世にも奇妙な物語的10分短編作品『シミュレーション』

カワカツ

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現実

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 退社後の私は、事件や事故、災害に備え、今日もあらゆる場面でシミュレーションを繰り返しながら、通勤駅の改札を出た。

 今日も何事も起きはしなかったが、備えあれば うれい無しだ。いつでも 臨機応変りんきおうへんに対応出来るよう、常日頃からイメージトレーニングを続けることは、やがて益になる……ハズだ。

 さすがに、異世界へ転移することや、ゾンビが世界を 徘徊はいかいするようなウイルス感染が起こる事は無いだろうが……いや、たとえそんな 突拍子とっぴょうしもない出来事に 遭遇そうぐうしたとしても、私はサバイバーとして生き残り、人々を助け、明るい未来を築くことが出来るに違いない! それだけのシミュレーションは繰り返しているのだから!

 とっぷり日も暮れた夕闇の中、私は自宅のある住宅街へと足を急がせる。遠くに救急車のサイレンが聞こえるが、どうやら今日も我が団地は何ごとも無かったようだ。

 火事や強盗事件のシミュレーション場面とは違い、赤色灯も回っていないし、どこかの飼い犬が庭先で吠えている程度の静けさだ。

 我が家の窓からも……大丈夫! ちゃんと灯りが れている。事件が起こってるなら真っ暗なはずだからな。

 だが……油断は出来ない。もしかすると、ドアを開けたら強盗が……

「ただいまー」

 玄関の扉を開き、声をかけると、内扉の向こうから、いつもと変わらない出迎えの声が聞こえて来た。

「おかえりー!」

「おかえりなさーい」

 有事に備えて日々シミュレーション……しかし、何も起こらない平和な日々こそが1番の幸せなんだなぁ……


◆   ◆   ◆   ◆


「結局、 鑑定留置かんていりゅうちですかねぇ……」

 若い刑事が、年配の刑事に たずねる。2人は取り調べ室をのぞけるミラーガラス裏に立っていた。

 のぞき見る隣の部屋には、中央に 簡易かんいなスチール机が置かれ、扉側の椅子に取り調べの刑事が座っている。机を挟み向き合い座っているのは30代半ばの男だ。

「離婚調停中の……何の罪も無い妻子を殺しておきながら、病気だから無罪にしろってか?……ったく……日本の弁護士先生方ってのは何を考えてお仕事されてんだか……」

「岸川の妄想癖もうそうへきはガキの頃からだったんでしょう? 親は何をやってたんすかねぇ?」

「知らねぇよ……親バカなのか世間体が恐かったのか……どっちにしろ、犯人ホシを 逮捕あげてみりゃ精神異常者コメヘンってのは……ホント気分が悪いぜ!」

 若い刑事はミラーガラス越しに岸川を見つめる。

「また何かブツブツ言ってニヤけてますよ、あいつ……」

「頭ん中のお花畑で、 妖精ようせいさんとでも遊んでやがんだろ? 妄想と思い込みで、妻子を あやめておきながら、ホントに自己中ジコチューなヤツだよ!」

 悪態をついて部屋を出る年配刑事を見送り、若い刑事はもう一度岸川に視線を向けた。

 平々凡々なサラリーマンが、妻の浮気を疑い出し、DVに走り、離婚調停中にストーカー殺人、か……

 岸川の つぶやきが気になった若い刑事は、スピーカーのスイッチを入れ、音量を上げた。


「………………ただいま……おかえり……」


       < 終 >
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