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イマジナリーフレンド
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A子さんは小学生低学年の頃〝存在しない人物〟と仲がよかった。それはイマジナリーフレンドとは少し違うとAさんはいう。もともとその頃は、よく何もない場所に人がいると指さしたりしていたそうだ。
その頃、彼女は記憶喪失の問題も抱えていた。一年前のある休日、父、母、A子さん、兄の一家全員がテーマパークに遊びにいくときに軽い事故にあった事で、彼女は記憶を失ったらしい。家族はそれを重大視して、特に父がカウンセラーに、あの時の記憶を思い出せるようにと、失った記憶をすべて取り戻すようにと念押ししていたが、A子さんは別段気にする様子もなかった。
A子さんの旦那さんは大企業に勤めるバリバリのサラリーマンで、帰りが遅くなることがほとんどだった。そんな彼の帰りをまって、兄と母、A子さんの三人で、夜遅くまで起きてお話をしたり、トランプをしてまっていたりしたものだ。
父はとてもやさしい人だったが、酒にようと人が変わったようになる。暴力こそふるわないが強い口調になり機が大きくなり普段言わない事をいうのだ。A子さんはよく寝たふりをして、父の相手をする母と兄の様子をみていた。彼は、A子さんの事でよく悩んでいた。
「どうして彼女は、学校で友達をつくらないのだろう」
「それは、まだ一人遊びが好きな年ごろなのよ」
と母がかばうも、父は両手をわにして、そこに頭をつっぷして、机にうなだれていた。
A子さんの父は、父子家庭でかつ、女の兄弟はいなかった。母は早いうちに他界し、A子さんの母に大学で出会い付き合うまでは女性との付き合い方もまったくわからなかった。だから女の子が生まれることを望んだが、やはり育て方には難儀したようだ。母にほとんどまかせきりで、厳しい家庭環境で英才教育を育てられ、幼い時分から受験を繰り返してきた父にとって、母親のおおらかに育てる教育方針とはたびたび衝突していた。そんな親の気持ちをしってかしらずかA子さんは天真爛漫に、わがままに育った。親の通わせていた塾や、習い事などはほとんど見につかず、物覚えの悪さに父親は困惑するばかりだが、それでも彼女の前では苦笑いながらも笑ってみせた。
「~“あの事”もそうだ」
そういわれたとき、母と兄の背中がびくっとゆれた。
「話したくないが、あの子は……見えないものをみるだろう、街中でみるのはまだしも、家の玄関に“黒い人”が見えるというじゃないか……一体どうすればいい、どうすればいいんだ」
A子さんはまだその頃“おばけ”が何で悪いのか、大人がなぜ怖がるのかわからなかった。なぜなら彼女にとってはそれは特別な世界ではなく現実に生きている人間と地続きの世界だったから。だが、あまりに父が悩むので、それをいわないようにしていた。
だが、あるとき父をまっているとき、A子さんは知らず知らずソファに寝てしまい、玄関のあく音で目を覚ました。見ると傍には母親が毛布の上から自分にてをかけ、やさしくなでてくれているようだった。兄もそばにいた。
「お兄ちゃん、毛布かけてくれたの?」
ぼんやりとする記憶の中で、いつもつんけんしている兄がこっそり自分に毛布を掛けていたことに気が付いたのを思い出したのだ。
ふとそこに父親がかけよる。
「お兄ちゃんが毛布をかけてくれたの」
そういうと父親は苦い顔をしながらもわらった。
「あれ?ママの後ろに何かいる……」
と、続けて言うと、父親は急に鞄をおとしていった。
「いい加減にしてくれ!!A子!!いないんだよ、そんなものは、いないんだ!!」
A子さんはしまった。とおもったが助けを求めるように兄に懇願した。
「でも、お兄ちゃん、お兄ちゃん……お兄ちゃんも、見たよねえ」
しかし兄は何も答えず、A子さんは、泣きだしてしまった。
それからだ。父は兄を無視するようになった。いるはずの兄の問いかけを無視したり、いつもの晩酌にいるはずの兄を無視しはじめたのだ。母親もその様子にくたびれたようになり、困りはててしまっていた。見るからにやせ細り、食事にも手を付けなくなっていった。
そんな様子に母とA子さんは疲れ果てていたが、よく母は、休日に川べりにつれていってくれた。はしゃぐA子さんをみると、母親も気が安らぐのか、微笑んでいた。
そして、あるとき、事件はおきた。A子さんは父親の怒鳴る様子で目を覚ました。
「いい加減にしてくれ!!いないんだ、彼を“無視”なんてしていない、彼はいないんだ、そうやってひとつひとつ、こなしていかないと……彼女は……現実と空想の区別がつかなくなるんだ!!だからお願いだ……お願いだ」
泣いている父の背中を、母親がやさしくさすっていた。
ある夕方のころ、眠りについていたA子さんはきがつくと母にだかれていることに気づいた、気づくとそこは、いつもの川べり。母は目が覚めた?と自分を下ろすと、ひとこといった。
「お兄ちゃんはね……あの時……死んだのよ」
「え?」
突然A子さんの心臓の音が早くなっていく。
「どういうこと、そんなわけ……」
「お父さんは、初めのうちお兄ちゃんをいるように見せて演技をしてくれた、それはあなたのためでも、私のためでもあったのよ……けれど、もう耐えられなくなって、お兄ちゃんがいない、っていいだして」
「お母さん……」
「私、お兄ちゃんに会いに行こうと思うの、あの頃が一番家族が幸せだった、だから」
「……」
「一緒にいく?」
「……うん」
A子さんは、母親から死後の世界の事を聞かされていたし、その頃は本当に死者と生きているものとの区別がついていなかったから、安易に答えてしまった。
そして、二人はゆったりと川に近づく、まずは浅いところに足をつける。
「つめたい!!」
A子さんがいう。母親は優しくだきしめてくれた。
「あったかい」
A子さんは、そのままゆっくり、水深が深くなっていくのを感じた。そして、徐々に徐々に深くなる。その時、A子さんはなぜか、父と兄の微笑む様子をおもいだした。父はいつもいっていた。
「家族の笑顔が見られるのは、こうして、笑って生きているうちだけだ、だから家族みんなで、生きているうちに目いっぱいわらおう」
ふと気づくと、もう肩までつかるほどの深さまできていた。A子さんは、突然こわくなった。
「お母さん、お母さん!!」
「……ヒッ、ウッ」
母は、泣いているようだった。
「お母さん?」
「ごめんなさい、お母さん、大ウソつきなのよ……ほらみて」
ふと、母親の肩から岸のほうをみる。堤防のほうから人が走ってくるのがみえた
。それはまぎれもない。兄のようだった。
「お兄ちゃん!!」
「A子!!いっちゃだめだあ!!A子!!」
「お兄ちゃん!!!」
ふと、母親の手の力がつよくなったり弱くなったりしていることに気づき、母親につげる。
「お母さん!!私、私もどる!!」
「ええ、そうね……“あなたは”戻ったほうがいい、私は……そう、あなたにとっては“お兄ちゃん”は本物だものね、これからも心配いらないわ、私は、先にいってるから、あなたは……“この世界で、楽しんで笑っていて”」
母は、そうわらうと、勢いよくA子を浅瀬側に放りだした。
「ゲホ、ゲホ」
川べりにつくと、A子さんのもとに兄が近寄ってきた。
「お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!」
「大丈夫か!!A子!!」
「大丈夫、それよりお母さんが!!」
「お母さん!!?」
ふと、兄が回りを見渡す。
「A子、だれもいないじゃないか……」
やがて二人は家に戻る。A子さんはすべてを理解したのだ。シャワーをあびて、毛布にくるまりソファーで眠る。兄がそばで見守って眠るまで体をとんとんとして様子をみてくれていた。
「お兄ちゃん」
「A子、お母さんはな……少し先に、別の世界に……」
「うん、大丈夫、わかっている、わかっているから」
A子さんの瞳から、一筋の涙がこぼれた。兄も、ずるずると鼻をすすり泣いているようだった。どれだけ眠りこけていたのだろう。A子さんは玄関のあく音で目がさめた。
「おとうさん?」
父は……疲れた目をしていたが、A子さんが咳をしていたので、すぐにかけよってきた。A子さんは今までの事を話した。そして父に謝ったのだ。
「ごめん……お父さん、私……いない人の話をしていたのね……きっと見分けがつくようにするから、大丈夫だから」
「いいや、お父さんこそ、すまなかった……これからは、お前の事をもっと大事にするよ……そうか、お前もやっと決心がついたか……」
「?」
ふと、A子さんが父の背後にめをやる、玄関から、黒い人影が家の中にはいりこんでいた。右手には鎌を、そして、目と口だけがはっきりとした形をしている。
「逃げ……ルナ」
「お父さん、お父さん!!」
「A子……きっと分かり合えるとおもっていたよ」
「お父さん、そうじゃなくて、変な影が……」
「!!!」
父は振り返るが、なにもなかったように向き直り、A子をだきしめる。影は父の後ろ、そして、その前にもう一人の影、それは兄の後ろ姿だった。
「大丈夫だ……これからは、一緒に家族二人きりで……二人の死を抱えて」
「え?」
その時、A子さんは瞬間的に理解した。だが理解がおいつかなかった。
「お父さん……そう、なの?」
「??どうした、A子、ここには、二人きりじゃないか……」
「……」
その瞬間、兄の首に、黒い影の鎌が振り下ろされた。黒い液体がとびちる、そして、兄は笑いながら彼自身も真っ黒な影になった。
「うわああああああ!!!」
A子さんは、あまりの事に絶叫していた。しかし絶叫しながらも、自分の声が響き続けていることに気づいていた。
「ああああああああ!!」
《パチン!!》
そのとき、頬の痛みで目が覚めた。
「おとう……さん」
「A子、いつも寂しい思いをさせてすまなかった、いつも一人にしてすまなかった、これからは親戚もたよるし、お前を一人にはしない、だからきいてくれ」
先ほどまでいた、兄と黒い人影はその場からいなくなっていた。
「A子……目を覚ましてくれ、おまえの母さんと兄さんは……あの時あの事故で、亡くなっているんだよ!!」
A子さんは、あまりの事に言葉を失った。けれど、ようやく今までの事がつながった。父は、彼女がこっそり父の晩酌を覗いているのをしっていた。あれは、独り言だったんだ。A子さんが気づくまで、きっとサインを送っていたんだ。
それからA子さんは、父親のいう事をよく聞くようになった、初めのうちは、本当に生きている人間と死んでいる人間の区別がつかなかったが、父とゆびさし答えあわせをしているうちに、生きている人間には“蜃気楼のような独特の光”がまとわりついていることに気づいた。
事故の記憶を思い出すのはつらかったがカウンセリングにもかよったし、心をひらきはじめてからは友人もできた。相変わらず習い事はだめだったが、なんだかんだ立派に成長し、いい高校をでて、いい大学をでた。しかし彼女は時折、格安で幽霊に関する依頼を受けているのだという。“自分にこなせるものだけ”を選別し、いまでも母親のあの言葉を気にしているのだ。
「あなたにとっては“お兄ちゃん”は本物だものね……」
そう、あれからめっきり母と兄の姿をみなくなったが、人を助け、霊界と関わるたびに、彼らのぬくもりを感じる気がするのだ。
その頃、彼女は記憶喪失の問題も抱えていた。一年前のある休日、父、母、A子さん、兄の一家全員がテーマパークに遊びにいくときに軽い事故にあった事で、彼女は記憶を失ったらしい。家族はそれを重大視して、特に父がカウンセラーに、あの時の記憶を思い出せるようにと、失った記憶をすべて取り戻すようにと念押ししていたが、A子さんは別段気にする様子もなかった。
A子さんの旦那さんは大企業に勤めるバリバリのサラリーマンで、帰りが遅くなることがほとんどだった。そんな彼の帰りをまって、兄と母、A子さんの三人で、夜遅くまで起きてお話をしたり、トランプをしてまっていたりしたものだ。
父はとてもやさしい人だったが、酒にようと人が変わったようになる。暴力こそふるわないが強い口調になり機が大きくなり普段言わない事をいうのだ。A子さんはよく寝たふりをして、父の相手をする母と兄の様子をみていた。彼は、A子さんの事でよく悩んでいた。
「どうして彼女は、学校で友達をつくらないのだろう」
「それは、まだ一人遊びが好きな年ごろなのよ」
と母がかばうも、父は両手をわにして、そこに頭をつっぷして、机にうなだれていた。
A子さんの父は、父子家庭でかつ、女の兄弟はいなかった。母は早いうちに他界し、A子さんの母に大学で出会い付き合うまでは女性との付き合い方もまったくわからなかった。だから女の子が生まれることを望んだが、やはり育て方には難儀したようだ。母にほとんどまかせきりで、厳しい家庭環境で英才教育を育てられ、幼い時分から受験を繰り返してきた父にとって、母親のおおらかに育てる教育方針とはたびたび衝突していた。そんな親の気持ちをしってかしらずかA子さんは天真爛漫に、わがままに育った。親の通わせていた塾や、習い事などはほとんど見につかず、物覚えの悪さに父親は困惑するばかりだが、それでも彼女の前では苦笑いながらも笑ってみせた。
「~“あの事”もそうだ」
そういわれたとき、母と兄の背中がびくっとゆれた。
「話したくないが、あの子は……見えないものをみるだろう、街中でみるのはまだしも、家の玄関に“黒い人”が見えるというじゃないか……一体どうすればいい、どうすればいいんだ」
A子さんはまだその頃“おばけ”が何で悪いのか、大人がなぜ怖がるのかわからなかった。なぜなら彼女にとってはそれは特別な世界ではなく現実に生きている人間と地続きの世界だったから。だが、あまりに父が悩むので、それをいわないようにしていた。
だが、あるとき父をまっているとき、A子さんは知らず知らずソファに寝てしまい、玄関のあく音で目を覚ました。見ると傍には母親が毛布の上から自分にてをかけ、やさしくなでてくれているようだった。兄もそばにいた。
「お兄ちゃん、毛布かけてくれたの?」
ぼんやりとする記憶の中で、いつもつんけんしている兄がこっそり自分に毛布を掛けていたことに気が付いたのを思い出したのだ。
ふとそこに父親がかけよる。
「お兄ちゃんが毛布をかけてくれたの」
そういうと父親は苦い顔をしながらもわらった。
「あれ?ママの後ろに何かいる……」
と、続けて言うと、父親は急に鞄をおとしていった。
「いい加減にしてくれ!!A子!!いないんだよ、そんなものは、いないんだ!!」
A子さんはしまった。とおもったが助けを求めるように兄に懇願した。
「でも、お兄ちゃん、お兄ちゃん……お兄ちゃんも、見たよねえ」
しかし兄は何も答えず、A子さんは、泣きだしてしまった。
それからだ。父は兄を無視するようになった。いるはずの兄の問いかけを無視したり、いつもの晩酌にいるはずの兄を無視しはじめたのだ。母親もその様子にくたびれたようになり、困りはててしまっていた。見るからにやせ細り、食事にも手を付けなくなっていった。
そんな様子に母とA子さんは疲れ果てていたが、よく母は、休日に川べりにつれていってくれた。はしゃぐA子さんをみると、母親も気が安らぐのか、微笑んでいた。
そして、あるとき、事件はおきた。A子さんは父親の怒鳴る様子で目を覚ました。
「いい加減にしてくれ!!いないんだ、彼を“無視”なんてしていない、彼はいないんだ、そうやってひとつひとつ、こなしていかないと……彼女は……現実と空想の区別がつかなくなるんだ!!だからお願いだ……お願いだ」
泣いている父の背中を、母親がやさしくさすっていた。
ある夕方のころ、眠りについていたA子さんはきがつくと母にだかれていることに気づいた、気づくとそこは、いつもの川べり。母は目が覚めた?と自分を下ろすと、ひとこといった。
「お兄ちゃんはね……あの時……死んだのよ」
「え?」
突然A子さんの心臓の音が早くなっていく。
「どういうこと、そんなわけ……」
「お父さんは、初めのうちお兄ちゃんをいるように見せて演技をしてくれた、それはあなたのためでも、私のためでもあったのよ……けれど、もう耐えられなくなって、お兄ちゃんがいない、っていいだして」
「お母さん……」
「私、お兄ちゃんに会いに行こうと思うの、あの頃が一番家族が幸せだった、だから」
「……」
「一緒にいく?」
「……うん」
A子さんは、母親から死後の世界の事を聞かされていたし、その頃は本当に死者と生きているものとの区別がついていなかったから、安易に答えてしまった。
そして、二人はゆったりと川に近づく、まずは浅いところに足をつける。
「つめたい!!」
A子さんがいう。母親は優しくだきしめてくれた。
「あったかい」
A子さんは、そのままゆっくり、水深が深くなっていくのを感じた。そして、徐々に徐々に深くなる。その時、A子さんはなぜか、父と兄の微笑む様子をおもいだした。父はいつもいっていた。
「家族の笑顔が見られるのは、こうして、笑って生きているうちだけだ、だから家族みんなで、生きているうちに目いっぱいわらおう」
ふと気づくと、もう肩までつかるほどの深さまできていた。A子さんは、突然こわくなった。
「お母さん、お母さん!!」
「……ヒッ、ウッ」
母は、泣いているようだった。
「お母さん?」
「ごめんなさい、お母さん、大ウソつきなのよ……ほらみて」
ふと、母親の肩から岸のほうをみる。堤防のほうから人が走ってくるのがみえた
。それはまぎれもない。兄のようだった。
「お兄ちゃん!!」
「A子!!いっちゃだめだあ!!A子!!」
「お兄ちゃん!!!」
ふと、母親の手の力がつよくなったり弱くなったりしていることに気づき、母親につげる。
「お母さん!!私、私もどる!!」
「ええ、そうね……“あなたは”戻ったほうがいい、私は……そう、あなたにとっては“お兄ちゃん”は本物だものね、これからも心配いらないわ、私は、先にいってるから、あなたは……“この世界で、楽しんで笑っていて”」
母は、そうわらうと、勢いよくA子を浅瀬側に放りだした。
「ゲホ、ゲホ」
川べりにつくと、A子さんのもとに兄が近寄ってきた。
「お兄ちゃん!!お兄ちゃん!!」
「大丈夫か!!A子!!」
「大丈夫、それよりお母さんが!!」
「お母さん!!?」
ふと、兄が回りを見渡す。
「A子、だれもいないじゃないか……」
やがて二人は家に戻る。A子さんはすべてを理解したのだ。シャワーをあびて、毛布にくるまりソファーで眠る。兄がそばで見守って眠るまで体をとんとんとして様子をみてくれていた。
「お兄ちゃん」
「A子、お母さんはな……少し先に、別の世界に……」
「うん、大丈夫、わかっている、わかっているから」
A子さんの瞳から、一筋の涙がこぼれた。兄も、ずるずると鼻をすすり泣いているようだった。どれだけ眠りこけていたのだろう。A子さんは玄関のあく音で目がさめた。
「おとうさん?」
父は……疲れた目をしていたが、A子さんが咳をしていたので、すぐにかけよってきた。A子さんは今までの事を話した。そして父に謝ったのだ。
「ごめん……お父さん、私……いない人の話をしていたのね……きっと見分けがつくようにするから、大丈夫だから」
「いいや、お父さんこそ、すまなかった……これからは、お前の事をもっと大事にするよ……そうか、お前もやっと決心がついたか……」
「?」
ふと、A子さんが父の背後にめをやる、玄関から、黒い人影が家の中にはいりこんでいた。右手には鎌を、そして、目と口だけがはっきりとした形をしている。
「逃げ……ルナ」
「お父さん、お父さん!!」
「A子……きっと分かり合えるとおもっていたよ」
「お父さん、そうじゃなくて、変な影が……」
「!!!」
父は振り返るが、なにもなかったように向き直り、A子をだきしめる。影は父の後ろ、そして、その前にもう一人の影、それは兄の後ろ姿だった。
「大丈夫だ……これからは、一緒に家族二人きりで……二人の死を抱えて」
「え?」
その時、A子さんは瞬間的に理解した。だが理解がおいつかなかった。
「お父さん……そう、なの?」
「??どうした、A子、ここには、二人きりじゃないか……」
「……」
その瞬間、兄の首に、黒い影の鎌が振り下ろされた。黒い液体がとびちる、そして、兄は笑いながら彼自身も真っ黒な影になった。
「うわああああああ!!!」
A子さんは、あまりの事に絶叫していた。しかし絶叫しながらも、自分の声が響き続けていることに気づいていた。
「ああああああああ!!」
《パチン!!》
そのとき、頬の痛みで目が覚めた。
「おとう……さん」
「A子、いつも寂しい思いをさせてすまなかった、いつも一人にしてすまなかった、これからは親戚もたよるし、お前を一人にはしない、だからきいてくれ」
先ほどまでいた、兄と黒い人影はその場からいなくなっていた。
「A子……目を覚ましてくれ、おまえの母さんと兄さんは……あの時あの事故で、亡くなっているんだよ!!」
A子さんは、あまりの事に言葉を失った。けれど、ようやく今までの事がつながった。父は、彼女がこっそり父の晩酌を覗いているのをしっていた。あれは、独り言だったんだ。A子さんが気づくまで、きっとサインを送っていたんだ。
それからA子さんは、父親のいう事をよく聞くようになった、初めのうちは、本当に生きている人間と死んでいる人間の区別がつかなかったが、父とゆびさし答えあわせをしているうちに、生きている人間には“蜃気楼のような独特の光”がまとわりついていることに気づいた。
事故の記憶を思い出すのはつらかったがカウンセリングにもかよったし、心をひらきはじめてからは友人もできた。相変わらず習い事はだめだったが、なんだかんだ立派に成長し、いい高校をでて、いい大学をでた。しかし彼女は時折、格安で幽霊に関する依頼を受けているのだという。“自分にこなせるものだけ”を選別し、いまでも母親のあの言葉を気にしているのだ。
「あなたにとっては“お兄ちゃん”は本物だものね……」
そう、あれからめっきり母と兄の姿をみなくなったが、人を助け、霊界と関わるたびに、彼らのぬくもりを感じる気がするのだ。
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