ホラー短編集

ショー・ケン

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死神借り

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「結局、散り際が大事ってことですよ」
 飲みの席での後輩の一言に、思わず言い返してしまう。
「いや、先輩の作品が素晴らしいことに変わりはないんだ、俺は今でも尊敬している!」

 そうやって怒鳴り散らしてから、もう飲みの席には呼ばれなくなった。芸術関係の仕事で、尊敬していたBさんが亡くなってから、Aさんは浮かばれない思いの中にあった。彼は急病で亡くなり、死に際に人をさけ、暴言を吐いたことでひどく嫌われていたが、彼の功績が素晴らしいことに変わりはなかった。

「ちくしょう、散り際なんて、どうだっていいじゃないか、いったい何が重要だっていうんだ」

 耐えられなくなって、Bさんが亡くなる前に暴言を吐いたり人を避けていた場所を探した。駅近くの高架下そこには、浮浪者がつかっていた段ボール、中をのぞくと浮浪者が一人おり、なんだか気になって声をかけた。
「すみません、ここで1年前にこういう男を見ませんでした?」
「ん、何あんた、警察?」
 男はいぶかしんだが、Aさんが事情を話すと、こんなことを言いながらある写真をみせてくれた。
「そういや、自分を訪ねてくる人間がいたら、これを渡すようにいわれてたな」
 その写真は、Bさんの後ろ姿だった。懐かしくなりそれを受け取ると、その場をあとにした。

 その後、昔二人で出入りしていた廃虚も訪ねた。そこでも似たような写真が壁の亀裂の間に挟まっており、Aさんは、間違いなくこれはメッセージだと気づいた。

 そして、最後には、彼がいた病院だ。今彼の病室は空室になっており、無断で入ったが、得にとがめられることもばれることもなかった。ただ、空虚な思いがした。まさかと思うと、そのベッドの裏にも、件の写真。そのすべてに、シャツの上から言葉が書かれていて、日付順にならべると、「え、ら、べ」と書かれていた。

 ふっと、目を覚ました。長い長い夢の中にいた気がした。すでに彼の手はしわくちゃになっており、走馬灯のように多くの出来事や日々が流れる。
「何が……あったんだ」
 そうつぶやくと、孫が彼の手を握っている。
「おじいちゃん……」
 そうか、つい7年前に生まれた孫も、彼を心配している。無口で何もしてやれない祖父だったが、これだけは思い出せる。彼が生まれたときとても喜んだこと、そして、Aさんをみて、高齢の姿勢の正しい妻が涙を流している。そうか、つい最近彼女にも悪態をついた。そして、若いころの夢をみたのだ。あれからAさんはBさんのマネをして、先鋭的な芸術ばかりをつくった。時に人に嫌われ、批判されながらもなんとかしがみつき、死んでから、理解されればいいと思ってきた。

 だが、Bさんはどうだろう、彼の死後、誰も彼を語らなくなった。Bさんは口癖のように“芸術は作者の性格に左右されない”というが、現代では人の良さこそが、最大の美徳だ。人にこびを売るやり方を、Aさんも嫌った。だが、Aさんは、Bさんの奥さんが参列者の少ない葬式で泣いているのをみて、ひどく悲しい思いをしたものだ。

 自分にもいま、妻がいて、きっと悲しい思いをさせてしまう。“え、ら、べ”彼が残した言葉の意味は今でもわからないが、ただ、もし自分が最後の時に発する言葉が重要だというなら、自分は感謝を口にしよう。
 Aさんは口を開いた。だがそれと同時に、彼の心臓は動きをとめた。

「はっ!!!!」
 今の今までとまっていたかのように息を吐き出し、吸い込んだ。Aさんは、そこが駅の近くの高架下だと気づく。そうだ、自分には妻などいないし、自分はまだ老けてもいない。それに、孫のことだって思い出せない。今のは明らかに夢だ。だが、彼がその出来事を未来予知的だと感じる根拠が一つあった。
「これは……」
 渡されたBさんの写真、彼はどくろのマスクをつけていた。彼の日頃の口癖を思い出す。
「俺たちは、二人ともとがってる、わからないやつにはわからなくてもいいと思っている、だが、もしそれで、死後つらい思いをする事があるっていうなら、俺が死神になって、お前に知らせてやる、その時おまえは、無駄にとがることをやめるべきだ」
 中学時代からの先輩後輩で、仲が良く、生き方も芸術も教わったBさんの言葉、Aさんは深く考え、これからの身の振り方を考えることにした。

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