◆完結◆『3年2組 ボクらのクエスト~想像✕創造の異世界修学旅行~』《全7章》

カワカツ

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第7章 それぞれのクエスト 編

第 424 話 はじめまして

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「黒魔龍が……」

 エシャーは黒魔龍の変化に気付いた。小宮直子からの呼びかけに対し、明らかに「意思」をもって反応している……まぶたを持たない蛇は、透明のウロコで眼球を保護しているため「まばたき」をする必要は無い。だが今、目の前に顔を寄せている黒魔龍は、まるで「まばたき」をしながら、小宮直子の存在を改めて確認しているようにさえ見える。

「上手く……声が届いたみたいね……」

 加藤美咲は視線を空中の「絵」に向け集中を絶やさないようにしつつ、エシャーの呟きに同意の思いを告げ、口端を緩めた。

「柴田さん……」

 直子は黒魔龍の眼球奥に柴田加奈を感じつつ語りかける。

「長い間……本当に長い間……待たせてしまったわね……」

 具現化した「蛇」の姿では在るが、加奈は直子の姿も声もハッキリ認識し始めていた。同時に、遮断していたはずの「記憶」も開き始める。

 イ……ヤ……

 黒水晶内の加奈の身体が震え出す。うつろな存在となる事で、意識も記憶も覆い隠し自分を守って来た。だが今、柴田加奈と言う存在を「現実」へ呼び覚まそうとする直子の声で、せっかく隠れ覆っていた「霞」が取り除かれようとしている。えも言えぬ不安と恐怖が、加奈を襲う。

「危ない!」

 エシャーの叫び声で、加奈に集中していた直子と「絵」に集中していた美咲は、黒魔龍が激しく身をくねらせる動きに気付き辛うじて身を避ける。

「ど……どうしたんですか?! 失敗?」

 空中の背景画を消し、黒魔龍の身体を避けながら光球体を操る美咲に向かい、エシャーは心配そうに尋ねた。

「さあ?……どうかなぁ……」

 空中で身悶えし、身をくねらせる黒魔龍に注意を払いつつ美咲は応える。

「先生の『声』が加奈さんにしっかり届いたからこそ……意識が目覚めて……混乱が始まってるとすれば……『成功の途中』って感じかなぁ?」

 額に疲労と困惑の汗を浮かせながらも、美咲は口角を上げ状況を見守る。直子はなおも黒魔龍の眼前に姿を残し語りかけるため、身悶える黒魔龍の頭部周辺を飛び続けていた。

「柴田さん! 落ち着いて! もう……もう大丈夫だから! もう、佐川さんの好きにはさせない! 私たちが必ずあなたを守るから! 助け出すから! だから……もう大丈夫よ!」

 直子の声が響き続ける。加奈は「言葉の意味」を理解し始めた。それと共に紐解かれていく「記憶」と「感情」……蛇が受けていたはずの「罰」が、段々、自分自身が受けて来た凌辱と苦痛であることを認識し始める。

 タス……ケテ……ヤメ……テ……イヤ……イ……ヤ……

「いやーーーーーー!」

 黒水晶の中に居る柴田加奈のまぶたが、涙の飛沫と共に完全に開かれた。恐怖と不安、嫌悪と絶望に顔をクシャクシャに歪ませ、加奈は両手で顔を覆いしゃがみ込む。

「美咲さん! あそこ!」

 クッキリした輪郭を持つ「生物」として具現化していた黒魔龍が動きを止め、薄く透過し始めた。エシャーは黒魔龍の喉元辺りを指さし、美咲に声をかける。そこには薄青い光を放つ物体が、黒魔龍の身体を透過し見えていた。

「……黒水晶……加奈さんだわ……」

 見る見る内に、加奈が無意識下で想像・発現させていた黒魔龍の姿は薄れ、ついに、湯気が風に流されるように消え去る。空中には、薄青い光に包まれた黒水晶だけが浮遊していた。

「あの子……」

 エシャーは透明度の低い黒水晶内に居る加奈に気付いた。身に何も着けず、膝を抱え座り込み嗚咽する少女……彼女が受けて来た恥辱と虐待を、神村勇気の残した情報伝達魔法内で「追体験」して来たエシャーは、自分の身と心が引き裂かれるような哀しみに襲われ自然と涙が溢れ流れる。

「柴田さん……」

 光球体を黒水晶のそばに移動させながら、小宮直子は語りかけた。

「顔を上げて……私よ。分かるでしょ? 3年2組の担任、小宮直子よ」

 まるで球体にでもなって消えてしまいたそうな姿勢で、裸体のまま膝を抱える柴田加奈は、その呼びかけに「ビクッ!」と肩を震わせる。美咲もエシャーと共に光球体を移動させ、直子のそばに寄った。

「加奈さん……大丈夫よ。私たちが居るわ。もう、1人で苦しまなくても良い。ね?」

 美咲の言葉に、加奈は反応する。恐る恐るという感じで、抱えた膝間に埋めていた顔をゆっくり上げる。

 だ……れ……?

 聞き覚えのある女性の声……それが、グラディーの地底深くに居た時から、幾度となく掛けられていた声であることを加奈はボンヤリ理解していた。そう……この声は……

『加奈さん! 私と一緒に逃げ出そうよ! 絶対に助けて上げる!』

 突然、加奈の脳裏に古い断片的な記憶がよみがえる。いつ終わるとも知れない闇の中で……佐川から繰り返された恥辱と虐待に心を閉ざし、従属していた記憶……。その「闇」の中に響き輝いた女性の「声」……

 わ……たし……この人に……何を……

 佐川による「支配」の中、光る子どもに連れられて来たこの女性に、自分が「何をしたか」という記憶が、加奈の脳裏をかすめる。何の感情も現わさない蛇の顔のように、ただ佐川の指示に従い言われるまま無感情に美咲に対し手を下した……あれは「蛇」がやったこと……違う? あれは……「私の手」でやったこと……

「加奈さん! 大丈夫よ! あなたは佐川さんに洗脳されてただけ! 私はあなたを恨んでも無いし、憎んでもないわ!」

 加奈が自分を見る視線に変化を感じた美咲は、即座に大声で叫んだ。その言葉の意味は、加奈だけでなく追体験をしたエシャーも直子も理解している。そう……佐川による忌まわしい支配の中で、彼の「愉しみ」の1つとして加奈は利用され、その手は汚されたのだ。だが、美咲は初めからそのことに一切捕われていない。

「私が受けた傷は、全部、佐川さんがやったことよ!」

「ご……ごめ……んな……さい……」

 黒水晶の中で、加奈は美咲に目を向け、消え入りそうな声を洩らした。

 通じた!

 美咲は加奈の細い声を聞き取ると、パッと顔を輝かせ直子に視線を向ける。直子もまた、泣き出しそうな笑顔でうなずき返し加奈に顔を向けた。

「柴田さん……さあ! こっちにいらっしゃい! 一緒に……行きましょう!」

 一瞬「帰りましょう!」と言い出しそうな言葉を飲み込み、直子は加奈に同行を促す。加奈の表情に不安の陰が横切る。

 一緒に……行く? どこに……

 断片化され埋め隠していた記憶が加奈の中で組み合わされていく。

『一緒に行くわよ、加奈さん』

 あの時……小宮直子と加藤美咲と共に、佐川の支配から逃げ出す機会があった……だが、加奈は2人の声に応じ差し伸ばそうとした手を……伸ばし切ることが出来なかった。

『加奈ぁ……悪いヤツらが連れ去ろうとしたら、お前は何て言うようにお母さんから教わったんだぁ?』

 佐川の高圧的な声が脳内に響く。いま、目の前に差し出されている小宮直子の手を凝視し、加奈は不安と恐怖に唇を震わせる。3人は加奈の様子を心配し、視線を交わし合った。黒水晶はまだまだ透明度が薄く、その強度はいかなる外界からの力でも砕くことは出来そうに無い。加奈自身が手を差し伸ばさない限り、その手を握る事は出来ない……

「加奈さん……お願い! 手を伸ばして! 私たちと一緒に行きましょう!」

 堪えかねた美咲も加奈に呼びかけ、手を差し伸ばした。直子と美咲の光球体は、今や加奈の黒水晶と触れ合うほどに近付いている。

「わ……私……私……」

 加奈の目からは涙がとめどなく流れ落ちている。幼い子どもが全ての悲しみの感情を全面に表わすように、クシャクシャに表情を歪ませながら加奈は声を発した。
 
「私は……お母さんやお父さんと……一緒に居たいです」

 その言葉に、直子と美咲が差し伸ばす腕が「ピクリ」と反応する。

「加奈……さん……」

 呆然とした声が美咲の口から洩れた。

 これほど……強く「縛られてる」なんて……

 直子は言葉を失い、目を見開く。

「私……行きたくない……です。お母さんから離れたく……ないです……だから……お父さんと……一緒に居ないと……お母さんからも……」

 加奈は幼女のような泣き顔のまま、とつとつと「言葉による意思」を表す。そのまま、再び顔を膝間に下げ始めた時、エシャーが叫んだ。

「ダメだよカナ! 顔を上げて、こっちを見て!」

 美咲が止める間もなく、エシャーは光球体の内側から黒水晶の外殻面に手を伸ばす。光球体の「膜」がエシャーの手に押され黒水晶に触れた瞬間、赤と黒の閃光が接触部分で弾けた。

「キャッ!」

 衝撃でエシャーは美咲の光球体内で転がり、尻もちをつく。防御が効いているために怪我はしなかったが、顔をしかめて身体をさする。

「大丈夫?!」

 慌てて屈みこみ、美咲がエシャーの様子を確認すると、エシャーは恥ずかしそうに頭をかきながら笑みを浮かべた。

「ハハ……すみません! 驚かせちゃって……ああ、ビックリした!」

 突然の事態に、顔を下げかけていた加奈も驚きの目をエシャーに向けている。その視線に気付くと、エシャーは四つ這いで光球体の端までずり寄り、加奈に笑みを向けた。今度は「不意の接触」に注意しつつ、光球体内壁に両手を当てる。

「あなた……だれ?」

 加奈は自分の断片的な記憶にも該当しない「異国の少女」に驚きの目を向けたまま尋ねた。

「あ! そうだ、初めましてだね。私、エシャー! 『この世界』のルエルフって種族なの。ほら、耳がエルフ族みたいでしょ? でもね、ちょっと違うんだ! だから『ル・エルフ』なの!」

 何の前触れも無しにペラペラ話し始めたエシャーを、加奈は呆気に取られて目を見開き「はぁ……」とうなずき応じる。

「そうだ! それでね、アッキーから聞いたよ! 私も15歳だから、カナとドウキュウセイだね!」

「え……」

「エシャーも柴田さんと同じ歳……元の世界なら中学3年生なのよ」

 エシャーから「同級生」と言われ、思わずキョトンとした加奈に、直子が補足で説明を入れる。

「それとね、『アッキー』って言うのは、賀川くんのことよ。覚えて……は無いわよね。3年2組の男子で、陸上部の賀川篤樹くん……彼も『この世界』に連れて来られて、それでエシャーさんとお友だちになったのよ」

 加奈は視線を直子に向け、説明を理解しうなずく。

「賀川くんだけじゃ無いわ……3年2組の子たち……あの日、同じバスに乗っていた全員が『この世界』に連れて来られたのよ」

「それでね、カナ……」

 直子の説明の横から、エシャーが再び加奈に語りかけた。

「私ね……ゴメンね……えっと……ここに来る前に……『見てきた』んだ……」

 話し始めたは良いが、途中から「どう言えばいいだろう……」とエシャーは迷い、歯切れが悪くなる。だが、加奈の反応が呼び水となった。

「見てきたって……何を……ですか?」

「あ……あのね! 情報伝達魔法って言う不思議な魔法でね……えっと……カナのことも……全部……。サーガワーにどんなヒドイことをされたのかとか、元の世界でカナがお母さんや『あの男』から何をされて来たかとか! ゴメン! とにかく、全部!」

 顔を真っ赤にし、まくし立てる様に説明するエシャーを、加奈はキョトンと目を丸くして見つめていた。
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