ホラー短編集

ショー・ケン

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励ましの監獄

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 その小さな国は、かつて栄えたが今は見る影もなかった。人々はお互いに監視しあい、滅びていくという。

 Aさんはそこに、仕事の疲れを癒すためにやってきた。ここでは、素晴らしい娯楽施設があるという。それは監獄だった。空気さえも完全に遮断され、強化ガラスなどの透明な板で区切られた区画。それは国の中央の森の中で、ひっそりと運営されているようだった。
「この人たちは、一体何の罪で捕らわれているんです?」
「恩をあだで返す罪ですよ」
「なんですか?それはいったい……」
 Aさんは目の前の光景に絶句していた。苦しそうで今にも命を落としそうな中央の6角形の全面透明な区画を、さらに上に6区画の全面透明の区画が輪を作るように囲んでおり。収容されている囚人たちが、楽しそうに笑っている。それだけではなく、何か言葉を発している。その下を通る通路を、ガイドに案内されまるで動物園の下を通るように、Aさんたちはあるいていた。

 Aさんはめまいがした。彼は自分の問題をよくわかっていた。親友のBさんに進められてこの場所にきたが、Bさんはいささか薄情で人間味にかける。こんな意地の悪い施設をみせるためだなんて、しかし、耳を澄ませると、イヤフォンから自動翻訳機で翻訳された音声が流れてくる。
「大丈夫だよ、まだ頑張れる」
「人はいずれ死ぬ、悲しむことじゃない」
「みんなあなたの事を愛している、生きているだけで素晴らしい」
 
 発信源をたどると、6角形の円形の施設の中から発せられている言葉らしい。ということは、彼らは重病人をいたわっているのか?みぶりてぶりでバカにしていると思っていたが、どうやら、Aさんは誤解していたようだ。この施設は、病人がお互いを励ましているようだ。確かにいろいろな医療器具がそろっているし、皆点滴をうったりさまざまなチューブや計器類をみにまとっているが、寝転がっている人も、よくみるとモニターを目でおい、操作している様子もうかがえる。彼は少し首をふった。どうしても最近仕事中に嗚咽がしていたのを思い出して、薬を取り出して飲み込んだ。
 
 しかし、何かにきづいたように額に手をやると、一瞬Aさんは嗚咽してしまった。こんな事で吐くなんて、前まではここまで心はやわじゃなかった。しかし、であれば、“背後にある悪意”は誰なのか。ツアーガイドも笑っているし、この施設の責任者らしき白衣の男性も、自分のそばで笑っている。翻訳機で言葉を交わすのさえ、いやになるほどだ。Aさんは自分の性質をわかっていた。自分の“天職”の足をひっぱっているのは、その自分の性質だということも、長所であり、短所でもある。それは、“人の気持ちになって考えすぎる”ことである。ただ、その汚点を指摘するためだけに親友は、こんなに嫌な研究員たちの悪意を自分に見せたのだろうか?
「オエエエ……」
 Aさんは吐しゃ物をはいた。しかし、白衣の男もガイドも顔色一つ変えずに彼をささえ掃除の人を呼んでくれた。Aさんは、謝罪しながらもどうしても質問をしなければならなかった。
「どうして?助け合う人々が集う監獄ならば……どうして中央に、弱い人ばかりを集めたのです?それはあなた達の悪意ですか?」
「ふむ、そうではないのですが……」
 これでは、人が人を見下して、自分もまた見下すことを繰り返している事実に気付いてしまうだけじゃないか、励ましが虚構であることを知ってしまうじゃないか、Aさんが絶望しようとすると、ガイドさんが声をかける。
「深く考える必要はありません、人を救うという事は、本来自分を監獄の中に押し込めることですから、彼らがなぜ、囚人なのかと聞きましたね?ここは、監獄と銘打ってはいますが、実は彼らの楽園なのです、実はホスピスなんですよ、彼らは高度な医療をうけられ、しかし不治の感染症と戦っています、ですが……この感染症は奇妙でね、他人のことを心配すればするほど悪化するんです」
「そんな、絶望的です」
「いいえ、絶望していません、彼らは自分たちの病気をうけいれています、彼らが励ます側に回るとき、彼らの寿命は少しのびる、励まされる側になるときはひどく鬱になりますよ、ですが、そんなものでしょう、だいたい自分が責任と負担を負わないことになんて、人間は真面目になれないし、真面目になってはいけないんだ、でも“彼らだけは特例”です、この方法がどんな医療よりも寿命を延ばすことをしって、この治療法を実践しているんですから、彼らは周期的に“同じ立場”の存在になる、中央の施設の人間は輪の施設に、輪の施設の人間は中央にね」
「私は、そんな病気とこの施設に絶望する!!」
「いいえ、あなたは絶望していない、絶望していないものは他人に見下されることに満足できないし、他人のために無駄に命を削ったりもしませんよ、これが命への冒涜というならどうぞあなたは怒ってください、その怒りこそがあなたが健全に生きるための糧になるでしょう」
「……」
 その後、結局Aさんはその施設をじっくり見て回った。本当に助け合う、本当に理解しあう。そのことは本当にお互いのためになるのか?周期的に中央と周囲の輪の人間が入れ替わる、そこには教訓が含まれている気がした。そしてある事に気付いたのだ。
「そんな……」
「ええ……そうです」
 施設の様子や直近のデータを見ると、入れ替わった瞬間から徐々に、苦しかったころ、楽しかったころの記憶を忘れて、どこかでお互いをいがみ合う心が生まれるようだった。彼らがつけている日記をみても、同じ事は繰り返されている。そして、まるで記憶を失うように、別の立場だったときの考えを否定してしまう。この奇妙な入れ違いは、まるで“そっくりそのまま他人の気持ちを推し量ることは不可能”であることを示すようなデータだった。

 しばらくの旅行を終えてAさんが帰国した後には、彼の調子は徐々に回復していった。あの施設での出来事や人々とのふれあいは、どうやら“他人になりきる”事は不可能であり、結局“他人になりきる”という事の中には、無意識であれ、他人への願望が入ってしまうことを教えてくれた。

 彼は少し患者と距離をおいて、不用意に患者の気持ちになりすぎないようにしたようだ。彼は仕事の合間に時折ため息をついて、患者の気持ちにならず患者の話をさっぱり忘れてしまう。はじめから知っていた。この仕事には重要な考え方である。
 ミイラ取りがミイラになっては意味がない、その気持ちを心に刻んだ。彼の職業、天職は心理カウンセラー。彼の悩みとは、患者の気持ちになりすぎて近頃憂鬱になることだった。

 
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