SF短編集

ショー・ケン

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閉鎖的月コロニー

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 エイは老衰にて家族にみとられ、人々に愛された命の終わる間際、こんな言葉を残した。知るべきではなかった、誰もが、単純な生活の従者だということを。

 エイは丘の上の暗がりから起動エレベーターを見上げた。軌道エレベーターの先にはクレーターだらけの天体がある。あれが月だ。エイの隣には、天体の名前や、生物学、物理学などあらゆる知識に精通した英雄、ダロンがいた。エイは彼の前ではいつもの人見知りはでず、饒舌に自分から語り掛ける。
「僕はやっと歯車の書記村から抜け出して、この暗がりの地下へとたどり着いた」
「ああ……君の境遇はよく知っている、皆おかしいとおもっている、軌道エレベーター上では“月へ向かう運命”にある貴族たちが優雅な暮らしをしている」
「おかしい、他の村ではおかしさを口にできない、見せかけの理想をいっては、自分たちもいずれ貴族の仲間入りができるのだという、高度な情報技術分野や、発電は無理だった、だがコロニーはそれぞれ家畜に作物や果実を育てたりわずかな工業製品をつくる、交通網を整える人もいる、あるいはサービス、スポーツ、古い時代のミュージシャン、アイドルのマネだの、でも全部くだらない」
「何がくだらないって?」
「そう、全部何もわかっていない、世界が見えていないんだ、結局こんなことをしても知識は一部の人間に独占されている」
「いいや、僕はここからでも世界がよく見える、この小コロニーは来るものを拒まない、あらゆる人間のあらゆる欲を許し、お互いを侵害しない限りにおいて自由だ、あの古臭い地上の“婚姻による束縛”の風習だってない」
「そうだ、まるでクローンのように」
 エイにとって、それだけが不安要素だった。自分の存在が目立たないのと同時に、彼ら一人一人の名前、そして個性は、家族や過去といった地に足の着いた過去のブランドを失っていた。軌道エレベーターは月へ向かう宇宙空港への中継地点だが、そのエレベーターに乗っていく人々の姿は変わらない。何をいみするかといえば、富裕層などの資本家や権力者は自分の複製品をつくって、それまでしてそこに乗り込むことのできる人々を排除している。

「見えるだろう?ああならないようにしたい」
「いったろう?“僕はここからでも世界がよく見える”僕は君に知識を授けるよ、君の兄としてね」
 ダロンは兄というにはあまりに年齢が離れていた。しわもふえて、彼はもういい大人だ。もう20年もすると、孫がいてもおかしくないだろう。それでも彼は意気軒昂という感じだった。コロニーでもっとも尊敬されていて、コロニーで唯一、丘の上にでるコロニー長資格をもっていた。

 月開拓技術の一部を転用して作られたコロニーの生活はひどいものだった。狭苦しく、広大な土地を持つ領主のような自衛システムもインフラストラクチャーの整備もうまくいかず、優秀な役人もいない。そして何より、欲望と知性は切っても切り離せない関係にあるようだ。法というタガをはめ、秩序だった統治をおこなえる小コロニーだけが生き残った。

「一年前までは無理だと思っていた、長者試験に17歳で受かるなんて」
「君には期待していたんだ、君はこの地下社会をひっぱり、いずれは革命を起こす英雄になる」

 だが3か月後、エイはコロニー副長資格を手に入れた。皆が喜び、誰もが彼のコロニー議会の仲間入りを歓迎した。コロニー単位では最もえらく、他のコロニーと結成されたコロニー議会の役員になれる。そしてダロンはよくよくわ、コロニー長の座を彼に譲る。

「まったく、ーそれがどうだ、こんな姿を見ることになるとはな」
 エイは、暗がりの中椅子にしばりつけられ、顔にはところどころ青あざが見えた。
「コロニー議会もグルだったのか」
「ふん、グルかどうか?そんな事はどうでもいい、どうしてお前は満足しなかったんだ?」
 モニター越しに、こちらを監視してるコロニー長たちと、その先陣をきって彼の尋問をつづけているダロン。彼の表情から普段の優しさはほとんどきえうせ、その代わりに嘲笑の感情が顔全体からにじみ出ている。これまで育ててきた弟子に向ける表情とも思えない。
「ああ、これで失望できた、あんたに……それで、満足だ」 
「ほう……」
「裁けよ」
「裁くと思うかい?君はもう大人になったんだ、大人になるという事は、自分の世界の構造を誰かに植え付け続けるということなのさ」

 エイは、革命を企んでつかまった。もっとも計画の最初も最初に。彼が計画を企んだ理由は二つ。ひとつは“ここが地球ではなく、月と呼ばれる星で、地球の生命はすでに滅びていること”その事実を隠すために、彼らは“恨むべき対象”と“手ごまとなる労働者”を同じ目で見るようにさせた。地下コロニーこそが、月を開拓する順当な計画であり、地上の貴族たちは地球の汚染を解決し、月に資源を送る単なる労働者だったのだ。
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