SF短編集

ショー・ケン

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愛の過剰性

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「何も知らない子だからさ、心の障害も治らないし、足もわるいから外にでられないけど」
「仕方ありませんよ、第三次大戦から世界はおかしくなったままです、治安も悪いままです……」
「まあ、越してきてから十分だけど」
「ええ、この地区は……正直あこがれもあります」

 アパートの二階、一室の扉を開くとディラは、エナににこやかに笑いかけるとエナも語りかけた。
「いいですか?」
「ええ、入って」
「えっ……」
 エナは部屋に招かれるとそのままディラがすごい勢いで扉を閉めたので畏れおののいた。もしや“宇宙人”?第三次大戦の間接的要因といわれる宇宙文明は、地旧文明を植民地とするためにわざわざ人々の敵対心をかりたて、文明と生活、資源や食料、経済を危機に陥れた。

 その原因とされる者たちに敵意がないわけじゃない、けれど彼は……ディラは命の恩人である。3年前に息子を失くして以来、愛の置き場を失った。戦後の放射能汚染で奥さんも失ったらしい。エナは貧困家庭の出身で、ディラの探偵会社に勤めるまでは、それこそ人に言えない商売もしていた。

 だからこそ、人様の問題に何もいえなかった。よく言われるのは孤児を拾う人々のことだ。ひとをさらって臓器売買だとか、文明崩壊後の人体実験をしているとか、もしくはもっとグロテスクな話さえある。法がなくなろうと、現代人がそこまで残酷なわけもないと思っていたが、エナは自分がしてきたことを思えばわからない事もなかった。

 生活のため、誰にも手を差し伸べられない苦労の為、人は正義の大義名分を自分の好きな場所に置き換える。それが法という建前によってまもられているからこそ、まだ理性を保てる人がいるだけのことだった。

 
 徒にも書くにもディラは“息子”と二人で生活していた。いくつかの重い疾患を抱えているらしい。これまでそれについて深く聞いたことはなかったが、交際を申し入れると、じゃあ自分の真実をしってくれ、とディラが家に招いてくれたのだ。

 心臓が激しく波打つ。まるで危機的状況に耳元に心臓があるようだ。ぐつぐつと鍋がにえるような熱さを感じる。なにせこの男、ディラは優秀な人間ではあったが、趣味と性格に異常さを感じないこともなかった。危険なものを愛していたし、サディスティックな趣味を持っているという噂もあったし、彼と親しくなった女性はいつでも彼と深い関係になるまえに職場を去るという。
(どうして、こんなに期待と不安が入り混じるのかしら?)
 彼はティナの両肩にてをあてて、安心するように微笑みかけると、ジェスチャーで廊下の奥を目指すようにいった。ほとんどの部屋はとじられていたが、開いていた部屋にはものが少なく生活感はなかった。

 これまでだって死よりも恐ろしいものを見た。生き血をすする殺人犯。正義の名のもとにつくられた冤罪。それでもディラだけは違った。異常に見えるがまだ、現実感を保っていた。リビングを案内され促された。
「そこに座って」
 彼がコーヒーをいれている、きょろきょろと当たりをみわたしていると、円形の中央のテーブルの後ろ、自分の背後についたてのようにカーテンがしかれていた。
「あの、話にきいていたのは……」
「ああ、そこだよ」
 彼はキッチンで食器の音をたてながらふりむかずに答えた。その奥に彼が“息子”と呼ぶ存在がいるという。
彼はテーブルの対面に腰かけると、手を組んでいった。
「沸騰するまでまって」
「え、ええ、でも遠慮しないで」
 彼はじっと自分をみている。まるで何かを促すように、額から汗をながした。
「私……」
「いやになったかね?」
「いや、そんな、ことは……」
 しっかりしろ、と自分に呼び掛ける。その度に理性を整えてみる。いつもそうしてやってきた。
「私は……本当に、あなたのこと」
「そのカーテンの向うだ」
「約束よ」
「ああ、これは君にとっても重要なことだ」
 恐る恐るカーテンに手をかける。放射能を浴びた奇形児や。顏の歪んだひと、この世界ではめずらしくない。解決しない流行り病で体がおかしくなった人をいくらでもみた。もはやそれは慣れっこである。だが問題は、彼の精神の事情だ。息子がなくなってから何もない場所に語り掛けたり、同業者に写真をみせたりしたがそこにも何もうつっていなかったという。ここ最近静かになったといわれているが、それが、皆をおそれさせていた。彼女は立ち上がった。
「はあ、はあ……」
 だがどうだ、それで彼への思いが揺らぐだろうか?自分はそんなにやわな存在か?生と死が同居するこの世界では、むしろそれを受け入れられない事の方が問題なのである。クマの刻まれた瞳で手を伸ばし、エナは覚悟をきめた。シャーっとカーテンを引いた。
「うわっ!!」
 思わず悲鳴をあげ、口をおおった。鳥かごの檻の中でうごめくそれは、写真でしか見たことのないタコ型宇宙人である。古いsfなんかでよく採用されるモチーフ、しかし、今日ここにきたのは、彼のためである。彼が世間から受ける不遇な扱い。不名誉な扱い。それを是正するために自分が真実と向き合おうと思った。彼は肩をたたくと、耳に息を吹きかけるようにしていった。
「世界の真実をみるべきだ」
「やめてっ!」
 彼女が彼の手をふりはらうと、同時に拳銃が床に落ちた。何でもよかった。もはやなんでも。
「しっているでしょ!世間で宇宙人がどういわれているか、生物兵器か、もしくは地球を侵略しにきた、それを信じている人もいる」
「それで、信じているから、何だ?」
 彼は顔面蒼白な顔で無表情でせまってきた、ガタン、と背中が件の檻の乗っている机にふれて、ガシャンと音がしたあとに、山羊のような声がひびいた。
「ウェエエエー」
 彼女は意識が遠のいていく感じがした。これまで彼に与えていた愛情も、彼は悪い存在ではないという思いも、そして彼がきっと苦痛から立ち直っているという期待も。うえをみると、宇宙人は触手をのばしてきていた。その体液は、強酸性で人間の体には危険だときいたこともあった。どういうわけか檻はぐにゃぐにゃにまがっていて、ほとんどおりのテイをなしていなかった。凍ったマウスがわきにおかれており、まるで悪性腫瘍のように真っ黒な細胞につつまれていた。

「いや、やめて、やめて!」
 ふと、フローリングの床に落ちた拳銃を目にした。さきほどディラの腕からはじいたものだ。彼女は手にとり、自動的にしみついた技術を使い方を引き絞り、重心との一直線を意識して腕をしっかりと構え、その拳銃で宇宙人の頭をうちぬいた。
「ズパンッ」
「ニギャッ」
 銃声が耳に残る。彼女は倫理を犯した。あるいは、正義を犯したのか、そこでしかし、彼女に別の音が耳に入った。それは拍手、小さな劇場の、満足した人間がごくわずかな拍手である。
「すばらしい、すばらしいよ」
「あな、あなたっ!!」
 きっとこれを狙ったのだ、裏切られた絶望と、試された事への怒り。この世界で自分はもう、信じられるものがない。彼はテレビをつけると、ニュースでは宇宙人に対するメッセ―ジが流れる。
『彼らはよき隣人です、流れている情報は全てデマです、宇宙人などいません、宇宙人は、放射能汚染でうまれた奇形児です、差別はやめましょう』
 
 ディラは、彼女の肩にてをあてると、コーヒーをいれて、宇宙人の血をふくためにハンカチをあてがった。
「すまない、君だけが僕を心から信頼した、この試練受けたものの中には僕を非難したものもいた、誰も信じなかったんだが、みてくれ」
 彼はシャツのすそをめくった。彼の腹部には、檻に入れられた。タコとクラゲのキメラのような宇宙人がうごめいていた。
「人間は逃れられない、真実はこれだ、彼らは兵器だ、人類に友好的でないのは人類だ、対戦前ももはや人類同士の許しや信頼は壊滅的だった、それは贈り物だ、君は自分を信じろ、俺はもうきっと長くない……」
 そんな事はどうでもよかった、試練を終えても思いは変わらなかった。
「私とつきあってね」
 彼は呆れたように笑った。
「ああ」
 彼は愛好家の間で有名なベレッタという拳銃を渡すと、彼は颯爽と部屋をでていった。床を見ながら考えた。きっとこれまでの彼に対する世間の評判もある意味では偽りなのだろう。息子をなくして、妻を亡くしておかしくなったのではない。彼はもっとも強くなったのだ。人に気配りができるほどに。
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