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第三話
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バシラの剣がガウレオの脚を薙ごうと、地を這う。
ガウレオは近くにあったテーブルに跳び移って避けると、勢いそのままに外へ飛び出した。
それを追い掛けて外へ出ると、狙い澄ましたタイミングで火球が飛んできた。
「シッ」
バシラは剣に気を込めて火球を切り裂くと、そのまま突っ込む。
火を抜けると、ガウレオが楽しそうに笑っていた。彼は止まらずに、勢いをのせた剣を上段から振り下ろす。
それをガウレオはナイフで容易く受け止めて、鍔競り合いに持ち込む。
大人が両手で押しているにも関わらず、片手で受けている少年が涼しい顔をしているのは、ナイフと同じように魔力で筋力を増強しているためだ。
そして、さっきの火球も、今使っている強化魔法も、妻が教えたものだった。
バシラの脳裏に、その時のクアエのことが過った。
初めて、ガウレオが火球の魔法を覚えた時、彼女は跳んで喜んだ。ガウレオには才能がある。自分の全てをこの子に教えてみせると。
強化魔法を覚えた時、彼女は泣いて喜んだ。自分には出来ない事をこの子はやって退けた。もう自分を超えてしまったと。
そして、息子は魔法を使って、妻の命を奪った。
バシラの中で何かがキレた。それは、この10年で紡がれたものに違いなかった。
ガウレオの涼しい顔に初めて、焦りが生まれた。
バシラから異常な気の上昇を感じたのだ。まるであの時のように。それは心地よい焦りだった。
「やはり父さんは素晴らしい。母さんを殺しておいて良かった。10年前みたいに二人掛りだったら危なかった」
「10年前? お前は一体」
バシラの顔に疑問が浮かぶ。
ガウレオはその隙を逃さず、彼の胸に前蹴りを食らわす。足で木を踏み折った時のような感触に顔が綻ぶ。
しかし、ガウレオに油断はない。ナイフを棄てると両手に魔力を集中させる。
バシラは転がることで勢いを殺したが、蹴られた時に折れた骨が内臓を傷付けた。
口から溢れた血を拭い、睨み付ける。
その時、彼はガウレオの変化に気が付いた。
ガウレオの瞳が空のような青から闇夜のような黒に変わっていく。
その瞳には見覚えがあった。あの黒眼は忘れようがない。
「黒眼の魔王……」
「覚えていてくれて、うれしいよ、お父さん。僕を寝かし付ける時に話してくれた昔話じゃ、話してくれなかったから、忘れられたのかと思ってたよ」
バシラは強く歯軋りする。宿敵が自分の子どもに宿っていることに気付けなかった、自分の迂闊さを呪った。
「最初、父さんと母さんの子どもとして産まれた時は失敗したと思ったよ。でも、それは間違いだった。この体には素晴らしい能力が眠っていたし、それを目覚めさせるための環境も揃っていた」
バシラの奥歯にヒビが入る。気付かずに世界の災厄を育てていた、自分に苛立った。
「お陰で前よりずっと強くなれた。父さんの剣技に母さんの魔法、そして魔王の魔力があればもう誰にも負けない。この世界は僕のものだ」
奥歯が砕ける音がした。その音を切っ掛けにバシラは飛び出した。これ以上、魔王の言葉を聞いていられなかった。
しかし、ガウレオの放った魔力弾は呆気なく、彼を跡形も無く消し去った。
持ち主を失った剣は宙を舞って、地面に突き刺さる。
少年はその剣をぼんやりと眺めると、ポツリと呟いた。
「さようなら。父さん、母さん」
ハッと我に帰る。
「僕は何を……。下らない」
頬を拭うと剣を引き抜き、キュオン達の所へ向かった。
激しい爆音がしてから暫くして、家の裏側からガウレオが現れた。
体の所々は切れてはいるが、深いものは一つとしてない。つまり、この少年は ほぼ無傷で勇者を倒したのだ。
スリーリンはその底知れない力に屈伏し、キュオンは娘を救う手立てを失い絶望した。
「さてキュオンさん。先程のお話、父さん達の代わりに僕がお受けします。幸い、父さんと母さんの技術の全てを僕は引き継いでいますから、娘さんの指導役としては十分だと思いますよ」
最初は彼の言っている言葉の意味が理解できなかったが、理解した途端にキュオンの顔が跳ね上がる。
そこには年相応の笑みを浮かべるガウレオがいた。
キュオンは思わず、なぜと呟いた。
「両親を失った僕には後ろ楯がありません。キュオンさんにはその後ろ楯になって欲しいんですよ。」
それに、と彼は続ける。
キュオンは思わずヒッと息を呑む。彼の顔に陰が指したせいか、瞳の色が黒くなったように見えたのだ。
「許せないんですよ。この僕を差し置いて、魔王を名乗る奴がいることが。………だから。ねぇキュオンさん。娘さんを助けるためなら、何でもするって言ってましたよね」
ガウレオは手を差し伸べる。
キュオンにはこれが悪魔との契約だと思えた。手を取ったが最後、自分は世界の裏切り者になるだろう。
しかし、彼の力が両親から得たものならば、娘の生きて帰ってこれる可能性は上がるはずだ。
それに、もしここでこの誘いを断れば、自分はどうなる。
頭に娘と妻の笑顔を思い浮かべる。
構うものか。
彼の手を強く握り返す。彼女達のためなら、世界がどうなろうが構わない。
この日、キュオンは世界の敵となった。
キュオンと契約を結んだガウレオは、近くで跪く門番の男、グリゴリをみる。
「お待たせしてすみません、グリゴリさん。思ってたよりも梃子摺っちゃいました」
「いえ。ガウレオ様のお父上ほどの実力であれば、仕方のないことかと」
ですねと満足気に頷くと、グリゴリの横で跪いている男に目をやる。
「えーと。スリーリン、さんでしたっけ。何をしているんですか?」
「はっ。ガウレオ様のお力に感服致しました。どうか、私の忠誠を御受取り下さい」
ガウレオはしばらくスリーリンを見ると、頷いた。
「分かりました。では、二人でこの村の全てを焼き払って下さい。子ども一人生かしてはいけませんよ」
「畏まりました」
丘を下っていく二人を見送ると、ガウレオはその場に座ってキュオンを呼ぶ。
「では、これからの事を一緒に考えるとしましょう」
数日後、王弟キュオンは魔物に襲われた村から、一人の少年と男を救いだし、連れ帰った。
更にその少年が、先代の魔王を討伐した英雄の子であることも公表した。先代の勇者が死に際に自分に託したのだとも。
最初は懐疑的だった者も、少年の実力を知ると、否が応でも信じることになった。
こうして、今代の勇者と先代の勇者の息子とを手にした王弟には、多くの国民と、少なくない数の貴族達の支持が集まるのであった。
「先ずは、この国を頂くとしましょう」
ガウレオは近くにあったテーブルに跳び移って避けると、勢いそのままに外へ飛び出した。
それを追い掛けて外へ出ると、狙い澄ましたタイミングで火球が飛んできた。
「シッ」
バシラは剣に気を込めて火球を切り裂くと、そのまま突っ込む。
火を抜けると、ガウレオが楽しそうに笑っていた。彼は止まらずに、勢いをのせた剣を上段から振り下ろす。
それをガウレオはナイフで容易く受け止めて、鍔競り合いに持ち込む。
大人が両手で押しているにも関わらず、片手で受けている少年が涼しい顔をしているのは、ナイフと同じように魔力で筋力を増強しているためだ。
そして、さっきの火球も、今使っている強化魔法も、妻が教えたものだった。
バシラの脳裏に、その時のクアエのことが過った。
初めて、ガウレオが火球の魔法を覚えた時、彼女は跳んで喜んだ。ガウレオには才能がある。自分の全てをこの子に教えてみせると。
強化魔法を覚えた時、彼女は泣いて喜んだ。自分には出来ない事をこの子はやって退けた。もう自分を超えてしまったと。
そして、息子は魔法を使って、妻の命を奪った。
バシラの中で何かがキレた。それは、この10年で紡がれたものに違いなかった。
ガウレオの涼しい顔に初めて、焦りが生まれた。
バシラから異常な気の上昇を感じたのだ。まるであの時のように。それは心地よい焦りだった。
「やはり父さんは素晴らしい。母さんを殺しておいて良かった。10年前みたいに二人掛りだったら危なかった」
「10年前? お前は一体」
バシラの顔に疑問が浮かぶ。
ガウレオはその隙を逃さず、彼の胸に前蹴りを食らわす。足で木を踏み折った時のような感触に顔が綻ぶ。
しかし、ガウレオに油断はない。ナイフを棄てると両手に魔力を集中させる。
バシラは転がることで勢いを殺したが、蹴られた時に折れた骨が内臓を傷付けた。
口から溢れた血を拭い、睨み付ける。
その時、彼はガウレオの変化に気が付いた。
ガウレオの瞳が空のような青から闇夜のような黒に変わっていく。
その瞳には見覚えがあった。あの黒眼は忘れようがない。
「黒眼の魔王……」
「覚えていてくれて、うれしいよ、お父さん。僕を寝かし付ける時に話してくれた昔話じゃ、話してくれなかったから、忘れられたのかと思ってたよ」
バシラは強く歯軋りする。宿敵が自分の子どもに宿っていることに気付けなかった、自分の迂闊さを呪った。
「最初、父さんと母さんの子どもとして産まれた時は失敗したと思ったよ。でも、それは間違いだった。この体には素晴らしい能力が眠っていたし、それを目覚めさせるための環境も揃っていた」
バシラの奥歯にヒビが入る。気付かずに世界の災厄を育てていた、自分に苛立った。
「お陰で前よりずっと強くなれた。父さんの剣技に母さんの魔法、そして魔王の魔力があればもう誰にも負けない。この世界は僕のものだ」
奥歯が砕ける音がした。その音を切っ掛けにバシラは飛び出した。これ以上、魔王の言葉を聞いていられなかった。
しかし、ガウレオの放った魔力弾は呆気なく、彼を跡形も無く消し去った。
持ち主を失った剣は宙を舞って、地面に突き刺さる。
少年はその剣をぼんやりと眺めると、ポツリと呟いた。
「さようなら。父さん、母さん」
ハッと我に帰る。
「僕は何を……。下らない」
頬を拭うと剣を引き抜き、キュオン達の所へ向かった。
激しい爆音がしてから暫くして、家の裏側からガウレオが現れた。
体の所々は切れてはいるが、深いものは一つとしてない。つまり、この少年は ほぼ無傷で勇者を倒したのだ。
スリーリンはその底知れない力に屈伏し、キュオンは娘を救う手立てを失い絶望した。
「さてキュオンさん。先程のお話、父さん達の代わりに僕がお受けします。幸い、父さんと母さんの技術の全てを僕は引き継いでいますから、娘さんの指導役としては十分だと思いますよ」
最初は彼の言っている言葉の意味が理解できなかったが、理解した途端にキュオンの顔が跳ね上がる。
そこには年相応の笑みを浮かべるガウレオがいた。
キュオンは思わず、なぜと呟いた。
「両親を失った僕には後ろ楯がありません。キュオンさんにはその後ろ楯になって欲しいんですよ。」
それに、と彼は続ける。
キュオンは思わずヒッと息を呑む。彼の顔に陰が指したせいか、瞳の色が黒くなったように見えたのだ。
「許せないんですよ。この僕を差し置いて、魔王を名乗る奴がいることが。………だから。ねぇキュオンさん。娘さんを助けるためなら、何でもするって言ってましたよね」
ガウレオは手を差し伸べる。
キュオンにはこれが悪魔との契約だと思えた。手を取ったが最後、自分は世界の裏切り者になるだろう。
しかし、彼の力が両親から得たものならば、娘の生きて帰ってこれる可能性は上がるはずだ。
それに、もしここでこの誘いを断れば、自分はどうなる。
頭に娘と妻の笑顔を思い浮かべる。
構うものか。
彼の手を強く握り返す。彼女達のためなら、世界がどうなろうが構わない。
この日、キュオンは世界の敵となった。
キュオンと契約を結んだガウレオは、近くで跪く門番の男、グリゴリをみる。
「お待たせしてすみません、グリゴリさん。思ってたよりも梃子摺っちゃいました」
「いえ。ガウレオ様のお父上ほどの実力であれば、仕方のないことかと」
ですねと満足気に頷くと、グリゴリの横で跪いている男に目をやる。
「えーと。スリーリン、さんでしたっけ。何をしているんですか?」
「はっ。ガウレオ様のお力に感服致しました。どうか、私の忠誠を御受取り下さい」
ガウレオはしばらくスリーリンを見ると、頷いた。
「分かりました。では、二人でこの村の全てを焼き払って下さい。子ども一人生かしてはいけませんよ」
「畏まりました」
丘を下っていく二人を見送ると、ガウレオはその場に座ってキュオンを呼ぶ。
「では、これからの事を一緒に考えるとしましょう」
数日後、王弟キュオンは魔物に襲われた村から、一人の少年と男を救いだし、連れ帰った。
更にその少年が、先代の魔王を討伐した英雄の子であることも公表した。先代の勇者が死に際に自分に託したのだとも。
最初は懐疑的だった者も、少年の実力を知ると、否が応でも信じることになった。
こうして、今代の勇者と先代の勇者の息子とを手にした王弟には、多くの国民と、少なくない数の貴族達の支持が集まるのであった。
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