◆完結◆『3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~』《全7章》

カワカツ

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第3章 エルグレドの旅 編

第 115 話 落ちこぼれのエルグレド

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「 姉様あねさま。戻りました」

 エグザルレイは森の中に切り ひらかれた広場に建つ一軒の家の扉を開いた。「家」と言っても、簡易な板を壁として組み合わせ天幕を張っている移動式住居である。同じような住居が広場のそこかしこに50軒ほど建っていた。

「あら、エル。お帰り。久し振りねぇ。お休みもらえたの?」

 布で仕切られた奥のスペースからミルカが顔を出し、エグザルレイを迎え入れる。

「はい。……っと、無理されずにゆっくりしていて下さい」

 ミルカは、まるで服の下に毛布を丸め隠し持っているかのような大きなお腹を両手で抱え、ヨロヨロと歩いて来た。

「無理するなって言ってもねぇ……横になったままってワケにもいかないでしょ。お茶は自分で れてね」

 落ち葉や 干草ほしくさを積み上げ布をかぶせている「ソファー」に、ミルカはゆっくり腰を下ろすと大きく息を吐き出す。

「ふぅ、重い重い……これが命の重みってやつねぇ……」

「……しばらく会わない間に、かなり大きくなりましたねぇ……バロウさんは?」

 エグザルレイは 義兄あにの所在を尋ねながら、焚き場に置いてあるお湯を取りに行く。

「メノウ ばあさんを送りに行ったわ。お分けする鹿肉が重たいからって。もう、いつ生まれてもおかしくないんですってよ」

 ミルカは愛おしそうにお腹をさする。

「私がお母さんかぁ……やっぱりまだ実感無いなぁ……」

 エグザルレイは2つの木の器にそれぞれ茶葉を浮かべてお湯を注ぐと、両手にもってミルカのそばに座った。

「私だって……まさかこんなに早く『おじさん』になるとは思ってもみませんでしたよ」

 そう言ってお茶の器を1つミルカに渡す。ミルカは弟が淹れたお茶を美味しそうに一口飲む。

「……命を つむぐって大変な事なのねぇ」

 そう言うと目を閉じて微笑んだ。

「でも、 俄然がぜんやる気がいてくるわ……。この子のためにも、この平和を守らなきゃって……ね」

 エグザルレイは姉の決意の表情を笑顔で見つめ頷く。すぐに戸板が開き、1人の男性が入って来た。

「ただい……おっ! エルくん、お帰り」

「あ、バロウさん。おじゃましています」

 ミルカの夫バロウはグラディーの戦士ではあるが、エグザルレイと同じく細身のしなやかそうな身体つきをしている。戦士とは言っても役割がそれぞれに有り、バロウは前線で敵と剣や槍を用いて戦うよりも「治癒《ちゆ》法術」を用いての後方支援を専門としていた。
 バロウは自分で焚き場横の たるから水を木のコップに汲み、エグザルレイの隣に腰を下ろす。

「そこでジャスラくんに会ってね、少し立ち話をしてたんだが……エルくんはまた『悪邪の子』としての名を広めて来たんだって?」

 バロウは 義弟おとうと戦果せんか報告を喜びながら話しかけた。しかし、その話にミルカが割って入る。

「ちょっと! 何それ? エル……あんたまた……」

「バロウさん!」

 エグザルレイは 口裏くちうらを合わせる間も無くミルカに戦果報告をした義兄に向かい、 あわてて声をかけたが時すでに遅しだった。

「あんたねぇ……この間の前線でも作戦を無視して1人でエグデンの兵達を相手にしたって……姉ちゃん、あの時言ったよね? ここで一緒に生きていくために来たのに、あんたが先に死んじゃったら……」

 ミルカは 無鉄砲むてっぽうな弟に対する怒りだけでなく、自分が語る言葉からエグザルレイの死を連想して悲しくなってきたのか、涙をボロボロと流しながら声を詰まらせる。バロウも「しまった!」という表情で急いでミルカの そばに寄って抱き寄せ、エグザルレイに「すまない!」というびの表情を見せた。

「姉様……すみません。御心配をかけて……。でも、今回の防衛線はそれほど大きな戦いでも無かったですし……『法術兵』もいませんでしたから……」

 ミルカは弟の言い訳がましいお詫びを聞くと、バロウの胸から顔を離して睨む。

「……法術兵がいてもいなくても、あちらの兵だってあなたや戦士達と同じように武装してるのよ? あんたは『4本の きば持つ悪邪の子』なんて呼ばれてるかも知れないけど、結局は剣も1本ずつでしか戦えないでしょ! あんたがどんなに強くったって、あいつらと同じ生身の人間、同じ武器で戦ってんだから……そんな無茶な戦いをしてたら、いつかは自分が相手の剣に倒されてしまうのよ!」

 エグザルレイはもう口答えをせずに黙って頷くしか無かった。 臨月りんげつを迎えているミルカの感情をこれ以上逆撫さかなでしないようにと反論を飲み込む。バロウもそんな義弟の思いを感じ取り、何より、自分の失言が原因であることを詫びる気持ちで口を挟む。

「ミルカ……メノウ婆さんが言ってただろう? 気持ちを落ち着けて……ほら、お腹の子がビックリして飛び出して来てしまうよ」

「……まったく……エルの馬鹿……こっちにおいで……」

 気持ちを落ち着けたミルカが弟を呼ぶ。エグザルレイは言われるままに近寄ると頭を下げた。ミルカは軽く拳を にぎるとその頭を軽く小突こづく。

「すみません……無理な戦い方は……しませんから……」

 エグザルレイは姉を安心させるように笑顔で優しく誓う。でも心の中ではこれからも『無理だと判断しないで』戦い続けるのだろうと感じていた。

「すまなかったね、エルくん。僕の言い方が悪かったから……」

 バロウはエグザルレイに謝る言葉でミルカに「 大袈裟おおげさに言っただけ」だと安心を促す。

「でも……」

 バロウは一連のやり取りが再燃しない事を肌で感じると言葉を続けた。

「エグデンの法術兵は……最近、数も 術種じゅつしゅも新しく増えて来ているらしいから、法術兵がいる場合にはくれぐれも注意するんだよ」

「……はい。心得ています」

 エグザルレイは義兄の忠告に素直に答える。

「ねえ、バロウ……エルにも治癒魔法をもう一度教えて上げてくれない? せめて自分の応急治癒程度は出来たほうが……」

 ミルカは心配そうに眉をひそめて夫に提案した。

「う……ん……どうする? エル君。また……やってみるかい?」

 バロウはエグザルレイの意志を確認するように尋ねる。

「えっとぉ……姉様の気持ちも分かりますし、身に付けられるならそれに越したことはありませんが……もう、イイですよ……私は。傷には……薬草もありますし……」

 あまり面白くない声でエグザルレイは返事を返す。しかしミルカはしつこく提案を続ける。

「だからぁ、あんたはそんな簡単に あきらめないの!……何さ、コツが つかめりゃ出来るようになるって!……あと…… そりゃあ適性てきせいなんかも必要かも知れないけど……でも、なんとかなるわよ!」

 弟を はげますように語るミルカを、エグザルレイは さびしそうな笑顔で見つめる。その様子にバロウが口を開いた。

「ミルカ……エルくんだってキチンと覚えようと頑張ったんだよ。……でも……今は法術の学びに時間を くだけの余裕は無いわけだし……何より彼の剣術は戦士隊の かなめだから……。この戦が落ち着いたら、いずれまたの機会に……な?」

 バロウは後半エグザルレイに語りかけるように顔を向けた。エグザルレイも苦笑いをしながら頷く。

「すみません……。剣術と体術は、幼い頃に師匠に手ほどきを受けたあの短時間で『自分の身に成る』と確信を持てたんですが……法術はどうにも……」

「いやいや、僕に法術指導の力が足り無いからだよ。ホントにすまない……」

 バロウが詫びる言葉を受け、ミルカも自分の提案がやっぱり無茶な注文だったと理解したように溜息をつく。

「……素質の問題なら仕方ないかもねぇ……エルは何でも出来る子って思ってたから……ま、それじゃアンタはとにかく無茶な戦いをしない事と、これからも剣術・体術を みがいて『怪我をしない戦士』になりなさい!……あと、薬草は毎回しっかり新しいのを準備してね」

「素質の問題というか……」

 バロウは法術訓練を諦めているエグザルレイを励ますために言葉をつなぐ。

「ユーゴが見出した魔法術は『素質』よりも『理解と応用』だから……それを言えばエルくんこそ、その素質に あふれてはいると思うんだ。……これはやはり僕自身の『教える能力』が弱いからだと思うよ。僕が法術を学んだ方は、本当に教えの上手な方だったんだ。僕は彼女の教えでこの治癒魔法を体得出来たんだし……エルくんだって法術についても良い師匠に出会えれば、きっと素晴らしい法術士にだってなれると思うよ」

「……そんな……かいかぶりはやめて下さい……私は……師匠の剣術と体術で……大丈夫です」

 バロウの言葉を聞いても、エグザルレイは 愛想良あいそよく微笑むだけだった。

「う……ん。かいかぶりってワケじゃないんだけどな……。いつか……この地に平和が来たら、君も世界を旅してみると良いよ。ユーゴとは違う伝説の魔法術士がアルビ大陸には今も生きているらしいし、『教えに けた法術士』に出会えば、君もきっと、ね?」

 エグザルレイの笑顔には、しかしすでに法術に対する関心の色は消えていた。

「あっ っ……」

 ミルカが突然声を発し、身体を簡易ソファーに横たえようとしていく。

「あ……おい……ミルカ? 大丈夫か?」

 バロウがミルカを支えながら、ゆっくりと横にさせる。

「痛い……腰が……ぐぅ」

 突然苦しみ出したミルカの様子に、バロウもエグザルレイもどうすれば良いか分からない。

「エル……メノウ婆さんを……呼びに行って……その前に……隣の……オルミさんを呼んで……」

「オルミさんとメノウ婆さんだね! 分かった!」

 エグザルレイはすぐに家を飛び出した。

「ミルカ……ミルカ! おい……ぼ……僕は……僕は何をすれば良い?」

 バロウの 狼狽ろうばいぶりを見ながら、ミルカは苦痛に ゆがむ顔のまま微笑を作る。

「お産の時は……たとえ治癒法術士でも……戦士でも……男は役に立たないのねぇ……腰を……押してさすってくれる……痛っ……」

 ミルカに言われるがまま、バロウは指し示された腰部をさすったり押したり繰り返し、早く 援軍えんぐんが来ないかと何度も扉を振り返った。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆ 


「えっと……じゃあ、エルグレドさんってグラディーの戦士時代……法術は使えなかったんですか?」

 篤樹は「大陸最強の法術士」との 異名いみょうを持つ現在のエルグレドが、元々魔法術では「落ちこぼれ」だったと聞き、思わず話に口を挟んだ。

「私は……どうやら法術理解がズレていたんでしょうね。何度も 丁寧ていねいに『原理』を教えてもらっても、どうしても頭の中でそれを理解し、イメージし、自分の『モノ』に出来ないままだったんです。おかげで姉や義兄には呆れられたり憐れまれたり諦められたりと……」

「んなこと言っても、理解出来無ぇモンは仕方無ぇってもんですよ、大将」

 スレヤーが嬉しそうに同調する。

「法術なんてのは『ついでに』覚えられりゃ良いわけで、戦闘の基本は体術と剣術、これは いにしえから永遠に変わらない戦いの真理ってもんよ、アッキー」

「昔のエルはこのスレイみたいな考え方だった、ってことかしら?」

 レイラがスレヤーの言葉を受けエルグレドに尋ねる。

「……まあ……スレイほど確信に満ちてではありませんが……自分の体術と剣術にはそれなりに誇りと自信を持っていましたよ。とはいえ、決して法術を あなどる事はありませんでしたが。……今ほど法術士が戦闘の専門兵として確立されていませんでしたし、法術撃のスピードももっと遅かったんです。近接戦では剣の 一閃いっせんのほうが断然速いですし、距離があれば弓のほうが速かったので法術兵をそれほどの 脅威きょういに思っていなかったのは事実です」

 エルグレドは自分の体験の記憶を確認するように頷きながら答えた。

「ただ……それはあくまでも『人間』が身に付けた法術の話です。古代魔法を用いる妖精族……エルフ族などの攻撃魔法は、昔も今も変わらず脅威ではありましたよ」

 そう言うとエルグレドはレイラに笑顔を向けた。レイラは当然でしょ? とでも言うように両手を広げる。

「そんな法術嫌いのあなたが、どうして今やこの大陸最強の法術士と呼ばれるようになったのか、お聞かせ下さるかしら?」

「私もエルみたいに強くて速い法術も覚えたい!」

 エシャーも興味津々しんしんに話に食いつく。篤樹も「もしかしたら俺も……」という期待を込めエルグレドを見つめた。スレヤーは余裕の微笑を浮かべたまま首を横に振る。

「そりゃ、法術も使えりゃ便利でしょうけど……俺ぁ要ら無ぇなぁ……」

 それぞれの反応に、エルグレドは満足そうに微笑む。

「もちろんお話ししますよ。……ここからが今の私達にも本当に必要な情報になると思いますからね……」

 エルグレドは笑顔で一同をグルリと見回すと、続きの歴史を語り始めた。

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