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最終章 悪意と希望

第6話 生れ落ちる

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「っふ!!」

 黒い精霊を切り続けて十分がたった。

 切り捨てた数は百を優に超え、今では残り数匹というところまで来ていた。


「っち! 本当にしぶといやつ! あたしの可愛い子たちをよくも!!」

 精霊を切るついでに何度か女に向けて剣気けんきを放ち分かったことがある。

 精霊がたくさんいた時は攻撃らしい攻撃はけむに巻かれるように通らなかったが、数を減らすと女にまで剣が届くようになった。
 つまり女は精霊と場所を入れ替えることができ、俺の攻撃をかわしていたのだ。


 それがなくなればなんの訓練もしていない女など俺の相手ではなかった。


「残念だったな。もう逃げられないぞ」

 それでも切り傷を作りながら俺を睨む女の目からはくらい笑みがとれなかった。
 それは追い込まれれば追い込まれるほど、むしろ深くなっていく一方だ。

 気味が悪い。

 その一言に尽きる。
 一刻も早く終わらせなければ。

 俺は躊躇ちゅうちょなく女の首を狙って踏み込んだ。




 ――ドクン



 ふいに部屋の中に嫌な音が響いた。
 何かが生まれるときの、胎動たいどうのような音。


「っ、ぐっ!!」

 その時、俺の中の蛇が反応しだした。
 全身を這うような不快感と激痛にさいなまれる。


 思わず膝をついた。


 ――ズルリ


 鈍い音を響かせながら俺の中から何かが出てくる。

 赤黒い蛇だ。


(これが俺の呪いの正体……)

 見るだけで全身が震えあがる程おぞましい。

 初代公爵の手記や歴代の記録で知ってはいたが、実際こうして目にするとそれが人間の領域をはるかに超えた存在なのだと実感する。


 蛇は、ただ女の腹を見ていた。

 時折尾が揺れ、瞳は仲間の誕生を祝うようにゆがんでいるが特に近づくでもなくじっとしている。


 体を支配する激痛に顔を歪ませて女を見ると、奴は愛おしそうに腹を見ていた。

「あはっ! 生まれる! あたしの勝ちよ!!」

「っ!」

 嬉しそうな声と共に黒い気配がふくれ上がり、圧倒的なまでの気に押し流されそうになる。

(くそっ!)

 どうやら間に合わなかったらしい。
 奴の中の存在が確たるものに変わっていく。

(蛇が邪魔さえされなければっ!!)


 蛇と同様の禍々まがまがしい気配。

 建国記で出てきた化け物がこの時代に生れてしまう。
 それは呼び起こしてはいけないもの。

 それだけは確かだ。




「ああようやくだわ! これでようやく…………え?」


 女はふと困惑こんわくした声を上げた。

「え、ちょっと……な、なに?」

 女は耐える様に腹を抱え顔をゆがめた。
 体も小刻みに震え、焦点しょうてんがズレ始めた。

「あ……あぁぁああぁ!? か、体が……燃える!? い、痛いい!? あつ、熱い!!」

「!?」

 その声が合図あいずだったように女の体は炎に包まれた。
 赤い炎ではなく、すべてを飲み込まんとする黒い炎に……。


 ――ゴオオオオ


 黒い炎は女の絶叫ぜっきょうを飲み込み激しく燃え上がった。


「な、何だこれは!?」

 目の前で起こっていることが信じられなかった。

 女は助けを求める様にこちらへと腕を伸ばす。

「あ……ぁあっ!」

 伸ばされた腕すらすでに黒に包まれ見えなくなった。
 女の悲鳴さえ炎に飲み込まれて消えていった。


 やがて黒い炎は女の形に戻り、光を一切受け付けない真っ黒なさなぎへと変貌へんぼうした。


 ――ぴしり


 ひびが入る音がした。
 女の形をした黒い蛹から同じく真っ黒な羽が見える。


 ――蝶だった。


 黒い黒い、全てを飲み込むような漆黒の蝶。
 羽についた二つの目玉がぎょろりと不気味に開かれた。

 産声うぶごえを上げる様にひび割れた羽の模様から衝撃波しょうげきはと共に黒い炎が巻き上がる。

 炎はあっという間に屋敷を包み込んだ。

「っぐ」

 熱と共に悪意が流れ込んでくる。
 頭が割れてしまいそうだ。

 見えたのは精霊たちが染まった悪意。
 追われ捕まり傷つけられ、力を強要されて搾り取られる。
 かつて精霊たちが人間にされた記憶、その全てだった。


 重い重い悪意の成れの果て。


 それは全て人間が始めてしまったこと。

 ならば。


「人間が片を付けなければな……」

 俺は力を入れて立ち上がる。
 向ってきた蝶に引導いんどうを渡してやるために。


「うおおおおお!!」

 ザンッ!!

 渾身こんしん剣気けんきを乗せた剣は蝶の羽を切り落とした。

 けれど手ごたえがまるでない。
 まるで中身などないかのように軽いものだった。

 慌てて振り返ると、案の定切り裂いたはずの羽はモヤで包まれ元通りになりつつあった。

「やはりそう簡単にはいかない、か」

 俺は手ごたえを感じるまで切り続けようと構えを取った。

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