◆完結◆『3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~』《全7章》

カワカツ

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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 179 話 密室の男女

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 ミラの居所である 従王妃宮じゅうおうひきゅうに続く扉が開かれると、目の前にはさらに2人の侍女が待機していた。先の2人と同じくらいの年齢の若い女性だ。

「さあ、どうぞお進み下さい」

 扉の前で所在無げに立ったままの篤樹に、案内をして来た侍女が声をかける。

「あ……はい」

 篤樹が扉の中に足を踏み出すと、中で待機していた侍女たちは回れ右をし先導した。背後には先ほどの2人の侍女もついて来る。

 なんだか……連行されてる気分だなぁ……

 ミラの居所の廊下は先ほどの「王妃の廊」と違い幅も広く、いくつも並べられた燭台で明るく照らされていた。よく磨かれた大理石がタイル状に敷き詰められており、歩行者の姿を薄っすら反射して映し出す。篤樹は一歩一歩を重い足取りで踏みしめながら、前の2人に従いしばらく進んだ。

「こちらへ……」

 廊下の壁が途絶え、広いホールに入る。すぐ右手に、幅の広い木製の上り階段が現れた。侍女たちはその階段を上っていく。篤樹はホールから繋がるいくつかの扉や廊下があるのを確認したが、今はそれらを見学して回る余裕は無い。仕方なく侍女たちと共に階段を上る。
 階段は踊り場で左右に分かれていた。右手の階段を上る侍女たちに従い2階に辿り着くと、 絨毯じゅうたんが敷き詰められた5メートル四方くらいのスペースがある。その奥壁に、大きな飾り扉が有った。扉の前には衛兵が左右に立っている。

「あっ……」

 その衛兵たちを見て、篤樹は思わず声を洩らす。

 2人とも……女の子だ……

「何か?」

 タイミング悪く1人と目が合った瞬間に篤樹が声を洩らしたせいで、扉の右側に立つ衛兵が明らかに不愉快そうな表情と声で尋ねる。

「いえ……別に……」

 篤樹もなんと答えれば良いか思いつかず、視線をそらし飾り扉をもの珍しそうに見るフリをする。

「カガワ・アツキをお連れしました」

 前に立つ侍女が衛兵に告げると、2人の衛兵は両開きの飾り扉を左右に引き開いた。篤樹は目の端に、先ほどの衛兵が鋭い視線で睨みつけているのを感じつつ、開かれた扉の中を確認する。

「来たか? 中へ……」

 教室ほどの広さの部屋の中央に、大きな円形のローテーブルが置かれている。テーブルの左右には、2人掛けほどの背もたれの無いタイプのソファーが置かれていた。テーブルの向こう側には背もたれつきのソファー……こちらは4~5人は座れそうな長さのものが置かれているが、今はミラ従王妃が1人で身を横にしている。
 調度品や室内の装飾など「間違いなく王妃の部屋」を思わせる おもむきに圧倒された篤樹は、立ち尽くしたまま室内を呆然と眺めた。

「どうぞ、中へ……」

 背後からせっつくように侍女が声をかける。

 ほんとに……入っても良いのかな……

 篤樹は恐る恐るという感じで室内に足を踏み入れた。

「あっ!」

 室内の様子に気を取られ過ぎていたせいで、床に敷かれている厚みのある絨毯に足を引っ掛け、篤樹はよろめき倒れてしまう。

 ヤバイ! 恥ずかし過ぎる!

 慌てふためきながら起き上がると……ミラは心底楽しそうに笑っていた。


―・―・―・―・―・―・―


 人払いをし2人きりになると、ミラから口を開く。

「案外間抜けなのね、伝説の『チガセ』って」

 卓上の果物籠から葡萄を1房右手にとり食しながら、ミラは篤樹に語りかけた。篤樹はテーブルを挟み対面で立ったまま、バツが悪そうに応じた。

「足が引っ掛かっただけです……。それに……別に僕は『伝説のチガセ』ってわけでは無いですし……」

「目の奥の『光』が違うそうね。見せて」

「え?」

 篤樹の言い訳には何の反応も示さず、ミラが語りかける。

 見せてって言われても……

 どう対応すれば良いのか分からず困惑する篤樹に、ミラは強い口調で指示を出す。

「もう! 近くに来て!」

 食べかけの葡萄の房を果物籠に戻すと、ミラは姿勢を直しソファーから足を下した。言われるままに篤樹は近付くが、どんな姿勢を取れば良いのか分からない。ミラは仕方無さそうにソファーから立ち上がった。

「ほら! 屈んで!」

 篤樹の両手首を掴み上体を引き下げる。篤樹はミラの目線まで顔を下げた。

 大丈夫かなぁ……こんな格好してて……

 チラッと扉に目を向ける。

 今、もし誰かが入って来たら……変な誤解をされてしまうかも……

「うーん、どれどれ……」

 そんな篤樹の胸中にはお構い無く、ミラは両手で篤樹の頬を挟み込みジッと瞳を覗き込む。しばらく見つめた後、フッと息を洩らした。

「なるほどねぇ……エルフ族の目じゃなきゃ分からないってことかぁ……」

「あ……なんか……そうらしいです」

 残念そうに呟き手を離したミラに、篤樹は申し訳無さそうに伝える。

「あの……それで……何の御用でしょうか?」

 とにかく居心地の悪いこの雰囲気から早く解放されたい篤樹は、サッサと本題を進めて欲しいと願いつつミラに尋ねた。

「なぁに? 私と一緒にお話しするのはイヤ?」

 ミラは笑みを浮かべながらそう言うと、ソファーの端の肘掛に腰を下す。

「いえ……何か話があるから呼ばれたのかなと思ったので……」

 篤樹は歯切れ悪く答える。

「何を心配してるの?」

 ミラは篤樹の心配を明らかに察していながら、意地悪をするように尋ねた。

「えっと……従王妃様の部屋に僕みたいなのが2人っきりで居るのって……なんか……マズいんじゃないかと……」

 篤樹は率直に自分の懸念を伝える。ミラは自分の予想通りの答えに満足したように笑みを浮かべた。

「大丈夫よ。あなたが心配することじゃないわ。王自らが目の前で御承認なさったでしょう? あなたは私の客人。客人と私が何をしようが私の自由ってことよ」

 ミラは上目遣いに篤樹を見る。

 なんだかなぁ……

 篤樹はこのシチュエーションをどう理解すれば良いのか、気持ちが落ち着かない。

「その……よく……王様は許されましたね? 僕みたいなのを……ミラ様の客人とするなんて……」

「馬鹿だからよ」

 ミラは間髪を入れずに答えた。思わず篤樹は言葉につまる。

 そりゃ……確かにあの王様は「馬鹿そのもの」にしか見えなかったけど……え? 言って良いの? そんなこと……

「私が願ったからそれに応えただけ。それが良いか悪いかではなく『言われたから従った』だけよ、あの男は」

 ミラは篤樹の心配を 他所よそに、ルメロフを非難し続ける。

「私が……王妃が願うものを与えておけば自分は尊敬され、感謝され、愛されると本気で思ってる真性馬鹿……それがこの国の王様よ」

「あの……えっと……そう……なんですか?」

 篤樹は同意も否定も示せずに曖昧な言葉で答えるしかない。ミラはウンザリしたように溜息をついた。

「あなたも謁見の間で見たでしょ? あの馬鹿さ加減を!」

 そりゃ……確かに……

 その表情から、篤樹も内心は同意していることを確信するミラは、嬉しそうに微笑みを浮かべ会話を続ける。

「カガワ・アツキねぇ……不思議な響きの名前ね。15歳…… 成者しげるものにはなってるんでしょう?」

 そんなに変な名前じゃないと思うけどなぁ……成者かぁ……15歳で大人扱いってのも何だかピンとこないけど……

「この間……多分もう誕生日は過ぎたはずだから15歳にはなったと思います」

 自分でも実感が湧かないままだけど……

「ふうん……」

 ミラは篤樹の頭の上から足元までを品定めをするように見る。

「私はねぇ……もうすぐ二十歳になるの。あなたより少しお姉さんってことね」

「二十歳……ですか?」

 予想よりは少し上だったが、やはりまだ「若い」。篤樹はとりあえず頷いた。

「去年の夏前に第四王妃……従王妃として召し上げられたわ」

「そうなんですか……」

 篤樹はソワソワとしている。なんだか「悪い事」をしているような気分になって来たのだ。

 だって……いくら「馬鹿」とは言え、その人の若い奥さんが夫の悪口を言うのを二人っきりの場所で聞くのって……何かマズくないかなぁ……

「だからぁ、何を心配してるの?」

 ミラの 悪戯いたずらっぽい視線が篤樹の目に飛び込んでくる。篤樹は極力その視線を避けるように視線をキョロキョロと動かしながら答えた。

「へ……変な……変な誤解をされたら……誰かに見られて……ちょっと……そしたら僕……困るし……ミラさまだって……」

 篤樹は自分で口走りながら恥ずかしくなって来る。

 一体、何を考えてんだ俺は! 別に二人で「話してるだけ」なんだから……何もやましくなんてないのに……ああ! 変なこと言っちゃったかなぁ……

 自分の発言を後悔するように顔を赤らめ口籠ってしまった篤樹を見ると、ミラは楽しそうな笑い声を上げた。

 ほら……やっぱり馬鹿にされたよ……

「私があなたを色目で見てると思った? 大丈夫よ」

 ミラは笑い終わった調子のまま、サッサと服を脱ぎ始めた。その動作があまりにも自然で、篤樹は一瞬、何が行われているのかを理解出来なかった。だが、ハッと気付いて声を上げる。

「あっ! ちょ……やめて下さい! マズいですって!」

 我に返った篤樹は、急いでミラに背を向けた。

「大丈夫だってぇ……ほら、もう良いわよ。こっち向いて」

 何が良いんだ?

 篤樹は混乱する頭を一生懸命に整理する……が、整理が追い付かない!

「ほら! 早く!」

 ミラにせっつかれ、恐る恐る振り返る。服は……脱いだままじゃないか! 篤樹は急いで背を向け直す。

「あの……服を着て下さい!」

「着てるから! 上を脱いだだけよ、ほらっ! 見て!」

 篤樹の背後から身体を掴むと、ミラは強引に振り返らせる。

 ええい! ままよ!

 動かされるままに振り返り、ミラの姿をパッと見た。

 裸……ではないし……下着姿とも違う? なんだか……

「水着?……ですか?」

「水着? 何それ?」

 ミラは体の線がクッキリと分かる「スクール水着」のようなものを着ていた。小学校の低学年の時に何人かの女子が着ていたような「時代遅れ」の水着とよく似た感じの……

「あ……すみません……なんか……勘違いで騒いじゃったみたいで……」

 篤樹はますます恥ずかしそうに苦笑いを浮かべたが……それにしても一体何がしたいんだ? この人は……

「これが理由よ」

「は?……何の……ですか?」

 唐突なミラからの「回答」に、篤樹はポカンとした表情で答えた。その表情が、再びミラの笑いを誘う。

「あなたが私と『二人っきり』でも、誰も何も心配しないし誤解もしない理由よ」

 この「水着」が? え? どういうこと?

 篤樹の脳裏にいくつもの「?」が並び続ける。

「これはね……『 貞操着ていそうぎ』よ。初めて見た?」

 テイソウギ? タイソウギ? 体操服? へ?

 全く理解出来ていない篤樹の表情がよほど面白かったのか、ミラはまた声を立てて笑う。

 なんだよ……この王妃さまは……

 篤樹は動揺を隠せない。ややしばらく笑った後、ミラは笑顔のままで説明する。

「『貞操着』……貞操を……もっと分かりやすく言うなら、男女の肉体関係をもたせないための服よ」

 男女の……肉体関係? 篤樹は何とも生々しさを感じる説明に顔を赤らめるが、ミラは構わず説明を続ける。

「王妃に召し上げられた者は、この貞操着を1年間着る決まりがあるの。事前に色んな検査もするクセにね。 処女おとめであるかどうか、誰かの子を宿してはいないか、王妃として相応しい『純潔』を保っているかどうか、1年間『これ』を着せられたまま、そんな観察をされるのよ」

 あまりにもサクサク説明するミラの調子に合わせ、篤樹も段々と「客観的理解力」が正常化してくる。

「観察……ですか?」

「そうよ、観察。ま、状態確認ね」

 篤樹が話を理解し始めたことを確認し、ミラはさらに続ける。

「この『貞操着』には法術が施されてるのよ。男女の肉体関係をもとうとしても、この貞操着が邪魔をするから関係は結べないわ。これを脱がせる解除魔法を知っているのは王様だけってこと。王宮に召されて1年間の観察が終わり、誰の子も妊娠していなかったことを明確にした後……初めて王の寝室に呼ばれるのよ」

「そう……なんですか……なんか……大変なんですねぇ……」

 篤樹は率直な感想を述べた。他に何と言えば良いのかも分からない。ミラはそれでもその答えに満足したように笑顔を見せると、ソファーに置いていた服を再び着始める。

「そう。大変なのよ。ホント……馬鹿みたい……こんなことを何百年も続けてるんだから……この国は……」

 篤樹は一応、服を着始めた王妃に背を向けて応じる。

「でも……それがあるから『間違いは起こらない』ってことで、王様もあんなにあっさり許されたんですね。すみません……そんな事情とか知らなかったから……」

「『間違い』かぁ……王妃になんか召されたことがそもそもの大間違いよ……はい、もう良いわよ」

 篤樹が気を使って背を向けていたことに気づいていたミラが合図をする。振り返るとミラはキチンと着替え終わっていた。

「でもねぇ……『貞操着』を着せられててもね……」

 そう言うとニッコリ微笑み、自分の唇に右手の人差し指を当てる

「この口は自由のまま……塞がれてはいないのよねぇ……」

 意味深に呟き近づくミラに、篤樹は再び緊張を覚えた。
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