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第5章 王都騒乱 編
第 287 話 反発
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どうしよう……
不敵な笑みを浮かべて立つガザルを前に、篤樹は不思議と恐怖を感じることは無かった。だが、自分の技量で「倒せる」自信も生まれてこない。
何らかの法力効果が働いているおかげで、動体視力を含めた身体の動きがついていけているのがせめてもの救いとは思う。しかし……スレヤーとの訓練で、ある程度の基本剣技を身に付け始めているとはいえ、ガザルにことごとく攻撃をかわされている現状から、いかに自分が「初級剣士」であるかを思い知らされていた。
懐に入り込まれないよう、剣の間合いをギリギリ保つのが精一杯で、とてもじゃないが「一撃」さえも与えられるイメージが浮かばない。しかも自分は「疲れ」を感じ始めているのに相手は息一つ乱れていない様子から、篤樹は焦りを感じ始めていた。
「なるほどなぁ……」
不意に発せられたガザルの声に、篤樹はピクリと反応する。近接戦の間はガザルの顔にも焦りと苛立ちの色が浮かんでいたはずだが……今、ガザルの表情は湖神結界の橋上で対峙した時と同じ、余裕と狂気の笑みを浮かべている。
でも……あの時の俺とは違う!
篤樹は 成者の剣をギュッと握り直した。
あの時は、アイツが何者なのかも知らなかった。「闘う準備」なんか全く無かった。急に現れて、殴られて、蹴られて……ワケも分からずにとにかく逃げ出したけど……今は違う! アイツは「敵」だ! 俺やみんなを……この世界中の命を滅ぼそうとしている「敵」なんだ!
「生意気な目で俺を見てんじゃねぇぞ? クソガキが……」
決意の籠った篤樹の視線に気付き、ガザルは笑みを消して睨み返す。
エルグレドさんやスレヤーさんと出会って……成者の剣も手に入って……戦い方を教えてもらって……法力も……少しは使えるようになってるんだ!
ジリとガザルがにじり寄る。篤樹は剣を正眼の構えから左下段にゆっくり下げていく。相手の攻撃を下からはらい、そのまま「突き」や上段からの振り抜きで反撃する「回避即攻撃」の流れをイメージする。「短剣・体術」を使う相手に有効な構えとしてスレヤーから仕込まれた型だ。
振り上げは回避だけ……あくまでも上体攻撃への補助動作……
スレヤーから何度も叩き込まれた剣術基礎を思い出しながら、篤樹は静かにガザルの攻撃を待つ。
「ガキが……」
ガザルの左手に法力光が瞬時に宿り、速射法撃が放たれて来た。しかし篤樹は冷静にその軌道を見極める。と同時に、その「おとりの法撃」に続くであろうガザルの近接攻撃に意識を集中していた。
その予測通り、ガザルの法撃は篤樹の中心線上からかなり右を狙って放たれている。篤樹の体勢を左に移動させるための軌道だ。左に身体を移動しながら、左下段から剣を振り上げても威力は削がれる……ということは、ガザルの狙いは左側から一気に懐まで飛び込む「突進」だ!
篤樹はガザルの「突進」に備えた。体術で押し入って来る相手なら……剣を振り上げ切って振り下ろすよりも、相手の突進力も利用した「突き」で応じる……スレヤーと幾度も模擬戦を繰り返し、すっかり身体が覚えている剣技へ篤樹の身体は自然に動き出す。
左下段から剣を持ち上げて行く。剣先が、突進して来るガザルの胸部の高さに達した段階で、篤樹は両腕に力を込めた。左側に移動していた体勢から、今度は正面に向かって踏み込む準備を整える。目の前まで迫って来たガザルの胸部に向け、篤樹は両手で握る 成者の剣を真っ直ぐ突き出すと同時に、足にも力をこめて踏み込んで行く。
篤樹の身体へ一撃を加えるため、ガザルは「突進」して来た……と予測を立て対応した篤樹は、これまでの訓練の中でも得られなかった「完璧なタイミング」で、一連の動作を実行することが出来た。
ガザルの狙いが篤樹の「身体」であったなら、この完璧なタイミングでの胸部突きで勝負はついていたかも知れない。しかし……ガザルの狙いは篤樹の「身体」ではなく、剣を握っている「両手拳」に初めから向けられていた。
篤樹の「身体」と突き出される「両手拳」とでは、距離として40センチの差が生じる。篤樹が予測していたガザルの攻撃は、予測よりも40センチ「手前」を狙ったものだった。この予測距離のズレは、すなわち、篤樹の予測攻撃の失敗を意味する。
ガザルは篤樹の剣軌道を見て確信した。「コイツは読みを誤った」と……
ガザルが繰り出す強烈な打撃が、成者の剣の柄を握る篤樹の左手と右手……2本ずつの指を打ち砕いた。
真っ直ぐ突き出した剣先は、予測よりも手前で屈んだガザルの顔面横を通り過ぎて行く。篤樹は腕が伸びきる直前に両手指の粉砕骨折による激痛に襲われ、剣の柄を握る力も抜けてしまう。成者の剣は篤樹の手を離れ、ガザルの数メートル後方へ投げ出されて行った。
「ああぁッ!!」
ドンッ!
突進して来たガザルから、予期していなかった「握り手」への攻撃を受け、篤樹は苦痛の声を上げた。その声とほぼ同時に加速していたガザルの体当たりを受け、篤樹は後方に押し飛ばされる。
「アアアッ……」
左手の中指と人さし指、右手の小指と薬指、左右4本の指を打ち砕かれた痛みと、押し飛ばされ転倒した痛み……まだ状況理解が追いついていない篤樹は、突如襲いかかった痛感神経の激しい信号に抵抗するかのように、地面を転がり叫び声を上げる。
「ハッハハー!」
ガザルは衝突後の体勢を整えると、地面に倒れ身悶えしながら苦痛の叫びを上げる篤樹を見下し、目を見開き高らかに笑った。
「いいねぇ! いいねぇ! ゴミ虫が地に這いつくばって泣き叫ぶ姿ってのはよぉ! それこそクソ人間種の最期に相応しい格好だぜ!」
視界の端に見えていたガザルの姿が消え、直後、篤樹は右脇腹に強烈な痛みを感じた。法力移動で近づいたガザルに蹴り上げられた事を、地面に身体が叩きつけられた時にようやく気が付く。
ガザルの……動きが……見えない!
「よっしゃあ! 手足の端から順に踏み潰してやっから、おとなしくしろやぁ!」
篤樹のそばに立つガザルが右足を上げ、篤樹の左足首を狙い踏み下ろして来た。
しかし、ガザルの足裏は篤樹の左足首に触れる事無く遠ざかって行く。法力移動で駆け込んだピュートがガザルの右足を両手で受け止め、そのまま投げ飛ばしたのだ。
「ガキがっ!」
後方に投げ飛ばされたガザルはすぐに体勢を立て直し、ピュートに向かい速射法撃を放って来た。だが、ガザルの攻撃魔法はピュートの目の前数センチで四方に弾け飛ぶ。
「……ガキ……『壁』作んの早ぇじゃねぇか」
瞬時に防御魔法を発現させたピュートを睨みつけ、ガザルは力量を測りながら声をかけた。
「アンタの動きは予測がしやすい……」
「ナメんなっ!」
ピュートの返答に怒りの声を上げたガザルは、速射法撃を連続で繰り出す。しかしピュートの防御魔法は自身と篤樹の全身を守っているため、全ての法撃は直前で四散していった。
「……カガワ、剣を拾え」
4本の指を砕かれ苦痛に喘ぐ篤樹に向かい、ピュートが淡々と指示を出す。
え? なに?……剣?
篤樹は4本の指が負っている激痛に本能的に反応し続けていたが、ピュートからの指示により意識が外に向いた。
「……俺はアイツと相性が悪い。お前が倒すしかない。押さえておくから、剣を拾って来い」
「そんな……無理だって!」
ガザルの連続法撃が防御魔法に弾かれる音と光の中、改めて出されたピュートからの指示に篤樹は反論する。
「俺……手をやられたんだ! 多分、骨が折れてるよ……指の骨、何本か……。剣を握れるワケ無いだろ!」
ガザルの動きを警戒していたピュートが、一瞬だけ顔を篤樹に向けた。憐れみも侮蔑も感じられない、ただ「何を言ってるんだ?」という無関心な視線に、篤樹は身を縮める。
「俺がガザルを押さえている間に剣を拾え。いいな? カガワ」
自分が示した計画を遂行する以外に策は無い……ピュートの言葉には有無を言わせない力が宿っていた。篤樹はさらに反論をしようと身構えたが……思い止める。
何か……悔しいな……
これがエルグレドやスレヤーからの……「大人からの指示」だったなら……もうギブアップ宣言をしていたかも知れない。指4本を同時に粉砕骨折という重傷を負わされたのだ。戦意喪失どころか、実際に「剣を持つ」という動作なんか無理だと、当然の判断として諦めていただろう。
だが、自分と同年代男子から「当然出来る事」として出された指示に、これ以上の泣き言を言うのが恥ずかしいと思った。心配も同情も慰めもしてくれない、ただ淡々と指示を出すピュートに「出来無い自分」を主張するのが悔しく、また、馬鹿らしく感じ始める。
両手が痺れたようにジンジンとする痛みの中、正直、剣を握れるかどうかの自信は無い。だが「絶望的な痛み」は遠ざかり、今は「理解出来る痛み」に変わったことで篤樹の気持ちもかえって落ち着き始めていた。
「……わかったよ。やってみる……」
ピュートの「作戦」に同意を示す。ピュートは篤樹の返答を待っていた様子で、防御魔法を発現させたまま、ゆっくり動き始めた。
「なんだぁ? 逃げるつもりか……よっ!」
ガザルは法撃の連射を止めると、法力移動で瞬時に詰め寄り拳を打ち出す。ピュートはその拳撃を紙一重でかわし、ガザルの手首をつかむと、勢いを利用して身体を投げ飛ばした。
宙に浮いたガザルの姿が消え、即座にピュートの姿も消える。次の瞬間、5メートルほど離れた場所に組み合う2人の姿が現れた。
ダメだ……動きが全然見えない……
先ほどまでは捉えていたガザルの動きが、今は全く見えない……。篤樹は、2人が次にどこに現れるのかが分からない不安を感じ、周囲を警戒しつつ、足を引きずるように成者の剣に歩み出した。
不敵な笑みを浮かべて立つガザルを前に、篤樹は不思議と恐怖を感じることは無かった。だが、自分の技量で「倒せる」自信も生まれてこない。
何らかの法力効果が働いているおかげで、動体視力を含めた身体の動きがついていけているのがせめてもの救いとは思う。しかし……スレヤーとの訓練で、ある程度の基本剣技を身に付け始めているとはいえ、ガザルにことごとく攻撃をかわされている現状から、いかに自分が「初級剣士」であるかを思い知らされていた。
懐に入り込まれないよう、剣の間合いをギリギリ保つのが精一杯で、とてもじゃないが「一撃」さえも与えられるイメージが浮かばない。しかも自分は「疲れ」を感じ始めているのに相手は息一つ乱れていない様子から、篤樹は焦りを感じ始めていた。
「なるほどなぁ……」
不意に発せられたガザルの声に、篤樹はピクリと反応する。近接戦の間はガザルの顔にも焦りと苛立ちの色が浮かんでいたはずだが……今、ガザルの表情は湖神結界の橋上で対峙した時と同じ、余裕と狂気の笑みを浮かべている。
でも……あの時の俺とは違う!
篤樹は 成者の剣をギュッと握り直した。
あの時は、アイツが何者なのかも知らなかった。「闘う準備」なんか全く無かった。急に現れて、殴られて、蹴られて……ワケも分からずにとにかく逃げ出したけど……今は違う! アイツは「敵」だ! 俺やみんなを……この世界中の命を滅ぼそうとしている「敵」なんだ!
「生意気な目で俺を見てんじゃねぇぞ? クソガキが……」
決意の籠った篤樹の視線に気付き、ガザルは笑みを消して睨み返す。
エルグレドさんやスレヤーさんと出会って……成者の剣も手に入って……戦い方を教えてもらって……法力も……少しは使えるようになってるんだ!
ジリとガザルがにじり寄る。篤樹は剣を正眼の構えから左下段にゆっくり下げていく。相手の攻撃を下からはらい、そのまま「突き」や上段からの振り抜きで反撃する「回避即攻撃」の流れをイメージする。「短剣・体術」を使う相手に有効な構えとしてスレヤーから仕込まれた型だ。
振り上げは回避だけ……あくまでも上体攻撃への補助動作……
スレヤーから何度も叩き込まれた剣術基礎を思い出しながら、篤樹は静かにガザルの攻撃を待つ。
「ガキが……」
ガザルの左手に法力光が瞬時に宿り、速射法撃が放たれて来た。しかし篤樹は冷静にその軌道を見極める。と同時に、その「おとりの法撃」に続くであろうガザルの近接攻撃に意識を集中していた。
その予測通り、ガザルの法撃は篤樹の中心線上からかなり右を狙って放たれている。篤樹の体勢を左に移動させるための軌道だ。左に身体を移動しながら、左下段から剣を振り上げても威力は削がれる……ということは、ガザルの狙いは左側から一気に懐まで飛び込む「突進」だ!
篤樹はガザルの「突進」に備えた。体術で押し入って来る相手なら……剣を振り上げ切って振り下ろすよりも、相手の突進力も利用した「突き」で応じる……スレヤーと幾度も模擬戦を繰り返し、すっかり身体が覚えている剣技へ篤樹の身体は自然に動き出す。
左下段から剣を持ち上げて行く。剣先が、突進して来るガザルの胸部の高さに達した段階で、篤樹は両腕に力を込めた。左側に移動していた体勢から、今度は正面に向かって踏み込む準備を整える。目の前まで迫って来たガザルの胸部に向け、篤樹は両手で握る 成者の剣を真っ直ぐ突き出すと同時に、足にも力をこめて踏み込んで行く。
篤樹の身体へ一撃を加えるため、ガザルは「突進」して来た……と予測を立て対応した篤樹は、これまでの訓練の中でも得られなかった「完璧なタイミング」で、一連の動作を実行することが出来た。
ガザルの狙いが篤樹の「身体」であったなら、この完璧なタイミングでの胸部突きで勝負はついていたかも知れない。しかし……ガザルの狙いは篤樹の「身体」ではなく、剣を握っている「両手拳」に初めから向けられていた。
篤樹の「身体」と突き出される「両手拳」とでは、距離として40センチの差が生じる。篤樹が予測していたガザルの攻撃は、予測よりも40センチ「手前」を狙ったものだった。この予測距離のズレは、すなわち、篤樹の予測攻撃の失敗を意味する。
ガザルは篤樹の剣軌道を見て確信した。「コイツは読みを誤った」と……
ガザルが繰り出す強烈な打撃が、成者の剣の柄を握る篤樹の左手と右手……2本ずつの指を打ち砕いた。
真っ直ぐ突き出した剣先は、予測よりも手前で屈んだガザルの顔面横を通り過ぎて行く。篤樹は腕が伸びきる直前に両手指の粉砕骨折による激痛に襲われ、剣の柄を握る力も抜けてしまう。成者の剣は篤樹の手を離れ、ガザルの数メートル後方へ投げ出されて行った。
「ああぁッ!!」
ドンッ!
突進して来たガザルから、予期していなかった「握り手」への攻撃を受け、篤樹は苦痛の声を上げた。その声とほぼ同時に加速していたガザルの体当たりを受け、篤樹は後方に押し飛ばされる。
「アアアッ……」
左手の中指と人さし指、右手の小指と薬指、左右4本の指を打ち砕かれた痛みと、押し飛ばされ転倒した痛み……まだ状況理解が追いついていない篤樹は、突如襲いかかった痛感神経の激しい信号に抵抗するかのように、地面を転がり叫び声を上げる。
「ハッハハー!」
ガザルは衝突後の体勢を整えると、地面に倒れ身悶えしながら苦痛の叫びを上げる篤樹を見下し、目を見開き高らかに笑った。
「いいねぇ! いいねぇ! ゴミ虫が地に這いつくばって泣き叫ぶ姿ってのはよぉ! それこそクソ人間種の最期に相応しい格好だぜ!」
視界の端に見えていたガザルの姿が消え、直後、篤樹は右脇腹に強烈な痛みを感じた。法力移動で近づいたガザルに蹴り上げられた事を、地面に身体が叩きつけられた時にようやく気が付く。
ガザルの……動きが……見えない!
「よっしゃあ! 手足の端から順に踏み潰してやっから、おとなしくしろやぁ!」
篤樹のそばに立つガザルが右足を上げ、篤樹の左足首を狙い踏み下ろして来た。
しかし、ガザルの足裏は篤樹の左足首に触れる事無く遠ざかって行く。法力移動で駆け込んだピュートがガザルの右足を両手で受け止め、そのまま投げ飛ばしたのだ。
「ガキがっ!」
後方に投げ飛ばされたガザルはすぐに体勢を立て直し、ピュートに向かい速射法撃を放って来た。だが、ガザルの攻撃魔法はピュートの目の前数センチで四方に弾け飛ぶ。
「……ガキ……『壁』作んの早ぇじゃねぇか」
瞬時に防御魔法を発現させたピュートを睨みつけ、ガザルは力量を測りながら声をかけた。
「アンタの動きは予測がしやすい……」
「ナメんなっ!」
ピュートの返答に怒りの声を上げたガザルは、速射法撃を連続で繰り出す。しかしピュートの防御魔法は自身と篤樹の全身を守っているため、全ての法撃は直前で四散していった。
「……カガワ、剣を拾え」
4本の指を砕かれ苦痛に喘ぐ篤樹に向かい、ピュートが淡々と指示を出す。
え? なに?……剣?
篤樹は4本の指が負っている激痛に本能的に反応し続けていたが、ピュートからの指示により意識が外に向いた。
「……俺はアイツと相性が悪い。お前が倒すしかない。押さえておくから、剣を拾って来い」
「そんな……無理だって!」
ガザルの連続法撃が防御魔法に弾かれる音と光の中、改めて出されたピュートからの指示に篤樹は反論する。
「俺……手をやられたんだ! 多分、骨が折れてるよ……指の骨、何本か……。剣を握れるワケ無いだろ!」
ガザルの動きを警戒していたピュートが、一瞬だけ顔を篤樹に向けた。憐れみも侮蔑も感じられない、ただ「何を言ってるんだ?」という無関心な視線に、篤樹は身を縮める。
「俺がガザルを押さえている間に剣を拾え。いいな? カガワ」
自分が示した計画を遂行する以外に策は無い……ピュートの言葉には有無を言わせない力が宿っていた。篤樹はさらに反論をしようと身構えたが……思い止める。
何か……悔しいな……
これがエルグレドやスレヤーからの……「大人からの指示」だったなら……もうギブアップ宣言をしていたかも知れない。指4本を同時に粉砕骨折という重傷を負わされたのだ。戦意喪失どころか、実際に「剣を持つ」という動作なんか無理だと、当然の判断として諦めていただろう。
だが、自分と同年代男子から「当然出来る事」として出された指示に、これ以上の泣き言を言うのが恥ずかしいと思った。心配も同情も慰めもしてくれない、ただ淡々と指示を出すピュートに「出来無い自分」を主張するのが悔しく、また、馬鹿らしく感じ始める。
両手が痺れたようにジンジンとする痛みの中、正直、剣を握れるかどうかの自信は無い。だが「絶望的な痛み」は遠ざかり、今は「理解出来る痛み」に変わったことで篤樹の気持ちもかえって落ち着き始めていた。
「……わかったよ。やってみる……」
ピュートの「作戦」に同意を示す。ピュートは篤樹の返答を待っていた様子で、防御魔法を発現させたまま、ゆっくり動き始めた。
「なんだぁ? 逃げるつもりか……よっ!」
ガザルは法撃の連射を止めると、法力移動で瞬時に詰め寄り拳を打ち出す。ピュートはその拳撃を紙一重でかわし、ガザルの手首をつかむと、勢いを利用して身体を投げ飛ばした。
宙に浮いたガザルの姿が消え、即座にピュートの姿も消える。次の瞬間、5メートルほど離れた場所に組み合う2人の姿が現れた。
ダメだ……動きが全然見えない……
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