237 / 465
第5章 王都騒乱 編
第 228 話 騒がしい朝
しおりを挟む
「エシャー、どうしたの? なんか朝から元気ないね?」
心配そうにサレマラから声をかけられ、エシャーは 慌てて笑顔を作った。
「えっ! そう?……何でも無いよ。大丈夫!」
明らかな作り笑いに、サレマラは 苦笑する。
「エシャーってさ……結構、 嘘が 下手だよね? 変に気を 遣わないで良いからさ、悩みあるなら言ってよ。1人で抱えないでさ。……お父さんや旅の仲間の事なんでしょ?」
サレマラはそう言うと、エシャーが口を開くまでの間をおくように、朝食後のジュースを口に運んだ。
「う……ん……」
サレマラの 指摘は確かに当たっている。エルグレドの裁判が終わるまでの間、自分がこの 学舎で待機生活を送ることに納得はしていた。でも、あまりにも仲間達の情報が入らない事に、正直、 苛立ちを感じ始めている。
レイラもお父さんも、昨日のお昼には王都に帰って来てたのに……結局、 今朝まで待っても何の連絡も無かった。帰ったらすぐに来てくれるって言ってたのに……
「……あのね。何て言うか……私だけ仲間外れにされてる感じがして……」
エシャーはポツリと語り始めたが、すぐに 口調を改める。
「あの、ほら! 昨日、お父さん達を見かけたからさ、夜にでも会いに来てくれるかなぁって思ってたのに、全然連絡も無いまんまだったから……どうしたのかなぁ? って……」
サレマラは優しく 微笑みながらコップをテーブルに置いた。
「そっかぁ……そりゃ 寂しいよね。お仕事が忙しいんだろうね……。王宮のお仕事って、夜も昼も無いってウチの親も 愚痴ってるもん」
「う……ん。そだね! 忙しいのかも!」
笑顔で納得したように答えてはみたものの……その「忙しさ」から自分だけが仲間外れにされている感じが嫌なのだ! 自分だけが子ども扱いされているような気がしてくる。
アッキーは剣術試合とかまでやってるのに……
「サレマラ、エシャー! 学長先生がお呼びだよ!」
寄宿舎食堂の扉から上級生の女生徒が顔を 覗かせ、2人に声をかけた。
「あ、はーい!」
サレマラは返事をすると、エシャーに不思議そうに視線を向ける。エシャーもキョトンとして首を 傾げた。
「……朝から学長に呼び出されるなんて……なんだろう?」
「お父さん達のことかなぁ……」
エシャーがわずかに期待を込めて答える。
「それなら私までは呼ばれないでしょ?」
サレマラが即座に答えた。結局、2人とも思い当たる話も無いので、とにかく、食器を片付けて学長室へと急ぐことにした。
―・―・―・―・―・―
「え? 夕食会……ですか?」
学長室に入ると、ミリンダは奥の机に座り書類に目を通していた。
「そうです。今夜6時にお迎えの馬車が来ます。2人とも、午後の授業が終わったら 身支度を済ませておきなさい。15分前には玄関ホールへ来るように」
顔も上げずに用件だけを説明するミリンダに、エシャーは段々と苛立ちを覚える。
「……もっと、ちゃんと説明して下さい!」
ミリンダの手が止まった。サレマラは驚いたようにエシャーの腕にソッと手を触れ「エシャー……」と呼びかけるが、 御構い無しにエシャーは続ける。
「急に呼び出されて来てみれば、今夜夕食会が有るから参加しろって……意味が分かりません! どこの誰との夕食会なんですか? どうして私とサレマラが 招待されたんですか? ちゃんと説明してくれないと……私、行きません!」
エシャーの声が段々大きくなるにつれ、ミリンダの表情も段々と 険しくなって来た。サレマラは……段々と身を 縮ませていく。
「……この学舎に居る間は、ここの規則に従ってもらうと伝えたはずです。学長である私が『必要』と思う情報を伝え、指示を出したのですから、あなたはその指示に従っていれば良いのです」
感情を押し殺した 丁寧な物言いだが、ミリンダの言葉には不快感が 籠っている。しかし、エシャーも引き下がらない。
「学長は納得してるかも知れないけど、私は納得してません! 私は自分が納得できない指示になんか従えません!」
ルロエや探索隊メンバーに対し、朝から抱えていた不満も重なり、苦情をぶつける「相手」が目の前に現れた事で、エシャーは必要以上に怒りの感情をあらわに 抗議する。
「エシャー!」
ミリンダの 厳しい声が室内に響いた。
「……落ち着きなさい」
一転して 穏やかな口調でミリンダは語る。
「行き先を知りたいのなら、そのように 尋ねれば良いでしょう? そんな……初めから反抗的な抗議の声を上げる必要はありませんよ。夕食会はミッツバンさんからの御招待です。当学舎への多大な資金提供を下さっておられるお方で、もともと今夜は私が意見交換のために招待されていました。ところが今朝になって、学生の話も 伺いたいので女子学生の代表者を2名招きたい、と申し出がありました。今期の女子学生代表はサレマラですし、となればもう1人は 見聞を広める意味も込め、あなたが良いかと判断しました。納得出来ましたか?」
ミリンダの説明を聞いている間に、エシャーも少しずつ冷静になって来た。「それならそうと、最初から説明してくれてれば……」という不満もあるが、確かに初めからケンカ腰で抗議をした自分の非も認めないわけにはいかない。しかし……そんな個人的な感情の問題以上に……出された人名にエシャーは目を大きく開く。
「ミッツ……バン……さんの?」
さすがにサレマラも驚き呟いた。
「急な話なので他の人選は考えていません。もっとも、代表ならサレマラ1人だけでも構いませんが、どうしますか? エシャー」
ミリンダから改めて問いかけられ、一瞬、エシャーは抗議の姿勢を 貫き辞退も考えたが……それ以上にミッツバンへの関心が高まる。
何かの情報を得られるかも知れない!
「……あの……すみませんでした。そういうお話だったのなら……一緒に行きます」
エシャーの返答を満足そうな笑みで受け取ったミリンダは、再び視線を 机上の書類に落とす。
「お話は以上です。さ、授業へ行きなさい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「レイラさん、こんな朝からお出かけですか?」
朝食後の剣術指導をスレヤーから受けていた篤樹は、レイラが 外套を羽織って出かける姿に気付き声をかける。
「お! 何なら馬車を出しましょうか?」
振り返ったスレヤーも問いかけた。
「結構よ。王都の 街中をお散歩してきますの。のんびり観光気分で歩きたいから、お気になさらずに」
レイラは歌うようなリズムで返事をすると、軽やかな足取りで 湖中橋に向かって歩いて行った。
「お散歩ねぇ……」
笑みを浮かべてスレヤーがその背を見送る。
「……何か調べたいことがあるって、昨夜は言ってましたけど……」
篤樹は心配そうにレイラの姿を目で追い、ふと、湖中橋を駆けて来る騎士に気付いた。
「朝っぱらから法力の早馬か……」
スレヤーも気付いて呟く。騎士は島の出入り検問所付近でレイラともすれ違ったが、レイラは一瞬だけその騎士を振り返り、再び橋に向かって歩を進めて行った。
「 謁見宮のほうに行ったな……ありゃ軍部の騎兵だ。何かの伝令だろうよ。ま、俺らにゃ関係無ぇやね。ほら、アッキー! サボってないで型打ちをあと50本!」
「え? 別にサボってないですよ!」
篤樹は 模擬剣を振りかぶると、スレヤーの指示通りに素振りを再開した。
―・―・―・―・―・―・―
謁見の 間では王座にルメロフが座り、 段下の右側に文化法歴省大臣ビデルとユーゴ 魔法院評議会会長ヴェディス、王国軍務省大臣のヒーズイット大将が立ち 控えている。段下左側の壁際にはカミーラとエルグレドが並んで立ち控えていた。
「……長老大使とも 面識が有ったとはな……お前は一体何者だ?」
カミーラが小声で尋ねる。エルグレドは正面を向いたまま、口の端に笑みを浮かべた。
「さあ? 何の話でしょうか……。長老大使はもう発たれたのですか?」
「 暁の内にな。……まあ、あの方が『良し』と判断されたのなら、お前はエルフにとっての 脅威とはならない者ということだろう……。これほどの 偽り者であったとしてもな」
エルグレドの目を 覗き込むように、カミーラが顔を近付けた。
「大使……やめて下さい。ほら、伝令者が来ますよ」
すぐに謁見の間の扉を叩く音が響く。室内で扉の前に立つ2人の衛兵が王座に顔を向けた。
「よし。開け」
ルメロフが面倒くさそうに手を振ると、すぐに衛兵達は左右の扉を開いた。軍部の伝令騎士兵が 兜を脇に抱えて入室して来る。真っ直ぐ王座の前まで進むと、段下中央に敷かれている 絨毯の上に片膝をつき、 頭を垂れた。
「頭を上げよ」
ルメロフの言葉で兵士は顔を上げ、視線をヒーズイットに向ける。
「状況は?」
ヒーズイットの問いかけに、兵士は立ち上がり口を開いた。
「昨夜、東部のリミエ村が襲われました。魔法院の法術士方が駆けつけて下さったので被害はほとんどありませんでしたが、直前にはユライの集落が20体ほどの群れにより 壊滅状態です。一昨日から、東部だけでも5つの群れが連続で目撃されています。タリメリアの町長から、軍部の部隊増強要請を託されています」
「やはり東部もか……」
兵士の報告に、ヒーズイットはボソリと呟いた。
「そうか。分かった。ご苦労であったな。下がってよいぞ」
ルメロフは笑顔で兵士を 労うが、当の兵士は困惑顔でヒーズイットに顔を向ける。
「……王が良いと言って下さってる。タリメリアへの増軍は善処しよう。報告書を省に提出し、規定休息取得後、部隊に速やかに復帰せよ」
兵士は姿勢を正し礼を示すと、身を 翻し退室して行った。
「今朝の報告は以上で終わりか? 最近は毎日毎日、朝から騒がしいなぁ」
ルメロフが席を立とうとしたが、即座にヒーズイットが大きな声を出す。
「国王陛下! 国の一大事なのですぞ! 御自覚下さい!」
突然の 叱責と声の大きさに、ルメロフは 慌てて腰を下ろした。
「大将……王に対しその物言いは少々礼に欠けるかと……」
ビデルが横からたしなめるが、その声には非難よりも同意の色が濃く込められている。
「まあ確かに……」
そのままビデルは語り続けた。
「今回の 大群行が収まってより約1ヶ月……一時はこのまま 沈静化するものと考えていましたが……小規模ながら『群れ』が各地に再発しております。これは 看過できない状況ですな……。ルメロフ王よ、早急な対応が必要であると私も考えますが?」
ルメロフへの進言ではあるが、同時にエルグレドへ目線を送る。
なるほど……。 現状把握のために、この席に呼ばれたワケですね……
エルグレドはミシュバを出て以降、国の情報からも 隔絶されていた。その10日間の情報空白を埋めるため、補佐官という立場にもかかわらず、ビデルからこの場への出席を命じられたことを理解した。
「特にこの一週は大きな被害が続いている。300体ほどの群れまで目撃したとの情報もある。やはりサーガ共の指揮系統が復活しているんじゃないか? ガザルを封じたと聞いたが……どうなってるんだ?」
ヴェディスがビデルに向かい、 不審そうに尋ねる。昨日の訴えを退けられた腹いせもあるのだろう。
「さあ……ルエルフ村や湖神の結界がどうなっているのか……我々としても一刻も早くその情報を見つけたいと思っておるのですが……。なにぶん昨日まで特別探索隊のエルグレドが 拘束されておりましたので」
ビデルもチクリとやり返す。
「湖神の結界をガザルが破ったのか……それとも、サーガの中にガザルのような別の『統率者』が現れたのか…… 皆目見当もつきません。とにかく、今は各地に出没している群れをいかに抑えるか……ですな」
「なんだか難しい話だなぁ? で、我は何をすればよいのだ?」
ルメロフが困ったような笑顔を浮かべ一同に問いかけた。
「兵の士気が下がらぬように、言動を 慎んで下さっていれば」
「王宮内に留まり、 従臣からの書に承認を与えて下さっていれば」
ヒーズイットとヴェディスが即座に答えた。
「王は国の 要人です。王座にどっしりと構えて座り、国政は我々従臣職の者にお任せ下さい」
ビデルが要件をまとめるように語ると、ルメロフは何となく理解したように笑顔で 頷いた。カミーラは鼻で笑い、 嘲笑を浮かべている。
要人……ですか……。この国はやはり……変わらなければなりませんね……
エルグレドの目には、王座に座るルメロフの姿と「 英雄柱」に囚われていた要人の姿が重なって見えた。
心配そうにサレマラから声をかけられ、エシャーは 慌てて笑顔を作った。
「えっ! そう?……何でも無いよ。大丈夫!」
明らかな作り笑いに、サレマラは 苦笑する。
「エシャーってさ……結構、 嘘が 下手だよね? 変に気を 遣わないで良いからさ、悩みあるなら言ってよ。1人で抱えないでさ。……お父さんや旅の仲間の事なんでしょ?」
サレマラはそう言うと、エシャーが口を開くまでの間をおくように、朝食後のジュースを口に運んだ。
「う……ん……」
サレマラの 指摘は確かに当たっている。エルグレドの裁判が終わるまでの間、自分がこの 学舎で待機生活を送ることに納得はしていた。でも、あまりにも仲間達の情報が入らない事に、正直、 苛立ちを感じ始めている。
レイラもお父さんも、昨日のお昼には王都に帰って来てたのに……結局、 今朝まで待っても何の連絡も無かった。帰ったらすぐに来てくれるって言ってたのに……
「……あのね。何て言うか……私だけ仲間外れにされてる感じがして……」
エシャーはポツリと語り始めたが、すぐに 口調を改める。
「あの、ほら! 昨日、お父さん達を見かけたからさ、夜にでも会いに来てくれるかなぁって思ってたのに、全然連絡も無いまんまだったから……どうしたのかなぁ? って……」
サレマラは優しく 微笑みながらコップをテーブルに置いた。
「そっかぁ……そりゃ 寂しいよね。お仕事が忙しいんだろうね……。王宮のお仕事って、夜も昼も無いってウチの親も 愚痴ってるもん」
「う……ん。そだね! 忙しいのかも!」
笑顔で納得したように答えてはみたものの……その「忙しさ」から自分だけが仲間外れにされている感じが嫌なのだ! 自分だけが子ども扱いされているような気がしてくる。
アッキーは剣術試合とかまでやってるのに……
「サレマラ、エシャー! 学長先生がお呼びだよ!」
寄宿舎食堂の扉から上級生の女生徒が顔を 覗かせ、2人に声をかけた。
「あ、はーい!」
サレマラは返事をすると、エシャーに不思議そうに視線を向ける。エシャーもキョトンとして首を 傾げた。
「……朝から学長に呼び出されるなんて……なんだろう?」
「お父さん達のことかなぁ……」
エシャーがわずかに期待を込めて答える。
「それなら私までは呼ばれないでしょ?」
サレマラが即座に答えた。結局、2人とも思い当たる話も無いので、とにかく、食器を片付けて学長室へと急ぐことにした。
―・―・―・―・―・―
「え? 夕食会……ですか?」
学長室に入ると、ミリンダは奥の机に座り書類に目を通していた。
「そうです。今夜6時にお迎えの馬車が来ます。2人とも、午後の授業が終わったら 身支度を済ませておきなさい。15分前には玄関ホールへ来るように」
顔も上げずに用件だけを説明するミリンダに、エシャーは段々と苛立ちを覚える。
「……もっと、ちゃんと説明して下さい!」
ミリンダの手が止まった。サレマラは驚いたようにエシャーの腕にソッと手を触れ「エシャー……」と呼びかけるが、 御構い無しにエシャーは続ける。
「急に呼び出されて来てみれば、今夜夕食会が有るから参加しろって……意味が分かりません! どこの誰との夕食会なんですか? どうして私とサレマラが 招待されたんですか? ちゃんと説明してくれないと……私、行きません!」
エシャーの声が段々大きくなるにつれ、ミリンダの表情も段々と 険しくなって来た。サレマラは……段々と身を 縮ませていく。
「……この学舎に居る間は、ここの規則に従ってもらうと伝えたはずです。学長である私が『必要』と思う情報を伝え、指示を出したのですから、あなたはその指示に従っていれば良いのです」
感情を押し殺した 丁寧な物言いだが、ミリンダの言葉には不快感が 籠っている。しかし、エシャーも引き下がらない。
「学長は納得してるかも知れないけど、私は納得してません! 私は自分が納得できない指示になんか従えません!」
ルロエや探索隊メンバーに対し、朝から抱えていた不満も重なり、苦情をぶつける「相手」が目の前に現れた事で、エシャーは必要以上に怒りの感情をあらわに 抗議する。
「エシャー!」
ミリンダの 厳しい声が室内に響いた。
「……落ち着きなさい」
一転して 穏やかな口調でミリンダは語る。
「行き先を知りたいのなら、そのように 尋ねれば良いでしょう? そんな……初めから反抗的な抗議の声を上げる必要はありませんよ。夕食会はミッツバンさんからの御招待です。当学舎への多大な資金提供を下さっておられるお方で、もともと今夜は私が意見交換のために招待されていました。ところが今朝になって、学生の話も 伺いたいので女子学生の代表者を2名招きたい、と申し出がありました。今期の女子学生代表はサレマラですし、となればもう1人は 見聞を広める意味も込め、あなたが良いかと判断しました。納得出来ましたか?」
ミリンダの説明を聞いている間に、エシャーも少しずつ冷静になって来た。「それならそうと、最初から説明してくれてれば……」という不満もあるが、確かに初めからケンカ腰で抗議をした自分の非も認めないわけにはいかない。しかし……そんな個人的な感情の問題以上に……出された人名にエシャーは目を大きく開く。
「ミッツ……バン……さんの?」
さすがにサレマラも驚き呟いた。
「急な話なので他の人選は考えていません。もっとも、代表ならサレマラ1人だけでも構いませんが、どうしますか? エシャー」
ミリンダから改めて問いかけられ、一瞬、エシャーは抗議の姿勢を 貫き辞退も考えたが……それ以上にミッツバンへの関心が高まる。
何かの情報を得られるかも知れない!
「……あの……すみませんでした。そういうお話だったのなら……一緒に行きます」
エシャーの返答を満足そうな笑みで受け取ったミリンダは、再び視線を 机上の書類に落とす。
「お話は以上です。さ、授業へ行きなさい」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「レイラさん、こんな朝からお出かけですか?」
朝食後の剣術指導をスレヤーから受けていた篤樹は、レイラが 外套を羽織って出かける姿に気付き声をかける。
「お! 何なら馬車を出しましょうか?」
振り返ったスレヤーも問いかけた。
「結構よ。王都の 街中をお散歩してきますの。のんびり観光気分で歩きたいから、お気になさらずに」
レイラは歌うようなリズムで返事をすると、軽やかな足取りで 湖中橋に向かって歩いて行った。
「お散歩ねぇ……」
笑みを浮かべてスレヤーがその背を見送る。
「……何か調べたいことがあるって、昨夜は言ってましたけど……」
篤樹は心配そうにレイラの姿を目で追い、ふと、湖中橋を駆けて来る騎士に気付いた。
「朝っぱらから法力の早馬か……」
スレヤーも気付いて呟く。騎士は島の出入り検問所付近でレイラともすれ違ったが、レイラは一瞬だけその騎士を振り返り、再び橋に向かって歩を進めて行った。
「 謁見宮のほうに行ったな……ありゃ軍部の騎兵だ。何かの伝令だろうよ。ま、俺らにゃ関係無ぇやね。ほら、アッキー! サボってないで型打ちをあと50本!」
「え? 別にサボってないですよ!」
篤樹は 模擬剣を振りかぶると、スレヤーの指示通りに素振りを再開した。
―・―・―・―・―・―・―
謁見の 間では王座にルメロフが座り、 段下の右側に文化法歴省大臣ビデルとユーゴ 魔法院評議会会長ヴェディス、王国軍務省大臣のヒーズイット大将が立ち 控えている。段下左側の壁際にはカミーラとエルグレドが並んで立ち控えていた。
「……長老大使とも 面識が有ったとはな……お前は一体何者だ?」
カミーラが小声で尋ねる。エルグレドは正面を向いたまま、口の端に笑みを浮かべた。
「さあ? 何の話でしょうか……。長老大使はもう発たれたのですか?」
「 暁の内にな。……まあ、あの方が『良し』と判断されたのなら、お前はエルフにとっての 脅威とはならない者ということだろう……。これほどの 偽り者であったとしてもな」
エルグレドの目を 覗き込むように、カミーラが顔を近付けた。
「大使……やめて下さい。ほら、伝令者が来ますよ」
すぐに謁見の間の扉を叩く音が響く。室内で扉の前に立つ2人の衛兵が王座に顔を向けた。
「よし。開け」
ルメロフが面倒くさそうに手を振ると、すぐに衛兵達は左右の扉を開いた。軍部の伝令騎士兵が 兜を脇に抱えて入室して来る。真っ直ぐ王座の前まで進むと、段下中央に敷かれている 絨毯の上に片膝をつき、 頭を垂れた。
「頭を上げよ」
ルメロフの言葉で兵士は顔を上げ、視線をヒーズイットに向ける。
「状況は?」
ヒーズイットの問いかけに、兵士は立ち上がり口を開いた。
「昨夜、東部のリミエ村が襲われました。魔法院の法術士方が駆けつけて下さったので被害はほとんどありませんでしたが、直前にはユライの集落が20体ほどの群れにより 壊滅状態です。一昨日から、東部だけでも5つの群れが連続で目撃されています。タリメリアの町長から、軍部の部隊増強要請を託されています」
「やはり東部もか……」
兵士の報告に、ヒーズイットはボソリと呟いた。
「そうか。分かった。ご苦労であったな。下がってよいぞ」
ルメロフは笑顔で兵士を 労うが、当の兵士は困惑顔でヒーズイットに顔を向ける。
「……王が良いと言って下さってる。タリメリアへの増軍は善処しよう。報告書を省に提出し、規定休息取得後、部隊に速やかに復帰せよ」
兵士は姿勢を正し礼を示すと、身を 翻し退室して行った。
「今朝の報告は以上で終わりか? 最近は毎日毎日、朝から騒がしいなぁ」
ルメロフが席を立とうとしたが、即座にヒーズイットが大きな声を出す。
「国王陛下! 国の一大事なのですぞ! 御自覚下さい!」
突然の 叱責と声の大きさに、ルメロフは 慌てて腰を下ろした。
「大将……王に対しその物言いは少々礼に欠けるかと……」
ビデルが横からたしなめるが、その声には非難よりも同意の色が濃く込められている。
「まあ確かに……」
そのままビデルは語り続けた。
「今回の 大群行が収まってより約1ヶ月……一時はこのまま 沈静化するものと考えていましたが……小規模ながら『群れ』が各地に再発しております。これは 看過できない状況ですな……。ルメロフ王よ、早急な対応が必要であると私も考えますが?」
ルメロフへの進言ではあるが、同時にエルグレドへ目線を送る。
なるほど……。 現状把握のために、この席に呼ばれたワケですね……
エルグレドはミシュバを出て以降、国の情報からも 隔絶されていた。その10日間の情報空白を埋めるため、補佐官という立場にもかかわらず、ビデルからこの場への出席を命じられたことを理解した。
「特にこの一週は大きな被害が続いている。300体ほどの群れまで目撃したとの情報もある。やはりサーガ共の指揮系統が復活しているんじゃないか? ガザルを封じたと聞いたが……どうなってるんだ?」
ヴェディスがビデルに向かい、 不審そうに尋ねる。昨日の訴えを退けられた腹いせもあるのだろう。
「さあ……ルエルフ村や湖神の結界がどうなっているのか……我々としても一刻も早くその情報を見つけたいと思っておるのですが……。なにぶん昨日まで特別探索隊のエルグレドが 拘束されておりましたので」
ビデルもチクリとやり返す。
「湖神の結界をガザルが破ったのか……それとも、サーガの中にガザルのような別の『統率者』が現れたのか…… 皆目見当もつきません。とにかく、今は各地に出没している群れをいかに抑えるか……ですな」
「なんだか難しい話だなぁ? で、我は何をすればよいのだ?」
ルメロフが困ったような笑顔を浮かべ一同に問いかけた。
「兵の士気が下がらぬように、言動を 慎んで下さっていれば」
「王宮内に留まり、 従臣からの書に承認を与えて下さっていれば」
ヒーズイットとヴェディスが即座に答えた。
「王は国の 要人です。王座にどっしりと構えて座り、国政は我々従臣職の者にお任せ下さい」
ビデルが要件をまとめるように語ると、ルメロフは何となく理解したように笑顔で 頷いた。カミーラは鼻で笑い、 嘲笑を浮かべている。
要人……ですか……。この国はやはり……変わらなければなりませんね……
エルグレドの目には、王座に座るルメロフの姿と「 英雄柱」に囚われていた要人の姿が重なって見えた。
0
あなたにおすすめの小説
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる