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第3章 エルグレドの旅 編
第 142 話 お手玉
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小さな石山の穴へ入って来たミツキに、すでに奥の壁に背中をつけ身を屈めているエグザルレイは声をかけた。
「ミツキさん……これ以上……進めないんですが……」
「ん? ああ。いいよそこで。タフカくん、もう少し詰めてくれるかい?」
「狭いな……ここでやるのか?」
ミツキはフフッと笑う。
「まさか。ここは訓練場に行く『エレベーター』みたいなものだよ。さ、詰めて。いいかい?」
ミツキは穴の入り口で屈めた身体の向きを直す。
「行くよ」
一瞬、穴の中がパッと白い光に包まれた。しかし次にエグザルレイが目を開くと、周囲の様子は一変している。
「なるほど……ね」
エグザルレイは、ゆっくり立ち上がりながら辺りを見渡した。タフカも立ち上がり、辺りに顔を向ける。周囲は、どこまで続いているのか分からない大草原に変わっていた。
「さすが……大賢者と呼ばれるだけの男……だな……」
「あれ?」
辺りにミツキの姿が見えない事に気が付き、エグザルレイは声を洩らす。
「どこに行った?」
タフカも周りを確かめる。しかしミツキの姿はどこにも見えない。
「2人とも、どこを見ているんだい?」
空気を震わせるほどのミツキの音量が、上空から草原に降り注いだ。エグザルレイとタフカは耳を塞ぎ空を見上げる。そこには、天を覆うほどに巨大なミツキの顔が2人を見下ろし、楽しそうに微笑んでいた。
「これが今の君たちと僕の『差』って感じかな。じゃ、訓練を開始するよ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……森の中に……別空間ですの?」
レイラの問いかけにエルグレドは頷く。
「はい。さすが大賢者ミツキです。私は未だに彼のような法術を生み出す事なんか出来ません」
「 三月が……へ……え……」
篤樹は自分の知る杉野三月と、エルグレドが語るミツキが「同一人物」だとは到底信じ難い気持ちで話を聞いていた。
本当に三月だとしても……何か……悔しいな……
「そこで大将は法術を修得した……って事ですかい?」
スレヤーが確認するように問いかける。エルグレドは頷き応えた。
「そうです。彼の言う通り……そこはまるで『時間が経過しない空間』のようでした。それでも体感的には数か月……いえ……数年か十年以上かもって期間をその空間で過ごしました。基礎の基礎から、徹底的に叩き込まれましたよ」
「魔法に基礎ってあるの?」
エシャーが驚いたように尋ねる。レイラがその問いに応じた。
「私達は妖精族の流れにある種族だから、生まれ持っての法術使いなのよ。でも人間や獣人……妖精族以外の流れの種族は、法力を蓄えるための基本から体得する必要があるのよ。ほら、息をするのは誰に教えてもらわなくても出来るでしょ? 魔法に関して言えば、妖精族以外はその『息をする方法』から身につけないとならないのよ」
「そっかぁ……大変だね?」
エシャーは憐れむような目で篤樹を見る。
「別に! 俺は魔法使いになる気はないから!」
三月に先を越されたという悔しさも相まり、つい強い口調で反論してしまう。
「アッキーには、俺がキッチリ剣術を仕込んでやるぜ!」
篤樹の言葉を打ち消すように、スレヤーが間髪入れず声を上げてくれたおかげで、場の空気が悪くならずに済む。篤樹は内心スレヤーに感謝しつつ、話題を戻す。
「あ……でも、リュシュシュ村のビルだって、あの歳で法術の基礎はほぼ完璧に身につけてたんでしょ? エルグレドさんなら……」
「視界の問題ね」
エルグレドよりも先にレイラが答えた。それに続き、エルグレドは苦笑しながら口を開く。
「他人から言われると、ちょっとカチンときますね。まあ、でも……そういう事です。ビルは生まれた時から御両親の法術を見て育っていたので、魔法を『当たり前の出来事』と認識出来ていたんです。でも私は王宮で生まれ育つ中、法術は『特別な力』という認識しかしていませんでした。ですから、ある程度成長してから学ぼうとしても、私の意識の中にある『常識』が邪魔をし、法術に対する『視界』が開けていなかったんです」
「それじゃあ時間もかかるわけよねぇ……」
レイラは鼻で笑うようにエルグレドに……というよりも「ミツキ」を労うように呟いた。エルグレドは一瞬あからさまにムッとした顔を見せたがすぐにフッと笑う。
「そうですね。ミツキさんは……とても忍耐深い教師でしたよ。私もタフカも、何度も失態をさらしましたが……仕上がるまで彼は諦めず……というか途中で辞めることを許さずに最後まで鍛え上げてくれたんです」
「どんな……訓練をするんですか?」
篤樹がつい尋ねたのをエシャーは聞き逃さなかった。
「あ! アッキー! さっきは興味ないって言ってたくせに、ホントは魔法が使いたいんでしょ!」
やはりエシャーも先ほどの篤樹の態度には少し腹を立てていたのか、ここに来て鬼の首を獲ったかのように追及する。
「そりゃ……使えるんなら……便利だろ?」
今度は篤樹も自分の気持ちを偽らずに答えた。2人のやり取りをエルグレド達は微笑ましそうに眺める。
「私とタフカにはまず『お手玉』が渡されました」
「お手……玉?」
篤樹がポカンとした声で復唱した。エシャーも不思議そうに尋ねる。
「お手玉って……あの『ボールをクルクル回す遊び』のこと?」
「ええ。あのお手玉です。私とタフカに、最初は3つずつの玉が渡されました。両手で自在に回せるようになるまでやれと……ね」
「それが……法術の基礎訓練?」
篤樹は唖然として確認する。しかしレイラは納得した声で口を開く。
「なるほどねぇ……呼吸と集中と感触を高めるわけね。お手玉って所は可愛らしいけど、とても理に適ってるわ」
「そうですね。でもミツキさんは、それが何のための訓練なのかとは教えてくれませんでした。とにかく私だけでなく、タフカにも足りないものを補えるからと……」
「どっちが上手だったの?」
エシャーが「自分も出来る遊び」の話に興味を示し尋ねた。
「最初は断然タフカでしたよ。彼はすぐに5個回しまで行きましたから。でも私は……3つ回しを完璧に身に付けるまで何十時間も……恐らく何日もかかったと思います。ただ、7個回しの段階でタフカには並びました。それに、10個回しは私の方が先にクリアしましたよ」
「10個回し!? そんなに……」
エシャーが目を見開いて驚く。レイラはそんなエシャーの様子に微笑みながら口を開いた。
「ああ……それで『妖精王』なのに、タフカも基礎訓練からやらされたのですのね」
「え? どういうことです?」
スレヤーがレイラの言葉に敏感に反応する。エルグレドはレイラの問いかけに笑みを浮かべ応じた。
「そうです。持って生まれた『力』の一部しか、タフカは用い切れていなかったんです。だから7個回し程度で私に追いつかれてしまったんですよ。ミツキさんはタフカの潜在的な法力と法術を見抜いていたんでしょうね。その用い切れていない部分の力を自由に用いられるようにするため、基礎からのやり直しをさせたんです。ところでエシャーは何個回せますか?」
エルグレドからの思わぬ問いかけにエシャーは驚き慌てながら答える。
「えっ! 私は……5個か……6個くらい……かなぁ?」
「レイラさんは?」
エシャーの答えを聞くと、エルグレドはレイラにも同じ質問を投げかけた。レイラはニッコリ微笑み答える。
「嫌味な隊長さんね。さあ? 最後に『お手玉』を試してみたのは100年以上前だけど……50は確実かしら。それ以上は飽きたからやめたわ」
「50個回し!?」
篤樹が思わず 素っ 頓狂な声を上げた。エシャーも唖然とした顔でレイラを見つめるが、エルグレドは当然顔で微笑む。
「そうですか……でも、あなたなら100前後は確実でしょう?……タフカは130でやめました。私は135個です」
「100って……」
篤樹は頭の中で「最強の魔法使い3人」が100個のお手玉を回している姿をイメージした。いや……イメージさえ出来ない!
「つまり……」
エルグレドは魔法の基礎訓練に関する話をまとめる。
「何個回せるかというのは、30を超えた辺りから関係ないんです。200でも300でも同じです。お手玉の技術ではなく、法力の『呼吸』が整えられているか、整っていないかを確認するためのテストのようなものですから」
「その『ジャグリング』を合格したって事ですかい?」
スレヤーが感心したように尋ねた。
「ええ。フィリーやエルフたちだけでなく、ミツキさんとタフカに出会った事で、私は全く開けていなかった魔法に対する『視界』が広げられました。タフカに対する対抗心……彼も私もお互い『負けず嫌い』だったおかげで相乗効果も生まれ、何よりもミツキさんの的確な指導で、私も法術を身につけることが出来たんです」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「さて……もうそろそろ『仕上がった』と言えるかなぁ?」
10mほどの巨人のようなミツキは、足元のエグザルレイとタフカを見下ろし語り掛けた。2人は悔しそうにミツキを見上げる。
「クソッ! 追い越せないままなのに『仕上がり』だと?」
「ミツキさん……この差はもう……埋まらないんですか?」
「さあね。いつかは埋まるのかも知れないけど、これ以上は時間の無駄だよ。でも、僕との差がここまで縮まったんだから、2人とも凄い仕上がりだと思うよ」
確かに……初めは空一面に広がるほどの巨大な顔で見下ろしていたミツキとの『差』がここまで縮んだのだという目に見える変化に、自分達の成長を自覚出来る。身体の中に流れる血流の細胞一つ一つまで「ハッキリと認識」出来るほど、全ての感覚が研ぎ澄まされた。どこまでも続く広大な草原と思っていたこの訓練の地も、その構造や組成をある程度理解した事で「果て」がある事を今では認識出来ている。
明らかに……この地に来た「あの頃」までの自分たちとはレベルの違う「力」を得たことを、エグザルレイもタフカも感じていた。
「最後に……」
ミツキは訓練終りの訓示のように改まって語り出す。
「タフカくん。君は……いつか君の中の『記憶』と闘わなきゃならない。その『記憶』は、君の人格そのものに大きな負の影響を与えているようだ。何があったのかは分からないけど……僕が君を仕上げた事を後悔させないでもらいたい」
「知らんな……そんな約束は……出来ん! だが……その教えも忘れないようには心掛けよう」
ミツキはフッと笑い、視線を移した。
「エルくん。君もだ。君の内にある怒りや憎しみや哀しみ……破壊的な『負の感情』はかなり大きいものだね」
「……」
「怒りや憎しみが生み出す力は……かなり強いものだよ。その感情は……今の君が持つ『力』を100パーセント引き出すほどに強力だ」
「それなら……ちょうど良いですね。奴は……強敵ですから……」
「そうじゃないんだなぁ!」
ミツキは少し苛立ったような声を出し、頭を掻きながら続ける。
「怒りや憎しみの力っていうのは強力なんだよ。希望や喜びの力より、ある意味で何倍も強いものだ。それだけに、内在している『力』を100パーセント引き出せるだけの起爆剤にもなるんだけど……コントロールが難しいものなんだ」
「コントロール?」
「そう! たとえ170kmの球を投げられるピッチャーでも、コントロールが悪くてストライクゾーンに投げれなきゃ、試合では役立たずってのと同じさ! 怒りや憎しみが起爆剤になり、どれだけ強大な『力』を引き出せたとしても、それが的外れな結果を招くことにもなるってこと……分かる?」
エグザルレイとタフカは、相変わらず意味不明な例を挙げて力強く説明する「師匠」に苦笑いを浮かべつつ、頷き応じた。
「何となくは……」
「後半は……な」
「うーん……大丈夫かなぁ? 良いかい、2人とも。とにかく怒りや憎しみの思いで物事を見ないこと。ベルブを前にしても、絶対に『怒りや憎しみ』で戦わないこと。怒りや憎しみに操られず、むしろそれを操ること。約束してくれる?」
エグザルレイとタフカは互いの返答を探るように目を合わせ、それからミツキに視線を上げる。
「約束は出来ん」
「自信はありません」
「はぁ……」
ミツキはウンザリしたように溜息をついた。
「ミツキさん……これ以上……進めないんですが……」
「ん? ああ。いいよそこで。タフカくん、もう少し詰めてくれるかい?」
「狭いな……ここでやるのか?」
ミツキはフフッと笑う。
「まさか。ここは訓練場に行く『エレベーター』みたいなものだよ。さ、詰めて。いいかい?」
ミツキは穴の入り口で屈めた身体の向きを直す。
「行くよ」
一瞬、穴の中がパッと白い光に包まれた。しかし次にエグザルレイが目を開くと、周囲の様子は一変している。
「なるほど……ね」
エグザルレイは、ゆっくり立ち上がりながら辺りを見渡した。タフカも立ち上がり、辺りに顔を向ける。周囲は、どこまで続いているのか分からない大草原に変わっていた。
「さすが……大賢者と呼ばれるだけの男……だな……」
「あれ?」
辺りにミツキの姿が見えない事に気が付き、エグザルレイは声を洩らす。
「どこに行った?」
タフカも周りを確かめる。しかしミツキの姿はどこにも見えない。
「2人とも、どこを見ているんだい?」
空気を震わせるほどのミツキの音量が、上空から草原に降り注いだ。エグザルレイとタフカは耳を塞ぎ空を見上げる。そこには、天を覆うほどに巨大なミツキの顔が2人を見下ろし、楽しそうに微笑んでいた。
「これが今の君たちと僕の『差』って感じかな。じゃ、訓練を開始するよ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……森の中に……別空間ですの?」
レイラの問いかけにエルグレドは頷く。
「はい。さすが大賢者ミツキです。私は未だに彼のような法術を生み出す事なんか出来ません」
「 三月が……へ……え……」
篤樹は自分の知る杉野三月と、エルグレドが語るミツキが「同一人物」だとは到底信じ難い気持ちで話を聞いていた。
本当に三月だとしても……何か……悔しいな……
「そこで大将は法術を修得した……って事ですかい?」
スレヤーが確認するように問いかける。エルグレドは頷き応えた。
「そうです。彼の言う通り……そこはまるで『時間が経過しない空間』のようでした。それでも体感的には数か月……いえ……数年か十年以上かもって期間をその空間で過ごしました。基礎の基礎から、徹底的に叩き込まれましたよ」
「魔法に基礎ってあるの?」
エシャーが驚いたように尋ねる。レイラがその問いに応じた。
「私達は妖精族の流れにある種族だから、生まれ持っての法術使いなのよ。でも人間や獣人……妖精族以外の流れの種族は、法力を蓄えるための基本から体得する必要があるのよ。ほら、息をするのは誰に教えてもらわなくても出来るでしょ? 魔法に関して言えば、妖精族以外はその『息をする方法』から身につけないとならないのよ」
「そっかぁ……大変だね?」
エシャーは憐れむような目で篤樹を見る。
「別に! 俺は魔法使いになる気はないから!」
三月に先を越されたという悔しさも相まり、つい強い口調で反論してしまう。
「アッキーには、俺がキッチリ剣術を仕込んでやるぜ!」
篤樹の言葉を打ち消すように、スレヤーが間髪入れず声を上げてくれたおかげで、場の空気が悪くならずに済む。篤樹は内心スレヤーに感謝しつつ、話題を戻す。
「あ……でも、リュシュシュ村のビルだって、あの歳で法術の基礎はほぼ完璧に身につけてたんでしょ? エルグレドさんなら……」
「視界の問題ね」
エルグレドよりも先にレイラが答えた。それに続き、エルグレドは苦笑しながら口を開く。
「他人から言われると、ちょっとカチンときますね。まあ、でも……そういう事です。ビルは生まれた時から御両親の法術を見て育っていたので、魔法を『当たり前の出来事』と認識出来ていたんです。でも私は王宮で生まれ育つ中、法術は『特別な力』という認識しかしていませんでした。ですから、ある程度成長してから学ぼうとしても、私の意識の中にある『常識』が邪魔をし、法術に対する『視界』が開けていなかったんです」
「それじゃあ時間もかかるわけよねぇ……」
レイラは鼻で笑うようにエルグレドに……というよりも「ミツキ」を労うように呟いた。エルグレドは一瞬あからさまにムッとした顔を見せたがすぐにフッと笑う。
「そうですね。ミツキさんは……とても忍耐深い教師でしたよ。私もタフカも、何度も失態をさらしましたが……仕上がるまで彼は諦めず……というか途中で辞めることを許さずに最後まで鍛え上げてくれたんです」
「どんな……訓練をするんですか?」
篤樹がつい尋ねたのをエシャーは聞き逃さなかった。
「あ! アッキー! さっきは興味ないって言ってたくせに、ホントは魔法が使いたいんでしょ!」
やはりエシャーも先ほどの篤樹の態度には少し腹を立てていたのか、ここに来て鬼の首を獲ったかのように追及する。
「そりゃ……使えるんなら……便利だろ?」
今度は篤樹も自分の気持ちを偽らずに答えた。2人のやり取りをエルグレド達は微笑ましそうに眺める。
「私とタフカにはまず『お手玉』が渡されました」
「お手……玉?」
篤樹がポカンとした声で復唱した。エシャーも不思議そうに尋ねる。
「お手玉って……あの『ボールをクルクル回す遊び』のこと?」
「ええ。あのお手玉です。私とタフカに、最初は3つずつの玉が渡されました。両手で自在に回せるようになるまでやれと……ね」
「それが……法術の基礎訓練?」
篤樹は唖然として確認する。しかしレイラは納得した声で口を開く。
「なるほどねぇ……呼吸と集中と感触を高めるわけね。お手玉って所は可愛らしいけど、とても理に適ってるわ」
「そうですね。でもミツキさんは、それが何のための訓練なのかとは教えてくれませんでした。とにかく私だけでなく、タフカにも足りないものを補えるからと……」
「どっちが上手だったの?」
エシャーが「自分も出来る遊び」の話に興味を示し尋ねた。
「最初は断然タフカでしたよ。彼はすぐに5個回しまで行きましたから。でも私は……3つ回しを完璧に身に付けるまで何十時間も……恐らく何日もかかったと思います。ただ、7個回しの段階でタフカには並びました。それに、10個回しは私の方が先にクリアしましたよ」
「10個回し!? そんなに……」
エシャーが目を見開いて驚く。レイラはそんなエシャーの様子に微笑みながら口を開いた。
「ああ……それで『妖精王』なのに、タフカも基礎訓練からやらされたのですのね」
「え? どういうことです?」
スレヤーがレイラの言葉に敏感に反応する。エルグレドはレイラの問いかけに笑みを浮かべ応じた。
「そうです。持って生まれた『力』の一部しか、タフカは用い切れていなかったんです。だから7個回し程度で私に追いつかれてしまったんですよ。ミツキさんはタフカの潜在的な法力と法術を見抜いていたんでしょうね。その用い切れていない部分の力を自由に用いられるようにするため、基礎からのやり直しをさせたんです。ところでエシャーは何個回せますか?」
エルグレドからの思わぬ問いかけにエシャーは驚き慌てながら答える。
「えっ! 私は……5個か……6個くらい……かなぁ?」
「レイラさんは?」
エシャーの答えを聞くと、エルグレドはレイラにも同じ質問を投げかけた。レイラはニッコリ微笑み答える。
「嫌味な隊長さんね。さあ? 最後に『お手玉』を試してみたのは100年以上前だけど……50は確実かしら。それ以上は飽きたからやめたわ」
「50個回し!?」
篤樹が思わず 素っ 頓狂な声を上げた。エシャーも唖然とした顔でレイラを見つめるが、エルグレドは当然顔で微笑む。
「そうですか……でも、あなたなら100前後は確実でしょう?……タフカは130でやめました。私は135個です」
「100って……」
篤樹は頭の中で「最強の魔法使い3人」が100個のお手玉を回している姿をイメージした。いや……イメージさえ出来ない!
「つまり……」
エルグレドは魔法の基礎訓練に関する話をまとめる。
「何個回せるかというのは、30を超えた辺りから関係ないんです。200でも300でも同じです。お手玉の技術ではなく、法力の『呼吸』が整えられているか、整っていないかを確認するためのテストのようなものですから」
「その『ジャグリング』を合格したって事ですかい?」
スレヤーが感心したように尋ねた。
「ええ。フィリーやエルフたちだけでなく、ミツキさんとタフカに出会った事で、私は全く開けていなかった魔法に対する『視界』が広げられました。タフカに対する対抗心……彼も私もお互い『負けず嫌い』だったおかげで相乗効果も生まれ、何よりもミツキさんの的確な指導で、私も法術を身につけることが出来たんです」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「さて……もうそろそろ『仕上がった』と言えるかなぁ?」
10mほどの巨人のようなミツキは、足元のエグザルレイとタフカを見下ろし語り掛けた。2人は悔しそうにミツキを見上げる。
「クソッ! 追い越せないままなのに『仕上がり』だと?」
「ミツキさん……この差はもう……埋まらないんですか?」
「さあね。いつかは埋まるのかも知れないけど、これ以上は時間の無駄だよ。でも、僕との差がここまで縮まったんだから、2人とも凄い仕上がりだと思うよ」
確かに……初めは空一面に広がるほどの巨大な顔で見下ろしていたミツキとの『差』がここまで縮んだのだという目に見える変化に、自分達の成長を自覚出来る。身体の中に流れる血流の細胞一つ一つまで「ハッキリと認識」出来るほど、全ての感覚が研ぎ澄まされた。どこまでも続く広大な草原と思っていたこの訓練の地も、その構造や組成をある程度理解した事で「果て」がある事を今では認識出来ている。
明らかに……この地に来た「あの頃」までの自分たちとはレベルの違う「力」を得たことを、エグザルレイもタフカも感じていた。
「最後に……」
ミツキは訓練終りの訓示のように改まって語り出す。
「タフカくん。君は……いつか君の中の『記憶』と闘わなきゃならない。その『記憶』は、君の人格そのものに大きな負の影響を与えているようだ。何があったのかは分からないけど……僕が君を仕上げた事を後悔させないでもらいたい」
「知らんな……そんな約束は……出来ん! だが……その教えも忘れないようには心掛けよう」
ミツキはフッと笑い、視線を移した。
「エルくん。君もだ。君の内にある怒りや憎しみや哀しみ……破壊的な『負の感情』はかなり大きいものだね」
「……」
「怒りや憎しみが生み出す力は……かなり強いものだよ。その感情は……今の君が持つ『力』を100パーセント引き出すほどに強力だ」
「それなら……ちょうど良いですね。奴は……強敵ですから……」
「そうじゃないんだなぁ!」
ミツキは少し苛立ったような声を出し、頭を掻きながら続ける。
「怒りや憎しみの力っていうのは強力なんだよ。希望や喜びの力より、ある意味で何倍も強いものだ。それだけに、内在している『力』を100パーセント引き出せるだけの起爆剤にもなるんだけど……コントロールが難しいものなんだ」
「コントロール?」
「そう! たとえ170kmの球を投げられるピッチャーでも、コントロールが悪くてストライクゾーンに投げれなきゃ、試合では役立たずってのと同じさ! 怒りや憎しみが起爆剤になり、どれだけ強大な『力』を引き出せたとしても、それが的外れな結果を招くことにもなるってこと……分かる?」
エグザルレイとタフカは、相変わらず意味不明な例を挙げて力強く説明する「師匠」に苦笑いを浮かべつつ、頷き応じた。
「何となくは……」
「後半は……な」
「うーん……大丈夫かなぁ? 良いかい、2人とも。とにかく怒りや憎しみの思いで物事を見ないこと。ベルブを前にしても、絶対に『怒りや憎しみ』で戦わないこと。怒りや憎しみに操られず、むしろそれを操ること。約束してくれる?」
エグザルレイとタフカは互いの返答を探るように目を合わせ、それからミツキに視線を上げる。
「約束は出来ん」
「自信はありません」
「はぁ……」
ミツキはウンザリしたように溜息をついた。
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