「アタシはアンタとの決着がつけたいのよ。気を抜いてるアンタをヤっても意味ないわ」
「それが馬鹿にしてるって言ってる」
短剣を二本構え、シロはクロに飛びかかる。狙うは杖を握る手首だ。
「アンタも馬鹿にしてんの? 殺す気で来なさいよっ!」
右手で繰り出した一撃が杖に払われる。いなされた勢いに乗って左手の短剣を振るうも、直撃する前にクロの蹴りがシロを吹き飛ばした。
「けほっ。殺したら意味がない」
「連れ戻す気なら諦めるのね。あんな里に戻るくらいなら死んだほうがマシよ」
「どうして、そこまで」
自分からそれ以上仕掛ける様子のないクロにシロは問いかける。死ぬ方がマシと言うほどに里を嫌う理由がシロにはどうしてもわからなかった。
「街に出て思わなかったの?」
杖を下ろしてクロが苛立ち混じりに吐き捨てる。シロが意味もわからず首を傾げると、クロの視線が冷たく細まった。
「次期里長のくせに鈍感ね。里は古過ぎるのよ。誇りや慣習に囚われて進歩してない。このままじゃいずれどこかの国か魔物達に滅ぼされて終わりよ」
『古い』の言葉をシロは否定しない。街にはシロが初めて見るような便利な道具に溢れていたのも確かだ。けれど猫人族が戦士として街の人々に負けていることはないとシロは断言できる。猫人族はその全てが誇りある戦士だ。だからこそ魔物が蔓延る山中でも生きてこれたのだとシロは胸を張る。
「誇りは大切。誇りある戦士になるためにわたし達は全員鍛える。だから魔物だって倒せる。街の人達相手に猫人族は負けない」
「それが古いって言ってるのよ」
呆れたようにクロは長く息を吐いた。冷めた視線でシロを見つめ、クロは言葉を続ける。
「街の人々に勝てるのは当たり前よ。彼らは戦士じゃない。でも彼らはそれぞれが得意な分野で街の生活を支えてるの」
「えっ……?」
クロの言葉にシロは愕然とする。里で生きてきたシロにとって、戦士であることは当然のことだった。誰であれ戦えるのは当たり前。狩りも魔物駆除も里全員の仕事なのだと教えられてきたのだ。
「知らなかったのね。この街で戦士と呼べるのは兵士と冒険者だけよ」
おかしいとは思っていた。街の規模に比べて、人々の戦闘力が低過ぎると。だからシロは、街の近くには弱い魔物しかいないのだと考えて納得していたのだ。
「にゃぅ。戦士がそれだけなら、みんな街から出られない。食糧はどうするの? それに街が魔物に襲われたら?」
「里長の娘なら知る機会だってあったろうに、本当にアンタは周りを見てないのね。街から出ないのよ。街では知識も技術も里と段違いなの。食糧は街の中で作れる。魔物を遠ざける道具だってあるわ」
それはシロからすれば夢のような話だった。魔物に怯える必要もなければ、食糧調達に明け暮れる必要もない生活など想像すらしたことがない。そんな平和な生活ができたらどれだけ豊かで幸せか。
「だから、クロは里から出た……」
「そうよ。だって馬鹿みたいじゃない。里のみんな、生きるために生きてるだけなんだもの」
「……」
クロの言葉にシロはただ押し黙った。生きるために生きるのは当たり前だと思っていた。したいこと、やりたいことなんて考えたこともない。ただ生きて、いずれ死ぬのだと。
けれどシロは知ってしまった。街でならばその先に進めると。
「クロは、何がしたいの?」
「冒険に決まってるでしょ! 見たことない物、知らない物をたくさん探しに行くのよ! だって、新しいことを知るのってワクワクするじゃない?」
クロは瞳を輝かせて夢を語る。その姿はシロの知る幼い頃のクロと何も変わりなかった。里長から初めて外出を許されて一緒に近くの川に行った時、初めて見る河原の石に目を輝かせていたクロの姿と同じなのだ。
その姿が眩しくて、シロは途端に自分が何をすべきかわからなくなってしまった。
「そのために、力が必要なの。街でも力のないものが淘汰されるのは里と一緒だもの。違うのは、必要な力が戦う力とは限らないことね」
呪具であろう指輪を見せてクロが笑う。屈託のないその笑みを消す権利は自分にないと、シロは俯いた。戦意を見る間に失っていくシロの姿を見て、クロは突き放すような冷たい目で言葉を続ける。
「それと、里がいずれ終わるって話だけど。アタシはそう遠くない結末だと思ってるわ」
「そんな、どうして?」
「里に来る行商人よ。アイツら、アタシ達が価値を知らないのをいいことに相当不公平な取引してるわ。それなのに誰も気がつかないで搾取されてるんだから馬鹿みたい」
クロの言葉にシロは今までを思い返して声を失う。幸運なことに、シロはチアーレという大商人に拾われた。だから、気にしていなかっただけで商品を見る機会もその価値を知る機会も多くあったのだ。
「うそ……。わたし達、騙されてた?」
「そうよ。それで食糧が足りなくて前年度の冬は何人死んだかしらね。緩やかな破滅。それが誇りと慣習を守る里の末路よ」
クロが吐き捨てるように断言する。それが止めとなった。
「わたしが、間違ってる……?」
自分の知る現実が打ち砕かれたような感覚に、シロは呆然とクロを見つめる。クロを助けたいと思っていたのは間違いだったのだと、シロは諦めてしまいそうになった。
「おい、誤魔化されんな白のお嬢ちゃん。お前がやろうしてることは間違っちゃないだろうが」
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