世にも奇妙な物語的10分短編作品『シミュレーション』

カワカツ

文字の大きさ
1 / 3

英雄(えいゆう)

しおりを挟む
「お父さん、早くー!」

 玄関げんかんから息子が私を呼ぶ。小学3年生にもなって、まだ私と一緒に登校したがるとは、 うれしくもあるが、そろそろ自立をうながすべきか……

「あなた、はい、お弁当。お待たせしました」

 台所から妻が、いそいそと弁当バッグを持って来てくれた。私はすでに 習慣化しゅうかんかしている感謝の言葉を伝え、それを受け取る。

 通勤バッグに弁当を入れながら玄関に向かうと、息子はすでに くつを き、ドアを開け閉めしながら私を待っていた。

「早く、早く!」

  かされながらも、いつものペースで靴を履き、 父子おやこで声をそろえ、妻へ 出宅しゅったくの声をかける。

「はーい。いってらっしゃーい!」

 朝食の片付けを始めている妻は、台所から声を返す。いつも通りの平和な朝だ。

「……でね、今日ね、みさきちゃんとマー君と一緒にね……」

  未就学みしゅうがくの頃から変わらない、息子のマシンガントークを聞きながら、私達は通学路を歩む。

「キャーッ!」

 校門近くまで来た時、突然、子ども達の叫び声が聞こえた。私は息子と顔を合わせる。

 学校方面から、次々に子ども達がこちらにむかって け出して来た。1人の女児が ころび、 路上ろじょうに倒れる。

「あっ! みさきちゃん!」

  転倒てんとうした子どもは息子の友人らしい。私と息子は手をつないだまま、駆け寄って来る子ども達を けてその子に近付こうとした。

「逃げてー! みんな、逃げてー!」

 前方から 鬼気迫ききせまる女性の声が ひびく。私は視線を上げた。校門へ向かう曲がり角から、見覚えのある女性教諭が現れる。しかし、その姿はあまりにも異様だ。

 恐らく、上着は白のブラウスなのだろうが、遠目にも明らかにそれと分かる『血の み』が広がっている。口元からも出血しているようで、何よりも、右手で腹部を押さえ、ヨロヨロと歩む姿に、私はただならぬ事態を感じた。その直後―――

「ウオー!」

 女性教諭の背後から、 奇声きせいを発する男が飛び出して来た。女性教諭は背後から突き飛ばされ、路上に倒れる。

 男の手には……家庭用の包丁より少し大きめの刃物が にぎられていた。

 転倒した女性教諭に向かい、男はその刃物を突き下ろそうと構える。私は 咄嗟とっさに大声で 怒鳴どなった。

 男は動作を止め、私に顔を向ける。

 マズイ……

 私は息子を背後に回し、急いで家まで逃げるように伝える。その間に、男は私達に向かって歩き始めて来た。

 とにかく息子を守らなければ……

 私は振り返ると、再度、息子に向かい怒鳴るように 逃避とうひを指示する。ようやく息子は、 はじかれたように駆け出して行った。

 よし……時間を かせいで私も逃げなければ……

 しかし、 せまって来る男と向き合った私の目に、路上に座り込んで泣き出した女児の姿が映る。みさきちゃんが、痛みと恐怖で動けなくなってしまっている!

 その姿に当然、男も気付いていた。視線が私では無くみさきちゃんに向いている。マズイ!

そうだ……こんな時のために、日夜シミュレーションを繰り返して来たのではないか!

 私は覚悟を決めた。

 こういう時のために、インターネットの動画サイトで、何度も 総合格闘技そうごうかくとうぎや 武術ぶじゅつ・ 暗殺術あんさつじゅつを て学んで来たのではないか!

 男と私の、ちょうど中間付近で座り泣く女児……私は男よりも先に駆け出した。一瞬遅れて駆け出した男よりも早く、私はみさきちゃんの横を抜け、男の真正面に立つことが出来た。

 無力な幼女を 凶刃きょうじんにかけようと狙っていた男は、私に怒りの視線を向けて刃物を振りかざし、突進して来る。

 武器をもって駆け込んで来る相手とは、一定の距離を たもつこと……私は動画で学んだように、ギリギリの間合いを待ち、身を横に避けた。背後にみさきちゃんが座ったままだが、大丈夫! 男の狙いは今、目の前の『 正義漢面せいぎかんづらした男=私』に定まっている。

 案の定、男は向きを変え、私に向かって刃物を振り回す。日本刀のような 長物ながものならまだしも、30センチ程度の刃物なら『叩き斬る』ことは出来ない(……はずだ)。

 私は冷静に男との間合いを保ち、左右に身を避け、男が疲れるタイミングを狙う。

 ついにその時が来た。男は刃物を『振る』攻撃から『突く』攻撃に変えて来た。訓練を受けたプロなら、最初から 致命傷ちめいしょうを与える『突き・刺し』を狙うだろう。 素人しろうとは 無駄むだに疲れた後で、ようやく攻撃方法を変えるものだ。

「クソがぁ!」

 シチュエーションは『あの動画』通りだ。刃物を持つ 暴漢ぼうかんを正面に 見据みすえる。男が右手に握る刃物を突き出して来た! 私は冷静にその刃の 軌道きどう『 線中せんちゅう』を 左半身ひだりはんみでかわすと、男の手首辺りを、 左肘ひだりひじで軽く はじく。そのまま右手で、男の右手を上から掴む。

 刃物の ごと男の右手親指を掴んだ私は、男の手首をグッと前方に曲げ、男の右腕を外側にねじるように回す。 極自然ごくしぜんの流れで、私は男の手から刃物を ぎ取る技を成功させた。

 勢い余った男は、つんのめって前方に転がる。

 すぐに私は刃先を男に向け、抵抗を制する。凶器を奪われた男は観念したのか、路上に 両膝りょうひざを付いてガックリとうなだれた。

「動くな! 武器を捨てろ!」

 背後から きびしい 口調くちょうの男性の声が響く。その段階で、私はようやく周りの 喧騒けんそうに気が付いた。

 周囲の建物の窓や外階段、また、路上で遠巻きに見ている野次馬の数は驚くほどだ。そして、赤色灯が回るパトカーと、3人の警察官……私に向けて拳銃を構えている?!

「お巡りさん! その人じゃないよ! 座ってるほうだよ!」

 どうやら、遅れて現場に着いた警察官が、犯人と私を間違えているらしい。そのことに気付いた人々が、状況を説明してくれたようだ。

 確かにこの姿だけを見れば誤解されても仕方が無い。

 状況を理解してくれた警察官達が、ようやく私への敵意の視線をやめて近づいて来た。もう大丈夫だろうと判断出来る距離で、私は刃物をゆっくりと道路に置き、男に再び うばわれないよう、警察官の方向へ足で り すべらせた。

「いや、すみませんでした! お 怪我けがは御座いませんか?」

 警察官2人に連れられ、パトカーへ乗せられる男を見送る私に、もう1人の警察官が申し訳なさそうに語りかけて来た。

 その後、誰かが っていた動画が 拡散かくさんし、ニュースにも取り上げられ、警察やPTAからの感謝状までいただくことになった私は、 一躍いちやく、時の有名人となってしまった……

◆   ◆   ◆   ◆

「じゃあねー!」

 いつものように、登校有事に備え「脳内シミュレーション」を繰り返しつつ、今朝も無事に校門前へ着いた。息子は友人を見つけたのか、元気に走り去って行く。

「あら、お父さん。おはようございます」

 校門で登校する子ども達を迎えていた女性教諭が、にこやかに 挨拶あいさつをしてきた。

 やはり今日も白のブラウスか……

 無事に息子を学校に送り届けた私は、彼女に笑顔で応じた。大丈夫……たとえどんな事件が起こっても、私がいれば対応出来る。子ども達も彼女も安全だ。

 相手が複数の場合は、あのパターンで……万が一、拳銃を持ってる場合はやはりあの方法か?

 有事に備え、シミュレーションを繰り返しながら、私は通勤駅へ向かい歩み続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...