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第3章 エルグレドの旅 編
第 139 話 おとり
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赦さない……アイツを……絶対に!
エグザルレイの目の前にオーガ型のサーガがドサリと倒れた。
アルビ大陸中央西の草原———サーガの 大群行を収めるため結集したアルビ大陸の異種族連合軍は快進撃を続けていた。その中心は妖精王タフカ。そして……
「エル……やり過ぎだ。一人で 逸るな」
タフカはオーガ型サーガの目に深々と突き刺さっている剣を引き抜き、エグザルレイに差し出しながら語り掛けた。エグザルレイは左手に握る短剣を見つめ、笑みを浮かべている。
「……何がそんなに楽しいんだ? 王子サマ」
タフカは 呆れたようにもう一度語り掛け、長剣を差し出した。その剣先をエグザルレイは短剣で叩きそらすと、タフカの面前に攻撃態勢で入り込み短剣を突き立てる。
「やれやれ……」
自分の残像を突き抜くエグザルレイの背後に立ち、タフカは溜息を 吐く。
「狂うにしても、敵味方の区別くらいは残しておけ。でなきゃ私が貴様を葬るぞ」
タフカの残像が消えた空間をしばらく見つめ、エグザルレイは短剣を 鞘に納め振り向いた。口元にはまだ 微笑を浮かべている。
「……大丈夫だ。ちゃんと見分け位ついている。お前の方こそいい加減に私に対する敵意を捨ててくれないか? でなきゃ……その敵意に向けて剣を向けることになるぞ」
エグザルレイはそう言うと右手を差し出した。タフカは長剣をクルリと持ち替え、柄をエグザルレイの手に載せる。
「そっちはどうだったんだ?」
剣を受け取り鞘に納めながら、エグザルレイはタフカに尋ねた。
「東に散らばってた連中は全て倒した。だが……残りは北に向かい『撤退』したそうだ」
「撤退?」
タフカの返答をエグザルレイは不審に感じ聞き直す。タフカもそれを承知するように話を続ける。
「ああ……撤退だ。自己の欲望に向かい真っ直ぐ突き進む事しかしないサーガ共が、まるで訓練を受けた戦士達の戦略のように……な」
「やはりただの群れ化では無く、何者かの意思に従って行動している……ってことか……」
エグザルレイとタフカは互いに視線を合わせながらも、それぞれに思いを巡らしていた。
「旦那ぁ! さっきのデケー奴は……おっ!」
背の高い草を 掻き分け、狼獣人のウィルが2人のもとにやって来る。
「さぁすが『悪邪の子』ですねぇ! オーガ型さえあっさり 殺っちまうとは!」
ウィルは自分の剣で足元に倒れているオーガ型のサーガを恐る恐る突き、死亡を確認しながら語り掛けた。
「サーガとはいえ弱点があります。そこを外さなければ君にだって倒せますよ……」
エグザルレイは感情の 籠っていない空虚な言葉を返し、ウィルに尋ねる。
「そちらには『攻撃魔法を使う敵』はいましたか?」
「へ? ああ! いやいや、全部武器持ちでしたよ。あ、何体かは素手でしたけど、あれは武器よりも素手で相手の死を 掴みたいってぇイカレサーガですね。法術使いは見ませんでした」
エグザルレイの口元の笑みが消える。
「お前が探してる『法術使い』って奴は、本当にサーガの群れの中にいるのか?」
タフカがエグザルレイに尋ねた。
「さあ? どうだろう……サーガの群れの中にいれば分かりやすいと思ったんだけどね……」
「私の攻撃魔法と同じような 跡を残す法術使いか……」
タフカは自分の右手を見つめる。
「……私の子ども達の中にも何人かは使い手がいるが、あの子達の全ては私が常に 把握している。私の子ども達では無いとするなら、あとはエルフ族くらいだろう。強力な攻撃魔法を使えるというのは。だが……」
エグザルレイの顔をジッと見つめ、タフカは告げた。
「お前を 陥れたエルフかどうかは分からんぞ? エグラシスに住む北のエルフ達は私も知っているが……彼らがアルビに渡ってくることは無い」
「別に……」
エグザルレイはポツリと呟く。
「別に……私は『奴』を追っているわけじゃない……『あの攻撃』を用いる敵がこの大陸にいる……だからそいつを倒したいんだ」
「私も使えるぞ?」
タフカが冗談でも言うような口調で答えると、エグザルレイは満面の笑みを浮かべた。
「……もし『奴』が見つからなければ……その時には……」
「いやぁ、お2人共、ホントに仲がよろしいんですねぇ!」
2人の会話を聞いていたウィルが、楽しそうな声で会話に加わって来た。
「妖精王と人間、獣人族とホビット達……異種族の者達がこうして一つにまとまり、同じ目的のために仲間となって結ばれる! ホント、オイラぁ嬉しいっすよ!」
「別に! こいつは同じ敵を倒すための味方だが『仲間』ではない!」
タフカが 慌てて否定する。しかしウィルは聞く耳ももたずに続ける。
「オイラぁね、異種族でも一緒に一つの部族として暮らしてたグラディー族の 末裔でしょ? ずっと夢見てんすよ。このアルビの中でも、グラディー族のような異種族共生の部族が出来たら良いなぁって」
ウィルは嬉しそうに尻尾を振りながら笑顔で「夢」を語った。
グラディー……
エグザルレイは自分の第二の故郷……いや、 虚文主義のイグナをミルカと共に出て辿り着いた「真の故郷」を思い浮かべる。イグナの王室に都合よく作られた歴史や情報ではなく、ただ、在りのままの「真実と自由」の中で初めて自分自身という存在を喜び生きたグラディー……。野山と森を駆け抜け、生命の息吹に満たされ過ごした日々……
エグデンを中心とする3国連合に対しても 臆することなく、真実と自由のために戦い、守り抜いてきた愛する「祖国」……
「『夢』……ですか。とにかく、『敵』を 排除しない限り、自由も平和も異種族共生も、夢のままで踏み潰されてしまうものですよ……」
苦渋に満ちたエグザルレイの呟くような言葉に、ウィルは慌てて口を閉ざす。
「サーガ共が『元の生態』に戻れば、我々もそれぞれ元の生活に戻るだけだ」
タフカもウィルの「夢」には何の興味も示さない。2人から「夢」への共感を得られなかったウィルは、寂しそうに下を向いた。だが、タフカは声を和らげ、言葉を繋ぐ。
「だが……そのためにも早いとこ『群れ』を率いている奴を見つけ出し倒す事……今はそれが我々の共通の『夢』だ。さあ、目的が果たされるまで、我々の共生を楽しもうか」
その一言にウィルの顔がパッと輝いた。
「そ、そうっすね! うん! いきなり多種族1部族なんてのは欲張り過ぎですもんね! 共通の敵を倒すための共闘……まずはそこから始め……」
そこまで語ったウィルの「命に溢れる言葉」は、突然、奪い去られてしまう。
エグザルレイとタフカは自分の身をかわすだけで精一杯だった。ウィルに危険を告げることも、その手を掴み引く事も出来なかった。まさに 一閃……日暮れを間近に夜の闇が空を覆い始めた草原に走った 幾筋もの青白い光は、一瞬、周囲の草木を白一色に染める。
回避態勢の途中、エグザルレイはウィルの笑顔が白い光に照らされ輝くのを見た。直後、白く光る「 槍」のような法撃がウィルの顔を真っ直ぐ 刺し貫き、後頭部を突き抜け、草原に立つ一本の木に突き刺さり消えるのを見た。
突然、全身に突き刺さるように感じた殺気の正体……何者かにより放たれた攻撃魔法である事を瞬時に理解し、エグザルレイは草むらに身を伏せ状況確認に全神経を集中する。
「うわー!」
「敵襲だー!」
数秒も置かず、そこかしこで異種族連合軍の兵士達が騒ぎ出した。
「エル! 無事か?」
少し離れた草むらの中から呼びかけるタフカの声が聞こえる。
「ああ。大丈夫だ……ウィルが……」
「確認した……4~5体はいるぞ!」
タフカもウィルとの突然の別れに思う所もあるだろうが、それよりも今は突然の襲撃に対し迅速に応じなければならない。エグザルレイも青白い攻撃魔法の光の筋が「何本だったか」を記憶の中で数えつつ、敵の規模を推し量る。
「左を頼む! 私は右から……」
エルフのような伝心は無くても、必要な単語2つ3つで互いの行動を確認出来るほどの「戦友」になっている事実を認めつつ、2人は草原を左右に分かれて移動した。
「タフカー! エルー!」
兵士の誰かが2人を探し叫ぶ声が聞こえたが、まだ頭を上げるわけにはいかない。エグザルレイは記憶していた草原の地形を思い出しながら草むらを 這うように進み、ようやく「目的」の木の根元に辿り着く。
これで、幹に身を隠しながら立ち上がれる……
木の幹に背中を預け、ゆっくり立ち上がると、目の前の草原の丘に何人かの兵士達が動く姿が見えた。
あれじゃ「 的」にされてしまう!
エグザルレイは兵士たちに注意を 促そうとした。だが、ほぼ同じタイミングでタフカの声が先に響く。
「身を隠せ! 狙われるぞ!」
次の瞬間、再び草原を白く浮かび上がらせる光の筋が、草原の丘の上に立つ兵士達とタフカの声が発せられた草むらに向かい放たれて来た。しかし、今度はタフカの声に皆の反応が早かったため犠牲者は出ていない様子だ。
エグザルレイはタフカが声を発した直後に、自分の成すべき行動を切り替えていた。
敵の法術師は丘の上の兵を狙い攻撃を仕掛けて来る……その時、敵の視野にはこの木も入っているから、身を出すことは出来ない。しかし今、タフカが「向こう」で声を発したことで、敵の視線は丘の上とタフカの声へ向く。この木は敵の視野から外れる……敵の位置を確認し、攻撃に転じるチャンスだ!
申し合わせも計画も無いが、結果的に丘の上の兵とタフカが「おとり」となったおかげで、エグザルレイは反撃の先陣に駆けだす事が出来た。
攻撃魔法の光の筋は5本……。間隔から見て、法術師は互いに3mほどの距離をおいて横一列に広がっている。草原の中に点在して生えている木々に身を隠し攻撃を仕掛けているということだ。サーガの「群れ」は近くにいない……ならば、今回の敵は群れとは別動隊か……
敵の位置と攻撃方法を把握した上で駆けるエグザルレイに迷いは無い。
あの攻撃魔法は強力で正確だが……「直線」のみ! 避けられる!
遠距離からの不意打ちで攻撃を仕掛けていた敵達は、思いもしなかった突撃者の存在に気付くと、慌ててエグザルレイに向け攻撃魔法を連続で放ち始めた。しかし……その法撃の異変をエグザルレイは見逃さない。
細く……弱い光……法力の溜めが足りないのか? これなら……
敵との距離を一気に詰めたエグザルレイは、一番手前の木の陰に立つ敵の腹を長剣で刺し貫いた。先ほどの2波とは比べ物にならないほどに力を失っている攻撃魔法ならば、深手を恐れる必要もない。
数秒間隔で放たれて来る攻撃魔法をかいくぐり、エグザルレイは2本目の木の陰に身を隠す敵の頭部を短剣で突き通し、すぐに3本目へ駆け出した。
なんなんだ……こいつらは……
敵に「溜め時間」を作らせないように即時移動を続けながら、エグザルレイは敵を倒す感触に違和感を感じていた。3体目の頭部を叩き割り、4本目の木に向かおうと顔を向け、すぐに足を止める。
「……背後からの攻撃は好きじゃないんだがね……お前がちょうど良いおとりになってくれてたから……」
フードを被った敵の腹を突き破り飛び出している腕……敵の背後に立つタフカは、敵の腹から腕を抜き取ると、絶命している敵をそのまま地面に押し倒した。
「これで5体……」
タフカは倒した敵を仰向けに返す。
「そっちの3体も同じか?」
自分が倒した2体と、エグザルレイが倒した3体の様子について、タフカは尋ねた。
「ああ……チラッと確認しただけだが……恐らく……『同じタイプ』のヤツラだったと思う……」
2人が見下ろす敵は、確かにサーガ特有の「命の欠片も感じ取れない」存在だった。しかしその元となっている種族が分からない。
「小人……というかゴブリンに近いのか?」
タフカは足でサーガの遺体の顔を軽く蹴り横を向かせる。エグザルレイはその遺体の特徴的な耳に視線を向けた。
「小型の……エルフ? そんな種族は聞いたことも無いが……」
「しかもこの肌色……『黒いエルフ』なんて……サーガ化の影響か?」
2人はしばらくその遺体を見下ろし、自分の持つ情報・記憶を辿る。その間に、サーガの遺体はユラユラとかすみ始めた。
「 黒霧化が始まったな……サーガで間違いない。……だが……こんな気持ちの悪いサーガは……初めてだ」
タフカはハッキリとした嫌悪の思いを込め、吐き捨てるように呟く。
「そう言うな。俺の子ども達だ」
唐突に投げかけられた声に、エグザルレイとタフカは振り返る事も出来なかった。そいつは……全く……何の気配も感じさせることなく2人の背後に立ち、声をかけて来たのだ。反応が遅れたわけでは無い……2人はまるで、一瞬にして全身が凍り付いたかのように身体の自由を奪われ、動けなくされていた。
エグザルレイの目の前にオーガ型のサーガがドサリと倒れた。
アルビ大陸中央西の草原———サーガの 大群行を収めるため結集したアルビ大陸の異種族連合軍は快進撃を続けていた。その中心は妖精王タフカ。そして……
「エル……やり過ぎだ。一人で 逸るな」
タフカはオーガ型サーガの目に深々と突き刺さっている剣を引き抜き、エグザルレイに差し出しながら語り掛けた。エグザルレイは左手に握る短剣を見つめ、笑みを浮かべている。
「……何がそんなに楽しいんだ? 王子サマ」
タフカは 呆れたようにもう一度語り掛け、長剣を差し出した。その剣先をエグザルレイは短剣で叩きそらすと、タフカの面前に攻撃態勢で入り込み短剣を突き立てる。
「やれやれ……」
自分の残像を突き抜くエグザルレイの背後に立ち、タフカは溜息を 吐く。
「狂うにしても、敵味方の区別くらいは残しておけ。でなきゃ私が貴様を葬るぞ」
タフカの残像が消えた空間をしばらく見つめ、エグザルレイは短剣を 鞘に納め振り向いた。口元にはまだ 微笑を浮かべている。
「……大丈夫だ。ちゃんと見分け位ついている。お前の方こそいい加減に私に対する敵意を捨ててくれないか? でなきゃ……その敵意に向けて剣を向けることになるぞ」
エグザルレイはそう言うと右手を差し出した。タフカは長剣をクルリと持ち替え、柄をエグザルレイの手に載せる。
「そっちはどうだったんだ?」
剣を受け取り鞘に納めながら、エグザルレイはタフカに尋ねた。
「東に散らばってた連中は全て倒した。だが……残りは北に向かい『撤退』したそうだ」
「撤退?」
タフカの返答をエグザルレイは不審に感じ聞き直す。タフカもそれを承知するように話を続ける。
「ああ……撤退だ。自己の欲望に向かい真っ直ぐ突き進む事しかしないサーガ共が、まるで訓練を受けた戦士達の戦略のように……な」
「やはりただの群れ化では無く、何者かの意思に従って行動している……ってことか……」
エグザルレイとタフカは互いに視線を合わせながらも、それぞれに思いを巡らしていた。
「旦那ぁ! さっきのデケー奴は……おっ!」
背の高い草を 掻き分け、狼獣人のウィルが2人のもとにやって来る。
「さぁすが『悪邪の子』ですねぇ! オーガ型さえあっさり 殺っちまうとは!」
ウィルは自分の剣で足元に倒れているオーガ型のサーガを恐る恐る突き、死亡を確認しながら語り掛けた。
「サーガとはいえ弱点があります。そこを外さなければ君にだって倒せますよ……」
エグザルレイは感情の 籠っていない空虚な言葉を返し、ウィルに尋ねる。
「そちらには『攻撃魔法を使う敵』はいましたか?」
「へ? ああ! いやいや、全部武器持ちでしたよ。あ、何体かは素手でしたけど、あれは武器よりも素手で相手の死を 掴みたいってぇイカレサーガですね。法術使いは見ませんでした」
エグザルレイの口元の笑みが消える。
「お前が探してる『法術使い』って奴は、本当にサーガの群れの中にいるのか?」
タフカがエグザルレイに尋ねた。
「さあ? どうだろう……サーガの群れの中にいれば分かりやすいと思ったんだけどね……」
「私の攻撃魔法と同じような 跡を残す法術使いか……」
タフカは自分の右手を見つめる。
「……私の子ども達の中にも何人かは使い手がいるが、あの子達の全ては私が常に 把握している。私の子ども達では無いとするなら、あとはエルフ族くらいだろう。強力な攻撃魔法を使えるというのは。だが……」
エグザルレイの顔をジッと見つめ、タフカは告げた。
「お前を 陥れたエルフかどうかは分からんぞ? エグラシスに住む北のエルフ達は私も知っているが……彼らがアルビに渡ってくることは無い」
「別に……」
エグザルレイはポツリと呟く。
「別に……私は『奴』を追っているわけじゃない……『あの攻撃』を用いる敵がこの大陸にいる……だからそいつを倒したいんだ」
「私も使えるぞ?」
タフカが冗談でも言うような口調で答えると、エグザルレイは満面の笑みを浮かべた。
「……もし『奴』が見つからなければ……その時には……」
「いやぁ、お2人共、ホントに仲がよろしいんですねぇ!」
2人の会話を聞いていたウィルが、楽しそうな声で会話に加わって来た。
「妖精王と人間、獣人族とホビット達……異種族の者達がこうして一つにまとまり、同じ目的のために仲間となって結ばれる! ホント、オイラぁ嬉しいっすよ!」
「別に! こいつは同じ敵を倒すための味方だが『仲間』ではない!」
タフカが 慌てて否定する。しかしウィルは聞く耳ももたずに続ける。
「オイラぁね、異種族でも一緒に一つの部族として暮らしてたグラディー族の 末裔でしょ? ずっと夢見てんすよ。このアルビの中でも、グラディー族のような異種族共生の部族が出来たら良いなぁって」
ウィルは嬉しそうに尻尾を振りながら笑顔で「夢」を語った。
グラディー……
エグザルレイは自分の第二の故郷……いや、 虚文主義のイグナをミルカと共に出て辿り着いた「真の故郷」を思い浮かべる。イグナの王室に都合よく作られた歴史や情報ではなく、ただ、在りのままの「真実と自由」の中で初めて自分自身という存在を喜び生きたグラディー……。野山と森を駆け抜け、生命の息吹に満たされ過ごした日々……
エグデンを中心とする3国連合に対しても 臆することなく、真実と自由のために戦い、守り抜いてきた愛する「祖国」……
「『夢』……ですか。とにかく、『敵』を 排除しない限り、自由も平和も異種族共生も、夢のままで踏み潰されてしまうものですよ……」
苦渋に満ちたエグザルレイの呟くような言葉に、ウィルは慌てて口を閉ざす。
「サーガ共が『元の生態』に戻れば、我々もそれぞれ元の生活に戻るだけだ」
タフカもウィルの「夢」には何の興味も示さない。2人から「夢」への共感を得られなかったウィルは、寂しそうに下を向いた。だが、タフカは声を和らげ、言葉を繋ぐ。
「だが……そのためにも早いとこ『群れ』を率いている奴を見つけ出し倒す事……今はそれが我々の共通の『夢』だ。さあ、目的が果たされるまで、我々の共生を楽しもうか」
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「そ、そうっすね! うん! いきなり多種族1部族なんてのは欲張り過ぎですもんね! 共通の敵を倒すための共闘……まずはそこから始め……」
そこまで語ったウィルの「命に溢れる言葉」は、突然、奪い去られてしまう。
エグザルレイとタフカは自分の身をかわすだけで精一杯だった。ウィルに危険を告げることも、その手を掴み引く事も出来なかった。まさに 一閃……日暮れを間近に夜の闇が空を覆い始めた草原に走った 幾筋もの青白い光は、一瞬、周囲の草木を白一色に染める。
回避態勢の途中、エグザルレイはウィルの笑顔が白い光に照らされ輝くのを見た。直後、白く光る「 槍」のような法撃がウィルの顔を真っ直ぐ 刺し貫き、後頭部を突き抜け、草原に立つ一本の木に突き刺さり消えるのを見た。
突然、全身に突き刺さるように感じた殺気の正体……何者かにより放たれた攻撃魔法である事を瞬時に理解し、エグザルレイは草むらに身を伏せ状況確認に全神経を集中する。
「うわー!」
「敵襲だー!」
数秒も置かず、そこかしこで異種族連合軍の兵士達が騒ぎ出した。
「エル! 無事か?」
少し離れた草むらの中から呼びかけるタフカの声が聞こえる。
「ああ。大丈夫だ……ウィルが……」
「確認した……4~5体はいるぞ!」
タフカもウィルとの突然の別れに思う所もあるだろうが、それよりも今は突然の襲撃に対し迅速に応じなければならない。エグザルレイも青白い攻撃魔法の光の筋が「何本だったか」を記憶の中で数えつつ、敵の規模を推し量る。
「左を頼む! 私は右から……」
エルフのような伝心は無くても、必要な単語2つ3つで互いの行動を確認出来るほどの「戦友」になっている事実を認めつつ、2人は草原を左右に分かれて移動した。
「タフカー! エルー!」
兵士の誰かが2人を探し叫ぶ声が聞こえたが、まだ頭を上げるわけにはいかない。エグザルレイは記憶していた草原の地形を思い出しながら草むらを 這うように進み、ようやく「目的」の木の根元に辿り着く。
これで、幹に身を隠しながら立ち上がれる……
木の幹に背中を預け、ゆっくり立ち上がると、目の前の草原の丘に何人かの兵士達が動く姿が見えた。
あれじゃ「 的」にされてしまう!
エグザルレイは兵士たちに注意を 促そうとした。だが、ほぼ同じタイミングでタフカの声が先に響く。
「身を隠せ! 狙われるぞ!」
次の瞬間、再び草原を白く浮かび上がらせる光の筋が、草原の丘の上に立つ兵士達とタフカの声が発せられた草むらに向かい放たれて来た。しかし、今度はタフカの声に皆の反応が早かったため犠牲者は出ていない様子だ。
エグザルレイはタフカが声を発した直後に、自分の成すべき行動を切り替えていた。
敵の法術師は丘の上の兵を狙い攻撃を仕掛けて来る……その時、敵の視野にはこの木も入っているから、身を出すことは出来ない。しかし今、タフカが「向こう」で声を発したことで、敵の視線は丘の上とタフカの声へ向く。この木は敵の視野から外れる……敵の位置を確認し、攻撃に転じるチャンスだ!
申し合わせも計画も無いが、結果的に丘の上の兵とタフカが「おとり」となったおかげで、エグザルレイは反撃の先陣に駆けだす事が出来た。
攻撃魔法の光の筋は5本……。間隔から見て、法術師は互いに3mほどの距離をおいて横一列に広がっている。草原の中に点在して生えている木々に身を隠し攻撃を仕掛けているということだ。サーガの「群れ」は近くにいない……ならば、今回の敵は群れとは別動隊か……
敵の位置と攻撃方法を把握した上で駆けるエグザルレイに迷いは無い。
あの攻撃魔法は強力で正確だが……「直線」のみ! 避けられる!
遠距離からの不意打ちで攻撃を仕掛けていた敵達は、思いもしなかった突撃者の存在に気付くと、慌ててエグザルレイに向け攻撃魔法を連続で放ち始めた。しかし……その法撃の異変をエグザルレイは見逃さない。
細く……弱い光……法力の溜めが足りないのか? これなら……
敵との距離を一気に詰めたエグザルレイは、一番手前の木の陰に立つ敵の腹を長剣で刺し貫いた。先ほどの2波とは比べ物にならないほどに力を失っている攻撃魔法ならば、深手を恐れる必要もない。
数秒間隔で放たれて来る攻撃魔法をかいくぐり、エグザルレイは2本目の木の陰に身を隠す敵の頭部を短剣で突き通し、すぐに3本目へ駆け出した。
なんなんだ……こいつらは……
敵に「溜め時間」を作らせないように即時移動を続けながら、エグザルレイは敵を倒す感触に違和感を感じていた。3体目の頭部を叩き割り、4本目の木に向かおうと顔を向け、すぐに足を止める。
「……背後からの攻撃は好きじゃないんだがね……お前がちょうど良いおとりになってくれてたから……」
フードを被った敵の腹を突き破り飛び出している腕……敵の背後に立つタフカは、敵の腹から腕を抜き取ると、絶命している敵をそのまま地面に押し倒した。
「これで5体……」
タフカは倒した敵を仰向けに返す。
「そっちの3体も同じか?」
自分が倒した2体と、エグザルレイが倒した3体の様子について、タフカは尋ねた。
「ああ……チラッと確認しただけだが……恐らく……『同じタイプ』のヤツラだったと思う……」
2人が見下ろす敵は、確かにサーガ特有の「命の欠片も感じ取れない」存在だった。しかしその元となっている種族が分からない。
「小人……というかゴブリンに近いのか?」
タフカは足でサーガの遺体の顔を軽く蹴り横を向かせる。エグザルレイはその遺体の特徴的な耳に視線を向けた。
「小型の……エルフ? そんな種族は聞いたことも無いが……」
「しかもこの肌色……『黒いエルフ』なんて……サーガ化の影響か?」
2人はしばらくその遺体を見下ろし、自分の持つ情報・記憶を辿る。その間に、サーガの遺体はユラユラとかすみ始めた。
「 黒霧化が始まったな……サーガで間違いない。……だが……こんな気持ちの悪いサーガは……初めてだ」
タフカはハッキリとした嫌悪の思いを込め、吐き捨てるように呟く。
「そう言うな。俺の子ども達だ」
唐突に投げかけられた声に、エグザルレイとタフカは振り返る事も出来なかった。そいつは……全く……何の気配も感じさせることなく2人の背後に立ち、声をかけて来たのだ。反応が遅れたわけでは無い……2人はまるで、一瞬にして全身が凍り付いたかのように身体の自由を奪われ、動けなくされていた。
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数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
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根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
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