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第1章 旅立ちの日 編
第 55 話 救出作戦
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しまったぁ! もうバレたよ……どうする?
篤樹はエシャーに目配せをした。エシャーも覚悟を決めたように 頷く。
ようやく 束縛を 解いてこの裏山に逃げ込んできたのに……見つかる覚悟で立ち上がり、山の中をとにかく走り抜くか? エシャーにとって森は走りやすい場所だし、ヤツラとの距離は50mくらいはハンデがあるから……俺の足でもなんとかなるかも………でも……ドラゴンは? 飛ぶのか? 走るのか? 火を吐き出したり、雷を出したりとかの攻撃もするのか? どうしよう!
判断を迫られる突然の状況に、篤樹は決断できずにいた。しかし、距離のハンデを活かすなら、もう悩んでる時間はない!
「おい、こら待て!」
北の山賊リーダーの声が唐突に響く。
「何の真似だ? お前ら?」
村からのザワついた雰囲気が伝わってくる。
「モノが足りねぇからって、嘘はよくねぇなぁ」
ん? 篤樹はエシャーと顔を見合わせた。嘘? あいつら何か嘘を言ってたか?
「若い女のエルフだの、男だの、何の時間稼ぎだ? なめてんのか!」
「い、いや! ホントにここに……」
「もうやめろ! 嘘つきは泥棒の始まりってなぁ周知の事実だがよ、盗賊が山賊様に嘘ついちゃあイケねぇって決まりがあんだよ!」
グンゴワァー!
「キャー!」「おワー!」
なんだ? 何が起こってるんだ?
顔を上げて確かめたい 衝動を必死に抑え、篤樹は顔を 伏せ続けた。エシャーもギュッとつないだ手に、さらに力を入れてくる。
「何をする!」
盗賊村のお頭の声だ。
「『男』が1人だったなぁ。ま、それはコイツで良しとしよう」
村から、しばらくのあいだ「バキバキ」と何かが砕ける不気味な音と、村人たちが嗚咽を漏らす声が聞こえた。
「エルフの代わりなんかはいやしねぇだろうが……ま、ソイツをもらって行こうか? 若いメスのエルフの代わりには全然足りねェけどよ。今回はそれで見逃してやるよ」
「そ、そんな! やめてくれ」
「早く来いよ! メンドーだな!」
「イヤー! お母さーん、助けてー! じいちゃーん!」
なんだ? なんだ! 何をしてるんだヤツラ……
篤樹は目を閉じ、声に集中してみる。イメージが 鮮明に湧いてきた。
中庭に焼け焦げた死体が一つ……それをドラゴンが 貪り食っている。ドラゴンから降りた男の姿…… 頬に傷のある、片目の潰れた男だ。中庭でみた10歳くらいの女の子を、そいつが無理矢理引っ張って行こうとしている。盗賊たちは 渋々従う様子で、小屋から荷物を運び出し、最後尾のドラゴンの背に付けられた荷台に次々載せていく。その様子を村の「お頭」は黙って 睨みつけている。
グループのリーダーと思しき山賊は、ドラゴンの上から盗賊のお頭を見下げ、ニヤニヤと話しかけた。
「サーガの 大群行なんてのがあったんだからよ、今月は少なくっても仕方ねぇってウチのお頭は言ってたんだ。それを……エルフだの何だのって 姑息な嘘をつきやがるからこんな事になっちまうんだよ」
篤樹はパッと目を開ける。自分の想像するイメージと現実の動きがリンクしている? どういう事だ?
やがて、集落の様子が段々と落ち着いて来た。しかし……
「おねぇちゃーん、おねぇちゃーん!」
小さな子の泣き叫ぶ声と、村人たちのすすり泣く声が響いてくる。篤樹はエシャーとつないだ手を離さなかった。不安と怒りと空しさに押し潰されそうだ。1人だったら……耐えられない! エシャーも同じ気持ちなのか、ジッと黙ったまま、この出来事が収まるのを待っている。
全てが落ち着いたら……ここから離れよう……山を降りて……エルグレドさんたちを探して……それからまた旅を続けよう……
篤樹は「納得のいかない解決の時」が早く来るのを、ただひたすら待つ。
「よーし、では盗賊諸君、また来月。では!」
山賊グループのリーダーが告げる声が聞こえた。ズシン! ズシン! と 鈍い振動が伝わって来る。歩行型のドラゴンなのか……
集落からガヤガヤと人々が散っていく声が聞こえた。
「くそッ! あいつら!」
篤樹は一瞬、村人の発したその声が自分たちに向けられたものかと思いドキッ! とする。
「仕方ねぇよ……ここで生きていくためにゃ、ヤツラには逆らえねぇ……」
「ところでお頭……あの2人はどうします? 山狩りしますか?」
山狩り? 追いかけて来るつもりか? しかしすぐにお頭の声が聞こえた。
「馬鹿野郎!……エルフなんかに手ぇ出したりすっから……罰が当たったんだよ。ルメンが殺され……アイが連れ去られちまった。これ以上あのエルフに手を出したら……この村ぁ……とうとう全滅だろうよ……」
篤樹はゆっくり上半身を起こし、慎重に村の様子を伺う。盗賊たちは中庭から家々に戻って行ったようだ。ふと視線を横に向けると、エシャーは地面に突っ伏したままだ。
「エシャー……もう、大丈夫みたいだよ……行こっ……」
つないだままのエシャーの手を引き、立たせようとするが……エシャーは応じない。
「エシャー……」
篤樹は 片膝をついた姿勢でエシャーを 促す。ズズズッ……という感じにエシャーはゆっくり身体を起こし、地面にペタンと座ったまま目の前の石をジッと見ている。
「エシャー!」
自分の気持ちも 奮い立たせるように、篤樹は少し強い口調でさらにエシャーを促す。
「……アッキー……あの子……私の代わりに連れて行かれちゃった……」
篤樹はズキンと心が痛んだ。エシャーも同じことを考えてたんだ……
「私たちが逃げたから……誰かが殺されて……あの子が連れて行かれちゃったんだ……」
「……そうだね……うん……そうかも知れない」
「どうしよう……」
エシャーの気持ちが痛いほど分かる。盗賊たちが悪いのは間違いない。俺たちをさらって来たりなんかしなければ、あの子が連れて行かれることも、仲間が殺されることだって無かったんだから……盗賊たちの自業自得だ。俺たちには関係のない事、俺たちだって被害者なんだ。だけど……このままじゃ……
「アッキー……」
「ん?」
「私、あの子を助けたい……ううん! あの子を助けなきゃ!」
エシャーが篤樹の目をジッと見つめて 訴える。負う必要の無い責任だし「悪者たち同士」の争いに、わざわざ立ち入る必要なんか無い。そもそも……あんなドラゴンに乗ってる連中からあの子を助け出すなんて不可能だ。でも……
「うん……俺もそう考えてた。このまま黙って立ち去るなんて……出来ないよね」
そうだ。これは「あの子」を助けるためだけじゃない! あの子を助ける事で俺とエシャーもようやく本当に「脱出」を喜ぶことが出来るんだ……よし!
エシャーは、自分の我がままに篤樹を付き合わせてしまったのでは? と申し訳無さそうに返事をする。
「ゴメンね……ありがと……」
篤樹は首を横に振り答える。
「あの子を助けないと、この先ずっと……永遠に僕たちは後悔する事になるよ。これは僕とエシャー……2人の問題なんだ。だから、助けに行こう!」
エシャーが満面の笑顔になる。よし! やってやろうじゃないか!
「アッキー、また『僕』って言った」
は? 何? エシャーの予想外の返答に 戸惑う。
「え? あ?……もう! そんなん……どうだっていいだろ! とにかく気付かれないように後を追わなくちゃ!」
照れ隠しのようにパッと立ち上がり、山の中を歩き始めた篤樹の後ろを、エシャーは嬉しそうな笑顔で付いて来る。
「私もさぁ、時々『おじい様』のことを『おじいちゃん』って呼んじゃうんだけどさぁ……アッキーって時々私にも『僕』を使うよねぇ? いつもは『俺』なのに。裁判所でもさぁ……なんで? どんな気持ちの切り替えなの?」
しつこいなぁ……知らないよ! 無意識にだよ!
自分でも無意識の発言なのに、しつこく訊ねて来るエシャーを軽くあしらいながら、篤樹はズンズン木々の合間を進み続けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて、どうしたものか……
ドラゴン3体にそれぞれまたがる山賊たちを、左下に並行する山道に見下ろしつつ、篤樹とエシャーは山間の 斜面をゆっくり進んでいた。
篤樹としては、恐らく自分たちを探しているに違いないエルグレドとレイラの登場を心のどこかで強く待ち望みながら歩む……が、連れ去られてきた方角と、全然違う道を進むこの一隊に付いて行く間に……その 淡い希望は消えていく。
「ねえ、アッキー。どうする?」
どうするったって……
地理的上位の利を活かし、山賊たちが向かう道の先までを見通し考える。 緩やかな上りの一本道がずっと続き、しばらく先に小高い山が見えた。
「あの山が『北の山』なのかなぁ?」
エシャーの声に反応し、篤樹も同意し頷く。
もしあれが「北の山」なら、あそこには「山賊たち」がいるってことだ。今は3体のドラゴンと3人の山賊だけど、あそこまで行ったら……どれだけの仲間がいるのか分からない。そこに行く前に何とか……
「エシャー、あれ!」
一隊が進む道の数百メートル先に見えて来たものに気付き、篤樹はエシャーに声をかける。
「あれって『橋』だよね?」
エシャーもジッと「それ」に目を 凝らす。
「……うん、橋だね」
「よし! あの橋のところまで先回りしよう!」
2人は下方の山賊一行に気付かれないように注意しつつ、山間の斜面を急いで 駆けていった。しかし……途中で篤樹は、自分の足にエシャーが速度を合わせていることに気付く。
「エシャー? もしかして……ゆっくり走ってる?」
「え? うん。アッキー置いて行っても、どうすりゃいいか分かんないし、別に競争じゃないから」
篤樹は一旦足を止めた。
「え? 何? どうしたのアッキー?」
そうだよ……エシャーなら……
「エシャー、君の何かの魔法で……あの橋を壊すことって出来る?」
「え? うーん……」
エシャーは橋をジッと見つめる。
「うん! たぶん大丈夫だよ、あれなら。石の橋なら自信無いけど……木の橋なら大丈夫!」
よし! それなら……
篤樹は歩調を緩め、計画をエシャーに伝え始めた。
「ドラゴン3体と山賊3人なんて……たぶん俺たちじゃ、まともに太刀打ちなんか出来ない……と思う。そりゃ、やってみなきゃ分かんないけど……でも、数を減らせば勝てる可能性も少しは高くなると思うんだ」
「うん。それで?」
「あのドラゴンは……口から火を吐き出す攻撃をするみたいだから、正面きって2人で飛び掛っても3体には勝てない……と思う。だから数を減らすんだ!」
篤樹は橋を指差した。
「火を 吐く代わりに空は飛べないみたいだし、あの子は他のモノと一緒に最後尾のドラゴンに乗せられている。だから……前の2体が橋の上にさしかかった所で、エシャーがあの橋を 破壊すれば……」
「相手をするのは最後の1体だけになる! すごい! アッキー、よく考えついたね!」
誉められれば誰だって嬉しい。篤樹は自分がすごく「いい笑顔」になってることを 頬の筋肉に感じた。
「そういうこと。だから、エシャー……先に橋の所まで行って1番良いタイミング……前の2体だけが橋の上に乗った時に、あの橋を 壊して欲しいんだ。2体が落ちれば、最後尾のドラゴンと乗り手も 動揺するだろうから……その間に俺は後ろからドラゴンの背に上ってあの子を助けるよ。……必要なら乗り手も倒す! エシャー……ドラゴン相手に、あの 腐れトロルをやっつけた攻撃魔法って使える?」
エシャーは少し考える。
「ドラゴンのウロコってのが……どのぐらい 硬いのか分からないけど……やってみるね!」
「よし! じゃあ、最後尾の1体だけを残して、前の2体を橋から落とす。その後、エシャーは前から、俺が後ろから 挟み撃ち! この計画で行こう!」
「分かった! じゃ!」
エシャーはそう言うと、山の斜面に生える木々の間を、まるで何の障害も無いトラックを駆けるように走っていった。
森の中じゃ……絶対に負けるなぁ……
篤樹は「陸上部1の俊足」という、無駄なプライドを捨てるのにためらいは無かった。
俺とエシャーの2人であの子を助け出す……これは俺たちが「完全に脱出」するために…… 避けられない道なんだ……
最後尾のドラゴンの上で 手綱を握っている山賊に、篤樹は視線を向ける。顔に傷の有る、片目の潰れた男……声だけを聞きながらイメージしていたあの「中庭」の風景の中にいた男そのものだ。
その時が来たら……
ポケットの中の成者の剣を取り出し、篤樹はカチカチカチッ! と刃を出してみる。
その時が来たらって……覚悟は決めたけど……こんな「カッターナイフ」で戦えるんだろうか……
篤樹はエシャーに目配せをした。エシャーも覚悟を決めたように 頷く。
ようやく 束縛を 解いてこの裏山に逃げ込んできたのに……見つかる覚悟で立ち上がり、山の中をとにかく走り抜くか? エシャーにとって森は走りやすい場所だし、ヤツラとの距離は50mくらいはハンデがあるから……俺の足でもなんとかなるかも………でも……ドラゴンは? 飛ぶのか? 走るのか? 火を吐き出したり、雷を出したりとかの攻撃もするのか? どうしよう!
判断を迫られる突然の状況に、篤樹は決断できずにいた。しかし、距離のハンデを活かすなら、もう悩んでる時間はない!
「おい、こら待て!」
北の山賊リーダーの声が唐突に響く。
「何の真似だ? お前ら?」
村からのザワついた雰囲気が伝わってくる。
「モノが足りねぇからって、嘘はよくねぇなぁ」
ん? 篤樹はエシャーと顔を見合わせた。嘘? あいつら何か嘘を言ってたか?
「若い女のエルフだの、男だの、何の時間稼ぎだ? なめてんのか!」
「い、いや! ホントにここに……」
「もうやめろ! 嘘つきは泥棒の始まりってなぁ周知の事実だがよ、盗賊が山賊様に嘘ついちゃあイケねぇって決まりがあんだよ!」
グンゴワァー!
「キャー!」「おワー!」
なんだ? 何が起こってるんだ?
顔を上げて確かめたい 衝動を必死に抑え、篤樹は顔を 伏せ続けた。エシャーもギュッとつないだ手に、さらに力を入れてくる。
「何をする!」
盗賊村のお頭の声だ。
「『男』が1人だったなぁ。ま、それはコイツで良しとしよう」
村から、しばらくのあいだ「バキバキ」と何かが砕ける不気味な音と、村人たちが嗚咽を漏らす声が聞こえた。
「エルフの代わりなんかはいやしねぇだろうが……ま、ソイツをもらって行こうか? 若いメスのエルフの代わりには全然足りねェけどよ。今回はそれで見逃してやるよ」
「そ、そんな! やめてくれ」
「早く来いよ! メンドーだな!」
「イヤー! お母さーん、助けてー! じいちゃーん!」
なんだ? なんだ! 何をしてるんだヤツラ……
篤樹は目を閉じ、声に集中してみる。イメージが 鮮明に湧いてきた。
中庭に焼け焦げた死体が一つ……それをドラゴンが 貪り食っている。ドラゴンから降りた男の姿…… 頬に傷のある、片目の潰れた男だ。中庭でみた10歳くらいの女の子を、そいつが無理矢理引っ張って行こうとしている。盗賊たちは 渋々従う様子で、小屋から荷物を運び出し、最後尾のドラゴンの背に付けられた荷台に次々載せていく。その様子を村の「お頭」は黙って 睨みつけている。
グループのリーダーと思しき山賊は、ドラゴンの上から盗賊のお頭を見下げ、ニヤニヤと話しかけた。
「サーガの 大群行なんてのがあったんだからよ、今月は少なくっても仕方ねぇってウチのお頭は言ってたんだ。それを……エルフだの何だのって 姑息な嘘をつきやがるからこんな事になっちまうんだよ」
篤樹はパッと目を開ける。自分の想像するイメージと現実の動きがリンクしている? どういう事だ?
やがて、集落の様子が段々と落ち着いて来た。しかし……
「おねぇちゃーん、おねぇちゃーん!」
小さな子の泣き叫ぶ声と、村人たちのすすり泣く声が響いてくる。篤樹はエシャーとつないだ手を離さなかった。不安と怒りと空しさに押し潰されそうだ。1人だったら……耐えられない! エシャーも同じ気持ちなのか、ジッと黙ったまま、この出来事が収まるのを待っている。
全てが落ち着いたら……ここから離れよう……山を降りて……エルグレドさんたちを探して……それからまた旅を続けよう……
篤樹は「納得のいかない解決の時」が早く来るのを、ただひたすら待つ。
「よーし、では盗賊諸君、また来月。では!」
山賊グループのリーダーが告げる声が聞こえた。ズシン! ズシン! と 鈍い振動が伝わって来る。歩行型のドラゴンなのか……
集落からガヤガヤと人々が散っていく声が聞こえた。
「くそッ! あいつら!」
篤樹は一瞬、村人の発したその声が自分たちに向けられたものかと思いドキッ! とする。
「仕方ねぇよ……ここで生きていくためにゃ、ヤツラには逆らえねぇ……」
「ところでお頭……あの2人はどうします? 山狩りしますか?」
山狩り? 追いかけて来るつもりか? しかしすぐにお頭の声が聞こえた。
「馬鹿野郎!……エルフなんかに手ぇ出したりすっから……罰が当たったんだよ。ルメンが殺され……アイが連れ去られちまった。これ以上あのエルフに手を出したら……この村ぁ……とうとう全滅だろうよ……」
篤樹はゆっくり上半身を起こし、慎重に村の様子を伺う。盗賊たちは中庭から家々に戻って行ったようだ。ふと視線を横に向けると、エシャーは地面に突っ伏したままだ。
「エシャー……もう、大丈夫みたいだよ……行こっ……」
つないだままのエシャーの手を引き、立たせようとするが……エシャーは応じない。
「エシャー……」
篤樹は 片膝をついた姿勢でエシャーを 促す。ズズズッ……という感じにエシャーはゆっくり身体を起こし、地面にペタンと座ったまま目の前の石をジッと見ている。
「エシャー!」
自分の気持ちも 奮い立たせるように、篤樹は少し強い口調でさらにエシャーを促す。
「……アッキー……あの子……私の代わりに連れて行かれちゃった……」
篤樹はズキンと心が痛んだ。エシャーも同じことを考えてたんだ……
「私たちが逃げたから……誰かが殺されて……あの子が連れて行かれちゃったんだ……」
「……そうだね……うん……そうかも知れない」
「どうしよう……」
エシャーの気持ちが痛いほど分かる。盗賊たちが悪いのは間違いない。俺たちをさらって来たりなんかしなければ、あの子が連れて行かれることも、仲間が殺されることだって無かったんだから……盗賊たちの自業自得だ。俺たちには関係のない事、俺たちだって被害者なんだ。だけど……このままじゃ……
「アッキー……」
「ん?」
「私、あの子を助けたい……ううん! あの子を助けなきゃ!」
エシャーが篤樹の目をジッと見つめて 訴える。負う必要の無い責任だし「悪者たち同士」の争いに、わざわざ立ち入る必要なんか無い。そもそも……あんなドラゴンに乗ってる連中からあの子を助け出すなんて不可能だ。でも……
「うん……俺もそう考えてた。このまま黙って立ち去るなんて……出来ないよね」
そうだ。これは「あの子」を助けるためだけじゃない! あの子を助ける事で俺とエシャーもようやく本当に「脱出」を喜ぶことが出来るんだ……よし!
エシャーは、自分の我がままに篤樹を付き合わせてしまったのでは? と申し訳無さそうに返事をする。
「ゴメンね……ありがと……」
篤樹は首を横に振り答える。
「あの子を助けないと、この先ずっと……永遠に僕たちは後悔する事になるよ。これは僕とエシャー……2人の問題なんだ。だから、助けに行こう!」
エシャーが満面の笑顔になる。よし! やってやろうじゃないか!
「アッキー、また『僕』って言った」
は? 何? エシャーの予想外の返答に 戸惑う。
「え? あ?……もう! そんなん……どうだっていいだろ! とにかく気付かれないように後を追わなくちゃ!」
照れ隠しのようにパッと立ち上がり、山の中を歩き始めた篤樹の後ろを、エシャーは嬉しそうな笑顔で付いて来る。
「私もさぁ、時々『おじい様』のことを『おじいちゃん』って呼んじゃうんだけどさぁ……アッキーって時々私にも『僕』を使うよねぇ? いつもは『俺』なのに。裁判所でもさぁ……なんで? どんな気持ちの切り替えなの?」
しつこいなぁ……知らないよ! 無意識にだよ!
自分でも無意識の発言なのに、しつこく訊ねて来るエシャーを軽くあしらいながら、篤樹はズンズン木々の合間を進み続けた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
さて、どうしたものか……
ドラゴン3体にそれぞれまたがる山賊たちを、左下に並行する山道に見下ろしつつ、篤樹とエシャーは山間の 斜面をゆっくり進んでいた。
篤樹としては、恐らく自分たちを探しているに違いないエルグレドとレイラの登場を心のどこかで強く待ち望みながら歩む……が、連れ去られてきた方角と、全然違う道を進むこの一隊に付いて行く間に……その 淡い希望は消えていく。
「ねえ、アッキー。どうする?」
どうするったって……
地理的上位の利を活かし、山賊たちが向かう道の先までを見通し考える。 緩やかな上りの一本道がずっと続き、しばらく先に小高い山が見えた。
「あの山が『北の山』なのかなぁ?」
エシャーの声に反応し、篤樹も同意し頷く。
もしあれが「北の山」なら、あそこには「山賊たち」がいるってことだ。今は3体のドラゴンと3人の山賊だけど、あそこまで行ったら……どれだけの仲間がいるのか分からない。そこに行く前に何とか……
「エシャー、あれ!」
一隊が進む道の数百メートル先に見えて来たものに気付き、篤樹はエシャーに声をかける。
「あれって『橋』だよね?」
エシャーもジッと「それ」に目を 凝らす。
「……うん、橋だね」
「よし! あの橋のところまで先回りしよう!」
2人は下方の山賊一行に気付かれないように注意しつつ、山間の斜面を急いで 駆けていった。しかし……途中で篤樹は、自分の足にエシャーが速度を合わせていることに気付く。
「エシャー? もしかして……ゆっくり走ってる?」
「え? うん。アッキー置いて行っても、どうすりゃいいか分かんないし、別に競争じゃないから」
篤樹は一旦足を止めた。
「え? 何? どうしたのアッキー?」
そうだよ……エシャーなら……
「エシャー、君の何かの魔法で……あの橋を壊すことって出来る?」
「え? うーん……」
エシャーは橋をジッと見つめる。
「うん! たぶん大丈夫だよ、あれなら。石の橋なら自信無いけど……木の橋なら大丈夫!」
よし! それなら……
篤樹は歩調を緩め、計画をエシャーに伝え始めた。
「ドラゴン3体と山賊3人なんて……たぶん俺たちじゃ、まともに太刀打ちなんか出来ない……と思う。そりゃ、やってみなきゃ分かんないけど……でも、数を減らせば勝てる可能性も少しは高くなると思うんだ」
「うん。それで?」
「あのドラゴンは……口から火を吐き出す攻撃をするみたいだから、正面きって2人で飛び掛っても3体には勝てない……と思う。だから数を減らすんだ!」
篤樹は橋を指差した。
「火を 吐く代わりに空は飛べないみたいだし、あの子は他のモノと一緒に最後尾のドラゴンに乗せられている。だから……前の2体が橋の上にさしかかった所で、エシャーがあの橋を 破壊すれば……」
「相手をするのは最後の1体だけになる! すごい! アッキー、よく考えついたね!」
誉められれば誰だって嬉しい。篤樹は自分がすごく「いい笑顔」になってることを 頬の筋肉に感じた。
「そういうこと。だから、エシャー……先に橋の所まで行って1番良いタイミング……前の2体だけが橋の上に乗った時に、あの橋を 壊して欲しいんだ。2体が落ちれば、最後尾のドラゴンと乗り手も 動揺するだろうから……その間に俺は後ろからドラゴンの背に上ってあの子を助けるよ。……必要なら乗り手も倒す! エシャー……ドラゴン相手に、あの 腐れトロルをやっつけた攻撃魔法って使える?」
エシャーは少し考える。
「ドラゴンのウロコってのが……どのぐらい 硬いのか分からないけど……やってみるね!」
「よし! じゃあ、最後尾の1体だけを残して、前の2体を橋から落とす。その後、エシャーは前から、俺が後ろから 挟み撃ち! この計画で行こう!」
「分かった! じゃ!」
エシャーはそう言うと、山の斜面に生える木々の間を、まるで何の障害も無いトラックを駆けるように走っていった。
森の中じゃ……絶対に負けるなぁ……
篤樹は「陸上部1の俊足」という、無駄なプライドを捨てるのにためらいは無かった。
俺とエシャーの2人であの子を助け出す……これは俺たちが「完全に脱出」するために…… 避けられない道なんだ……
最後尾のドラゴンの上で 手綱を握っている山賊に、篤樹は視線を向ける。顔に傷の有る、片目の潰れた男……声だけを聞きながらイメージしていたあの「中庭」の風景の中にいた男そのものだ。
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ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
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