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第1章 旅立ちの日 編

第 59 話 戦いの後に

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「おお! 小僧、来たか。遅かったなぁ! せっかくの『教材』をやっつけちまうとこだったぜ!」

 篤樹がそばに駆け寄って来るのを見ると、その「男」は声をかけて来た。

 何だよこのおっさん、初対面の人間を「小僧」呼ばわりかよ!

「すみません! 女の人に言われてすぐに来たんですけど……」

「ああ! かみさんに会ったかい! いい女だろ? 怖くって!」

 男はドラゴンに狙いを定められないよう、右に左に移動しながら話を続けた。「いい女」の定義はよく分からないが、「怖そう」という点では何となく同意出来る。

「さてと。かみさんと上から見てて気付いたんだが……お前らドラゴン退治は初めてだろ?……ってか戦いってのもよく分かってねぇだろ?」

 上から、見てた? だったらもっと早く助けに来てくれりゃ良いのに!

 篤樹はこの変な夫婦に腹が立った。ドラゴンは敵が2人に増えたせいか、どちらを先に狙うか迷っているようだ。

「おい! ジェン! 前に出ろ! もう1匹が戻ってきやがった」

 ドラゴンの 手綱たづなを引く山賊隊リーダーのコジが、後ろのドラゴンに向かって叫ぶ。

「なんだぁ、おい……向こうも 新手あらてかよ!」

 だが、森の中から飛び出して来た女が、ドラゴンと 操獣手そうじゅうしゅに向かって矢を射掛いかけている姿を確認し舌打ちをする。

「しゃあねぇな!」

 コジはドラゴンの前で、左右に分かれて 陽動ようどうする篤樹と男に目を向けた。篤樹と男も後方で別の戦いが始まっているのを確認する。

「で? お前の武器は?」

 男が聞いてくる。篤樹は右手に握っている「 成者しげるものつるぎ」を見せた。

「なんだそれ?『カッターナイフ』かよ! ガキの『 工作こうさく』じゃあるまいし……それでさっきのドラゴンをやったのか?」

 さっきの戦いを見てたんだ、この人。なんでもっと早く来ないのさ!

「これは特別な武器なんだそうです。今は……こんなんだけど、ドラゴンのウロコだって 貫通かんつうしましたよ!」

 篤樹は精一杯の皮肉を込めて答えた。だが、ふと「男」の言葉に引っ掛かりを覚えた。

 あれっ? こっちの世界にも「カッターナイフ」ってあるのか……?「工作」も……?

「そっか。よし! じゃあ授業開始だ!」

 男は左右に動く陽動をやめ、篤樹の後ろに重なるように立つ。

「炎が来たら ななめ後ろに下がるんだ。いいな」

 え?

 篤樹は前を見た。動きが止まった 獲物えものに向かい、ドラゴンは口を開くと、 のどの奥から炎の塊を吐き出して来た。

 斜め後ろ?! とにかく男の指示に従い、篤樹は左斜め後ろに急いで 退しりぞく。巨大な棒のような火炎が、篤樹が立っていた場所に真っ直ぐに吐き出され、そのまま篤樹が けた方向へ動いて来る。炎の先端が篤樹の目の前を通り過ぎて行った。

「いいか? 今のがヤツの火炎の間合いだ。火炎っつっても、どこまでも伸びてくるもんじゃねぇ。大体自分の身体と同じ程度……ヤツの場合は頭から尻尾まで7mってとこだから、そんだけ離れてりゃ炎には当たらねぇ。もう1回行くぞ!」

 篤樹は背後から聞こえた男の声を頭に たたき込む。

 火炎の範囲はドラゴンの体長と同じくらいの 距離きょり……こいつは7mくらい……

 2人はドラゴンとの間合いを5mのところまで めた。ドラゴンが口を開く。

「こっからなら3m斜め後ろ!」

 男の指示で、今度は右斜め後ろに3mほどの距離を急いで 退しりぞく。炎の 先端せんたんはまた篤樹の目の前を通り過ぎていった。

 間合いかぁ……

 篤樹はドラゴンの炎からは のがれられないと勝手に思い込んでいたが、届く距離には限界があるんだ、と理解する事でドラゴンに対する恐怖心が1つ減る。

「いいか? あと、ドラゴンは首の可動域にも限界がある。前方の左右で120度が限界だと考えておけばいい。上下は30度程度……だから、横と後ろにゃ火炎は届かない。よって、前からよりは後ろからの攻撃が安全ってことさ! その代わり、弱点の目玉と口の中は正面からしか狙えない……普通の武器だとな」

 正面からしか狙えないのか……でも「これ」なら……篤樹は「成者の剣」をギュッと握りしめた。

「お前ぇの特別武器はどっからでも攻撃出来るだろうが、何にせよヤツの『上』に乗らなきゃならない。だから、上に操獣士がいると面倒だ。コイツは法術も攻撃も出来ねぇ山賊だが……訓練した法術使いが乗ってたら、上から法撃してきやがるし、背に乗っても簡単にはドラゴンの急所は狙えない。だから『ドラゴンライダー』とやる時は、まずどっちか一つに的を しぼる!」

 男は大きく右回りに動き出し、ドラゴンの背後に向かう。急な動きにつられるようにドラゴンも向きを変えた。

「お前は上、俺は下!」

 男の指示が響く。上って……山賊? 篤樹は背を向けたドラゴンに向かい駆け寄った。

「ドウドウドウ! こっちだ!」

 コジが手綱を使い、ドラゴンの頭を篤樹のほうに向け直した。

 しまった! 駆け寄ったせいでドラゴンとの間合いが3mも無い!

「口の中に投げろ!」

 怒鳴るような男の声がドラゴンの後ろから届く。篤樹は手に握っていた「成者の剣」の刃を全開に出し、ドラゴンの顔目がけて投げつけた。ドラゴンの頭上に男の影が見える。コジの頭には、男の けんが打ち付けられていた。

 篤樹が投げた成者の剣は、火球を吐き出そうと開いたドラゴンの口の中へ真っ直ぐ飛び込んでいく。

 どうだ!?

 ほとんど「目の前」に見えるドラゴンの口の中を篤樹は 凝視ぎょうしする。喉の奥の赤い火の球が光を失い、睨みつけていたドラゴンの瞳の色が見る見る失われた。火炎放射のためにもたげていた首が、ゆっくりと地面に倒れて落ちる。

 ドォーン! ドドン!

 篤樹の目の前で、ドラゴンは顎から地面に首を落とす。その勢いで、後頭部の乗竜台からコジの死体も地面に落ちて来た。同じタイミングで、後方でエシャーたちが戦っていたドラゴンの頭部が弾け飛んだのを篤樹は確認する。

 向こうも……やったのか?

「よーし、小僧! 上出来だ。いいか、作戦ってのは途中で臨機応変に変えなきゃならない時もある。今のはいい判断だ。状況が変わったのに前の状況下での作戦を無理に つらぬこうとすると、戦いそのものにやぶれる事になる。つまり『死』だ……覚えておけよ!」

 ドラゴンの背に立つ男が篤樹に語りかけて来た。

 この人の……この人たちのおかげで、助かったんだ……よかった……

「あ……あの……ありがとうございました!」

 篤樹は頭を下げて礼をする。

 良かった! 俺もエシャーも、生きて帰れる!

「よせやい、そんな……礼なんてよ。そもそも、俺らの仲間がお前らを巻き込んじまったって聞いてるからな……こっちこそ……すまねぇ」

 え? 俺らの……仲間?……って「盗賊」? 

 篤樹は慌てて「成者の剣」を出そうとしたが、ドラゴンに投げつけたっきりなのを思い出し焦《あせ》る。

「ん? あ、別に俺らは盗賊じゃねぇからな……そんなん焦んなさんなって!」

 男は手に持っていた剣を左腰の さやおさめると、右の腰に げている珍しい形の武器を取って腕にはめた。

「これ、覚えておくと良いぞ……『ドラゴンキラー』って武器だ!」

 ドラゴンキラー? なんか聞いた事があるぞ? そんな名前の武器……

「これはな、お前さんのような『特別製の武器』が無い時のドラゴン退治に使う武器なんだ。俺は『ウロコ取り』って呼んでる……見てな」

 母さんが台所で使ってる道具と同じ名前だ……篤樹は言われた通りにその「使い方」に注目する。

「コイツラのウロコは……普通の武器じゃ つらぬけない。だったら『ウロコを取っちまえば良い』って考えたヤツがいたんだな。で、まあ、こいつは調理しやすくなってるけど……生きてる間はなかなか面倒だけどな……こうやって……」

 男はドラゴンのウロコを、逆から ぎ取るようにドラゴンキラーで たたき付けた。はじけるように数枚のウロコが飛び散る。

「動いてる間はこんなに簡単じゃねえんだぞ、ホントは!」

 そう言いながらさらに2~3回叩きつけ、ウロコを削ぎ落す。

「ふぅ……来いよ。やってみな」

 篤樹は言われるままドラゴンの背に乗ると、男からドラゴンキラーを借り受ける。ウロコを逆から削ぎ取るように……篤樹は男がやったように見よう見まねで刃を叩き付けた。ウロコが1枚飛ぶ。

「角度が悪ぃな。いいか? 薄く ぎ取るような感覚で……そう、そうそう! それでいい! な? 簡単だろ?……死んでるドラゴンは」

 篤樹は4~5回ウロコ取りをすると、手を止めた。

「んで、ウロコの下の皮膚も硬いちゃあ硬いが、ま、ある程度の剣ならこうだ!」

 男は左腰の鞘から剣を取り出すと、ウロコが がれた部分に突き立てる。剣は弾かれることなく、簡単に半分位まで突き刺さった。

「こうやって……ドラゴンにはとどめの一撃を加えるってワケだ……が、お前さんの武器はどこだぁ?」

 男はドラゴンの首筋から喉の辺りを剣でグリグリとかき回す。ドラゴンの血がダラダラと流れ出てきた。

「あ……あの、多分……下のほうかと……」

「下? 腹のほうか?」

 2人はドラゴンの背から り、してるドラゴンの首を動かし除ける。案の定「成者の剣」はうつ伏せに倒れたドラゴンの左右の前足の間に落ちていた。篤樹は男に「これは選ばれた者以外は持てない剣」だと説明する。

「……それでドラゴンの喉から胸を突き破って地面に……ってか? へぇ……大した武器だな? 貸してみな」

 篤樹は危なく無いように刃をしまう。

「あの……ホントに、僕以外はまだ誰も持てなかったんです。すごく重たくなるみたいです。これ……気を付けて下さいね」

 そう言いながら一端を男の手に持たせた。

「いいですか?」

 男がゴクリと息を飲む。篤樹はゆっくり手を離す。しかし……

「ん? なんだよ……なんも重たくなんかねぇぞ?」

 男は片手で簡単に「成者の剣」を握っている。

 あれ? どうなってるんだ? 

 ついでにカチカチカチ! と刃まで出して男は確認した。

「こりゃホントにカッターだな?  なつかしいぜ……で? どこが特別製なんだって?」

 男は篤樹の話を疑うように笑いながら聞く。

 そ、そんな? あっ! そうだ……

「ちょっと、返して下さい!」

 篤樹は男の手から「成者の剣」を返してもらうと、倒れているドラゴンの前足の上で剣の刃を出した。

「見ていて下さい」

 刃を下に向け、ウロコで おおわれたドラゴンの足の上に「成者の剣」を落とす。剣は落下速度を変えることなく、ウロコを突き抜けて足の中に消えた。

「おお!」

 これには男も驚きの声を上げる。重たいドラゴンの前足をズラすと、剣は最後まで突き抜けて地面に落ちていた。篤樹は刃をしまう。

「こういう事なんです……本当は。でも……なんで……?」

「ま、なんだっていいや! 俺も欲しいなぁそれ。使えるし……どこで手に入れた?」

「あの、僕……これしか武器無いんで……」

「バカ野郎、取りゃしねぇよ! どこかで手に入るんなら俺も欲しいって言っただけ……お!」

 男は、もう1体のドラゴンを倒したエシャーと「かみさん」が、隠れていたアイを連れ森から出て来るのに気付いた。

「お疲れー! 無事にお仕事終了だな『カオリ』さん!」

 え? カオリ……さん?

 篤樹は聞き慣れた発音の名前に驚き、女を見る。近づいて来た「おばさん」は けわしい表情で篤樹を見つめ、ズンズン近づいて来る。

「ん? どうしたのカオリさん、そんな怖い顔して……」

 男はふざけていられない空気を感じたのか、女に尋ねた。女は何も言わず手を伸ばすと、口元を隠していた篤樹の外套を引き下げる。

「あっ……何するんですか! 急に!」

 篤樹は思わず後ずさりながら 抗議こうぎの声を上げた。

「おい! 何……」

 男も篤樹を 擁護ようごしようと声を出しかけたが……

「え……お……おま……篤樹?」

 え? 男が驚いた顔で篤樹を見つめる。完全に動きが止まった男の横から女が一歩前に進み出た。目に涙を一杯に浮かべて……

「……賀川くん? 賀川くんでしょ? 分かる? 私だよ……香織……高木香織だよ……」

 そう告げると、女はそのまま篤樹に抱きついて来た。

 カオリ……タカギ…高木……さん?

 谷川の はげしい流れの音が響く中、篤樹が「この世界」で初めて再会したクラスメイトは……随分と「大人びた」姿になっていた……

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