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「おい、ってわけでシェリフ。お前は今日限りで追放な」

「えっ……?」

 戦いを終え、調理師であるシェリフが倒した魔物モンスターを捌いていた最中。シェリフと一派パーティーを組んでいた仲間の一人が突然にシェリフへ追放を告げた。

 あまりに唐突な状況に、シェリフは一瞬頭が真っ白になる。

「ちょ、ちょっと待ってよソドス。どういうわけで僕が追放されなきゃならないのさ」

「あっ? そんなの少し考えればわかるだろ。俺らが今いるのは何処だ?」

「それは、魔境ダンジョンだけど……。それで?」

 魔境。それはある日突然にして爆発するように周囲の環境が魔素により塗り換えられ、人を襲う怪物である魔物が跋扈するようになった土地のことだ。

 その魔境から魔物を間引きながら素材を手に入れ、時に不思議な力を持つ財宝である魔宝を見つけ出し、一攫千金を夢見ながら魔境を探索していく者達こそシェリフら探索者である。

「そうだ、魔境だ。魔物がうろついてる魔境だよ。そんな所で、テメェは何してるんだ?」

「いま、皆のために調理をーー」

「あぁ! そうだよな! 戦闘中に何もせずに突っ立って、終わった後に魔物の肉を焼いてるだけだ!」

「うっ……」

 ソドスの荒げた声に怯んだシェリフは言葉に詰まる。

 確かに、戦闘中にシェリフが活躍することはなかった。調理師であるシェリフは一般人と同等の身体能力しか持たず、魔術が使えるわけでも無いからだ。

「でも、調理師の技能スキルに戦い使える技は無いから」

「だからなんだよ。テメェの戦職ジョブが使えねぇことなんて知るか」

 吐き捨てるような言葉に合わせて嫌悪にも似た視線がシェリフに放たれる。

「テメェの幼馴染が俺達のリーダーだからこの俺は我慢してたんだ。でも、それも今日までだ。俺達もとうとうこの魔境の十層まで辿り着いた。後五層で未探索領域だ。こっからは戦えないテメェなんかよりも狩人なり戦えるような戦職の奴を入れんだよ」

 魔境を探索し戦うための力が戦職である。大別して、戦士、斥候、術師、祈祷師に分けられる戦職は、そこから【武】、【智】、【特】の三種類に分類され計十二存在する。

 その中でも斥候の【特】に該当する調理師は適性者も少なく、また戦闘向きと言える技能を持たない戦職だった。

 そんな戦えない自分がソドスに必要とされてないことを嫌という程に感じとり、シェリフは誰かが否定してくれることを願いながら一派の仲間を見渡す。

 だが仲間達のほとんどがシェリフから目を逸らしていた。ソドスの言葉を否定しようという者はいなかったのだ。

 それでも幼馴染達三人だけは視線を逸らさずに真っ直ぐな瞳でシェリフを見つめていた。

「わたしは、反対……。四人で故郷の魔境を踏破する……。それが、わたし達の目標。だから」

「あぁ? なら、テメェも抜けるかサニャ。テメェも賢者なんつー、【智】の戦職だもんなぁ? 俺はテメェがいなくなっても困らねぇぜ。その代わりに魔術師でも加えりゃいいもんなぁ?」

 シェリフの幼馴染の一人、猫人族の少女であり賢者のサニャがシェリフの味方についた。けれどソドスがそれで怯むことは無い。

 一派の戦職は、シェリフとその幼馴染を抜いて【武】しかいなかった。そして【武】の戦職持ち達が、戦闘で守らなければならないシェリフやサニャを邪魔だと思っていることをソドスは知っていたのだ。

「それでいいなら、わたしも抜ける……。レイブとシーアも、抜けよう……?」

 必要とされていない場所にいる意味は無い。それに何より、シェリフを追い出そうとする様な存在と仲間でいるなど耐えられない。

 そう考えたサニャは、残りの幼馴染にも共に抜けようと提案をした。当然、レイブもシーアも即座に頷いてくれるだろうと思いサニャは幼馴染二人を見つめる。

 しかし、その瞳に映ったのは悩ましげな二人の顔だった。

「どう、して……?」

 信じられないとばかりに表情を固めてサニャは呟く。

「……もしかして、僕ってレイブとシーアから見ても邪魔だったの?」

 同じく幼馴染達の悩ましげな表情を見て、シェリフはどうか否定してくれと願いながらも戸惑い混じりに問いかけた。

「私は、邪魔とは思ってないけどー。抜けるとかどうとかは、まぁレイ次第かな」

 森人の少女であり祈祷師の【武】に該当する舞踊家であるシーアは、ひらひらと服の裾を揺らしながらに小さく笑った。

 その視線は、言葉を待つようにレイブへと向く。

「俺次第、か」

 重く響く言葉に、皆の目線がレイブに集まった。この一派のリーダーであり、最強と言われる戦職の勇者でもあるレイブの言葉は一派の中で最も重要視されるのだ。

「ソドス達には、探索者になるにあたり俺の一派に入ってもらった義理がある」

 その言葉の通り、探索者教習所を卒業し探索者として活動を始める際に一派募集をして集まったのが今の面々だった。

 実績も無いレイブの一派に入ろうとしてくれたのは結局全員が探索者教習所を同時期に卒業した者達であったが、彼らがいなければすぐに魔境探索を始めることは出来なかったであろうことは確かだ。

 その上、そこからレイブ一派は他の追随を許さない勢いで魔境を攻略し一定の実績を得るにまで至っている。

 この短期間での躍進は、真っ先に仲間に加わったソドス達のおかげであると言っても過言では無かった。

「だから、俺は一派を抜けない」

 その一言でソドスは大いに安心して息を深く吐き出した。一派が快進撃を続けてこれたのはレイブの存在が大きいとソドスは確信していたのだ。

 戦士の【特】に該当する勇者は、優秀な戦闘技能に加え指揮系統の技能まで持ち合わせた戦職だ。ソドスは、その強力な個の力を持つレイブを失うわけにはいかなかった。

「そして、シェリフに関してだが……」

 悩むように一度口を閉じて、レイブはシェリフを見つめた。その視線は鋭く、シェリフは思わずごくりと唾を飲みこんだ。

「俺は……。シェリフがこの一派から抜けるべきだと思っている」

「ははっ、聞いたかよシェリフ? テメェは用無しなんだよ!」

 レイブの言葉にソドスは我が意を得たりとばかりにシェリフを罵った。だが、シェリフにはそんな言葉は最早聞こえていない。ただ、レイブに抜けるべきだと言われて頭が真っ白になっていた。

「そ、そっか。レイブが言うなら、そうなんだろうね」

「レイブ……。わたし達の約束は……?」

 シェリフは諦めたように言葉を返すが、サニャは納得することはできなかった。

 故郷の魔境を踏破すると四人で昔約束したはずなのだ。サニャはレイブがその約束を破るとは思えなかった。

「俺達の約束は、あの魔境を踏破することだ。四人で、とは言ってない。こうするのが、一番早いんだ。おそらく、な」

「それなら、わたしはシェリフについて行く……よ?」

「あぁ、好きにしろ。今から探索を切り上げて今まで通り魔境を出るぞ。そしたら、俺達は一旦お別れだ。いいな、サニャ、シェリフ?」

「う、うん」

「わたしも、それでいい……」

 シェリフの心が現実に追いつく前に、シェリフとサニャの追放は確定してしまった。

 それから魔境を遡る道中で、シェリフは何を間違ったのだろうかと必死に考えていた。

 戦えないのが悪いのならば、シェリフにはどうしようもない。それなら、探索者になろうとしたこと自体が間違いだったのだろうか。

 そう数日も考えているうちに、答えは出ないままシェリフ達は魔境から抜け出ていた。

「よし、じゃあこれまでだ。二度と戻ってくんじゃねぇぞ、シェリフ!」

 楽しそうなソドスの声が響く。その言葉に何か言う気力もなく、シェリフは踵を返した。

「……うん。さよなら、みんな」

 こうして、シェリフは一派を追放されたのだ。
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