◆完結◆『3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~』《全7章》

カワカツ

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第3章 エルグレドの旅 編

第 156 話 秘められた力

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 良かった……まだ、南の村までは来ていませんでしたね……

 エグザルレイはグラディー戦士たちと別れ、単身別動作戦で南の村まで駆けて来た。途中で法力馬に乗っていたエグデン軍の 斥候せっこうと出会えたことも幸いだった。斥候を倒し法力馬を奪い移動して来たおかげで、予想よりも早く村に辿り着けた。
 敵の部隊がまだ村まで進んで来ていないのを確認すると、エグザルレイは井戸から水を汲んで馬に与え、近くの柱に 手綱たづなを結んだ。

「さて……問題は『あの ひと』ですね……」

 そう呟くと、森の中の ほこらに向かう。大賢者ミツキの法力量を上回るほどの力を感じた「予言者の鏡」……その力は、エグザルレイの意識に直接語りかけて来た女性の持つ力だろう。しかし彼女は「予言者の鏡」を持ち出すことを かたくなに禁じてきた。

 説得出来れば良いのですが……

 エグザルレイは祠の前に立つと深く息を吸い込み、気持ちを整え大きく息を吐き出す。

「いずれにせよ……協力していただくしかありませんから……」

 声に出して自分自身の思いをさらに確かなものとし、祠へ足を踏み入れる。鏡の位置はエグザルレイが戻した時から変わっていない。

 さて……

 両手を伸ばして「予言者の鏡」を つかみ上げる。前回、メノウが現れた時の様な鏡面変化が起こるだろうかとしばらく鏡面を見つめるが、今回は何も変化は起こらなかった。

 いや……?

 鏡をジッと見つめる自分の目を見たエグザルレイは「自分が鏡の中から見つめられている」ことを感じ取った。

 なるほど…… 品定しなさだめ、ですか……

「……全てを『見られた』上で拒否反応を示されないというのは、助力を承諾して下さったと理解しても構わないのでしょうか?」

 エグザルレイは自分が言葉で伝える以上に、鏡の中の「力」が自分の全てを知り終えたのを感じとると、声に出し尋ねる。

 つながってますね……意識の中に「あの ひと」を感じる。

「ごめんなさい……」

 その声は、前回よりも申し訳無さそうな思いに満ちていた。

「私達が来たせいで……こんな世界になってしまって……。あなたのように苦しむ人を生み出してしまった……本当にごめんなさい……」

「相変わらず意味不明な『予言』ですね」

 エグザルレイは苦笑しながら答える。

「詳しいお話を伺いたいとは思うのですが……今は一刻を争う事態だと御理解下さったのかと。あなたの力をお借りしたいのです」

 単刀直入なエグザルレイの申し出に、女は戸惑いながら応じる。

「……私はこの祠の中でしか、自分の意思を表す事が出来ません。この『バックミラー』には、私の思いを何千年も注ぎ続けて来ました。最後の戦いに備える武器となるように……あの子達のために……」

「あなたの事情を知るためには、数千年のお話を聞く必要がありそうですね」

 エグザルレイは口を挟む。

「つまりこの鏡はあなたの『実体』ではなく『本体』でもない、と。そういう事ですね?」

「ええ……『実体』や『本体』とは違いますね。あえて言うなら『分身』……いえ『分心』かなぁ……」

 どうやら本人も上手く説明が出来ない様子に、エグザルレイは笑みを浮かべる。

「てっきりあなたは『神さま』なのかと思っていましたが……まるで普通の人間のような困惑をされるんですね」

「神さま? ふふっ。不思議な力があるとそう思うかも知れませんね。でも人間ですよ、私は。ただ……あなたたちとは違う世界で生まれただけ……」

 ヒヒーン!

 集落の方角から馬のいななきが聞こえた。エグザルレイの意識の中で「2人」の緊張が走る。

「どうやらここまで来てしまったようです……この鏡の『力』をあなたの意思で使えないのであれば、どのように使えば良いのですか? 教えてください」

 エグザルレイの問いに、女は一瞬躊躇とまどいをみせた。しかし、意を決した声で応じる。

「あなたの『力』として自由に使えるはずです。あなたみたいな特別な『力』があるなら制御は可能なはず。私はこの『バックミラー』に力を充電していただけのようなものだから……あなたの意思で『力』をコントロールして……でも待って!」

 趣旨を理解し、祠から飛び出そうとするエグザルレイを女が急いで引き留めた。前回のように『攻撃的な引き留め方』ではないが、エグザルレイは即座に足を止める。

「なんですか? 『力』をお貸し下さるんじゃ……」

「そのつもりです!……というか……『これ』が役に立つのなら……使ってもらっても構いません! 少なからずあなたは『あの子たち』とつながりを持ってるのだし……でも!」

 声の中に、複雑な思いが満ちている。

「この間も言ったように……このバックミラー……鏡は『ガラス』で出来ているの。あの はガラスを心底憎んでるわ! 恐れてるというか……激しい悲しみと怒りと絶望で『ガラス』を消し去ろうとする。だからここに結界を張り、彼女に見つからないよう隠しながら力を蓄え続けて来たの。でもここを出れば……すぐに彼女はこの鏡の存在……『ガラス』の気配に気付くわ。そうなれば……また……」

「この鏡を狙う恐ろしい敵がいるのですね?」

 エグザルレイは確認するように尋ねる。

「恐ろしい……敵?……ううん! 違うの! あの娘は可哀想な……」

「おい! あそこに何かあるぞ!」

 祠の外で複数の声と気配が迫って来た。

「とにかくエグデン軍に勝利しましたら、すぐにここへ戻します! それで良いですか?!」

 エグザルレイは外の敵の動向に注意を向ける。

 森の中には20人近い気配……集落には……100人以上……これはさすがに……

「お願い! あの と戦うのはやめて! あなたの用が終わったら……多分、ここに戻す余裕なんか無いわ。だから用が終わったその場所ですぐに処分を済ませて! 可能な限りの高熱でこの鏡を……ガラスを完全に溶かしてしまって! それが……条件よ!」

 女の声を聞き終わるや否や、エグザルレイは祠の入口から飛び出した。すぐ目の前に6人のエグデン兵を視認する。敵も祠の入口を注意していたおかげで、即座に攻撃魔法と矢が放たれて来た。

 タイミングとしてはその攻撃を数発受けていてもおかしくはなかった。だが「予言者の鏡」を抱えるエグザルレイは、自分でも体験した事の無い研ぎ澄まされた感覚と、身体能力の超強化を感じている。

 全ての敵と……その攻撃が止まっている?

 周囲が静止しているかのような不思議な世界……その中を、ただ自分だけがゆっくり動いているのだ。エグザルレイは予言者の鏡を左手でしっかり握ったまま、右手を伸ばし敵兵たちに狙いを定める。まず手前の6人、そして後ろに続く8人、右の木々の中にいる3人と左の木々の中に見えた3人……それぞれのエグデン兵に向け、冷静に1発ずつ攻撃法術を放ち終わると、時の流れが元に戻った。

「グァッ!」

「ムンッ!」

「・・・」

 倒れ行くエグデン兵たちの中で、断末の声を上げられたのはほんの数人だった。他は自分の身に一体何が起きたのか理解する間もなく絶命している。

 これは……凄過ぎます!

 エグザルレイは倒れた兵士たちを呆然と見渡した後、自分の右手を見つめた。

「これが……あなたが蓄えて来た力ですか?」

 左手に握った予言者の鏡を持ち上げ尋ねるが、女の声はもう意識の中に響いては来ない。

 そう言えば、祠の中だけでしか発現出来ないんでしたね……

「約束は守ります! あなたの力……しばらくお貸しくださいね」

 声に出してそう呟くと、エグザルレイは集落に向かう森の小道を駆け戻って行った。 


―・―・―・―・―・―


 数十分後……エグザルレイはグラディー山脈を越える峠道を、法力馬にまたがり疾走していた。

「やれやれ……到底かないませんね……」

 法力馬を巧みに操りながら、左手に握る「予言者の鏡」に映る後方の空を確認する。南の空から真っ直ぐ伸びて来る黒い 雷雲らいうんは、明らかにエグザルレイを目指し進み広がっている。

 南の村に侵攻してきたエグデン軍約200人を、まるで攻撃魔法の練習用に立てた的を射抜くかのように瞬時に制圧した時は、鏡に蓄積されていた「力」の量にただ圧倒された。
 これなら……いける! 速やかにヴェザやグラディー戦士らと合流し、エグデン軍本隊を打ち破ることが出来る!……そんな計画を思い浮かべたのも束の間、南方から迫り来る大きな「恐怖」を察知し、弾かれる様にエグザルレイは法力馬にまたがり駆け出して来た。

 あんな「恐怖」を引き連れて、ヴェザ達の下《もと》に帰るわけにはいきませんからねぇ……

 空気を伝わりビリビリと感じる「巨大な恐怖」……法力馬も本能的に、あの雷雲から逃れなければマズイと感じとっているようで、その駆け足に一切のためらいはない。力の続く限り、最大値で駆け続けてくれている。

 「力」はまだまだ有りますから……頑張って下さいね……

 エグザルレイは祈るような思いで手綱から法力馬に「力」を送り続けた。しかし……さすがに「平地」とは違い、いくら法力強化可能な特別な馬でも、この峠道での全力疾走には限界がある。

 そりゃ、いくら法力馬の脚でもこの峠では速度が落ちますよねぇ……あちらは変わりなく進んで来ていますし……早くしなければ……

 山肌が き出しのグラディー山脈西方にエグザルレイは視線を向ける。

 エグデン軍本隊は、もう尾根を下り始めている頃……ヴェザたちは ふもとで迎え撃つでしょうから……見えた!

 グラディー山脈の南側麓に点在しているグラディー戦士達の迎撃隊と、山の尾根から下り進んでいるエグデン軍本隊の姿を確認したエグザルレイはすぐに手綱を操り、エグデン軍本隊後方を目指し法力馬の向きを変えた。
 操られることを一度は拒もうとした馬も、エグザルレイの意志と手綱には結局従うしかないと諦め、駆け難い岩場を精一杯の力で横切っていく。

 麓で迎撃態勢をとっているグラディー戦士の群れだけでなく、南の空に広がって来た怪しい雷雲に動揺し始めていたエグデン兵達は、さらに東の山肌を駆けて来る法力馬に気づき騒ぎ出す。

 エグザルレイは、そんな動揺を始めたエグデン軍後方側面まで辿り着き、声を張り上げた。

「至急『王子』に伝言を! 危険が迫っています! 速やかに避難を!」

 エグザルレイが目指していた場所……エグデン兵の精鋭に守られている後方集団の中央に見えるホロ付きの軍馬車。間違いなくあそこにいるはずだ!

「何?」

 思いがけない申し出を不審に思ったエグデン兵達が、エグザルレイを取り囲む。しかし、南の空に確かに「異常」を感じているため、即座に攻撃を加える事には 躊躇ためらっている。その様子を確認し、エグザルレイは尚も声を張り上げた。

「聞こえないのですか! グラディー族が『呪いの大法術』を用いて来たのです! あれをご覧なさい!」

 エグザルレイは南の空に顔を向けた。グングン迫ってくる真っ黒な雷雲。それがただの雨雲ではないと誰もが感じている中に「呪いの大法術」という単語を突き付けられた事でエグデン兵たちはますますざわつき始める。

「早く! 全軍撤退を……いや! 王子だけでも速やかに!」

 「王子の身を案じ駆けつけてきた者」としての言葉は、異常な光景に不安と動揺を覚えていたエグデン軍に大きな効果があった。

「一緒にこちらへ!」

 部隊長らしき兵士がエグザルレイに声をかける。速やかに法力馬を降りると、エグザルレイはその兵士に付き従いホロ付き馬車に向かって駆けだした。

「私は旅の法術士『エグザ』と申します! グラディーの悪邪を封じる英雄柱と壁が失われたと聞き、急ぎ参りました! まさか本当に奴らの『呪い』が発現するとは……」

 エグザルレイは先導する兵に情報を刷り込みながら走る。ホロ馬車の近くまで寄ると、先導してくれた兵が王の護衛に付く近衛兵に向かい声をかけた。

「王に、至急の伝令です!」

「どうした?」

 そのやり取りの間に、エグザルレイは南方の空を確認する。

 あと15分……いや……10分ってとこですか……

「シャムル殿下に御注進です! 旅の法術士エグザなる者が、あの雷雲はグラディー族の『呪いの大法術』であると伝えに参っております。 謁見えっけんを希望しておりますが、いかがいたしましょうか?」

「なんだと!」

 ホロ馬車から顔を出したのは初老の男性……兵士ではない。恐らく王子でもない……側近の従者……いや、宮中有力者というところですか……エグザルレイはエグデン式の最敬礼をする。

「こんな敵地の最前線で自軍以外の者をここへ近づけるとは……馬鹿か! すぐに処刑しろ!」

「お待ち下さい閣下!」

 エグザルレイが叫ぶ。

「無礼を承知の上で馳せ参じました! もはや一刻の猶予もないのです! ご覧下さいあの空を! あの雷雲の持つ禍々まがまがしいうねりを! 法術兵ならずとも、すでにその邪気を皆感じとっていることでしょう」

 鬼気迫るエグザルレイの声が響く。演技をする必要もなくエグザルレイ自身も迫り来る雷雲の恐怖に耐えているのだ。その叫びは周囲の兵士たちの士気を くじくには十分の効果がある。

「ジュドよ。我に語らせよ」

 馬車の中から若い男の声が聞こえた。

 これが……エグデンの王子シャルム……新王候補者ですか……

 エグザルレイはその場に片膝をつき、臣下の礼を表した。馬車から顔を出したのはまだ若い……エグザルレイと見た目は同世代の細身の男だ。

「詳しく話を聞きたいのだが……」

「恐れながら殿下。無礼を承知にて進言させていただきます。もはや一刻の猶予もございません! 速やかにこの地から……」

 バァーン!

 激しい雷鳴が突如南の空に響き渡り、エグザルレイの声は掻き消されてしまった。
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