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第1章 旅立ちの日 編
第 58 話 ドラゴン退治
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「さて……どうする?」
「分かりきったこと聞かないの!」
「男」は一応、お約束のように「女」の意志を確認した。すぐに「女」の返事が飛ぶ。
「……にしても……よく頑張ってるなぁ、あの子ら」
2人は山の木々の切れ間から、 眼下に見える山間の道で戦う篤樹とエシャーの姿を見ていた。
「で……アイはどこだぁ?」
「あそこ……ほら。手前の草むらの陰……」
「ん……と、お、いたいた。よかった。無事だったねぇ」
「急ぎましょ。あの子たち、他のドラゴンの 警戒を全然してないわ」
「あの谷間で安心してんだろ。あの位なら簡単に 跳ぶぞ? 土炎竜は。知らねぇのかな?」
2人はエルフほどではないが、 手馴れた動きで森の斜面を軽やかに下って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、チャンスタイムは終了だ。3匹まとめて……消えろ!」
クソッ! ここで終わりか……
「アッキー……ありがと……」
エシャーの声を耳元に聞き、篤樹は背中にアイとエシャーの 温もりを感じながら、今から浴びせられるであろう火炎に 身構える。
ピュン!
正面で見据えるドラゴンの口の中から、今まさに火球が飛び出そうとした瞬間、不思議な風切り音が聞こえた。篤樹と睨みあっていたドラゴンの左目に、何かが突き刺さる。
ゴ……ギュワウー!
放たれた火炎は篤樹たちの左横に逸れた。ドラゴンは口から火炎を吐きながら首を大きく振って暴れる。
なんだか知らないけどチャンスだ!
「エシャー! 森の中に!」
篤樹は振り返り、エシャーとアイを森に向かい押し出す。エシャーはアイの肩を抱き支えるように、森の中へ駆け込む。篤樹もその後を追うが「何が起こっているのか」を確認せずにはいられない。
「よし! 小僧! そのまま女の子らを連れて逃げろ!」
振り向くと見知らぬ男が、手負いのドラゴンに顔を向けて立っている。
「き、きさまぁ!」
コジと呼ばれていた男が、暴れるドラゴンの手綱を 御し、叫ぶ。
「ったく……しばらく留守にしてる内に馬鹿な山賊共が住みついたってぇ聞いたが……テメェらか。この盗人やろう共が!」
男の声には怒りと 侮蔑と 嘲笑が込められている。篤樹はその声を背後に聞きながら、森の中に逃げ込んだエシャーとアイに追い付く。
「な、何? どうなったのアッキー!」
状況を確かめるより 避難を優先したエシャーが、篤樹に状況確認をする。
「エシャー!……分かんない! とにかく、助かった……みたい」
「その子をこっちへ!」
女の声が頭上から聞こえた。傾斜《けいしゃ》から飛び出た大きな岩の上に女の人が立っている。手には弓を持ち、肩に 矢筒を掛けている。50歳位? 篤樹は自分の母親たちと同年代か少し年上くらいの女性を見上げた。
「誰ですか?」
警戒の声を出す。女は一瞬言葉に詰まったが、すぐに答える。
「その子……アイの母親よ。さぁ!」
篤樹はアイを見た。この子の母親は村に残ってたはず……
「母ちゃん!」
呼ばれたアイはエシャーの手を振りほどき、女のほうへ駆け上って行った。女も岩から降りてアイを迎え、ギュッと抱きしめる。
あっ……ホントに……母親なんだ……
「よし! 良いかいアイ? 母ちゃんは父ちゃんのお手伝いしてくるから、ここの岩の裏の穴に隠れときな。オッケー?」
アイは母親に 全幅の信頼を寄せているのか、 満面の笑顔で親指を立てると、言われた通りに岩をよじ登った。
……よし、何にせよこれでこの子は大丈夫だろう。
篤樹はようやく本気で肩の荷が下りた気がした。じゃ、俺らも帰ろうか……エシャーと 目配せをして立ち去ろうとする。
「はい、ちょっと待ったお兄ぃさん。どこに行くの?」
え? なんかマズかった? 唐突な呼び止めに、篤樹はドギマギと振り返った。
「名前も名乗らずに立ち去るのはヒーローかも知れないけど……まだ2体のドラゴンと山賊2人がいるんだよ? どうすんのよ? あれ」
え……と……あの……篤樹は答えに 窮し、モゴモゴと応じる。何だか責任放棄で逃げ出そうとしているのを 見透かされた気分だ。怒ってるのかなぁ……このオバサン
「 怖がってんじゃないよぉ、ボウヤ。怖がってちゃ相手の怒りを買うだけだ。ビクビクしないで! 堂々と必要な情報だけ 交換すりゃいいの、こういう時はね」
え? 何……今の……
「とにかくエルフっ 娘は私と一緒に来な! あんたはダンナの手伝いを頼むよ! さ! 急いで!」
エシャーは篤樹にウインクする。
「私もそっちのほうがスッキリすると思う! 行こっ! なんだかあの2人、強そうだから安心!」
そう言い残し、駆け出して行った女の後を追いかけて行く。
篤樹は振り返り、道で戦いを続けている男と山賊たちを見下ろした。さすがに2体のドラゴンと2人の山賊相手じゃ……あの人だって危ないに違いない。
よし!
頭のどこかで、さっきの女の言葉に引っ 掛かりを感じながら、とにかく、今は目の前の戦いに集中しようと気持ちを切り替え、篤樹も走り出した。
―・―・―・―・―・―・―
木々の間を 縫うように駆け下り、女がエシャーに声をかけた。
「あんたらだろ? 村の連中が 拉致した若いエルフと男ってのは……」
村? あの盗賊たちの……
「え……あなた……アイツらの仲間?」
「ハハッ! 仲間っちゃあ仲間だけど『盗賊』じゃあないからね。あたしらがいた頃は、あそこは普通の村だったからねぇ」
あたしらがいた頃?
「まさかあの村が『盗賊村』にされてるなんて……旅に出たのが間違いだったかねぇ!」
「よく分かりません!……だけど……私とアッキーを捕まえて来て、あの山賊に引き渡そうとした連中です。許せない!」
「……すまなかったねぇ。帰ったら改めてみっちりお 灸を 据えとくからさ……さて、それよりも今は……」
女が立ち止まる。エシャーもその後ろで立ち止まった。
「エルフなら弓は使えんだろ?」
女が自分の弓をエシャーに渡そうとする。
「私は弓術はやってません……教わってないんです。それと私……ルエルフです……エルフじゃなくって」
女は不思議そうにエシャーを見た。
「ほーお、あの『ルエルフ』かい? 何?『外界への旅』ってヤツかい?」
エシャーは女に、村がサーガに 襲われ 滅ぼされた事を簡単に説明する。
「ルエルフの村がねぇ……そりゃ可哀想な事だ……一度は行ってみたかったんだけどねぇ……」
女の言葉はお 世辞ではなく、心からのものだとエシャーは感じた。
「ま、今は目の前の敵を倒す事に集中しよっか? エシャー……って言ったかい? 名前?」
「うん」
「『うん』か……フフ……まあいい。んじゃ、エシャー……あんたらを戦いに残したのは他でもない。あんたら、戦いは素人だろ?」
エシャーは一瞬否定しようかと思ったが、確かに「戦い方」を知らない自分を否定は出来ない。 渋々頷く。
「ちょうど良い数だからさ。ダンナとあたしでちょいと手ほどきしてやろうって思ってね」
「手ほどき?」
「あんたらドラゴンとの戦い方くらい知らなきゃ生きていけないよ、この先。いいかい? さっきの戦い方みてて気付いたけど、あんた、ドラゴンに何の 策も考えないで攻撃魔法ぶっ放してただろ? あんなん、法力の 無駄遣いだよ」
「だって……」
「はい、口ごたえしなーい! 別にあんたを否定しようなんて思ってないから、怖がらないで聞きな。いいかい? ドラゴンの『 硬さ』は十分わかっただろ?」
エシャーが小さく頷くと、女はニッコリ微笑んだ。
「これで一つ賢くなったね。ヤツのウロコは並大抵の法術くらいじゃ通らない。じゃ、どうする?」
「……ウロコが無い所を狙う」
「ピンポーン! 正解! じゃ、ドラゴンのウロコが無い部分って、どこだい?」
エシャーは道で戦っているドラゴンを観察し答える。
「目? あ、あと口の中!」
「おお! そうそう! いいねぇ。普通は『口の中』まで答えないよ。さすがルエルフ、洞察力が良い! さて、それでは応用編。どう戦えば良い?」
「……目とか口の中に攻撃をする?」
「うん! 50点。それは攻撃の方法。あたしが聞いたのは『戦い方』……ちょっと良いかい?」
女が指をエシャーの前に立てた。そしてスーと目に近づけて来る。エシャーは思わずまぶたを閉じ、その指先を 避けた。
「何するんですか?!」
「はい、それ。分かった?」
え? 何が?
「あたしの『攻撃』であんたはどうした?」
「攻撃?……まぶたを閉じて……顔を避けた……あ!」
「はい、正解! ホントに飲み込みがいいねぇ。そういう事だよ! 攻撃は目か口の中。これが正解。だけど攻撃を『当てるため』にはどうするか? これが『戦い方』だよ。分かった?」
「うん! 分かった!」
女は苦笑しながらエシャーの頭に手を置き「エライエライ」とさする。
「じゃあ、戦い方は?」
「ドラゴンの気をそらすか、別の何かに集中させる。口を閉じたり、まぶたを閉じたり、顔を避けないように。で、気付かれない内に攻撃する!」
「よし! 分かってるねぇ。それだよ。だから『弓』は有効な武器なんだ。強くて速いほど良い。まぶたは気付いた一瞬で閉じるからねぇ。ドラゴンは 御丁寧にまぶたまでウロコ仕立てだから……で、弓は?」
「……仕えない。クリングじゃだめ?」
「クリングのスピードなんかじゃ、身体ごと避けられちまうよ。うーん、どうしようかねぇ……あ、法術スピードはどのくらい?」
法術スピード? エシャーは聞き覚えの無い単位に戸惑う。
「そっか……よし! あっちの連中に気付かれない程度の力でいいから、今からあたしが出す木の枝を法術で折ってごらん。いいね?」
そう言うと手ごろな枝を拾い上げた。
「いいか……い」
女が言い終わる前に、エシャーは法撃で枝をへし 砕いた。
「……早っ!」
「どう?」
女はポカンと開けた口を閉じ、クククと楽しそうに笑う。
「良いねぇ、問題なし! それ、どのくらいの距離までやれる」
「え? んと……ここからじゃ無理だけど、草むらくらいからなら……届くと思う」
「オーケー! 作戦出来たよ。じゃ、エシャー、あたしらは後ろのヤツをやるからね。あんたはそこの草むらに身を隠す。良いかい? 確実なチャンスが来るまで隠れるんだよ。で、あたしがヤツの……ドラゴンの注意を引き付ける。上に乗ってるヤツでもまずやっつけようかね。で、ドラゴンがあたしの存在だけに集中したタイミングでヤツの目玉ん中に攻撃魔法をあんたがぶち込む。いいかい?」
エシャーはコクンと頷いた。
「どこの世界でも女子は飲み込みが早くていいねぇ。さて、男子はどうかなぁ?」
女は前方のドラゴンと向き合っている「ダンナ」と、その背後にいる篤樹を見た。
「あれじゃ『見て覚えろ』系の教え方だねぇ。ま、実践が一番か。んと『アッキー』っつったっけ? あの子」
「うん! アッキーだよ。本当は『カガワアツキ』なんだけど、私が呼びやすい名前を付けてあげたの」
エシャーは嬉しそうに答えた。女の顔から 笑みが消え、驚きの表情に変わる。
「アッキー……『カガワ』……『アツキ』……? 賀川……くん?」
ボソッと声を洩らす女を残し、エシャーは女との打ち合わせ通り、道の横の草むらに身を隠すために移動して行った。
「分かりきったこと聞かないの!」
「男」は一応、お約束のように「女」の意志を確認した。すぐに「女」の返事が飛ぶ。
「……にしても……よく頑張ってるなぁ、あの子ら」
2人は山の木々の切れ間から、 眼下に見える山間の道で戦う篤樹とエシャーの姿を見ていた。
「で……アイはどこだぁ?」
「あそこ……ほら。手前の草むらの陰……」
「ん……と、お、いたいた。よかった。無事だったねぇ」
「急ぎましょ。あの子たち、他のドラゴンの 警戒を全然してないわ」
「あの谷間で安心してんだろ。あの位なら簡単に 跳ぶぞ? 土炎竜は。知らねぇのかな?」
2人はエルフほどではないが、 手馴れた動きで森の斜面を軽やかに下って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ、チャンスタイムは終了だ。3匹まとめて……消えろ!」
クソッ! ここで終わりか……
「アッキー……ありがと……」
エシャーの声を耳元に聞き、篤樹は背中にアイとエシャーの 温もりを感じながら、今から浴びせられるであろう火炎に 身構える。
ピュン!
正面で見据えるドラゴンの口の中から、今まさに火球が飛び出そうとした瞬間、不思議な風切り音が聞こえた。篤樹と睨みあっていたドラゴンの左目に、何かが突き刺さる。
ゴ……ギュワウー!
放たれた火炎は篤樹たちの左横に逸れた。ドラゴンは口から火炎を吐きながら首を大きく振って暴れる。
なんだか知らないけどチャンスだ!
「エシャー! 森の中に!」
篤樹は振り返り、エシャーとアイを森に向かい押し出す。エシャーはアイの肩を抱き支えるように、森の中へ駆け込む。篤樹もその後を追うが「何が起こっているのか」を確認せずにはいられない。
「よし! 小僧! そのまま女の子らを連れて逃げろ!」
振り向くと見知らぬ男が、手負いのドラゴンに顔を向けて立っている。
「き、きさまぁ!」
コジと呼ばれていた男が、暴れるドラゴンの手綱を 御し、叫ぶ。
「ったく……しばらく留守にしてる内に馬鹿な山賊共が住みついたってぇ聞いたが……テメェらか。この盗人やろう共が!」
男の声には怒りと 侮蔑と 嘲笑が込められている。篤樹はその声を背後に聞きながら、森の中に逃げ込んだエシャーとアイに追い付く。
「な、何? どうなったのアッキー!」
状況を確かめるより 避難を優先したエシャーが、篤樹に状況確認をする。
「エシャー!……分かんない! とにかく、助かった……みたい」
「その子をこっちへ!」
女の声が頭上から聞こえた。傾斜《けいしゃ》から飛び出た大きな岩の上に女の人が立っている。手には弓を持ち、肩に 矢筒を掛けている。50歳位? 篤樹は自分の母親たちと同年代か少し年上くらいの女性を見上げた。
「誰ですか?」
警戒の声を出す。女は一瞬言葉に詰まったが、すぐに答える。
「その子……アイの母親よ。さぁ!」
篤樹はアイを見た。この子の母親は村に残ってたはず……
「母ちゃん!」
呼ばれたアイはエシャーの手を振りほどき、女のほうへ駆け上って行った。女も岩から降りてアイを迎え、ギュッと抱きしめる。
あっ……ホントに……母親なんだ……
「よし! 良いかいアイ? 母ちゃんは父ちゃんのお手伝いしてくるから、ここの岩の裏の穴に隠れときな。オッケー?」
アイは母親に 全幅の信頼を寄せているのか、 満面の笑顔で親指を立てると、言われた通りに岩をよじ登った。
……よし、何にせよこれでこの子は大丈夫だろう。
篤樹はようやく本気で肩の荷が下りた気がした。じゃ、俺らも帰ろうか……エシャーと 目配せをして立ち去ろうとする。
「はい、ちょっと待ったお兄ぃさん。どこに行くの?」
え? なんかマズかった? 唐突な呼び止めに、篤樹はドギマギと振り返った。
「名前も名乗らずに立ち去るのはヒーローかも知れないけど……まだ2体のドラゴンと山賊2人がいるんだよ? どうすんのよ? あれ」
え……と……あの……篤樹は答えに 窮し、モゴモゴと応じる。何だか責任放棄で逃げ出そうとしているのを 見透かされた気分だ。怒ってるのかなぁ……このオバサン
「 怖がってんじゃないよぉ、ボウヤ。怖がってちゃ相手の怒りを買うだけだ。ビクビクしないで! 堂々と必要な情報だけ 交換すりゃいいの、こういう時はね」
え? 何……今の……
「とにかくエルフっ 娘は私と一緒に来な! あんたはダンナの手伝いを頼むよ! さ! 急いで!」
エシャーは篤樹にウインクする。
「私もそっちのほうがスッキリすると思う! 行こっ! なんだかあの2人、強そうだから安心!」
そう言い残し、駆け出して行った女の後を追いかけて行く。
篤樹は振り返り、道で戦いを続けている男と山賊たちを見下ろした。さすがに2体のドラゴンと2人の山賊相手じゃ……あの人だって危ないに違いない。
よし!
頭のどこかで、さっきの女の言葉に引っ 掛かりを感じながら、とにかく、今は目の前の戦いに集中しようと気持ちを切り替え、篤樹も走り出した。
―・―・―・―・―・―・―
木々の間を 縫うように駆け下り、女がエシャーに声をかけた。
「あんたらだろ? 村の連中が 拉致した若いエルフと男ってのは……」
村? あの盗賊たちの……
「え……あなた……アイツらの仲間?」
「ハハッ! 仲間っちゃあ仲間だけど『盗賊』じゃあないからね。あたしらがいた頃は、あそこは普通の村だったからねぇ」
あたしらがいた頃?
「まさかあの村が『盗賊村』にされてるなんて……旅に出たのが間違いだったかねぇ!」
「よく分かりません!……だけど……私とアッキーを捕まえて来て、あの山賊に引き渡そうとした連中です。許せない!」
「……すまなかったねぇ。帰ったら改めてみっちりお 灸を 据えとくからさ……さて、それよりも今は……」
女が立ち止まる。エシャーもその後ろで立ち止まった。
「エルフなら弓は使えんだろ?」
女が自分の弓をエシャーに渡そうとする。
「私は弓術はやってません……教わってないんです。それと私……ルエルフです……エルフじゃなくって」
女は不思議そうにエシャーを見た。
「ほーお、あの『ルエルフ』かい? 何?『外界への旅』ってヤツかい?」
エシャーは女に、村がサーガに 襲われ 滅ぼされた事を簡単に説明する。
「ルエルフの村がねぇ……そりゃ可哀想な事だ……一度は行ってみたかったんだけどねぇ……」
女の言葉はお 世辞ではなく、心からのものだとエシャーは感じた。
「ま、今は目の前の敵を倒す事に集中しよっか? エシャー……って言ったかい? 名前?」
「うん」
「『うん』か……フフ……まあいい。んじゃ、エシャー……あんたらを戦いに残したのは他でもない。あんたら、戦いは素人だろ?」
エシャーは一瞬否定しようかと思ったが、確かに「戦い方」を知らない自分を否定は出来ない。 渋々頷く。
「ちょうど良い数だからさ。ダンナとあたしでちょいと手ほどきしてやろうって思ってね」
「手ほどき?」
「あんたらドラゴンとの戦い方くらい知らなきゃ生きていけないよ、この先。いいかい? さっきの戦い方みてて気付いたけど、あんた、ドラゴンに何の 策も考えないで攻撃魔法ぶっ放してただろ? あんなん、法力の 無駄遣いだよ」
「だって……」
「はい、口ごたえしなーい! 別にあんたを否定しようなんて思ってないから、怖がらないで聞きな。いいかい? ドラゴンの『 硬さ』は十分わかっただろ?」
エシャーが小さく頷くと、女はニッコリ微笑んだ。
「これで一つ賢くなったね。ヤツのウロコは並大抵の法術くらいじゃ通らない。じゃ、どうする?」
「……ウロコが無い所を狙う」
「ピンポーン! 正解! じゃ、ドラゴンのウロコが無い部分って、どこだい?」
エシャーは道で戦っているドラゴンを観察し答える。
「目? あ、あと口の中!」
「おお! そうそう! いいねぇ。普通は『口の中』まで答えないよ。さすがルエルフ、洞察力が良い! さて、それでは応用編。どう戦えば良い?」
「……目とか口の中に攻撃をする?」
「うん! 50点。それは攻撃の方法。あたしが聞いたのは『戦い方』……ちょっと良いかい?」
女が指をエシャーの前に立てた。そしてスーと目に近づけて来る。エシャーは思わずまぶたを閉じ、その指先を 避けた。
「何するんですか?!」
「はい、それ。分かった?」
え? 何が?
「あたしの『攻撃』であんたはどうした?」
「攻撃?……まぶたを閉じて……顔を避けた……あ!」
「はい、正解! ホントに飲み込みがいいねぇ。そういう事だよ! 攻撃は目か口の中。これが正解。だけど攻撃を『当てるため』にはどうするか? これが『戦い方』だよ。分かった?」
「うん! 分かった!」
女は苦笑しながらエシャーの頭に手を置き「エライエライ」とさする。
「じゃあ、戦い方は?」
「ドラゴンの気をそらすか、別の何かに集中させる。口を閉じたり、まぶたを閉じたり、顔を避けないように。で、気付かれない内に攻撃する!」
「よし! 分かってるねぇ。それだよ。だから『弓』は有効な武器なんだ。強くて速いほど良い。まぶたは気付いた一瞬で閉じるからねぇ。ドラゴンは 御丁寧にまぶたまでウロコ仕立てだから……で、弓は?」
「……仕えない。クリングじゃだめ?」
「クリングのスピードなんかじゃ、身体ごと避けられちまうよ。うーん、どうしようかねぇ……あ、法術スピードはどのくらい?」
法術スピード? エシャーは聞き覚えの無い単位に戸惑う。
「そっか……よし! あっちの連中に気付かれない程度の力でいいから、今からあたしが出す木の枝を法術で折ってごらん。いいね?」
そう言うと手ごろな枝を拾い上げた。
「いいか……い」
女が言い終わる前に、エシャーは法撃で枝をへし 砕いた。
「……早っ!」
「どう?」
女はポカンと開けた口を閉じ、クククと楽しそうに笑う。
「良いねぇ、問題なし! それ、どのくらいの距離までやれる」
「え? んと……ここからじゃ無理だけど、草むらくらいからなら……届くと思う」
「オーケー! 作戦出来たよ。じゃ、エシャー、あたしらは後ろのヤツをやるからね。あんたはそこの草むらに身を隠す。良いかい? 確実なチャンスが来るまで隠れるんだよ。で、あたしがヤツの……ドラゴンの注意を引き付ける。上に乗ってるヤツでもまずやっつけようかね。で、ドラゴンがあたしの存在だけに集中したタイミングでヤツの目玉ん中に攻撃魔法をあんたがぶち込む。いいかい?」
エシャーはコクンと頷いた。
「どこの世界でも女子は飲み込みが早くていいねぇ。さて、男子はどうかなぁ?」
女は前方のドラゴンと向き合っている「ダンナ」と、その背後にいる篤樹を見た。
「あれじゃ『見て覚えろ』系の教え方だねぇ。ま、実践が一番か。んと『アッキー』っつったっけ? あの子」
「うん! アッキーだよ。本当は『カガワアツキ』なんだけど、私が呼びやすい名前を付けてあげたの」
エシャーは嬉しそうに答えた。女の顔から 笑みが消え、驚きの表情に変わる。
「アッキー……『カガワ』……『アツキ』……? 賀川……くん?」
ボソッと声を洩らす女を残し、エシャーは女との打ち合わせ通り、道の横の草むらに身を隠すために移動して行った。
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