266 / 465
第5章 王都騒乱 編
第 257 話 急転直下
しおりを挟む
石畳に落とした棒弓銃を拾おうとルロエは身を屈めたが、足先にヴェディスの攻撃魔法が放たれてくる。
「動くなと言ってるだろう!」
ルロエは武器を諦め、下から睨みつける様に顔を上げた。ヴェディスの右腕は真っ直ぐルロエに狙いを定めている。ボルガイルも、いつでも参戦できるように法力を両腕に溜めているのが分かった。
「ルロエくん……」
ビデルが微笑みを浮かべ語りかける。
「君ひとりの感情論で、人間種の大きな成長を妨げてはならないよ。彼ら3人を通して全ての人間種が世界の頂点に立てば、君達ルエルフだって、もうエルフの模写生物などと呼ばれることは無くなるかも知れないのだよ?」
ルロエは身を真っ直ぐ起こし、ビデルを睨みつけた。
「ビデル大臣……何か、勘違いされていませんか? 私は裁判所の命令に従いあなたと行動を共にして来ましたが……ただそれだけの関係です。あなたの思想や研究には全く興味は無いし、ましてや共感も同意も出来ない!」
「ルロエとやら……」
口を挟んだボルガイルに、ルロエは視線を移した。
「手の傷は、もう治癒したのか?」
ヴェディスにやられた右手をルロエは左手で覆い、治癒魔法を施している。痛みはだいぶ引いたが完治とまではいかない。それがどうしたというのだ?
「……純粋なエルフなら、その程度の傷であれば、もう完治してるだろうなぁ?」
ボルガイルは口角を上げ、小馬鹿にするように告げる。
「……何が言いたいんだ? あんた……」
「エルフなら3分、ルエルフなら30分……しかし、普通の人間なら3週間はかかるのだよ、その程度の傷が完治するのにもね」
「そういう事だ!」
ボルガイルの言葉を受け、ビデルが再び語り始めた。
「エルグレドもピュートくんも、エルフ以上の回復力を持つ『特別』な身体だ。彼らの何が『特別』なのかを解明し、理解し、それを他の者に応用すれば、どれだけの者が幸せになれると思うかね? 加えてあの『チガセ』の肉体構造・存在構造を解明するなら、湖神のような永遠の存在に誰もが成り得るかも知れないのだよ!」
「……ホントに……くだらんヤツだな……あんたらは……」
ルロエはこの3人が目指している「人間種の成長」を、心底くだらないと思った。求めているものが分からないでも無い……だが……人ひとりの存在を「実験道具」としか考えないような連中が掲げる「理想」に、何一つ魅力を感じられない。
「ビデル!……まだ、他に漏らされるとマズイぞ?」
交渉決裂と見たヴェディスがビデルに判断を仰いだ。ボルガイルと2人で狙いは定めている。ビデルは微笑みながらうなずいた。
「残念だよ、ルロエくん……」
ルロエの最期を見るのも忍びないと、ビデルは背を向ける。
「なんだ……」
そのビデルの目に入ったのは、こちらに向かって疾走して来る2騎の騎兵の姿だった。しかも法力馬なのか、あっという間に眼前まで迫って来る。
あまりにも突然に、しかも強化防護された 蹄鉄を激しく鳴り響かせ現れた騎兵達に、ヴェディスもボルガイルも意識が向いてしまう。その一瞬をルロエは見逃さず、不得意ではあるが両腕から2人に向けて攻撃魔法を放ち出し、そのまま駆け出した。
「グワッ!」
「くそッ……」
ルロエの攻撃魔法は大した威力も無かったが、それでも2人の法術士による追撃を防ぐには充分な手傷を負わる。
「緊急伝令です!」
「えっ……と……ヴェディス会長……大丈夫ですか?」
騎兵達は目の前で突然起きた「事件」に驚き、何を優先すべきか混乱する。ビデルはルロエが逃げる先を見た。軍基地と隔てる雑木林が広がっている。木々の中へ入ったルエルフは、騎兵の足では到底間に合わないだろうと判断した。
「あの……追いますか?」
魔法院評議会会長らに法術攻撃を仕掛け走り去っていく「不審者への対応」を、騎兵の1人が尋ねる。
「構わん。放っておけ……で? 一体どうした?」
顔面にルロエの法撃を食らってまだ呻いているヴェディスとボルガイルを横目に、ビデルが尋ねた。
「はっ! えっと……」
騎兵の1人は答えると、隣の騎兵に目を向ける。お互いに別々の緊急伝令を持って来た様子だ。
「どちらからでも良いから、早く用件を言え!」
「はい! 湖水島王政府にて、王宮を含む複数施設への法撃が発生し、多数の死傷者が出ています! また、王城内におられたミラ従王妃が、何者かにより拉致され、現在行方不明となっております!」
「なん……だと?」
先刻来の警笛が非常事態周知連笛だとは分かっていたが、まさか王都の中心である湖水島王政府がそんな事態になっていたとは……ビデルは絶句する。
「壁外警戒隊からの緊急伝令です! 群れ化した多数のサーガが、王都に向かい全方向から押し寄せて来ています!」
2人目の騎兵も、緊急伝令の務めを果たす。
「大群行が……再発しただと……」
ヴェディスがようやく目を開き、騎兵を見上げながら聞き返した。
「はっ! 王政府と軍部基地にはすでに別の者が知らせに……自分は研究所に会長がおられるとの 命を受けてこちらに……」
ビデルはヴェディスを見る。本気で驚いてる様子だ。お忍びで来たはずなのに、軍部にまで筒抜けだった、ということか……
「それぞれの指揮は誰が執っている?」
伝えられた情報をまだ状況整理しきれていないヴェディスに代わり、ビデルが確認した。
「湖水島王政府では、現在、メルサ正王妃が陣頭に立ち、ジン・サロン剣士隊と王城警衛隊が負傷者・行方不明者の救助、及び、ミラ従王妃捜索を行っています!」
「壁外防衛線には、視察中だったヒーズイット大将がおられます! 壁内基地はボロゾフ副司令官が指揮を執り、増援部隊を送り出しています!」
エグデン王都1000年の 安寧が……まさかこのような形で内外同時に崩れようとは……カガワ・アツキ……これもあのチガセのせいなのか?
ビデルは鳴り渡る警笛の中、夕から夜へ移り行く空を見上げた。頬が緩み、堪えきれない笑いがこみ上げて来る。
鳴り止むこと無く非常事態を告げる警笛の緊張感と、心底楽しそうに声を上げて笑うビデルの姿……その場に居た4人は、その違和感に満ちた光景をしばらく呆然と見つめていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ヒーズイット大将! 側面からも来ます!」
軍上層部専用馬車を2頭の法力馬に引かせ操る御者が叫んだ。
「馬車の全方位を騎兵で固めろ! 増援はまだか!」
車内でヒーズイットの隣に座る白髪の幹部兵が大声で指示を伝える。
「ペイン中将……大声を出すな」
ヒーズイットは揺れの大きな車内でも、腕を組んでバランス良く腰かけていた。両脇の護衛兵は、それぞれ車内の手すりにしがみついている。
「……申し訳ございません」
叱責された中将は謝りを入れた。こちらはヒーズイットとは対照的に、恐れと緊張がその表情から見て取れる。
「まさか、こんなに早く来るとはな……」
車窓を見つめながらヒーズイットは呟く。
小・中規模の「群れ」出現報告がこの数日増え続けていた。大群行の再発は近い……軍部にとってもこれは最大懸念事項だった。前回は群れ化の兆候をみすみす見逃してしまった。だからこそ今回は先手先手で部隊を配備して来たのに……
「今さら王都に戻っても同じだ……終わりだよ。王都も、この国も……」
宵闇が迫る車窓の外には、まるで山脈が移動しているのかと見間違うばかりの無数のサーガがうごめき迫って来る。数千なんて単位では無い。数万、いや、数十万はいるだろう。大陸全土に生息していたサーガが、今、王都一点を目指して進んでいる。
ガラガラガラ……!
突然、車窓の景色が急旋回し、ヒーズイットはどことも分からず身体を打ちつけ意識が飛ぶ。ヒーズイット達を乗せた馬車は、荒野の急速に車軸が耐え切れず破断し、激しく横転してしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「スヒリト隊長、これをどうぞ」
兵員輸送馬車の中で、兵長の階級章を付けた法術兵がスヒリトに棒弓銃を渡して来た。
「あん? 何だ、これは?」
「棒弓銃ですが……」
やり取りを横目で見ながら、周りの法術兵達がクスクスと笑いを漏らす。スヒリトは不満げに顔をしかめ、怒鳴り声で尋ねた。
「棒弓銃くらい知ってる! だから聞いてるんだ! お前らも法術兵なんだろう? ボロゾフ准将が法術士官である私にこの隊を委ねられたのは、法術戦の指揮のためだ! 棒弓銃で狩りを楽しむためじゃない!」
「お言葉ですがスヒリト隊長……法力弓術を……まさか御存知無い?」
正面に座っていた副隊長のマルイが、いかにも驚いたようなわざとらしい声で尋ねる。
「法力……弓術ぅ?」
ちょっと待て……なんか聞いたぞ……いや、読んだな? なんだったけ?「ズバリ合格!」に載ってたような……
「我々『元』ヒラー法術隊は、全員が法力弓術のエキスパートで組織されてる隊です。まさか、隊長は法力弓術を操れないとか言わないですよね?」
明らかに格下を小馬鹿にする口調で、マルイはスヒリトに問いかける。
あれぇ……? そう言や、ボロゾフ准将からも、何か確認された気が……
ボロゾフから「棒弓銃は扱えるか?」と聞かれた。即座にスヒリトは扱えると答えたが、あの時は……てっきり普通の棒弓銃の話だと思ってたのだが……
「隊長、どうなんですか?」
「そりゃ……使えるよ……おい! 貸せ!」
スヒリトは勢いよく立ち上がると、そばに立っていた兵長の手から棒弓銃を奪うように受け取り構えて見せた。
「当然だろ! だから俺がこの隊を任されたんだ!」
「そうですか……」
マルイは口元に笑みを浮かべてはいるが、その目はまるで「汚物」を見る様な冷淡な色を帯びている。スヒリトも睨み返すが、こちらは怯えと動揺に震える目だった。マルイが合図を送ると、周りの兵士達は自分の棒弓銃を足元から取り出し、両手で握り、胸の前で備え持った。
「あんた……持ち方が違うんだよ……」
マルイは口元の笑みも消し去り、怒りの籠った声をスヒリトに投げかける。
「な……きさ……」
ほろ付きの薄暗い兵員輸送馬車の中、スヒリトは恐怖と不安と悔しさで泣き出しそうになりながらマルイを睨み返す。
「お……俺は……ボロゾフ准将からこの隊の隊長を拝命したんだ! 棒弓銃の扱い方がどうとかは関係ない!」
軍部基地副指令でもあるボロゾフの威光を思い出し、スヒリトは勝ち誇ったように言い放つ。しかし、マルイをはじめ、隊員達は嘲笑の色を強めた。
「な……何が……何がおかしいんだ!」
「あんた……ここで降りな」
冷ややかにマルイが告げる。
「は? はぁ? 何言って……」
マルイの棒弓銃が、真っ直ぐスヒリトへ向けられた。ギョッとして、周りに助けを求めるように顔を動かすと、隊員全員がスヒリトへ棒弓銃を向けている。
「現場を何も知ら無ぇヤツが出しゃばって来ると、こちとら自分らの命にかかわるんだよ。そんな上官なんか『任務遂行不能』になって作戦から降りてもらうのが、この隊にとって1番ありがたい……全員の総意だよ。あんたに命を預ける気は無い!……死体になって投げ降ろされるか、自分の意思で降りるか、今すぐ決めろよ」
矢を装填済のいくつもの棒弓銃がスヒリトを狙っている。
な……なんだよ……こいつら……頭おかしいんじゃねぇの? クソッ!
スヒリトは左右から狙いを定める棒弓銃に追い立てられ、荷台の最後部まで移動させられた。
「き……貴様ら! 分かってるな? こ、これは、明らかに軍規違反だぞ!」
隊員達はニヤニヤしながらスヒリトの言葉を聞き流す。奥から、マルイが席を立って近付いて来た。
「さようなら。スヒリト『元』隊長さん……」
マルイは構えていた棒弓銃を片手に持ちかえると、スヒリトの腹を右足で思い切り蹴り押した。
「動くなと言ってるだろう!」
ルロエは武器を諦め、下から睨みつける様に顔を上げた。ヴェディスの右腕は真っ直ぐルロエに狙いを定めている。ボルガイルも、いつでも参戦できるように法力を両腕に溜めているのが分かった。
「ルロエくん……」
ビデルが微笑みを浮かべ語りかける。
「君ひとりの感情論で、人間種の大きな成長を妨げてはならないよ。彼ら3人を通して全ての人間種が世界の頂点に立てば、君達ルエルフだって、もうエルフの模写生物などと呼ばれることは無くなるかも知れないのだよ?」
ルロエは身を真っ直ぐ起こし、ビデルを睨みつけた。
「ビデル大臣……何か、勘違いされていませんか? 私は裁判所の命令に従いあなたと行動を共にして来ましたが……ただそれだけの関係です。あなたの思想や研究には全く興味は無いし、ましてや共感も同意も出来ない!」
「ルロエとやら……」
口を挟んだボルガイルに、ルロエは視線を移した。
「手の傷は、もう治癒したのか?」
ヴェディスにやられた右手をルロエは左手で覆い、治癒魔法を施している。痛みはだいぶ引いたが完治とまではいかない。それがどうしたというのだ?
「……純粋なエルフなら、その程度の傷であれば、もう完治してるだろうなぁ?」
ボルガイルは口角を上げ、小馬鹿にするように告げる。
「……何が言いたいんだ? あんた……」
「エルフなら3分、ルエルフなら30分……しかし、普通の人間なら3週間はかかるのだよ、その程度の傷が完治するのにもね」
「そういう事だ!」
ボルガイルの言葉を受け、ビデルが再び語り始めた。
「エルグレドもピュートくんも、エルフ以上の回復力を持つ『特別』な身体だ。彼らの何が『特別』なのかを解明し、理解し、それを他の者に応用すれば、どれだけの者が幸せになれると思うかね? 加えてあの『チガセ』の肉体構造・存在構造を解明するなら、湖神のような永遠の存在に誰もが成り得るかも知れないのだよ!」
「……ホントに……くだらんヤツだな……あんたらは……」
ルロエはこの3人が目指している「人間種の成長」を、心底くだらないと思った。求めているものが分からないでも無い……だが……人ひとりの存在を「実験道具」としか考えないような連中が掲げる「理想」に、何一つ魅力を感じられない。
「ビデル!……まだ、他に漏らされるとマズイぞ?」
交渉決裂と見たヴェディスがビデルに判断を仰いだ。ボルガイルと2人で狙いは定めている。ビデルは微笑みながらうなずいた。
「残念だよ、ルロエくん……」
ルロエの最期を見るのも忍びないと、ビデルは背を向ける。
「なんだ……」
そのビデルの目に入ったのは、こちらに向かって疾走して来る2騎の騎兵の姿だった。しかも法力馬なのか、あっという間に眼前まで迫って来る。
あまりにも突然に、しかも強化防護された 蹄鉄を激しく鳴り響かせ現れた騎兵達に、ヴェディスもボルガイルも意識が向いてしまう。その一瞬をルロエは見逃さず、不得意ではあるが両腕から2人に向けて攻撃魔法を放ち出し、そのまま駆け出した。
「グワッ!」
「くそッ……」
ルロエの攻撃魔法は大した威力も無かったが、それでも2人の法術士による追撃を防ぐには充分な手傷を負わる。
「緊急伝令です!」
「えっ……と……ヴェディス会長……大丈夫ですか?」
騎兵達は目の前で突然起きた「事件」に驚き、何を優先すべきか混乱する。ビデルはルロエが逃げる先を見た。軍基地と隔てる雑木林が広がっている。木々の中へ入ったルエルフは、騎兵の足では到底間に合わないだろうと判断した。
「あの……追いますか?」
魔法院評議会会長らに法術攻撃を仕掛け走り去っていく「不審者への対応」を、騎兵の1人が尋ねる。
「構わん。放っておけ……で? 一体どうした?」
顔面にルロエの法撃を食らってまだ呻いているヴェディスとボルガイルを横目に、ビデルが尋ねた。
「はっ! えっと……」
騎兵の1人は答えると、隣の騎兵に目を向ける。お互いに別々の緊急伝令を持って来た様子だ。
「どちらからでも良いから、早く用件を言え!」
「はい! 湖水島王政府にて、王宮を含む複数施設への法撃が発生し、多数の死傷者が出ています! また、王城内におられたミラ従王妃が、何者かにより拉致され、現在行方不明となっております!」
「なん……だと?」
先刻来の警笛が非常事態周知連笛だとは分かっていたが、まさか王都の中心である湖水島王政府がそんな事態になっていたとは……ビデルは絶句する。
「壁外警戒隊からの緊急伝令です! 群れ化した多数のサーガが、王都に向かい全方向から押し寄せて来ています!」
2人目の騎兵も、緊急伝令の務めを果たす。
「大群行が……再発しただと……」
ヴェディスがようやく目を開き、騎兵を見上げながら聞き返した。
「はっ! 王政府と軍部基地にはすでに別の者が知らせに……自分は研究所に会長がおられるとの 命を受けてこちらに……」
ビデルはヴェディスを見る。本気で驚いてる様子だ。お忍びで来たはずなのに、軍部にまで筒抜けだった、ということか……
「それぞれの指揮は誰が執っている?」
伝えられた情報をまだ状況整理しきれていないヴェディスに代わり、ビデルが確認した。
「湖水島王政府では、現在、メルサ正王妃が陣頭に立ち、ジン・サロン剣士隊と王城警衛隊が負傷者・行方不明者の救助、及び、ミラ従王妃捜索を行っています!」
「壁外防衛線には、視察中だったヒーズイット大将がおられます! 壁内基地はボロゾフ副司令官が指揮を執り、増援部隊を送り出しています!」
エグデン王都1000年の 安寧が……まさかこのような形で内外同時に崩れようとは……カガワ・アツキ……これもあのチガセのせいなのか?
ビデルは鳴り渡る警笛の中、夕から夜へ移り行く空を見上げた。頬が緩み、堪えきれない笑いがこみ上げて来る。
鳴り止むこと無く非常事態を告げる警笛の緊張感と、心底楽しそうに声を上げて笑うビデルの姿……その場に居た4人は、その違和感に満ちた光景をしばらく呆然と見つめていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ヒーズイット大将! 側面からも来ます!」
軍上層部専用馬車を2頭の法力馬に引かせ操る御者が叫んだ。
「馬車の全方位を騎兵で固めろ! 増援はまだか!」
車内でヒーズイットの隣に座る白髪の幹部兵が大声で指示を伝える。
「ペイン中将……大声を出すな」
ヒーズイットは揺れの大きな車内でも、腕を組んでバランス良く腰かけていた。両脇の護衛兵は、それぞれ車内の手すりにしがみついている。
「……申し訳ございません」
叱責された中将は謝りを入れた。こちらはヒーズイットとは対照的に、恐れと緊張がその表情から見て取れる。
「まさか、こんなに早く来るとはな……」
車窓を見つめながらヒーズイットは呟く。
小・中規模の「群れ」出現報告がこの数日増え続けていた。大群行の再発は近い……軍部にとってもこれは最大懸念事項だった。前回は群れ化の兆候をみすみす見逃してしまった。だからこそ今回は先手先手で部隊を配備して来たのに……
「今さら王都に戻っても同じだ……終わりだよ。王都も、この国も……」
宵闇が迫る車窓の外には、まるで山脈が移動しているのかと見間違うばかりの無数のサーガがうごめき迫って来る。数千なんて単位では無い。数万、いや、数十万はいるだろう。大陸全土に生息していたサーガが、今、王都一点を目指して進んでいる。
ガラガラガラ……!
突然、車窓の景色が急旋回し、ヒーズイットはどことも分からず身体を打ちつけ意識が飛ぶ。ヒーズイット達を乗せた馬車は、荒野の急速に車軸が耐え切れず破断し、激しく横転してしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「スヒリト隊長、これをどうぞ」
兵員輸送馬車の中で、兵長の階級章を付けた法術兵がスヒリトに棒弓銃を渡して来た。
「あん? 何だ、これは?」
「棒弓銃ですが……」
やり取りを横目で見ながら、周りの法術兵達がクスクスと笑いを漏らす。スヒリトは不満げに顔をしかめ、怒鳴り声で尋ねた。
「棒弓銃くらい知ってる! だから聞いてるんだ! お前らも法術兵なんだろう? ボロゾフ准将が法術士官である私にこの隊を委ねられたのは、法術戦の指揮のためだ! 棒弓銃で狩りを楽しむためじゃない!」
「お言葉ですがスヒリト隊長……法力弓術を……まさか御存知無い?」
正面に座っていた副隊長のマルイが、いかにも驚いたようなわざとらしい声で尋ねる。
「法力……弓術ぅ?」
ちょっと待て……なんか聞いたぞ……いや、読んだな? なんだったけ?「ズバリ合格!」に載ってたような……
「我々『元』ヒラー法術隊は、全員が法力弓術のエキスパートで組織されてる隊です。まさか、隊長は法力弓術を操れないとか言わないですよね?」
明らかに格下を小馬鹿にする口調で、マルイはスヒリトに問いかける。
あれぇ……? そう言や、ボロゾフ准将からも、何か確認された気が……
ボロゾフから「棒弓銃は扱えるか?」と聞かれた。即座にスヒリトは扱えると答えたが、あの時は……てっきり普通の棒弓銃の話だと思ってたのだが……
「隊長、どうなんですか?」
「そりゃ……使えるよ……おい! 貸せ!」
スヒリトは勢いよく立ち上がると、そばに立っていた兵長の手から棒弓銃を奪うように受け取り構えて見せた。
「当然だろ! だから俺がこの隊を任されたんだ!」
「そうですか……」
マルイは口元に笑みを浮かべてはいるが、その目はまるで「汚物」を見る様な冷淡な色を帯びている。スヒリトも睨み返すが、こちらは怯えと動揺に震える目だった。マルイが合図を送ると、周りの兵士達は自分の棒弓銃を足元から取り出し、両手で握り、胸の前で備え持った。
「あんた……持ち方が違うんだよ……」
マルイは口元の笑みも消し去り、怒りの籠った声をスヒリトに投げかける。
「な……きさ……」
ほろ付きの薄暗い兵員輸送馬車の中、スヒリトは恐怖と不安と悔しさで泣き出しそうになりながらマルイを睨み返す。
「お……俺は……ボロゾフ准将からこの隊の隊長を拝命したんだ! 棒弓銃の扱い方がどうとかは関係ない!」
軍部基地副指令でもあるボロゾフの威光を思い出し、スヒリトは勝ち誇ったように言い放つ。しかし、マルイをはじめ、隊員達は嘲笑の色を強めた。
「な……何が……何がおかしいんだ!」
「あんた……ここで降りな」
冷ややかにマルイが告げる。
「は? はぁ? 何言って……」
マルイの棒弓銃が、真っ直ぐスヒリトへ向けられた。ギョッとして、周りに助けを求めるように顔を動かすと、隊員全員がスヒリトへ棒弓銃を向けている。
「現場を何も知ら無ぇヤツが出しゃばって来ると、こちとら自分らの命にかかわるんだよ。そんな上官なんか『任務遂行不能』になって作戦から降りてもらうのが、この隊にとって1番ありがたい……全員の総意だよ。あんたに命を預ける気は無い!……死体になって投げ降ろされるか、自分の意思で降りるか、今すぐ決めろよ」
矢を装填済のいくつもの棒弓銃がスヒリトを狙っている。
な……なんだよ……こいつら……頭おかしいんじゃねぇの? クソッ!
スヒリトは左右から狙いを定める棒弓銃に追い立てられ、荷台の最後部まで移動させられた。
「き……貴様ら! 分かってるな? こ、これは、明らかに軍規違反だぞ!」
隊員達はニヤニヤしながらスヒリトの言葉を聞き流す。奥から、マルイが席を立って近付いて来た。
「さようなら。スヒリト『元』隊長さん……」
マルイは構えていた棒弓銃を片手に持ちかえると、スヒリトの腹を右足で思い切り蹴り押した。
0
あなたにおすすめの小説
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
キャンピングカーで走ってるだけで異世界が平和になるそうです~万物生成系チートスキルを添えて~
サメのおでこ
ファンタジー
手違いだったのだ。もしくは事故。
ヒトと魔族が今日もドンパチやっている世界。行方不明の勇者を捜す使命を帯びて……訂正、押しつけられて召喚された俺は、スキル≪物質変換≫の使い手だ。
木を鉄に、紙を鋼に、雪をオムライスに――あらゆる物質を望むがままに変換してのけるこのスキルは、しかし何故か召喚師から「役立たずのド三流」と罵られる。その挙げ句、人界の果てへと魔法で追放される有り様。
そんな俺は、≪物質変換≫でもって生き延びるための武器を生み出そうとして――キャンピングカーを創ってしまう。
もう一度言う。
手違いだったのだ。もしくは事故。
出来てしまったキャンピングカーで、渋々出発する俺。だが、実はこの平和なクルマには俺自身も知らない途方もない力が隠されていた!
そんな俺とキャンピングカーに、ある願いを託す人々が現れて――
※本作は他サイトでも掲載しています
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ
天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。
ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。
そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。
よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。
そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。
こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる