90 / 465
第2章 ミシュバットの妖精王 編
第 84 話 申し合わせ
しおりを挟む
探索隊の「借家」に帰り着くと、エルグレド以外の6名は先に夕食を済ませ、寛いでいる中でエルグレドが帰宅した。長くなる報告と情報があるとの前振りを受け、エルグレドは夕食を、他の6名は順番に湯浴みを済ませる。エルグレドも食事を終えて最後に湯浴みを済ませると、リビングに戻りミーティングが始まった。
「……それで? 一体どんなお話しですの?」
一同の注目を集めながらも、なかなか口を開かないエルグレドに痺れを切らし、レイラが口火を切る。エルグレドはエシャーが運んで来てくれたコップの水を半分ほど一気に飲み、口を開いた。
「遺跡の調査隊に『事故』が起きました」
「え!?」
数名の驚く声と息を飲む音が、静まっていたリビングに響く。
「私達が撤収した後、30分ほど経ってからだと思われます。非常事態発生と緊急救助要請の信号煙筒が打ち上げられたそうです。監視塔の担当者が気付いた時には、信号煙が2本立ち上っていたという事ですから……恐らく10数分のズレがあったと思われます」
「あの煙……」
「ピンク色の……」
篤樹とエシャーが顔を見合わせる。
「あの!……僕ら、多分……その煙を見ました……すみません」
「軍部の建物の前で御者台に座ってた時に……」
篤樹とエシャーは、なんだか自分達が信号を見落としてしまっていたような責任意識で申し訳ない気持ちになった。
「そうでしたか……ピンクは後に上がった緊急救助要請の信号煙ですし、お2人が見た時には監視塔の担当者も気付いた後だったと思いますよ。そもそも一般人は滅多に目にする事の無いものですから、お二人が異常に気付かれなくても当然です。お気になされずに」
エルグレドは優しく二人に微笑みかけた。
「私はちょうど庁舎の書庫に『例のモノ』を返していた時間帯だったんです。異変を知ったのは書庫を出て特別執務室に入ってすぐでした。……職員が部屋に飛び込んで来ましてね。文化部の担当者と軍部の2隊が遺跡に向かうと聞いたので、私は別便で職員に早馬を出してもらったんです」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
遠くに見える山脈に半分沈もうとする赤い夕陽に照らされながら、エルグレドは法暦省職員2名と4頭の馬でミシュバット遺跡へ続く荒野の道を疾走していた。
最後尾の1名は予備馬を引いているため距離が開いてしまう。しかし、せっかく早馬を駆っているのに最後尾の速度に合わせるつもりは毛頭無い。エルグレドは慣れた手綱さばきで先発していた軍馬車まで追い着いた。
軍馬車のほろ後部が開き、中から兵士が両手を突き出し攻撃魔法体勢を取って警戒する。
「文化法暦省大臣補佐官のエルグレドだ! 同行する!」
良く通る大きな声で宣言し軍馬車と並走し、やがて軍馬車を追い抜き遺跡入口へ先に到着した。信号煙はとっくに消えて無くなっているが、それがどこから発せられたのかは一目で分かった。
遺跡入口から真っ直ぐに街の最深部へ伸びる大通り。200mほど入った道の上に、軍部兵の外套を着た人物が倒れているのを視認する。路上には2本の筒が転がっていた。
エルグレドが周囲を確認しながら馬を落ち着かせている間に、軍部の馬車と職員達の馬も到着する。
「補佐官殿! 危険です! 警護につきます!」
馬車から降り立ってきた兵士達がエルグレドに駆け寄って来た。
「不要です! 各自、自分の身を最優先に守って下さい! あ……すみません。職員には何名かついて上げて下さい」
エルグレドの指示で法暦省職員には4名の兵士がついた。
「部隊長はどなたですか?」
「はッ! 私であります!」
エルグレドの問いに敬礼をしながら駆け寄って来た初老の兵士が答える。
「ギルバート少尉であります!」
エルグレドは馬を下りて略礼を返す。
「文化法暦省ビデル・バナル大臣補佐官のエルグレド・レイです。特命探索隊隊長としてミシュバット遺跡の調査を本日から行っています。状況を確認するため同行させていただきます」
ギルバート少尉は一瞬困った表情を見せたが、対比階級では軍部最上位の大将と同等となる特命探索隊長からの宣言を拒む事は出来ない。
「は! 了解いたしました!……確認ですが現場の指揮権はいかように?」
「私は自由に同行しますので、お気になさらずにいて下さればそれで構いません。部隊の指揮は当然少尉が行われて下さい。それと、職員の護衛をよろしくお願いします」
そう告げるとエルグレドは再び騎乗する。馬車から降りた文化部の担当職員が訝しげな表情で近づいて来た。
「あのぉ……補佐官? なぜ……あなたまでが?」
「……本日私達は結びの広場跡を調査していました。その結果、明日からは遺跡内での調査が必要であると判断し準備をしていたところです。そこに、このような知らせを受けましたので。現場を確認するため馳せて来ましたが、何か問題でも?」
「い、いや……そうですか……。ただ、まあ……危険な遺跡ですし……」
「存じていますから御安心を。文化部の遺跡調査報告書には全て目を通していますから。もちろん、私に報告が全て上がって来ている事が前提ですけど」
エルグレドは担当職員をジッと見つめる。明らかに挙動に不審な点が見られる。この人は恐らく「あちら側」の指揮系統に在るな……
「失礼。あなたの担当部署とお名前をまだ伺っていませんでしたね?」
「あ、いや……こちらこそ失礼しました。文化法暦省管轄特別区ミシュバ本庁文化部ミシュバット遺跡調査室危機管理担当課長のミゾベです」
エルグレドはミゾベと名乗る担当職員をサッと考察した。明らかに動揺しているのは緊急事態のためだけではなく、緊急事態の現場にエルグレドが同行して来たためだろう。30代半ばと思われるが、見るからにデスクワーク向きの小太りな体型……それで在りながら内在法力は一般の法術兵士以上の潜在力を持っている。……見た目以上の法術士と考えていいだろう。
「分かりました。ミゾベさんですね。早く職員達の救助に向かわれて下さい。私は勝手について行きますから」
ミゾベは何とも演技がかった平身低頭ぶりを見せながら、先を進むギルバート少尉らの後を追って行った。すでに道に倒れていた兵士のそばに数名の兵士が集まっている。すぐに遺体収容袋が開かれ、倒れていた兵士が納められた。……今朝、一緒に町を出発して来た兵士の中の1名だと思うとエルグレドはやりきれない怒りを覚える。
「あちらにも3名倒れています!」
先頭を歩いていた兵士2名が声を上げた。
「周囲警戒!」
ギルバート少尉の声が響く。先に遺体収容袋に入れられた兵を、2名の兵士が馬車へ運ぶ。兵士3名一組のユニットを組み、合計4ユニットがギルバートを中心とする長方形の各角位置につき、陣形を維持したまま前進を続ける。法暦省職員には今は3名の兵が付き、軍馬車の近くに待機していた。
エルグレドは宣言通り、馬に乗ったまま自由に警戒陣形内を移動しながら周囲を確認する。
先頭の兵が発見した3名のもとに着いたが、予想通り3名とも既に絶命していた。
「馬車を前進させろ!」
ギルバート少尉は後方に待機していた軍馬車を動かすように指示を出した。馬車が寄るまでの間、エルグレドはギルバートと、その傍を歩むミゾベに質問した。
「今日は何名の護衛兵と調査隊だったんですか?」
「は! 文化法暦省要請により本日は我が隊よりベルブ曹長の下に12名の兵が同行しております。調査隊の正確な人数は……」
ギルバートが言葉を切って返答をミゾベに回す。
「ウチは調査部の職員4名、部外の調査員8名の合計12名でした」
「護衛兵の内、サキシュ上等兵とムドベ上等兵の2名は我々特命探索隊の護衛について下さっていますので……遺跡内には23名の兵と調査隊が入ったという事ですね」
エルグレドは2人に確認すると、遺体収納袋に納められ始めた3名の兵士の遺体に目を向けた。23名中すでに4名の死亡が確認された……。我々の到着の音は周囲に響いているはずなのに、未だに何の気配も無い。残る19名も絶望的か……
「少尉! あちらの路上にも何名か倒れているようです!」
先頭の兵からの声が再び響いた。
「クソッ……周囲警戒! おい、外傷は?」
ギルバートは警戒指示を出したあと、遺体を運ぼうとしている兵達に遺体の状況を確認した。兵士達が簡易検死確認する。
「3名ともに目立った外傷や出血はありません!」
「外傷無し?」
報告を聞いたエルグレドは不審に思い、馬を下りて遺体に近づいた。手綱を近くの兵に預けると屈んで検死をする。
倒れた際に出来たであろう擦り傷程度のもの以外、確かに外傷は見当たらない。エルグレドは両手を開くと遺体の頭部からつま先までをスキャンするようにゆっくりと動かした。毒気も感じ取れない。
今度は遺体の胸の部分に両手を動かさずにかざす。これは……
「法術攻撃による絶対死のようですね……。胸部心臓付近に本人外の法力痕があります」
「絶対死!? 法術攻撃で殺されたと?」
ギルバートが駆け寄ってエルグレドと同じように胸部に両手をかざす。エルグレドとは違い、こちらは目を閉じてかなりの集中をかける。ややしばらくして何かを納得したように頷いた。
「……確かに……私もわずかに感じとりました……法術攻撃ですね……」
ギルバート少尉の額には、汗が玉のように浮いている。医療系法術はあまり得意ではない様だ。
「少尉……陽が暮れます。今日は一旦引き揚げましょう。明朝、明るくなってから……」
エルグレドが提案する。
「……でも、あちらで見つかっている数名までは今、一緒に連れて帰りましょう……」
先頭の兵が新たに発見した2名の兵士と3名の調査隊員の遺体を収容し、残りの「救助活動」は明朝8時からと決め、一同はミシュバット遺跡を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……現在のところ死者9名・行方不明者14名です。現場の状況から考えると恐らく全滅でしょう……。事故ではなく、間違いなく凶悪な襲撃事件です」
エルグレドの報告に一同は絶句した。
「大将……ゲラブは?」
「ゲラブ曹長は今の段階では行方不明扱いです」
スレヤーは旧知の兵の無事を願って目を閉じた。サキシュとムドベは、探索隊に同行していなければ自分達も遺体収容袋に入っていたであろう状況に血の気を失っている。
「あ、あの……補佐官殿……よろしいでしょうか?」
真っ青な顔をしたサキシュが口を開いた。
「どうしましたか?」
サキシュは意を決したように言葉を続ける。
「今回の……事件……もしも我々が遺跡から立ち去る前に……岩の上にいたという不審者の情報を調査隊に知らせていれば……防げたのではないでしょうか?」
サキシュは真っ直ぐにエルグレドを見つめて尋ねた。
確かにそうだ……。不審者の情報を調査隊が得ていれば、もっと警戒を強めていただろうし、もしかすると調査を早めに切り上げて誰も犠牲にならなかったかも知れない……
「……そうですね。可能性はあります」
エルグレドは神妙な面持ちで答える。
「ですが! 補佐官殿は不審者情報を秘匿せよと命じられましたよね? これはたとえ特命調査隊と言えども……明らかな規律違反……背信行為によるミスなのではないでしょうか!」
サキシュは感情的にならないようにと気をつけながらも、かなり上ずった声でエルグレドへの非難を口に出す。
「おいサキシュ! 言葉に気をつけろ!」
スレヤーが怒鳴りながらテーブルを回り込み、サキシュに近づこうとした。
「スレイ!……良いんです。サキシュ上等兵の意見は間違っていません。……一つに結ばれた指揮系統の下で、互いに信頼関係が結ばれて情報が共有されていれば……あるいは防げたかも知れない事件である事に間違いはありません」
サキシュはエルグレドの言葉にハッ! とした表情を見せる。
そうだ……そもそも法暦省の文化部内に不審な二重指揮系統が疑われているから、探索隊が目撃した不審者情報の共有も思い止められる事になったんだ。これがエルグレドさんが懸念していた「現場の混乱・人命を脅かす危険な状況」ってことか……
「……エルの判断ミスとばかり断罪する事は出来なくてよ、サキシュ上等兵。分かるでしょ?」
レイラがサキシュに優しく諭す。スレヤーも続けて言葉をかける。
「俺も部隊を率いていた時にゃ、現場での判断を迫られる状況に度々置かれてたよ。正しい判断だったのか間違った判断だったのか……未だにスッキリしねぇ事だってある。1人を死なせたあの判断で10人が助かったのかも知れねぇとか、いや、別の判断をしていればあの1人さえ死なせずに済んだかも知れねぇとかな……」
「今回は特に王宮内の権力争いまで絡んでいるふしがあるのだから、エルが文化部との情報共有を全てオープンにするか否かの判断は難しいのよ」
レイラの言葉を最後に、リビング内に発言を躊躇させる空気が漂う。その沈黙を破ったのはエルグレドだった。
「……この件については、全ての片がついた時点で包み隠さずに報告書をだすつもりです。その時、私の判断にどのような裁定が下されるかは分かりませんが……それで納得していただけませんか? サキシュ上等兵」
サキシュは目線を下げたまま頷く。
「……了解しました。出過ぎた発言をお許し下さい」
「こちらこそすみません。先ほども言いましたが、あなたがたを巻き込むつもりは無かったんです。でも、結果としてこのような形で巻き込んでしまい、申し訳なく思っています。……もうしばらく、お付き合い下さいね」
エルグレドはサキシュに語りかけ、視線を一同に向けた。
「さて……ということで、明日の遺跡内探索は中止とします。さすがにこれほどの事件翌日に、救助隊活動と平行しての調査は出来ませんので……。私は状況確認のために救助隊に同行しますが、皆さんは明日は休養を取られておいて下さい」
「あなたに何かあった時には?」
レイラがエルグレドに尋ねた。確かに救助隊だからといって無事に過ごせるとは限らない。明日また襲撃犯が襲って来たら? エルグレドが犠牲になってしまったら? そう考えるのは当然かも知れない。
「……そうですね。では、その時はレイラさんが臨時隊長となられてタクヤの塔に向かわれて下さい」
エルグレドは微笑みながら指示を出す。レイラはタメ息をついた。
「分かりましたわ。では今のが遺言命令とならないように、心を込めて無事をお祈りしてお帰りを待つとしましょう」
冗談めかした2人のやり取りの中に、本気で緊張している空気を篤樹は感じとっていた。
見えない敵……死因は分かっても原因不明の絶死攻撃魔法……さすがのエルグレドさんだって無事には済まないかも知れない……
借家のリビングの窓から洩れる光の先、闇に覆われた木々の隙間から、ジッと室内の様子を伺う眼が向けられている事に誰も気付かないままミーティングは終了した。
「……それで? 一体どんなお話しですの?」
一同の注目を集めながらも、なかなか口を開かないエルグレドに痺れを切らし、レイラが口火を切る。エルグレドはエシャーが運んで来てくれたコップの水を半分ほど一気に飲み、口を開いた。
「遺跡の調査隊に『事故』が起きました」
「え!?」
数名の驚く声と息を飲む音が、静まっていたリビングに響く。
「私達が撤収した後、30分ほど経ってからだと思われます。非常事態発生と緊急救助要請の信号煙筒が打ち上げられたそうです。監視塔の担当者が気付いた時には、信号煙が2本立ち上っていたという事ですから……恐らく10数分のズレがあったと思われます」
「あの煙……」
「ピンク色の……」
篤樹とエシャーが顔を見合わせる。
「あの!……僕ら、多分……その煙を見ました……すみません」
「軍部の建物の前で御者台に座ってた時に……」
篤樹とエシャーは、なんだか自分達が信号を見落としてしまっていたような責任意識で申し訳ない気持ちになった。
「そうでしたか……ピンクは後に上がった緊急救助要請の信号煙ですし、お2人が見た時には監視塔の担当者も気付いた後だったと思いますよ。そもそも一般人は滅多に目にする事の無いものですから、お二人が異常に気付かれなくても当然です。お気になされずに」
エルグレドは優しく二人に微笑みかけた。
「私はちょうど庁舎の書庫に『例のモノ』を返していた時間帯だったんです。異変を知ったのは書庫を出て特別執務室に入ってすぐでした。……職員が部屋に飛び込んで来ましてね。文化部の担当者と軍部の2隊が遺跡に向かうと聞いたので、私は別便で職員に早馬を出してもらったんです」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
遠くに見える山脈に半分沈もうとする赤い夕陽に照らされながら、エルグレドは法暦省職員2名と4頭の馬でミシュバット遺跡へ続く荒野の道を疾走していた。
最後尾の1名は予備馬を引いているため距離が開いてしまう。しかし、せっかく早馬を駆っているのに最後尾の速度に合わせるつもりは毛頭無い。エルグレドは慣れた手綱さばきで先発していた軍馬車まで追い着いた。
軍馬車のほろ後部が開き、中から兵士が両手を突き出し攻撃魔法体勢を取って警戒する。
「文化法暦省大臣補佐官のエルグレドだ! 同行する!」
良く通る大きな声で宣言し軍馬車と並走し、やがて軍馬車を追い抜き遺跡入口へ先に到着した。信号煙はとっくに消えて無くなっているが、それがどこから発せられたのかは一目で分かった。
遺跡入口から真っ直ぐに街の最深部へ伸びる大通り。200mほど入った道の上に、軍部兵の外套を着た人物が倒れているのを視認する。路上には2本の筒が転がっていた。
エルグレドが周囲を確認しながら馬を落ち着かせている間に、軍部の馬車と職員達の馬も到着する。
「補佐官殿! 危険です! 警護につきます!」
馬車から降り立ってきた兵士達がエルグレドに駆け寄って来た。
「不要です! 各自、自分の身を最優先に守って下さい! あ……すみません。職員には何名かついて上げて下さい」
エルグレドの指示で法暦省職員には4名の兵士がついた。
「部隊長はどなたですか?」
「はッ! 私であります!」
エルグレドの問いに敬礼をしながら駆け寄って来た初老の兵士が答える。
「ギルバート少尉であります!」
エルグレドは馬を下りて略礼を返す。
「文化法暦省ビデル・バナル大臣補佐官のエルグレド・レイです。特命探索隊隊長としてミシュバット遺跡の調査を本日から行っています。状況を確認するため同行させていただきます」
ギルバート少尉は一瞬困った表情を見せたが、対比階級では軍部最上位の大将と同等となる特命探索隊長からの宣言を拒む事は出来ない。
「は! 了解いたしました!……確認ですが現場の指揮権はいかように?」
「私は自由に同行しますので、お気になさらずにいて下さればそれで構いません。部隊の指揮は当然少尉が行われて下さい。それと、職員の護衛をよろしくお願いします」
そう告げるとエルグレドは再び騎乗する。馬車から降りた文化部の担当職員が訝しげな表情で近づいて来た。
「あのぉ……補佐官? なぜ……あなたまでが?」
「……本日私達は結びの広場跡を調査していました。その結果、明日からは遺跡内での調査が必要であると判断し準備をしていたところです。そこに、このような知らせを受けましたので。現場を確認するため馳せて来ましたが、何か問題でも?」
「い、いや……そうですか……。ただ、まあ……危険な遺跡ですし……」
「存じていますから御安心を。文化部の遺跡調査報告書には全て目を通していますから。もちろん、私に報告が全て上がって来ている事が前提ですけど」
エルグレドは担当職員をジッと見つめる。明らかに挙動に不審な点が見られる。この人は恐らく「あちら側」の指揮系統に在るな……
「失礼。あなたの担当部署とお名前をまだ伺っていませんでしたね?」
「あ、いや……こちらこそ失礼しました。文化法暦省管轄特別区ミシュバ本庁文化部ミシュバット遺跡調査室危機管理担当課長のミゾベです」
エルグレドはミゾベと名乗る担当職員をサッと考察した。明らかに動揺しているのは緊急事態のためだけではなく、緊急事態の現場にエルグレドが同行して来たためだろう。30代半ばと思われるが、見るからにデスクワーク向きの小太りな体型……それで在りながら内在法力は一般の法術兵士以上の潜在力を持っている。……見た目以上の法術士と考えていいだろう。
「分かりました。ミゾベさんですね。早く職員達の救助に向かわれて下さい。私は勝手について行きますから」
ミゾベは何とも演技がかった平身低頭ぶりを見せながら、先を進むギルバート少尉らの後を追って行った。すでに道に倒れていた兵士のそばに数名の兵士が集まっている。すぐに遺体収容袋が開かれ、倒れていた兵士が納められた。……今朝、一緒に町を出発して来た兵士の中の1名だと思うとエルグレドはやりきれない怒りを覚える。
「あちらにも3名倒れています!」
先頭を歩いていた兵士2名が声を上げた。
「周囲警戒!」
ギルバート少尉の声が響く。先に遺体収容袋に入れられた兵を、2名の兵士が馬車へ運ぶ。兵士3名一組のユニットを組み、合計4ユニットがギルバートを中心とする長方形の各角位置につき、陣形を維持したまま前進を続ける。法暦省職員には今は3名の兵が付き、軍馬車の近くに待機していた。
エルグレドは宣言通り、馬に乗ったまま自由に警戒陣形内を移動しながら周囲を確認する。
先頭の兵が発見した3名のもとに着いたが、予想通り3名とも既に絶命していた。
「馬車を前進させろ!」
ギルバート少尉は後方に待機していた軍馬車を動かすように指示を出した。馬車が寄るまでの間、エルグレドはギルバートと、その傍を歩むミゾベに質問した。
「今日は何名の護衛兵と調査隊だったんですか?」
「は! 文化法暦省要請により本日は我が隊よりベルブ曹長の下に12名の兵が同行しております。調査隊の正確な人数は……」
ギルバートが言葉を切って返答をミゾベに回す。
「ウチは調査部の職員4名、部外の調査員8名の合計12名でした」
「護衛兵の内、サキシュ上等兵とムドベ上等兵の2名は我々特命探索隊の護衛について下さっていますので……遺跡内には23名の兵と調査隊が入ったという事ですね」
エルグレドは2人に確認すると、遺体収納袋に納められ始めた3名の兵士の遺体に目を向けた。23名中すでに4名の死亡が確認された……。我々の到着の音は周囲に響いているはずなのに、未だに何の気配も無い。残る19名も絶望的か……
「少尉! あちらの路上にも何名か倒れているようです!」
先頭の兵からの声が再び響いた。
「クソッ……周囲警戒! おい、外傷は?」
ギルバートは警戒指示を出したあと、遺体を運ぼうとしている兵達に遺体の状況を確認した。兵士達が簡易検死確認する。
「3名ともに目立った外傷や出血はありません!」
「外傷無し?」
報告を聞いたエルグレドは不審に思い、馬を下りて遺体に近づいた。手綱を近くの兵に預けると屈んで検死をする。
倒れた際に出来たであろう擦り傷程度のもの以外、確かに外傷は見当たらない。エルグレドは両手を開くと遺体の頭部からつま先までをスキャンするようにゆっくりと動かした。毒気も感じ取れない。
今度は遺体の胸の部分に両手を動かさずにかざす。これは……
「法術攻撃による絶対死のようですね……。胸部心臓付近に本人外の法力痕があります」
「絶対死!? 法術攻撃で殺されたと?」
ギルバートが駆け寄ってエルグレドと同じように胸部に両手をかざす。エルグレドとは違い、こちらは目を閉じてかなりの集中をかける。ややしばらくして何かを納得したように頷いた。
「……確かに……私もわずかに感じとりました……法術攻撃ですね……」
ギルバート少尉の額には、汗が玉のように浮いている。医療系法術はあまり得意ではない様だ。
「少尉……陽が暮れます。今日は一旦引き揚げましょう。明朝、明るくなってから……」
エルグレドが提案する。
「……でも、あちらで見つかっている数名までは今、一緒に連れて帰りましょう……」
先頭の兵が新たに発見した2名の兵士と3名の調査隊員の遺体を収容し、残りの「救助活動」は明朝8時からと決め、一同はミシュバット遺跡を後にした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……現在のところ死者9名・行方不明者14名です。現場の状況から考えると恐らく全滅でしょう……。事故ではなく、間違いなく凶悪な襲撃事件です」
エルグレドの報告に一同は絶句した。
「大将……ゲラブは?」
「ゲラブ曹長は今の段階では行方不明扱いです」
スレヤーは旧知の兵の無事を願って目を閉じた。サキシュとムドベは、探索隊に同行していなければ自分達も遺体収容袋に入っていたであろう状況に血の気を失っている。
「あ、あの……補佐官殿……よろしいでしょうか?」
真っ青な顔をしたサキシュが口を開いた。
「どうしましたか?」
サキシュは意を決したように言葉を続ける。
「今回の……事件……もしも我々が遺跡から立ち去る前に……岩の上にいたという不審者の情報を調査隊に知らせていれば……防げたのではないでしょうか?」
サキシュは真っ直ぐにエルグレドを見つめて尋ねた。
確かにそうだ……。不審者の情報を調査隊が得ていれば、もっと警戒を強めていただろうし、もしかすると調査を早めに切り上げて誰も犠牲にならなかったかも知れない……
「……そうですね。可能性はあります」
エルグレドは神妙な面持ちで答える。
「ですが! 補佐官殿は不審者情報を秘匿せよと命じられましたよね? これはたとえ特命調査隊と言えども……明らかな規律違反……背信行為によるミスなのではないでしょうか!」
サキシュは感情的にならないようにと気をつけながらも、かなり上ずった声でエルグレドへの非難を口に出す。
「おいサキシュ! 言葉に気をつけろ!」
スレヤーが怒鳴りながらテーブルを回り込み、サキシュに近づこうとした。
「スレイ!……良いんです。サキシュ上等兵の意見は間違っていません。……一つに結ばれた指揮系統の下で、互いに信頼関係が結ばれて情報が共有されていれば……あるいは防げたかも知れない事件である事に間違いはありません」
サキシュはエルグレドの言葉にハッ! とした表情を見せる。
そうだ……そもそも法暦省の文化部内に不審な二重指揮系統が疑われているから、探索隊が目撃した不審者情報の共有も思い止められる事になったんだ。これがエルグレドさんが懸念していた「現場の混乱・人命を脅かす危険な状況」ってことか……
「……エルの判断ミスとばかり断罪する事は出来なくてよ、サキシュ上等兵。分かるでしょ?」
レイラがサキシュに優しく諭す。スレヤーも続けて言葉をかける。
「俺も部隊を率いていた時にゃ、現場での判断を迫られる状況に度々置かれてたよ。正しい判断だったのか間違った判断だったのか……未だにスッキリしねぇ事だってある。1人を死なせたあの判断で10人が助かったのかも知れねぇとか、いや、別の判断をしていればあの1人さえ死なせずに済んだかも知れねぇとかな……」
「今回は特に王宮内の権力争いまで絡んでいるふしがあるのだから、エルが文化部との情報共有を全てオープンにするか否かの判断は難しいのよ」
レイラの言葉を最後に、リビング内に発言を躊躇させる空気が漂う。その沈黙を破ったのはエルグレドだった。
「……この件については、全ての片がついた時点で包み隠さずに報告書をだすつもりです。その時、私の判断にどのような裁定が下されるかは分かりませんが……それで納得していただけませんか? サキシュ上等兵」
サキシュは目線を下げたまま頷く。
「……了解しました。出過ぎた発言をお許し下さい」
「こちらこそすみません。先ほども言いましたが、あなたがたを巻き込むつもりは無かったんです。でも、結果としてこのような形で巻き込んでしまい、申し訳なく思っています。……もうしばらく、お付き合い下さいね」
エルグレドはサキシュに語りかけ、視線を一同に向けた。
「さて……ということで、明日の遺跡内探索は中止とします。さすがにこれほどの事件翌日に、救助隊活動と平行しての調査は出来ませんので……。私は状況確認のために救助隊に同行しますが、皆さんは明日は休養を取られておいて下さい」
「あなたに何かあった時には?」
レイラがエルグレドに尋ねた。確かに救助隊だからといって無事に過ごせるとは限らない。明日また襲撃犯が襲って来たら? エルグレドが犠牲になってしまったら? そう考えるのは当然かも知れない。
「……そうですね。では、その時はレイラさんが臨時隊長となられてタクヤの塔に向かわれて下さい」
エルグレドは微笑みながら指示を出す。レイラはタメ息をついた。
「分かりましたわ。では今のが遺言命令とならないように、心を込めて無事をお祈りしてお帰りを待つとしましょう」
冗談めかした2人のやり取りの中に、本気で緊張している空気を篤樹は感じとっていた。
見えない敵……死因は分かっても原因不明の絶死攻撃魔法……さすがのエルグレドさんだって無事には済まないかも知れない……
借家のリビングの窓から洩れる光の先、闇に覆われた木々の隙間から、ジッと室内の様子を伺う眼が向けられている事に誰も気付かないままミーティングは終了した。
0
あなたにおすすめの小説
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる