◆完結◆『3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~』《全7章》

カワカツ

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第3章 エルグレドの旅 編

第 160 話 拘束

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「その後、シャムル王子と合流しましてね……」

 エルグレドは当時の様子を思い浮かべながら語る。

「戦地で『何が起きているのか』については、護衛騎兵達と王子自身の証言が宿営中に広まっていましたから、あとは私が『必要な補足』を入れたんです。長き眠りから めた『グラディーの怨霊達』の力は計り知れないが、一時的にはその力を抑え込む事に成功した、とね。しかしグラディー山脈を越えてエグデンから立ち入る者が在れば、再びあの『グラディーの怨龍』が現われるだろう……と。おかげで即座にシャムル王子の命令でグラディー山脈に続く道は、全てエグデン軍により封鎖されました」

「えっと……でもそれって……」

 篤樹が確認するように口を挟む。

「嘘も方便よ。ね? 偉大なる策士さん」

 レイラが茶化すようにエルグレドに声をかけた。

「正面から敵を排除していく事だけが戦いではありません。特に多勢に無勢の負け戦を勝利に導くためなら……機会を逃す手は無いでしょう?」

 エルグレドも得意気に答える。しかしスレヤーは腑に落ちない様子で尋ねた。

「そりゃ……確かに5万の兵を失ったワケですから、王室が戦いを避けたい気持ちも分かりますけど……でも、そんな半端な作戦をよく軍部が納得しましたねぇ?」

「そうですね……」

 エルグレドはスレヤーが抱く当然の疑問に対し答える。

「まず一つは、先ほども述べたようにシャムル王子……まあ、その後すぐに王に即位したんですが……彼と騎兵達の証言は実体験から発する『真実の恐怖』です。彼らの『怨龍』に対するその恐怖心は、あっという間に軍の中にも広がりました。加えて彼らを『助けた』強力な法術士である私の意見も後押しになりましたね」

「自分で『黒蛇の雷雲』をけしかけたクセに、エルってズルい!」

 エシャーが率直な見解を述べた。

「まあ……黒雲に追われる中で急遽変更した作戦ですからね。万が一にでも国権を握る王族の『命の恩人』となれれば、敵の中に入り込み、自分達に有利な計略を打つことが出来ると考えたわけです。最悪でも、黒魔龍の力があれば私諸共エグデン侵攻軍を殲滅することが出来るだろうと……。結果的に、計画した以上の最善に導かれました。まさか、あれほどすぐに彼が王位に立つとも思っていませんでしたし……。とにかく、エグデンの『新王』の信頼を得、軍の動きを操作する作戦に切り替えたんです」

「それで?」

 レイラが続きを促す。

「はい。スレイが気になったように、それだけじゃ足りませんでしたよ。軍を再編してグラディー粛清に向かうべきだという声もありました。それに、私に対する疑いの目を向ける人々も当然おられましたしね。でも、思いもよらない『助け』を得たおかげで……」


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……ではエグザ殿は、このままグラディーの残党らを放置すべきとお考えか?」

 王宮議会の には100人の長老議員と7人の大臣、そして、外套をまといフードで顔を隠した「ユーゴ魔法院評議会」メンバー5人がそれぞれの席に座っている。王に即位したばかりのシャムルは正面の「王座」に座っているが……イグナの「謁見の間」とも比較にならない質素な造りの「会議室」を初めて見た時、エグザルレイは王制が有名無実化している事を感じとった。シャムルの一存で全てを動かせるワケでは無い。

 実権を握っているのは……やはり、魔法院か……

「手を出さなければ『あの 怨龍おんりゅう』は本当に王都までは攻めて来ぬのだな?」

 エグザルレイに尋ねた大臣の問いに、シャムルが重ねて発言する。

「それは、私にも分かりません」

 エグザルレイはシャムルに顔を向けつつ、議会に集まる全員の反応を注意深く探りながら答えていく。

「私は一介の法術士に過ぎません。ただ、法力と法術においては、この場におられるどなたよりも優れているモノと自負しております」

 議員達がザワつく。多くの者が魔法院評議会メンバーの反応を気にする素振りを見せた。エグザルレイは構わずに続ける。

「その私が実際にあの黒蛇……『グラディーの怨龍』と対峙した際に感じ取った奴らの思念は……恐らくエグラシス大陸の全てを消し飛ばすほど強大な力でした。ただ……」

 エグザルレイは言葉を切り議会を見渡した。

「その思念の中に感じとった思いは、怒りや憎しみ・敵対者の殺戮を願うものだけではなく、むしろ自らの安住を願う祈りにも似た思いを感じとったのです」

「安住を願う祈り?」

 議員の1人が首を傾げ呟く。その声をエグザルレイは拾い上げる。

「そうです。もともと いにしえのグラディー族は『安住を願う民』であったと聞き及んでいます。その根源的な要求に応えるなら、恐らくは『あの怨龍』が発現する力を削ぐことにつながるのではないかと。少なくとも……」

 エグザルレイは議会の全員をサッと見渡す。

「国の兵力4分の1に当たる5万の兵を、わずか数日で打ち払ったグラディー残党とあの怨龍です。再び発現すれば取り返しのつかない災厄をこの王都にも招く事になるでしょう。触らぬ神に祟り無し、というのも選択肢ではないかと、私は提言しているのです」

 さて……どうされますか?

 エグザルレイはザワつく議会全体を見回し、最後にシャムルに視線を戻した。

「我はエグザの案に異議は無い……」

 シャムルが発言を始めると議会のザワつきが収まる。

「大陸全土からみればあそこは僅かな地だ。資源も無い荒廃した僅かな土地に固執して兵を進めた結果、5万もの兵を失ってしまった……この1年、奴らも沈黙したままではないか? にもかかわらず尚も甚大な災厄を招くやも知れぬ行動を選び取る必要も無かろう。彼の地を奴らの『抑留地』として手離せば、あの怨龍が発現することも無いのだろ?」

 兵を進めれば再びグラディーの怨龍が発現する。その責任を誰が取るのか? 議会に集まっている誰もが、その責任を負うほどの覚悟・確信は持ち合わせていなかった。しかし、決議に至りそうな雰囲気の中、男の声が上がる。

「我々評議会としては……」

 議会の沈黙を破ったのは、ユーゴ魔法院評議会の中の1人だった。

 やはり最終的な実権は彼らが握ってるようですね……

 エグザルレイはついに発言を始めた評議会メンバーに顔を向ける。今の共和制エグデン王国を影から操る実権者……ユーゴ魔法院評議会を説き伏せなければ計画は終わってしまう……エグザルレイの内に緊張が高まっていく。

「この一連の事態には、我々も深い憂慮を覚えるものです」

 フードを被っているので顔は分からないが、その声からすると中年の男性……恐らく5人の評議会メンバーの長なのだろう。議会全体がシンと静まり返る。

「何故あの包囲壁が突如崩壊したのか……この1年の間、我々も原因の究明に努めて来ましたがその解明には至っておりません」

 丁寧な言葉遣いだが決して「下に在る者」としてではなく、むしろ「上に立つ者」が教え諭すような口調で語り続ける。

「解明も結論も出せないであろう現状から、我々は1つの『仮説』を立てることとしました」 

 仮説?

 エグザルレイはこの男が何を語ろうとしているのかと いぶかし な表情を浮かべた。

 内容によっては次の作戦を考えなければ……

「英雄柱によるグラディー包囲壁魔法は『一つの使命を終えた』ということです。400年前、戦乱の絶えなかったエグラシス大陸が一つの平和に結ばれるために、あの『悪邪ども』の存在は危険なものでした。それゆえ、包囲壁魔法による完全な隔絶を必要としたのですが……今やその必要も無くなったということです」

 男はそこで話を区切り、議会の様子を伺う。

「それはつまり……どういうことだ?」

 シャムルが続きを促す。

「この400年で、大陸は共和国制エグデン王国としての社会が安定しております。大陸の端のわずかな地の民など、もはや何の脅威にもなりません。にもかかわらず包囲壁魔法を発動し続けるためには多くの人的・財的な拠出を要します。価値の無い地、脅威無き者達のために拠するには過ぎるほどの負担です」

 男は議会の者達の理解度を確認するように全体を見渡し、さらに続けた。

「英雄柱の中のどなたかが思われたのではないでしょうか? もはやこれほどの手をかけずとも、エグラシスの平和は守られる、と。そして……術を解かれた」

 エグサルレイは思いがけない内容に驚いた。

 この仮説は……使える!

「それはつまり、あの『壁の崩壊』は何者かによる攻撃ではなく、英雄柱自らの意志によるものであったということか?」

 大臣の一人が尋ねる。男は発言者に向きを変えることもなく応じた。

「いかにも。英雄柱に外部から攻撃する事は不可能。我ら魔法院の完璧なる防御魔法により守られているのですからな。ならば崩壊の原因は内側からの力……英雄柱自身によるものと考える他ありません」

「いや……しかし……」

 先に発言した大臣とは別の大臣が口を開く。

「英雄柱の働きについては評議会の管轄ですから、我々にはその深いところは分かりませぬが……事実としてその壁の崩壊によりグラディーの怨龍が放たれたのであればその責任は……」

「あくまでも仮説です」

 責任転嫁を試みる大臣の言葉を遮り、男が語る。

「それに壁が無くなったことで くだんの怨龍が発現したのではなく、国軍が我々に助言も仰がず5万の兵を率いてグラディーの残党狩りに おもむいた事により怨龍は発現した、と聞き及んでいますが?」

 駆け引きも男のほうが上だとエグザルレイは感じ取った。無能な大臣に実権無き王……ユーゴ魔法院評議会による 傀儡かいらい政治の姿を確認する。

 それにしてもこの「仮説」は……

「では、評議会の意見を聞こうか?」

 シャムルはまるで降参を示すように、両手を軽く掲げて男に尋ねた。

「我々としては、新たに包囲壁魔法を発動する必要性は感じておりません。残存するグラディー領内の者たちの数もたかが知れています。その者らが実効支配しているのも旧グラディー領内のごくわずかな地……山脈の南西側一帯に過ぎぬのですから。問題なのは件の怨龍……我々にもそれがいかなる脅威かは計り知れませんが、確かに膨大な法力の乱れを確認しております。それが奴らの法術であるのなら……その者の言うように『触らぬ神に祟り無し』とも言えるでしょう」

 男はエグザルレイに顔を向けた。

「……ただ、気になる事もあります」

 一瞬、計画が上手くいきそうな様子に笑みを浮かべたエグザルレイの反応を、男は見逃さず尋ねる。

「エグザ殿の表情に心なしか歓喜の笑みを感じますが、それは 何故なにゆえ?」

 しまった!

 エグザルレイは心の中で自分の未熟さを責めた。しかし、その笑みを残したまま、エグザルレイは答える。

「自分の意見が通りそうな雰囲気ですからね。笑みも浮かべますよ」

 下手に言い取り つくろうよりも、一般論に置き換えることで疑いを かわす。男は真意を測るように、しばらく黙ってエグザルレイを見る。

「無礼を承知でお願いしたいが……」

 男はゆっくりとエグザルレイに近寄り語りかけた。

「法術は独学と伺ったが、かなりの使い手……我が魔法院でも最上級魔導士を しのぐほどの法力の持ち主……ゆえにどうしても確かめておきたくてね……しばらく『調査』に協力していただけますかな? 貴殿の身上が『真実』か否かを」

 相変わらず丁寧な言葉遣いながら、絶対の服従を強要する態度で男が尋ねる。

 最後の試験ですね……良いでしょう!

「もちろん構いませんよ。どのようにお調べになられますか?」

 男から発せられる臨戦態勢の空気を感じながらも、エグザルレイは笑顔で答えた。

「さすがに余裕ですな。まあ、身上に偽り無きなら何も問題はありません。今日は調査の適任者を同行させておりましてね。『彼女』の調査に協力さえして下されば、すぐにこの場で終わりますよ」

 彼女?

 エグザルレイは、男の指示で席から立ちあがった評議会メンバーを見る。外套に身を包み、深々とフードを被っていて顔は確認出来ない。身長と身のこなしから、女性であることは間違いないだろうが……フードの下に一瞬見えた口元から、顔に包帯が巻かれている事が分かった。

「エグザ殿、どうぞ楽な姿勢を……」

 男はそう告げると一歩退く。代わりに、評議会メンバーの女がエグザルレイの前に立つ。フードの陰から女の視線が覗く。

「あっ……」

 エグザルレイは思いもよらなかったその視線に驚き、防御の手が遅れてしまった。

 しまった……これは……。それよりも……なぜ 貴女あなたが……

 驚きと喜びと困惑の表情を浮かべたまま、まるで石像のように固まったエグザルレイをしばらく眺め、その女は振り返る。

「『拘束魔法』を施しました。……すぐに『尋問』を始めますか?」

 女の問いに、評議会メンバーの男が応えた。

「さすがだな……見事なものだ。これほどの術者をもいとも簡単にとは……では始めたまえ、 ミッシェル・・・・・くん」
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