◆完結◆『3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~』《全7章》

カワカツ

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第7章 それぞれのクエスト 編

第 388 話 心配

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「そういえば……」

 小林美月は幅広の剣を研ぎながら唐突に口を開いた。この世界に来て早い段階で手に入れた剣で、柄の握り心地や量さが使い慣れたラケットと似ているため気に入っている。「道具を大事に扱うのはプレイヤーの基本」だと、テニス部の顧問から1年生の頃に繰り返された指導の成果か、この「道具」に対しても自分の身体をケアするように取り扱っている。
 そんな美月の声に反応したのは田中和希だった。

「ん? なに?」

「田中くんと上田くんって……どっちも名前が『かずき』だけど……どうして田中くんは上田くんを『カズキ』って呼ぶのに、向こうは名字で呼ぶの?」

 皮製の敷布に置かれた研ぎ台を前に、顔も上げず正座で剣を研ぎながら語る美月に顔を向け、和希は「やまんばみたい……」と失礼な感想を抱き苦笑いを浮かべる。

「ねぇ?」

 返答の間が空いたせいか、美月が手を止めて和希に顔を向けた。健康的に薄く日焼けした小さく端整な顔立ちの少女―――失った左目を隠す黒布の眼帯が不釣り合いながらも、かえって澄んだ右目を際立たせている。その視線に、和希は一瞬「ドキッ」として目線を外し、自分が作っている「編みボール」を見つめる。

「あ……うん……名前ね……」

 自作ボールの具合を確かめるような視線のまま、和希は返答を続けた。

「一樹とボクは小学2年生の時に同じクラブに入ったんだよ。その時に2学年上のメンバーに『上田さん』って人が居たんだ。で、コーチの先生はその人を名字で呼んでたから、同じ名字の一樹は『かずき』で呼ばれて、ボクは普通に名字で呼ばれるようになって……だから、ボクらで決めた呼び方じゃなくって、コーチが呼んでた呼び方が定着したってことかな」

 後半、気持ちが整った和希は、ふわっとした笑みを美月に返す。

「そうなんだぁ……『ダブルカズキ』は小学2年からの付き合いなんだね……」

 幅広の剣を研ぎ台の上に置き両手を添えたまま、美月も笑みを返した。和希は次のボールを作る材料に手を伸ばしながら、言葉を続ける。

「うーん……クラブに入ったのは2年の時だけど、一樹とは『こども園』の時から一緒なんだよね。向こうは0歳児からだったけど、ボクは3歳からだから……10……2年の付き合いかな?」

「へぇ、12年……そんなに長いんだ……だからいつも2人は息が合ってるんだね」

 思っていた以上の「ダブルカズキ期間」を知り、美月は素直に驚いた。和希は軽く笑みを浮かべたまま次のボールを編み始める。

「なんか、まるで双子の兄弟みたいだねって、みんな話してたんだぁ……そりゃ未就学の頃からの付き合いなら、仲良しなのも当然だね」

「うん、まあ……でも、一樹は特別だよ。3組の後藤とかもこども園から中学まで一緒だけど、今は別に話しもしないからね」

 和希の返事に美月は少し首をかしげ、視線を研ぎ台に戻した。

「そっか……そうかもね。別に、長い間一緒に居るからって、誰とでも仲良くなるワケじゃ無いもんね」

「うん……ただ一緒に居るってだけじゃ、仲間にも友だちにもなれないよ。ボクと一樹はサッカーでの繋がりが一番深いけど、親同士も友だちだし、趣味も合うし……でも、2人とも長所短所が違うから、お互いにそれをカバーし合ってる内に自然に、ね」

「私たちは……」

 剣を研ぎ始めた美月が再び手を止める。「ん?」と和希が顔を向けると、美月は潤みを帯びた右目で視線を返し、言葉を繋ぐ。

「私たちは……どうかな? 仲良く、やって行けるかな……」

 一瞬、どの「私たち」のことだろうか? と返答に詰まったが、和希は優しく微笑みうなずき応えた。

「まあ、7人みんな個性的なメンバーだからね。でも、帰る方法を探すにせよ、ここで生きて行くにせよ、みんなで協力して行くことは大事だと思うよ」

「そうだね……。ただ……神村くんが少し心配……」

 美月の返答で、自分の返しの判断が間違っていなかったことを確認し和希はホッとする。「私たち」を勘違いして、変な返しをしなくて良かった! それにしても……

「勇気?……が、どうかしたの?」

「う……ん」

 森の中の食料採集で、勇気が「非協力的」だったことや、学生服に「隠しポケット」を作って小刀を普段から持ち歩いていたことなどを美月は和希に話した。

「私、神村くんとは向こうでほとんど話した事なかったから驚いたんだけど……洋子が言うには、神村くんって前からちょっと変わってる子だったって。田中くんたちも小学校一緒だったんだよね? 神村くんって……友だち作るの苦手そうだから……」

 美月の言わんとする所を汲み取り、和希は「う~ん……」と頭を掻く。

「……まあ、一風変わった奴ではあるかなぁ? でも、大田や隆なんかと昼休みに楽しそうに遊んでたみたいだよ? 豊ともたまにトランプしてたし……賀川たちとも話してるの見たよ。大丈夫じゃない?」

 そんな当り障りの無い返事では終わらせてもらえそうに無い美月の視線を引き続き受け、和希は手作業を止めてしっかりと美月の視線に向き合う。

「昨夜の様子でしょ? 小林さんも気が付いた?」

 コクリとうなずいた美月に、和希は溜息混じりの苦笑を見せる。

「何でだろうね……勇気は、ボクや一樹の前だと、いつもあんな風に『ちょっと引き気味』な態度なんだよね。多分……ボクたちの事が苦手なんだと思うよ? 何でかは知らないけど……」


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「勇気が行方不明?!」

 遠征用の食料を採集するため、「木の実の森」に行っていた小平洋子からの予期せぬ報告を受けたのは、日も暮れ始めた頃だった。その場に居ない牧野豊を除く4人が驚きの声を上げる。

「一体……何があったの?」

 ただの動揺とは違う、浮かない表情の洋子に気付き和希が問いかけた。洋子は泣き腫らした目を和希に向けるが、なかなか言葉を出せない。隣に立っていたバルーサが代わりに口を開いた。

「ヨウコとユウキで口論になったらしい。その後、行方が分からなくなった。シャデラたちが捜索に出てるが……チガセの法力波長は上手く辿れそうも無い」

 4人の視線が改めて洋子に向く。

「私……勇気に……ヒドイこと言っちゃったかも……」

「どんなこと?」

 ポツリと口を開いた洋子に「責め」を感じさせ無いよう、和希は優しく尋ねる。美月は洋子の横に静かに移動し、支えるように寄り添った。少し気が落ち着いた様子で、洋子が状況説明を始める。

「こっちに来てから……せっかく皆で会えたのに……勇気の態度が悪いから面白く無いって……」

 洋子の独白に、上田一樹は天を仰ぎ、大田康平はポカンと口を開いた。慌てて洋子は話を続ける。

「あのね! 勇気とは保育園の頃から小学校も中学校も一緒なの! 弟みたいな感じでいつも見てたから、昨夜の態度とかも気になって……だからつい……」

 言葉の終わりに、和希の視線が美月と合った。2人は苦笑いで小さくうなずき合う。

「放っときゃ良かったのに……」

 一樹のひと言に、全員の視線が向けられた。意見というより、つい心の声が洩れた感じの一樹は、一瞬「あっ……」と目線を避ける。だが、すぐに思い直し目を上げた。

「別に、全員がベタベタに仲良しごっこする必要も無いだろ? アイツが俺や田中のことを嫌ってても、それはアイツの自由なんだからさ。放っときゃ良かったんだよ」

 突き放す口調の言葉に、しばしの間が空く。その空気を変えたのは康平の言葉だった。

「……そう言うワケにも行かないよね? 仲良くは出来なくても、見放すワケには行かないよね?……たとえ『友だち』と思って無くても……クラスメイトなんだから」

 採石作業の時に聞いた一樹の思いも理解しつつ、康平は確認するように真っ直ぐな視線を向ける。さすがに自分の言い方を反省したのか、一樹は黙ってうなずいた。

「それにしても……」

 和希が仕切り直して口を開く。

「こっちの世界じゃ行く当ても無いだろうし……」

「あのね……」

 肩に載せられた美月の手を握り、洋子が応える。全員の視線が集まると、洋子は一瞬言葉に詰まったが、とつとつと語り出した。

「もしかしたら……勇気、『バス』を探しに行ったのかも……」

「バス?!」

 数人の驚きの声が重なる。コクンとうなずき、洋子は続けた。

「『他のみんな』を探すって……それに、荷物の中には色んな道具もあるから、絶対に役に立つはずだって……」

「馬鹿だろ……」

 再び一樹が発した声に4人はつい「同意」の態度を示し、すぐにハッと表情を引き締め直す。

「ボクらの説明じゃ、納得して無かったんだろうね」

 辛うじて和希が話の流れを変える。それを受け、康平が話を繋いだ。

「勇気はずっと、バスは川下に流れたんだって言い張ってたもんね……自分が転移してた場所が河原だったから、そう思い込んじゃってたんだよ」

「私たちは西の岩山だったわ……」

 美月が、豊と共に転移してきた場所を思い出しながら語ると、和希もうなずく。

「ボクら4人は森の中だった。一樹は1時間遅れだったけど」

 和希の笑みを含んだ視線に、一樹は軽く手を上げて応える。

「出て来た場所はみんな違うって説明してやったのに……あの馬鹿……ホント、人の話を聞かねぇよな!」

 どこか吹っ切れた様子で言い放った一樹の意見に、全員が苦笑してうなずいた。「じゃ……」と一樹は前置きをし、席を立つ。

「川下に向かって行けば、見つけられるかもな。メシャクさんたちにお願いして、森の中を案内してもらわ無ぇと……」

「待って……」

 捜索に動き出そうとした一同をバルーサが制止する。全員の視線がバルーサに向くが、彼女は一瞬、何かに気持ちを集中している様子のため「伝心」だと気付いた。

「……何か分かりましたか?」

 バルーサの「伝心」が終わった事を感じ、すぐに和希が尋ねた。

「シャデラたちがもうすぐ帰り着く。ユタカも合流してるそうだ。待機してろ、と」

 視線をそらすような歯切れの悪い説明に嫌な予感を感じつつ、和希と一樹は視線を交わし小さくうなずいた。
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