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第4章 陰謀渦巻く王都 編
第 188 話 裸のつき合い
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その日スレヤーは王宮兵団ジン・サロン剣士隊に剣術指導をするかたわら、篤樹にも「超初心者剣術指導」を夕方まで行った。
「よし! んじゃ、今日はここまでだ!」
午後4時間ほどの訓練を終えた剣士隊兵士は、それぞれの場で呼吸を整えている。上着を脱いで上半身裸になっている兵士も何人かいる。かなり汗をかいている篤樹もすぐに服を着替えたいと思いつつ、先ずは扱い慣れていない「重たい剣」を杖のように地面につき呼吸を整えると、筋破壊で呻いている上半身のストレッチを始めた。その様子に気づき、スレヤーが声をかける。
「お? アッキー。まだ動き足り無ぇかよ?」
「え? あ……いや、もう充分ですよ! ちょっとクールダウンのストレッチを……」
篤樹はゆっくりと上体を解きほぐしていく。スレヤーはその説明がイマイチ理解出来ない様子のまま、篤樹に語りかけた。
「何つったっけ? アッキーが元の世界でやってたブカツって……」
「部活? 陸上部です……陸上の短距離です。100mをどれだけ早く走れるかを競う競技ですよ」
篤樹はスレヤーに分かりやすく説明を変えながら答える。
「100mかぁ……それをどのくらいで走るんだっけ?」
「タイムですか?」
ストレッチを止めて篤樹は一瞬考える。平均? 最高? うーん……
「11秒を少し切るくらい……かなぁ?」
篤樹は今までの「一番のベストタイム」を選んだ。だが短距離走という競技そのものが無いこの世界のスレヤーにとって、それが早いのか遅いのか判断しかねる。
「そっか……うん、まあでも……その運動のおかげかもなぁ……」
「どうかしましたか?」
篤樹の身体を上から下までニヤニヤしながら眺めるスレヤーの視線に気づき尋ねる。
「ん? いやぁ、お前ぇよぉ……法術も良いけど、マジで剣術を身につけねぇか? かなりの素質があるぜ?」
一瞬、スレヤー流のお世辞か冗談かとも思ったが、その目は本気で自分を高評価していると理解した。
「え? そりゃ……ある程度は教わりたいですけど……何でですか?」
「足運びを見りゃ分かるんだよなぁ。そいつの素質ってヤツがよ。アッキーの足運びはかなりいいぜ? その短距離とかって運動で足腰が鍛えられたんだろうなぁ……特に踏み込みの勢いと安定感は……コイツらより上の『武器』だと思うぜぇ」
最後のひと言は篤樹にだけ聞こえるように小声で伝える。
そっかぁ……
篤樹は靴の中で足の指をギュッと握りしめ、足裏の筋肉の動きを感じる。
秋季大会の成績も、あの筋トレ効果だったのかもなぁ……
「ま、明日も午後はここで訓練だからよ。ミラ従王妃の用が無いなら顔出せよ」
そう言い残すとスレヤーは兵団剣士たちの下へ戻って行く。
剣術かぁ……
篤樹は上腕筋を軽く揉みほぐしながら考える。
江口みたいに「ご立派な腕」になるかもなぁ……
―・―・―・―・―・―・―
「アツキ、お帰り!」
ミラの従王妃宮に戻った篤樹をアイリが出迎えた。一緒にいるのは昨夜のチロルではなく、初めて見る「侍女」だ。
「初めまして、アツキさま。ユノンです」
アイリも「幼い」が、ユノンにいたっては小学生くらい……妖精王の妹ハルミラルの姿になっていた遥くらいの少女だ。
「えっと……こんにちは。あれ? チロルさんは?」
篤樹は顔見知りになったチロルではなく、新しい侍女がアイリと組んでいることに少々驚きを見せる。
「チロルは明朝までお休み。それよりアツキ……先ずはそのまま浴室に行こうか?」
アイリは顔をしかめ、汗と草と土埃に汚れた篤樹を見ている。さすがに篤樹もこのまま妃宮内を歩き回るのは気が咎めた。
「あ……うん……えっとぉ……どうすりゃいいかな?」
「ご案内します。こちらへどうぞ!」
ユノンが妃宮の扉を開く。篤樹はアイリと一緒にユノンの後について宮内を進む。
「ミラさんは戻って来た?」
「ん? ああ……先ほどね。自室でお休みになられてるはずだよ。夕食はアツキといただくって言ってたから……7時には会食の間に降りて来てな」
ユノンの先導で、すぐに浴室前に着く。
「こちらです」
浴室の扉をユノンが開いてくれた。篤樹は中に入ろうとしたが、そのままユノンとアイリもついて来る。
「お召し物はこちらの籠をお使い下さい」
10m四方ほどの広さがある浴室の中央に、直径3mくらいの円形の浴槽が掘られている。黒を基調としてよく磨かれた大理石の浴室だ。大きな大理石の台もいくつか置いてある。入口の横には着衣を入れるための籠と新しい着替えが入れてある籠、そして質の良さそうなバスタオルが置いてある。
「あ……ありがとう……じゃ、30分くらいで上がるから……」
浴室の壁際にポジションを決めて立っているアイリとユノンに、篤樹は声を掛けた。
「ん? 1時間くらいはいいぞ? オレたちは」
「どうぞ、先ずはお召し物をこちらへ……」
2人はニッコリ微笑みながらも全く動く気配は無い。
これって……
「あのさ、アイリ……君たちってその……そこで待ってるワケ?」
「はい……?」
「ん? 脱ぎたいのか?」
篤樹の問いの意味が分からない2人はキョトンとした返事をすると、篤樹の服を脱がせようかという仕草を見せる。
「いや! そうじゃなくって……俺、風呂くらい一人で入れるから!……そのさ……待っててくれるんなら外で待っててくれないかな?」
篤樹の指示に困惑するユノンの横で、アイリは篤樹の気持ちを理解しニヤリと笑う。
「なんだよアツキぃ、あんた恥ずかしいのぉ?」
「恥ずかしがっている事」を知られたことで、篤樹は余計に恥ずかしくなり顔を赤らめ声を上げる。
「いや……俺……こういうの慣れてないから……王族とか金持ちとかじゃないしさ!」
「でも…… 湯浴みの体擦りお務めなので……」
まだ侍女として新人であろうユノンは、マニュアルと違う対応をされては困るという感じに呟く。アイリもニヤけた笑みを戻さずに口を開く。
「そうは言ってもさ、オレたちの仕事なんだよねぇ。ゲストへの御奉仕は。ここから出ると、オレとユノンが規律違反でお叱りを受けちゃうんだよなぁ……」
アイリは「困った」というより「困っている篤樹の対応」を楽しんでいる感じだ。「規律違反」と言われると、昨夜のフロカの件も思い出し篤樹も困ってしまう。
「じゃ……じゃあさ!……悪いんだけど……自分でやるから、2人は向こう向いててくれない?」
「でも……」
「はいはい。分かりましたよ」
アイリはまだ未練をもつユノンを説き伏せるように促し、その場で回れ右をする。2人の侍女が壁に顔を向けて立ったのを確認すると、篤樹はようやく入浴の準備に取り掛かった。
「ゴメンな……ホント……こういうの全然慣れてないからさ……」
なんだか申し訳ない気もするが、浴室に2人の女子が一緒にいるというだけでも篤樹としては気が気ではない。手早く汚れた服を脱ぐと指定された籠の中に入れ、小さめのタオルを手に持ち急いで浴槽に向かう。
どうやって洗おう……周りを見たがシャワーや洗面台は無い。
「あの……アツキさま……お身体を流させていただけませんか?」
篤樹が悩んでいる雰囲気を察したのか、ユノンがオズオズと尋ねた。アイリは笑いが洩れるような声で篤樹に問いかける。
「やり方わかるかぁ? オレたちは何にも恥ずかしくはないぞぉ」
「いいから! そっち向いてて!」
篤樹は慌てて返事をする。だが……どうしよう……?
「これ使いな」
アイリはそう言うと、どこに有ったのか桶を床の上に置き、浴槽に向かって滑らせよこした。篤樹は手を伸ばしてそれを掴む。中にはスポンジのような植物が入っていた。
篤樹はそそくさと浴槽から湯を汲んで身体を流し、渡されたスポンジを使って身体をこすり始める。
「お! すげぇ! 何このスポンジ。泡立って来るんだ! 石鹸みたいじゃん」
「サポナウリだよ」
初めて使う道具に感動する篤樹に、アイリも楽しそうに答えてくれた。
「サポナウリ? へぇ……」
篤樹は泡で身体中を包み、そのまま髪も顔も泡で包む。植物の優しい香りとモチモチした密度の濃い泡に包まれると、全身の汚れが剥離するだけでなく筋肉の疲労まで抽出されていくような「ジワッ」とした感覚を覚える。
しばらくその感覚を楽しんだ後、桶で湯を汲み全身の泡を流し終えると、まるで生まれ変わったような爽快感に包まれた。
その爽快感をまとったまま浴槽に浸かり、今度は両手でお湯をすくって改めて顔をこする。
すっげぇ気持ちイイ!
「湯加減はいかがですか?」
ユノンが尋ねる。
「え? ああ……すごく気持ちイイよ。ありがとう」
「アツキはさぁ……」
アイリが尋ねて来た。
「『別の世界』ってところから来た『伝説のチガセ』って聞いたんだけど……そうなのか?」
「え?」
「ミラ様とかがさぁ……言ってるだろ? アツキは『伝説のチガセ』だって……にしちゃさ、全然そんな感じしないから……どうなんだろうって?」
篤樹は顔を両手で拭う。
「……なんだか知らないけど『元の世界』から『この世界』に来ちゃったってのは本当だよ。俺も……理由は分かんないけど……。それに俺だけじゃなくて、クラスの連中も多分全員……しかもみんなバラバラの時代に飛ばされちゃったみたいでさ……」
「ふうん……皆ってのは?」
アイリからの質問で、内容が伝わっていないことを篤樹は感じとり、改めて説明を加える。
「俺がいた世界にはさ、学校ってのがあって……俺は中学ってとこに行っててさ……こっちの『学舎』ってとこみたいなもんだよ。で、クラスってグループに分かれてて、俺は3年2組ってクラス……男子と女子合わせて30……32人かな? 皆で一緒に旅行に出かけたんだよ……バスっていう大きな馬車みたいな乗り物で。でもそのバスが事故って崖から落ちたんだ。普通なら、それでみんな怪我とかして病院に運ばれるはずなんだけど……そうじゃなくってこの世界に『落ちた』って感じ……なのかなぁ?」
説明をしながら篤樹も改めてあの事故を思い出す。
なんで「あっち」じゃなく「こっち」に落ちちゃったんだろう?
「チガセってのは……」
篤樹は湯船の心地良さに身を委ね、説明を続ける。
「多分……こっちの過去の世界に来た友だちが『中学生』って説明した言葉が変わって『チガセ』になったんじゃないかなって……だとしたら、俺たちはみんな元の世界じゃ普通の中学生だったからさ、別に伝説でも何でもないと思うんだよなぁ……ただ、こっちには無いものを持ってたりするから……」
頭の中でクラスメイトたちを思い浮かべながら篤樹は語る。
こっちの世界に無いもの……向こうの知識や情報……そういうモノをみんなうまく使って「こっちの世界」で生き延びて来たのかも知れない。「こっちの世界」の人たちにとって、それは「不思議な知識」だったのか? だから「特別な存在であるチガセ」として歴史に記憶されて来たのかも……
「じゃあ、アツキは別に『特別なチガセ』じゃなくって『普通の男子』ってことで良いんだよな?」
アイリが篤樹の 傍に屈み尋ねる。篤樹は笑顔をアイリに向けた。
「うん。『チガセ』とか『伝説の』って言われても……俺だって全然ピンと来ないもん……」
アイリは嬉しそうな笑顔で篤樹を見つめている。すぐ傍で……笑顔で……
「うわぁ!」
いつの間にか浴槽の傍にしゃがみ込んでいたアイリと話をしていたことに気づき、篤樹は思わず叫び声を上げた。
「よし! んじゃ、今日はここまでだ!」
午後4時間ほどの訓練を終えた剣士隊兵士は、それぞれの場で呼吸を整えている。上着を脱いで上半身裸になっている兵士も何人かいる。かなり汗をかいている篤樹もすぐに服を着替えたいと思いつつ、先ずは扱い慣れていない「重たい剣」を杖のように地面につき呼吸を整えると、筋破壊で呻いている上半身のストレッチを始めた。その様子に気づき、スレヤーが声をかける。
「お? アッキー。まだ動き足り無ぇかよ?」
「え? あ……いや、もう充分ですよ! ちょっとクールダウンのストレッチを……」
篤樹はゆっくりと上体を解きほぐしていく。スレヤーはその説明がイマイチ理解出来ない様子のまま、篤樹に語りかけた。
「何つったっけ? アッキーが元の世界でやってたブカツって……」
「部活? 陸上部です……陸上の短距離です。100mをどれだけ早く走れるかを競う競技ですよ」
篤樹はスレヤーに分かりやすく説明を変えながら答える。
「100mかぁ……それをどのくらいで走るんだっけ?」
「タイムですか?」
ストレッチを止めて篤樹は一瞬考える。平均? 最高? うーん……
「11秒を少し切るくらい……かなぁ?」
篤樹は今までの「一番のベストタイム」を選んだ。だが短距離走という競技そのものが無いこの世界のスレヤーにとって、それが早いのか遅いのか判断しかねる。
「そっか……うん、まあでも……その運動のおかげかもなぁ……」
「どうかしましたか?」
篤樹の身体を上から下までニヤニヤしながら眺めるスレヤーの視線に気づき尋ねる。
「ん? いやぁ、お前ぇよぉ……法術も良いけど、マジで剣術を身につけねぇか? かなりの素質があるぜ?」
一瞬、スレヤー流のお世辞か冗談かとも思ったが、その目は本気で自分を高評価していると理解した。
「え? そりゃ……ある程度は教わりたいですけど……何でですか?」
「足運びを見りゃ分かるんだよなぁ。そいつの素質ってヤツがよ。アッキーの足運びはかなりいいぜ? その短距離とかって運動で足腰が鍛えられたんだろうなぁ……特に踏み込みの勢いと安定感は……コイツらより上の『武器』だと思うぜぇ」
最後のひと言は篤樹にだけ聞こえるように小声で伝える。
そっかぁ……
篤樹は靴の中で足の指をギュッと握りしめ、足裏の筋肉の動きを感じる。
秋季大会の成績も、あの筋トレ効果だったのかもなぁ……
「ま、明日も午後はここで訓練だからよ。ミラ従王妃の用が無いなら顔出せよ」
そう言い残すとスレヤーは兵団剣士たちの下へ戻って行く。
剣術かぁ……
篤樹は上腕筋を軽く揉みほぐしながら考える。
江口みたいに「ご立派な腕」になるかもなぁ……
―・―・―・―・―・―・―
「アツキ、お帰り!」
ミラの従王妃宮に戻った篤樹をアイリが出迎えた。一緒にいるのは昨夜のチロルではなく、初めて見る「侍女」だ。
「初めまして、アツキさま。ユノンです」
アイリも「幼い」が、ユノンにいたっては小学生くらい……妖精王の妹ハルミラルの姿になっていた遥くらいの少女だ。
「えっと……こんにちは。あれ? チロルさんは?」
篤樹は顔見知りになったチロルではなく、新しい侍女がアイリと組んでいることに少々驚きを見せる。
「チロルは明朝までお休み。それよりアツキ……先ずはそのまま浴室に行こうか?」
アイリは顔をしかめ、汗と草と土埃に汚れた篤樹を見ている。さすがに篤樹もこのまま妃宮内を歩き回るのは気が咎めた。
「あ……うん……えっとぉ……どうすりゃいいかな?」
「ご案内します。こちらへどうぞ!」
ユノンが妃宮の扉を開く。篤樹はアイリと一緒にユノンの後について宮内を進む。
「ミラさんは戻って来た?」
「ん? ああ……先ほどね。自室でお休みになられてるはずだよ。夕食はアツキといただくって言ってたから……7時には会食の間に降りて来てな」
ユノンの先導で、すぐに浴室前に着く。
「こちらです」
浴室の扉をユノンが開いてくれた。篤樹は中に入ろうとしたが、そのままユノンとアイリもついて来る。
「お召し物はこちらの籠をお使い下さい」
10m四方ほどの広さがある浴室の中央に、直径3mくらいの円形の浴槽が掘られている。黒を基調としてよく磨かれた大理石の浴室だ。大きな大理石の台もいくつか置いてある。入口の横には着衣を入れるための籠と新しい着替えが入れてある籠、そして質の良さそうなバスタオルが置いてある。
「あ……ありがとう……じゃ、30分くらいで上がるから……」
浴室の壁際にポジションを決めて立っているアイリとユノンに、篤樹は声を掛けた。
「ん? 1時間くらいはいいぞ? オレたちは」
「どうぞ、先ずはお召し物をこちらへ……」
2人はニッコリ微笑みながらも全く動く気配は無い。
これって……
「あのさ、アイリ……君たちってその……そこで待ってるワケ?」
「はい……?」
「ん? 脱ぎたいのか?」
篤樹の問いの意味が分からない2人はキョトンとした返事をすると、篤樹の服を脱がせようかという仕草を見せる。
「いや! そうじゃなくって……俺、風呂くらい一人で入れるから!……そのさ……待っててくれるんなら外で待っててくれないかな?」
篤樹の指示に困惑するユノンの横で、アイリは篤樹の気持ちを理解しニヤリと笑う。
「なんだよアツキぃ、あんた恥ずかしいのぉ?」
「恥ずかしがっている事」を知られたことで、篤樹は余計に恥ずかしくなり顔を赤らめ声を上げる。
「いや……俺……こういうの慣れてないから……王族とか金持ちとかじゃないしさ!」
「でも…… 湯浴みの体擦りお務めなので……」
まだ侍女として新人であろうユノンは、マニュアルと違う対応をされては困るという感じに呟く。アイリもニヤけた笑みを戻さずに口を開く。
「そうは言ってもさ、オレたちの仕事なんだよねぇ。ゲストへの御奉仕は。ここから出ると、オレとユノンが規律違反でお叱りを受けちゃうんだよなぁ……」
アイリは「困った」というより「困っている篤樹の対応」を楽しんでいる感じだ。「規律違反」と言われると、昨夜のフロカの件も思い出し篤樹も困ってしまう。
「じゃ……じゃあさ!……悪いんだけど……自分でやるから、2人は向こう向いててくれない?」
「でも……」
「はいはい。分かりましたよ」
アイリはまだ未練をもつユノンを説き伏せるように促し、その場で回れ右をする。2人の侍女が壁に顔を向けて立ったのを確認すると、篤樹はようやく入浴の準備に取り掛かった。
「ゴメンな……ホント……こういうの全然慣れてないからさ……」
なんだか申し訳ない気もするが、浴室に2人の女子が一緒にいるというだけでも篤樹としては気が気ではない。手早く汚れた服を脱ぐと指定された籠の中に入れ、小さめのタオルを手に持ち急いで浴槽に向かう。
どうやって洗おう……周りを見たがシャワーや洗面台は無い。
「あの……アツキさま……お身体を流させていただけませんか?」
篤樹が悩んでいる雰囲気を察したのか、ユノンがオズオズと尋ねた。アイリは笑いが洩れるような声で篤樹に問いかける。
「やり方わかるかぁ? オレたちは何にも恥ずかしくはないぞぉ」
「いいから! そっち向いてて!」
篤樹は慌てて返事をする。だが……どうしよう……?
「これ使いな」
アイリはそう言うと、どこに有ったのか桶を床の上に置き、浴槽に向かって滑らせよこした。篤樹は手を伸ばしてそれを掴む。中にはスポンジのような植物が入っていた。
篤樹はそそくさと浴槽から湯を汲んで身体を流し、渡されたスポンジを使って身体をこすり始める。
「お! すげぇ! 何このスポンジ。泡立って来るんだ! 石鹸みたいじゃん」
「サポナウリだよ」
初めて使う道具に感動する篤樹に、アイリも楽しそうに答えてくれた。
「サポナウリ? へぇ……」
篤樹は泡で身体中を包み、そのまま髪も顔も泡で包む。植物の優しい香りとモチモチした密度の濃い泡に包まれると、全身の汚れが剥離するだけでなく筋肉の疲労まで抽出されていくような「ジワッ」とした感覚を覚える。
しばらくその感覚を楽しんだ後、桶で湯を汲み全身の泡を流し終えると、まるで生まれ変わったような爽快感に包まれた。
その爽快感をまとったまま浴槽に浸かり、今度は両手でお湯をすくって改めて顔をこする。
すっげぇ気持ちイイ!
「湯加減はいかがですか?」
ユノンが尋ねる。
「え? ああ……すごく気持ちイイよ。ありがとう」
「アツキはさぁ……」
アイリが尋ねて来た。
「『別の世界』ってところから来た『伝説のチガセ』って聞いたんだけど……そうなのか?」
「え?」
「ミラ様とかがさぁ……言ってるだろ? アツキは『伝説のチガセ』だって……にしちゃさ、全然そんな感じしないから……どうなんだろうって?」
篤樹は顔を両手で拭う。
「……なんだか知らないけど『元の世界』から『この世界』に来ちゃったってのは本当だよ。俺も……理由は分かんないけど……。それに俺だけじゃなくて、クラスの連中も多分全員……しかもみんなバラバラの時代に飛ばされちゃったみたいでさ……」
「ふうん……皆ってのは?」
アイリからの質問で、内容が伝わっていないことを篤樹は感じとり、改めて説明を加える。
「俺がいた世界にはさ、学校ってのがあって……俺は中学ってとこに行っててさ……こっちの『学舎』ってとこみたいなもんだよ。で、クラスってグループに分かれてて、俺は3年2組ってクラス……男子と女子合わせて30……32人かな? 皆で一緒に旅行に出かけたんだよ……バスっていう大きな馬車みたいな乗り物で。でもそのバスが事故って崖から落ちたんだ。普通なら、それでみんな怪我とかして病院に運ばれるはずなんだけど……そうじゃなくってこの世界に『落ちた』って感じ……なのかなぁ?」
説明をしながら篤樹も改めてあの事故を思い出す。
なんで「あっち」じゃなく「こっち」に落ちちゃったんだろう?
「チガセってのは……」
篤樹は湯船の心地良さに身を委ね、説明を続ける。
「多分……こっちの過去の世界に来た友だちが『中学生』って説明した言葉が変わって『チガセ』になったんじゃないかなって……だとしたら、俺たちはみんな元の世界じゃ普通の中学生だったからさ、別に伝説でも何でもないと思うんだよなぁ……ただ、こっちには無いものを持ってたりするから……」
頭の中でクラスメイトたちを思い浮かべながら篤樹は語る。
こっちの世界に無いもの……向こうの知識や情報……そういうモノをみんなうまく使って「こっちの世界」で生き延びて来たのかも知れない。「こっちの世界」の人たちにとって、それは「不思議な知識」だったのか? だから「特別な存在であるチガセ」として歴史に記憶されて来たのかも……
「じゃあ、アツキは別に『特別なチガセ』じゃなくって『普通の男子』ってことで良いんだよな?」
アイリが篤樹の 傍に屈み尋ねる。篤樹は笑顔をアイリに向けた。
「うん。『チガセ』とか『伝説の』って言われても……俺だって全然ピンと来ないもん……」
アイリは嬉しそうな笑顔で篤樹を見つめている。すぐ傍で……笑顔で……
「うわぁ!」
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