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最終章 悪意と希望

第5話 キャラルの悪意

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「……それはおまえがやったのか?」

 ちらりと倒れ伏す二人に目をやり、すぐに女へと視線を戻す。
 フラリアをしいたげていたというこの家の人間に同情するつもりは微塵みじんもないが、状況把握はあくのために確認しておかなければならない。


「そうよ? だってあの女の呪いを跳ね返すには力が必要なんだもの。だから協力してもらったの。あたしの為に力を貸せるんだから、お兄様もお母様も本望ほんもうでしょ?」

「協力?」

「そう。この子たちが力を寄越よこせっていうから」

 そういって女は自身にまとわりつく精霊たちを愛おし気に抱き寄せるように体を抱く。

「この子たちがあたしに力をくれたの。でも力を維持するにはそれなりの対価が必要なのよ。……だから生命エネルギーを差し出すくらい当然だと思わない? それ以外にこの人たちの存在意義なんてないんだから」


 女は見下すように転がる家族を笑った。
 この世の全て自分の為だとでも言いたげなその態度たいどに呆れてモノが言えない。


 女の言葉を信じるのなら堕ちた精霊たちに生命エネルギーを求められたから家族を対価にして力を引き出しているということだ。

 生命エネルギー……つまり命とか魂とか、生命力といえるものだろう。


 それを奪えばどうなるかなんて想像に難くない。

 それなのに何も感じないどころか楽しそうに言ってのける女に狂気を感じた。


「……そいつらは家族ではないのか」

 女は小首をかしげた。
 まるで何を言っているか分からないという顔だった。

「おかしなことを言うのね。まあ血のつながりはあるけれど、もうあたしには何の価値もないわ。あたしの価値を分からない奴らにあわせる必要ってないと思うのよね。それにこの人はあたしの価値をそのへんの石って言ったわ。あはっ! その石に命握られてちゃ世話ないわよねぇ?」


 ケタケタと笑う女は倒れ伏している男を玩具がんぐのように蹴飛ばして見せた。
 かつて兄であったはずの男を。

「っま、今となってはどうでもいいわ。それよりも今はあの女をどうにかするのが先よね。あんたが来たってことはあの女ももう動けなくなったってことよね? 随分ずいぶんと時間が掛かっちゃった。流石は化け物よね。でも……それもこれでおしまい」

 女は家族に興味を失ったように俺を見た。
 その目は恐ろしいほど愉悦ゆえつきらめいている。

「安心して? あの女はまだ殺さないわ。もっともっとつぐなってもらわないといけないからね! あんたが死ねばもっとあいつを苦しめられるでしょう? ああ楽しみね」

 女は夢を見るかのようにくるくると踊った。


(……吐き気がするな)

 この女はフラリアが呪いをかけたせいでこの惨状さんじょうになっていると言いたいようだ。
 けれどそれは違うと言い切れる。


「……フラリアは他人を貶めて愉悦に浸るようなお前とは違う」

 自分が傷つくことよりも人が傷つくことを恐れる彼女が呪いを振りまくなどあるはずがない。
 むしろ、その呪いをどうにかしようと奔走ほんそうするのがフラリアなのだから。


 鬱陶うっとうし気に目を細めた。
 自分のことしか考えていないという態度が父親と重なるのだ。

(こんな奴がフラリアの近くにもいたのか)

 さぞかし不愉快だったろう。
 どれだけ寂しかっただろう。

 もうこれ以上不幸な目になどあってほしくない。

(そのためには、こいつという存在を消すしかない)

 俺は鋭い目つきで女を見すえた。


「あはっ! 血塗られた公爵が何を言っても説得力ないわぁ。それにあたしは人を貶めてなんかいないわ。ただ地位を守ろうとしているだけ。まああんたなんかに言ったところでわかんないだろうけど」

 女は両手を天に向けて恍惚こうこつとした表情を作る。
 とてもではないが正気には思えない。

 俺は閉じていた右目を開けた。
 途端に部屋が黒に包まれる。

「あら、その目。あの女と同じじゃない? なあに、あれが使えなくなったから目だけ取り出したのかしら?」

 もはや黒い何かにしか見えない女からは嗜虐心しぎゃくしんがたっぷりと含まれた言葉が聞こえてくる。
 表情など見えないが、こちらの反応を楽しむような声色だった。

「あはは! やっぱりあれをモノとして扱っていたのね! そうね、そうよね! あんな化け物妻にするわけがないか!!」

 ケラケラと笑い続ける女に堪忍袋かんにんぶくろが切れた。

 問答無用で切っ先を向け銀色の剣気を纏う。


「……生憎、お前の話など聞けるほど暇ではない」

 一閃いっせん


 それは確かに女を捕らえたように見えた。
 けれど、振り下ろした剣の先には誰もいなかった。

「ふふ、こわぁい。でもね、あんたにあたしの邪魔はできないわよ?」


 ふと後ろから楽しそうな声が聞こえた。
 振り向きざまに剣を振るう。

 けれど女には届かない。
 黒いモヤを切っただけだ。


「言ったでしょ? あたしにはこの子達がついているの。その目があるんだからあんたにも見えているでしょ? この美しい黒の子たちが」


 女はまとっていた黒を部屋に広げてみせた。
 おびただしい数の精霊が一斉に俺に襲い掛かってくる。

 恐らく精霊たちをどうにかしなければ本体に攻撃を入れられないのだろう。
 面倒くさいことこの上もないがやるしかあるまい。

 俺はすぐに構え直し、流れる様に切り捨てる。


 ザシュッ、ザシュッ!!


 数は多いけれど一匹一匹は大した攻撃力を持っていなかった。

 精霊自身の意志はないのか、攻撃パターンが単調なのだ。
 建国当時から武の一族と言われてきたシルヴェート公爵家の敵ではない。

「ふん。超常的な存在の力を借りても所詮はこの程度か」

 すぐにその数は減っていった。

「へえ~、さすがにこれじゃあ傷つけられないか。うん、でも問題ないわ。もうすぐ生まれるもの」

「……生まれる?」

 黒い精霊たちを切り捨てながらも不穏な言葉を拾う。
 こんな場所で何が生まれるというのか。


「そうよ。あたしの中では可愛い可愛い子が生まれようとしているの。たくさん寄って来た黒子ちゃんたちが一つになるのよ。素敵だと思わない?」

「……まさか」

 思い当たるふしが一つある。


 ――俺の中にもいる存在。


 かつて「天災の大蛇」と呼ばれた「堕神おちがみ」。
 あれは黒い精霊たちが寄り集まって生まれた災厄さいやくだ。

 もしもアレと同じ存在のことを言っているのだとしたら……。

 一筋の汗が首筋を流れた。


「……早く仕留めなければ」

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